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異世界への国家転移

第3話:会議は踊る、そして進む

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_転移から数時間後、日を跨いだ頃 異世界歴14598年、2月5日 エルディアン共和国首都エルディアン、大統領府 午前01:15


 普段滅多に使われない、大統領府の会議室。まだ夜も開けていないにもかかわらず、そこには各担当府の大臣、そして大統領が重々しい雰囲気を醸《かも》し出して椅子に座り込んでいた。用事でもあるのか、なんの連絡もせずに欠席している気象担当大臣の姿が見えない以外、そこにはほとんどの担当府の大臣が揃っていた。

 「……仕方ありませんね。これより、国家緊急報告会を開始させていただきます」

 時間は一刻を争う。それを承知している司会は、気象担当大臣は一旦無視し重々しい口調で『国家緊急報告会』と名付けられた会議を始める。

 「まずはそれぞれ、報告といきましょうか」

 司会は側に立つ部下に目配せをすると、部屋の片隅からプロジェクターとパソコン1台ずつを持って来させる。

 「これはどうぞご自由に使ってもらって構いません」

 司会が一通り話しを終えると、側に置いてあった椅子に静かに座り込む。

 「……それでは、まず産業経済担当府から報告を」

 先に名乗りを上げたのは産業経済担当大臣だった。

 「まず、現在我が国が置かれている状況ですが……一言で言えば『最悪』となります」

 血相を変えて言う産業経済担当大臣に、その場にいた大臣は固唾を飲む。

 「まず第一の問題として、様々な分野での機能不全が発生していると言う点にあります。彼らの言い分では『原因不明の通信障害が発生してる』とのことですが……」

 経済産業担当大臣は、パソコンにUSBを差し込見ながら言う。

 「そんなことは、まずありえない……と言えたら、どれほど良かったことか」

 そう言うと、産業経済担当大臣は力強くエンターキーを押し込んだ。

 「これは、現在の衛星管理センターの映像ですね」

 産業経済担当大臣が言うには、衛星管理センターの真正面に設置された巨大な液晶版には普段各通信衛星との通信状況が表示されているらしい。

 「……まぁ、ご覧の通り通信衛星との通信状況はどれも壊滅的。現在復旧作業中ですが……まるで、復旧の目処は立っておりません」

 大臣たちは頭を抱える。

 「これ以外にも、様々な問題が発生しておりますが、残りは全てみなさんのお手元に配りました資料に書かれてあります。どうぞご自由にご覧ください」

 産業経済担当大臣は話を切り上げると、あとはすでに部下が配り終えた資料に託す。
 産業経済担当大臣の話を聞き終えた大臣らは目の前にある楕円形の机に置かれた資料を我先にと取り、それぞれが自分のペースで内容を読み進める。中には驚愕したのだろうか、顔を真っ青にして資料を読むのをやめた大臣も数人いる。

 「間髪入れて申し訳ないが、今度はエネルギー資源担当府からの報告をさせてもらう!」

 逼迫した状況なのか、エネルギー資源担当大臣はそれだけ言うと大急ぎでパソコンにしがみついた。

 「な、何から説明したらいいか……とにかく我が府はもっとも忙しい状況にあると言えます」

 『カタカタ』と言うタイプ音が会議室に大きく鳴り響く中、エネルギー資源担当大臣はポケットに入っていたUSBをパソコンに差し込み、プロジェクターから壁に数個の棒グラフが表示される。

 「まずこれは現在の風力・波力発電の発電状況ですねはい。まぁ……見たらわかると思いますが、実質ゼロに近い数値です」

 そのグラフには、それぞれ『水力』や『太陽光』、『水素』、『火力』、『バイオ』、『地熱』といった各発電施設の発電状況が示されている。その中でも目を引いた発電施設__それが、『風力』と『波力』だった。

 「原因としては__4年前に行われた『国家発電施設大変更計画』ですね。これが、仇《あだ》となりました」

 『国家発電施設大変更計画』。今まで火力発電や原子力発電に頼ってきたものを他の発電方法__太陽光や水力、風力、地熱、波力発電により賄うと言う計画で、結果として国家の発電量の約80%を先ほどの発電方法などで補うことに成功した。
 当時は『世界で初めて環境問題に真面目に取り組んだ国』とニュースで言われていたほど、大胆な計画だった。それが仇となったとは、一体どう言うことなのだろう。

