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8.Lovechill
しおりを挟む前髪が眼にかかっていて眼を悪くするんじゃないかと思う。斑無く茶色に染められた髪は丁寧に手入れされているみたいにサラサラしている。同じクラスの彼はとてもいい匂いで、何ていうのかな、すごく好きな匂いなんだ。大学に入学したばかりだけれどすごく気になる。私が学食の二階に行くと既に彼は昼ご飯を食べている、いつも。目立つ性格じゃなくて落ち着いていて、でも男の子な性格をしてるんだと思う。だけど人に興味が無さそうな顔をしていて、友達の話を聴いているようで聴いていない感じがする。こんなに男の子を気になったのは初めてで自分でも驚いてるんだ。いつも彼がいないか探してしまって、見つけると眼で追ってしまう。特別格好いい訳でもないんだけれど、笑顔がとても可愛くて真剣な顔はとても格好いい。
「何をそんなに見てるの、琴音。」
彩織の声で我を取り戻す。
「え、ううん、何でもないよ。」
「ふーん、あそこの男子の事が好きなの?」
「へっ?あっ何言ってるの。そんな訳無いじゃん、誰が永井君の事―――――。」
「誰も永井なんて言ってないけどな。へえ、ああいうタイプが好きなんだ。意外だなあ、もっとイケメンが好きなのかと思ったよ。」
嵌められた。まんまと嵌められた。
「人聞き悪い事言わないでよ、面食いみたいじゃん。でも永井君は格好いいよ。」
「認めるんだ、好きなの認めるんだ。あっさりだね、あっさり認めちゃうんだね琴音。」
「気になってるだけだよ、好きじゃないもん。」
本当は好きなのかもしれない。でも、今それを認めてしまったら軽い女だと思われるかもしれない。すぐに好きになる軽い女だって。元彼とも2ヶ月前に別れたばっかりだし、彩織はその事を知らないけれど別に言う予定もない。永井君は昼ご飯を食べ終わったらしく、片付け始めていた。
パソコンを真剣に見つめている。私はその横顔を見つめる。視線を感じたのか此方を見たので咄嗟に眼を逸らす。横目で彼を見ると、再びパソコンの画面を真剣な眼差しで見つめている。彩織がくすくす笑っているけれど無視をする。
売店で彼を見かけた。瀬田くんと杷木くんと楽しそうに話していて羨ましいなあと思う。
「ああいうの良いと思う。」
「何が?」
パンを選びながら彩織が問う。
「男の友情だよ。何かこう、キラキラしててさ、いいなあって思うよ、私。」
「ふーん。性癖エグいね。」
「へっ?違うよ、そういうのじゃないよ。何言ってんのもう。」
「ていうか、私パン買ったら帰るわ。彼氏に呼び出されちゃってさ、今からデートしてくる。」
「へ、へえ、授業は?」
「出席カード書いといてね、よろしく。」
彩織は会計を済ませると、じゃあね、と言って帰っていった。どうしよう、一人になっちゃった。仕方が無いから学食に向かう。一階は満席だったので二階への階段を登ると、一番端の席に彼が座っていた。何だか恥ずかしくなって気付かれないように通り過ぎる。
「おお柊。」
気付かれた。私は振り返って微笑む。
「おお杷木。それに瀬田と永井もいるじゃん。」
永井君、と心の中で思う。
「こっち来いよ。」
瀬田が手招きする。
「うん分かった。」
瀬田と杷木が隣に座っていて、永井君の横の席が空いている。何の仕打ちですか、これは何かの罰ゲームですか。永井君の隣になんて座れない。心臓が弾けんばかりに鼓動する。だけど勘づかれる訳にもいかないので何とも無い顔をして永井君の隣に座る。
「次何の授業?」
隣に彼が座っている。私の好きな匂いが心臓の鼓動を早くさせる。
「綺麗だ。」
え、何。急に永井君が言葉を発したので驚く。さっきから此方を見ているのは分かっていたので私に向けた言葉だと理解するとさらに鼓動が早くなる。
「え、何。」
彼が照れた様子で俯く。とても可愛い。
「いや何でもない。ごめん何も言ってない。」
聞こえてたよ、永井君。謝らなくていいのに。少しだけ意地悪したくなった。
「ふーん、綺麗だとか何とか聴こえたけどなぁ。」
彼が顔を赤らめるので胸が締め付けられる。胸が痛い、胸が痛いよ永井君。
杷木が永井君のアルバイト先を教えてくれた。『ぐれいす』っていう名前の喫茶店らしい。今日シフトが入っているらしく、永井君のアルバイトが終わる時間を教えてくれたのでこれは良い機会だと思い外で待つことにした。気持ち悪いかな、とも思ったけどこんな機会もう無いかもしれないのでやっぱり行くことにする。
