ピアノの地縛霊は今日も間違っている

青によし

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第7章②

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 奏子さんがゆっくりとピアノのもとにたどり着くと、俺の方を振り向き、丁寧に一礼した。まるで舞台上の一幕のよう、いや、奏子さんにとってはこれが最後の晴れ舞台なんだ。俺はただ一人の観客として、しっかりと聴き届けなくてはいけない。

 奏子さんが椅子に座りそっと鍵盤に指を置く。そしてすうっと息を吸い、弾き始めた。甘やかなイントロが流れ始める。この洋楽はもともと映画に使われていた曲だったらしい。曲そのものが有名だったので、俺も最近知ったことだったが。
 内容は切ないラブストーリーで、惹かれ合う二人だが結ばれることはなく、でもお互い前を向いて歩いて行くといったラストだった。ハッピーエンドではないかもれないけれど、バッドエンドでもない。見終わった後にじんわりと温かみが残るような映画だ。
 その映画を表すかのようなこの曲は、切なさのなかに力強さも秘めている。その魅力を最大限に表現している奏子さんは、やはりただものではない。いろんな想いを込めて、大切に弾いているのだ。誰かに伝われと思って、必死に弾いているのだ。だからこそ、こんなにも俺の心を打つ。

 俺は夢中で拍手を送った。間違えることも無く、そして感情豊かに、心が切なくなる演奏だった。

「素晴らしかったです」
「ありがとう、ふみ君。とても、すっきりした気分だ」

 言葉通り、奏子さんはすがすがしい表情を浮かべていた。

「俺の方こそ、ありがとうございます。いろいろあったけれど、奏子さんに出会えて今は良かったって思ってます」
「やだな、照れるじゃないか」

 奏子さんに思い切り肩を叩かれた。ピアノに触れているからリアルに当たっていて痛けれど、この痛みもこれが最後かと思うと寂しいくらいだ。

「じゃあな、ふみ君。もう遅いから帰りなさい。付き合ってくれて本当にありがとう。これからもピアノ弾いて、私に聴かせて欲しい」

 奏子さんはそう言って、俺に手を振った。

 あっさりしているなと思ったけれど、しんみりするのは奏子さんには似合わない。これくらいが奏子さんらしいのだろう。

 俺は達成感と少しの寂しさを抱えて歩き出す。これで奏子さんの未練はなくなった。きっと明日になったら奏子さんはいない。だけど、それでいいのだ。誰も来ない倉庫に閉じ込められるのを回避できたのだ。永遠に存在し続けるという孤独から解放されるのだから。



 その晩は、目がさえてしまってよく眠れなかった。もしや成仏前に夢枕に立つんじゃ無いかと妙に頭上を気にしてみたり。家鳴りにびびって飛び起きるも何も見えず。ほっとしつつ何か残念な気もしつつ。

 真っ暗闇の部屋の中に幽霊の奏子さんがいたら……怖い、よな。いや、しかし、奏子さんが自分の部屋にいるって、幽霊とは言え綺麗な女性である。なんかいけないことのような気がしないこともない……のか? いや、何だか感覚がバグってきた!

 そんなことをぐるぐる考えている内に気付けば朝になっていた。寝たような寝ていないような、なんとも眠い朝を迎えることとなったのだった。




 ぼんやりとしたまま大学に行き講義を受ける。そして帰り道、最寄り駅では相変わらずピアノの音が聞こえてくる。今日も撤去を惜しんで弾きに来ている人がいるのだろう。でも、この曲、奏子さんが弾いていた洋楽だ。まぁ有名な曲だし、他の人も弾くよなぁと思いつつ、なんとなく聞き耳を立ててしまう。

「ん?」

 奏子さんがいつも間違えて弾いていた箇所を、この人も間違えて弾いている。

「……まさかな」

 いやいや、そんなわけない。だって奏子さんは昨日満足していたではないか。あれは成仏するってフラグだろ? 頭を振りながらも、じっとりと冷や汗が滲んでくる。

 俺はいったん足を止めて、大きく深呼吸をする。そうして呼吸を整えた後、ゆっくりとピアノの方へと再び歩み出した。
 ピアノの音が鮮明になってきた。目視でもピアノが見えてくる。ピアノを弾く人物の後ろ姿は、髪の長い女性だった……というか、奏子さん本人だった。

「なんでだよ!」

 俺は思わず座り込んでしまう。急に座り込んだものだから、後ろから来た人に思い切り舌打ちをされてしまったけれど。邪魔だったのは申し訳ない。でも、あまりの出来事に力が抜けてしまったのだ、許して欲しい。

 でもいつまでも座り込んでいるわけには行かない。俺は無理やり立ち上がると、ピアノの元までよろよろと歩く。
 ちょうど良く曲が終わったので、俺はおざなりな拍手を送った。

「あ、ふみ君。どうだ? 完璧だったろう」
「……いえ、完璧に元に戻ってましたから」
「えぇ、今度こそ壁を越えたと思ったのになぁ。やはり死んだら駄目なのは変わらないのか。ざぁんねん」

 奏子さんは軽い口調で笑いながら言う。その様子に俺は何も言えなくなってしまった。本当は「何で成仏してないんですか」「昨日満足してたでしょうが」、何なら「無駄になった昨日の労力を返してください」とか、言いたいことはたくさん腹の中で暴れている。
 でも、死んだら駄目なのだと再認識している人に向かって、そんな文句をぶつけるほど良心を捨ててはいない。

 だが、事実確認だけは必要だ。

「奏子さん。俺、実は昨日奏子さんは満足してたので、もう会えないかと思ってました」
「そうなのか? でも、私はこのピアノに縛られているから、簡単には成仏出来ないと思うが」
「へ、へぇ……。じゃあ、奏子さんが自分で思う成仏の条件って何だと思います?」
「ふみ君、私を成仏させたいのか?」

 奏子さんが眉間にしわを寄せて睨んできた。

 成仏するために俺が奏子さんの練習に付き合ってるって伝えてなかったっけ……。あれ、やばい。言ってないかも。

「奏子さんも清美さん達のように、成仏したいのかなって思ってたんですが」

 俺が勝手に成仏させたいって思ってただけで、奏子さんは成仏したくなかったのかな。だとしたら、奏子さんにとって俺は殺人鬼みたいな思考しているやばい奴じゃん。怒らせたかなと身構えるも、奏子さんは考え込んだ末にぽろっと本音をこぼした。

「ずっとピアノと共にいたから、この先も永遠にそれが続くのだと思っていた。正直なところ、成仏とか自分には関係ないと思っていたから考えたことも無かったな。でも……そうだな。いつかは成仏出来たらいいなとは思う」

 俺は幽霊のことはよく分からないけど、きっと奏子さんだって分からないのだろう。幽霊になった経験のある人なんていないんだから。成仏しようと思って出来るなら、誰も幽霊になって彷徨ったりはしないのだし。

 結局、奏子さんからそれ以上のことは聞けなかった。もともと奏子さんは記憶が抜けている。生前のこともあやふやだし、何故このピアノに縛られているのかも分からないのだから仕方ないのかもしれない。


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