アフロディジア -aphrodisia-

キズキ七星

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7.Cutthroat

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 くるくる回る。僕の前で彼女はくるくる回る。肩より下まで降ろされた長い髪が風を切ってふわりと舞う。その風に乗って彼女の甘いピーナッツのような香りが僕の鼻まで吹かれてくる。靴を脱いでズボンの裾をたくし上げて浅瀬に入っていくと、塩水がピシャピシャと跳ねて彼女のズボンを少しだけ濡らす。その光景を涼しい風を感じながら見つめていると、スクリーンが虹色のフィルターで加工されたみたいに幸せの海に溺れそうになった。僕の脚の裏は砂で被われていて、さっき拭いたのにまた付いているのでもう拭く気が起こりそうもない。お天道様が僕らを輝かせる。ステージ上のヘッドフォンを付けた男や音楽に乗って腰を振る人々を照らす赤や青や緑の照明よりも遥かに輝かせてくれる。だけどその暉は想像を超えた眩しさで、サングラスでも持ってこれば良かったと後悔した。彼女はまたくるくる回る。足許の塩水がそれにつられて飛沫を上げて、また彼女のズボンを少しだけ濡らす。こっちおいでよ、と手招きしているので重い腰に鞭を打って自分を立たせる。尻にも砂が付着しているので手でそれを払うとパラパラと元の位置に落ちていく。砂浜に足跡を遺しながら彼女の元へ行くと、海水を手で掬って僕にかけてきた。うわ、止めろよ。いいじゃない、涼しいじゃない。真夏の昼間は灼熱に侵されているので、冷たい水は救世主になり得る。
「なあ柊、僕ら付き合おうよ。何十回も遊びに出かけているしキスもしたし旅行もしたじゃないか。」
彼女は髪を耳にかけながら少し黙る。
「…………………………後悔しない?」
「はっ何を今更言ってるのさ、僕は君が好きだよ。好きなんだよ。大学に入学した頃からずっと。もう2年も経つんだ、結ばれても神様は怒らないと思うよ。」
「そうだね、永井の言う通りだね。いいよ、うん、分かった。」
照れ臭くなって僕も彼女に水をかけ返す。彼女は真っ白な歯を剥き出して楽しそうに笑う。彼女の服がずぶ濡れになっていくと、下着が透けて見えてきた。見えてるぞ。え、何が見えてるの。僕が何も言わずに胸元に視線を送ると、止めてよ変態、と言って手で隠した。透けた下着を隠す姿が却って僕を唆らせる。彼女を抱きしめ、愛してる、と囁く。彼女は何も言わずにこくりと頷いた。少しの間見つめあった後、僕達は唇を重ねる。僕は黒くてサラサラした柊の髪を鷲掴みして彼女の唇を僕のそれから引き剥がすと彼女の顔を海水に沈める。柊がバタバタと苦しそうに藻掻くので髪の毛を引っ張り酸素を吸わせてやる。彼女は首に手を当て咳き込んでいる。僕は彼女の顔を再び海水に押し付ける。しばらくの間押し付け続けていると、それまでジタバタしていた彼女が動かなくなったので髪の毛から手を離し立ち上がって浜に出る。彼女は波に流されながら海面を漂っていた。




 誰かが僕の頬を叩いたので飛び起きる。柊が上から僕の顔を覗き込んでいた。辺りを見回すと、ここが自室だと理解して何故彼女がここにいるのかと思う。
「おはよう柊、何でここにいるの。」
「おはようじゃないよ永井、もう昼の十二時だよ永井、大学に行かないと遅刻するよ、今日は三限からでしょう。」
「シリアスリィ?」
「何言ってんの、私英語分からないよ、ほら早くしてよ私も遅刻するじゃない。」
「君も三限からなんだ、まだ余裕だよ。ほらだって一時間もあるじゃないか。」
「私が運転すること分かってる?あなたバスで行くのなら完全に遅刻するんだよ。」
ごめんよ分かってるよ、と言ってベッドから起き上がる。まだ一月の中旬なのでとても寒い。彼女はベッドに座って僕が支度するのを待っている。最近、僕のビデオテープは最新型になったらしく、同じことの繰り返しを再生することは無くなった。週に三回、彼女は僕の家に泊まりにくるようになったからだ。僕達は付き合っているのだろうか、とよく考える。でもそれを訊く必要は無いと分かっていて、多分彼女もそれは分かっているのだと思う。寝癖を直し歯を磨きトイレを済ませる。

「さあ行こうか。」
「遅いよ、昼ご飯食べる時間無いよ。」



 大学に着くと瀬田と杷木が昼飯を食べていたので合流する。おいおい、昼からイチャついてんなーと杷木が野次を飛ばしてきたけれど無視をした。瀬田が何か喋っているが明太子おにぎりを頬張っていて何を言っているか聴き取れない。杷木、髪の毛黒に戻したんだな。ああ似合ってるだろ、やっぱり日本人は黒髪だよな。茶髪の僕にそれを言うだろうか。無神経なやつがここにもいた。
「そう言えば昼飯持ってきてないな。」
「そうだと思ったよ、永井くん。」
柊が鞄から弁当箱を取り出して僕の前に差し出す。柊、と思わず声が漏れる。
「柊、君はなんて優秀な女性なんだ。結婚してほしい。」
「冗談きついよ永井。ほら早く食べなよ。」
「どういう家がいい?僕はエル字キッチンがいいと思う。」
「えー、私はアイランドキッチンがいい。」
「じゃあ両方のキッチンにしようよ、それがいいよ。」
「うん。」
弁当箱を開けると、ハンバーグと卵焼きとウインナーと焼売と白米が入っていて、おおと声を出す。僕の好きなハンバーグだ。箸を入れてみると、中にはチーズが入っていた。完璧だ、と思った。結婚してほしい、と言うと、考えとく、と言う。杷木は笑いを堪えていたが僕達を指差して、先ず付き合えよ、と言った。



 ――――――――――おい待てよ。待たないよ。僕走るの遅いんだよ。私は陸上部だから速いよ。知ってるよ、だから待ってよ。待たないよ、置いて行くよ。はあ、いいよもう、置いて行けよ。なんだよーもう諦めるの。五月蝿いな、遅くて悪かったな。悪くなんてないよ、分かった、待ってあげるよ。上から目線だな、気に食わない。じゃあ行くよ、置いて行くよ。はいはい、ありがとうございますお嬢様。誰がお嬢様だ、馬鹿にするな。してないだろ、尊敬してんだよ。早くしないと遅れるよ永井。なあ渡邉、今日の放課後暇か。えー、暇だけど。デートしないか。デート、うん、いいよ――――――――――
制服のスカートを靡かせて君は僕の誘いを承諾した。僕は君のことが好きだった。告白なんてものはしなかったが君のことが好きだった。僕等を吹き通った風が草木を襲い、彼等は必死に枝を掴んでいる。でもそれは間違っていて、枝も彼等を掴んでいるのだ。彼等は僕等に似ていて、僕等は彼らに似ている。何故だか僕はそんな気がしていた。



―残酷―
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