二十一時四十五分。街灯が全然なくて怖いし、めちゃくちゃ寒いから正直帰りたい。でもここまで来たし永井君に会いたい。会いたい一心で怖いのと寒いのを我慢する。恋の力は偉大だな。店の裏口の扉が開いて誰かが出てくる。暗くて良く見えないけれど、それが永井君だとすぐ分かった。今日こそデートに誘うんだ、永井君とデートするんだ。
九時二十五分。朝の風はとても冷たい。駅のベンチに座って彼を待つ。来るの早過ぎたかな、十時集合だもんね。
九時三十五分。彼はまだ来ていない。すっぽかされないよね、大丈夫だよね。少し不安になる。
九時四十五分。八番乗り場に到着したバスから彼が降りてきて金色の銅像の下に座った。バーガンディ色のニットに黒いコートを羽織って黒いパンツを履いている。白いマフラーをして。めちゃくちゃ格好いい。鞄からスマホを取り出し、カメラアプリを起動させて彼を一枚撮る。すぐにスマホを鞄に仕舞い、前髪を整え、服に付いている雪を払い、彼の元へ駆けていく。
「お待たせ。」
酔った。もう飲めないし食べられない。視界が捩れ曲がり、何が何だか良く分からない。永井君が何を言っているのか聴き取れない。
展望台の入口に着くと、もう閉まっていた。ああ残念だな。永井君と見る夜景は綺麗だったろうな。
冷たい風が永井君と私に向かって流れる。いや、そこを歩いているおじさんにも向かって流れているのだろうか、多分そうだと思う。私の脚が永井君の脚に触れると内蔵が弾け飛びそうになった。特に心臓が爆発して消滅してしまいそうだ。目を瞑って何も考えないようにする。少しの間沈黙が続いた後、目を開けると永井君の顔がすごくすごく近いところにあった。白目を剥きそうになるが必死に抵抗して何とか喰い止める。死んでしまいそうだ。震える、震えているよ私、ねえ永井君。これは寒さのせいでも永井君のせいでもなくて、私の愛のせいだ。私が永井君に対して愛を持ってしまったせいだ。愛なんてものは絵空事だと思っていた。街でカップルを見かけても羨ましいなんて思ったことは無いし、彼氏を作ろうと思ったことも無かった。前の彼氏はいい人だったけれど、こみ上げるほどの愛を感じていなかった。でも、でもね永井君、君だけは私の特別なんだよ。彼は何か考えていた。何かを躊躇っているように見えた。私はその躊躇いを振り払ってあげようして彼の唇を奪う。もう後戻りはできない。それは無理なんだって分かってる。でも私は君のことが好きなんだよ永井君。彼は私の唇から離れると上を向いた。後悔しているのだと、そう思った。『友達』という関係が崩れてしまったからだ。私は上を向いている彼の横顔を眺める。彼は震えていた。それは寒さのせいでもなく私のせいでもなく、私に対して愛を持ってしまったからなんだと思う。それはもう分かっていた。彼は此方を向いたと思ったら再びキスをしてくる。彼の左手が私の太股に触れると、その手は徐々に上がってきて私の股に触れた。思わず声が漏れた。だけど私はそれを受け入れようとする。彼は止まらないみたいで私の股を擦る。その手が段々と激しくなる。彼は私を押し倒し、両手で首を掴んで締めてくる。息が出来ない、息が出来ないと永井君。私はその手を払い除けて咳き込む。そして彼の混沌とした眼を見つめる。
「永井、永井。」
私は彼の名前を呼ぶ。だけど彼は全く反応を示さない。
「永井、永井ってば。」
彼は我を取り戻したかのように、その黒目に暉に暉を宿す。
「ごめん、何でもない。帰ろうか。」
彼がそう言うので、私はベンチから立ち上がり帰路に立つ。後ろから性欲に充ちた視線を感じた。とてつもない恐怖が私を被う。それは彼からの視線であることには気付いていたが、振り返ることは出来なかった。
学校からの帰り道、いつも通る路地にある橙色に光る街灯は、暖かい暉で私を照らし、愛というのが暖かさで溢れていることを教えてくれていた気がした。閑静な住宅街の路地にポツンと聳え立つたったひとつの街灯は、世界の愛を主張しているみたいだった。私はその暉が何だか好きで、時々写真に収めたりしたものだ。もう少しでその路地に差しかかる。あの温もりを早く感じたくて、少しだけ小走りをする。赤屋根の家の角を曲がると、あの街灯がある。曲がる………………………無い。温もりが、無い。代わりに、冷酷で悲劇的で悍ましげな蒼い暉が、私を勝色の世界へ導いた。
―愛の恐怖―
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