 「本来であれば、気象担当大臣から説明をいただきたかったのですが……とにかく、現在我々が把握しているのは『全体で40%以上を占める波力・風力発電が原因不明の問題により使用不可となったこと』のみです。」

 なぜ波力・風力発電が占める割合が多いのか。それには、地形的な理由が含まれている。付近には暖流や寒流などが多く、同時にそれを利用して海岸沿いの港湾都市は発展してきた。風力もまた然りで、メンテナンスと騒音問題に目をつむれば自然に対する影響が少ない(と思っているだけ)ため採用された。

 「波力は海流を用いた型で、風力はその通り、風を使用していますが、発電ができなくなる事態はまずあり得ません」

 と、ここで今まで聞くだけだった大統領が初めて口を開いた。

 「……君たちの話を聞く限りなのだが……『超常的な現象がこの国の各地で発生している』と言いたいのかね?」

 産業経済担当大臣とエネルギー資源担当大臣は深く頷く。

 「……だが、発電施設の不調も、衛星もの通信途絶も単なる不具合の可能性もある。今我々に必要なのは、目で見ることができる確固たる証拠だ。そう……例えば……」

 大統領がそう言おうとした時だった。

 ガチャンッ!
 
 「お、遅くなって申し訳ありませんっ!資料の制作に時間がかかったもので……」

 会議中にもかかわらず、ノックをせずに入室したのは、うら若き女性__もとい、気象担当大臣だった。彼女は両手で抱えていたあふれんばかりのファイルや書類等々を机の上に置くと、額に浮き出た汗をぬぐい司会と大臣、大統領らに謝辞する。

 「い、一体どうしたのだね……?」

 「それはすぐに説明いたします!」

 『すいません』と一言つけてエネルギー資源担当大臣が使用していたパソコンを奪うと、ポケットにしまっていたUSBを震えた手で差し込んだ。

 「ま、まずは……これです!」
 
 そう言ってスクリーンで映し出したのは、『赤い』月だった。それは我々の知っている月よりもはるかにクレーターが多く、そして、大きい。さらに赤く光っているとくれば、これは何かのフィクションだとしか思えない。

 「気象担当大臣……これは何かの冗談かね?」

 一同は幾ら何でも信じられない、と言いたげな顔で気象担当大臣を見つめている。
 今回の報告会で発電所の機能が死んだり衛星との通信が途絶したりと言う話はされたが、幾ら何でも気象担当大臣の繰り出した内容は信ぴょう性に欠ける。

 「し、信じて……もらえない……?」

 気象担当大臣は一瞬俯《うつむ》くが、すぐに顔を上げる。

 「__なら、外を見て下さいよ!」

 彼女はそう言うと、スッとした指で窓を指差した。

 「そう言うのであれば……見てみよう」

 大臣らはぞろぞろと窓そのそばへと寄ると、ガラス越しに月を探す。

 「……」

 そして、大臣らは目が点になった。満天の星空が広がる夜空には、確かにほんのりと光る赤い月が鎮座しているのだから。

 「そして次ですッ!」

 気象担当大臣は、ファイルを突っ立った状態の大臣らに配った。なんだなんだとその紙を凝視すると、そのファイルにはどでかく『酸素濃度の変化(20%→30%)』と書いてある。

 「こ……これは?」

 「酸素濃度の変化についてです!まずはご覧ください!」

 大臣らは流されるようにページをペラペラとめくり、読み進めていく。中には『酸素濃度の変化(20%→30%)』による影響__鉄の酸化が早まる、炎の燃焼スピードは格段に早くなる、酸素摂取能力の低下(適応)__やその対策が記されている。

 「……はて?一体赤い月と酸素濃度の変化にどんな関係……んぅ!?んんんんん!?」

 大臣らは最後のページを見た時、驚愕した。

 「『これらは全て、事実に基づいて作成されています』ゥッ!?」

 なんと言うことだ。ファイルの内容が正しければ、この内容は事実だと言うことになる。そんなこと、あってたまるか。

 「みなさん……色々言いたいことはあるとは思いますが、これは事実です。実際に__」

 コンコン

 「失礼します!」

 大臣らはまたか誰か来たのか、と思いながらも会議室に入って来た人物__迷彩服を着た軍人を見る。

 「さ、先ほど調査中だった調査隊より連絡が入りました!__『本国より南西900キロ先、未知の大陸を発見』とのことです!」
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