ピアノの地縛霊は今日も間違っている

青によし

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第7章③

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 仕方ないからといって、このまま何もしないままだとピアノが撤去されてしまう。まだ奏子さんに会えるうちに出来ることはないだろうか。家に帰ってからも考え続けるが、幽霊に関して素人の俺では何も思い浮かばない。

 困り果てた俺が頼れるのはあの子しか居なかった。 

「学校帰りにごめん」

 俺は十和に泣きついて、相談に乗ってもらうことにしたのだ。制服姿の十和を待ち合わせてコーヒーショップへと入る。もちろん、十和の飲み物は俺のおごりである。

「あの幽霊のことでしょ? ピアノの撤去が決まったんだっけ」
「そうなんだ。撤去されたら倉庫で保管されるらしくて、その前にどうにかして成仏させてあげられないかなと思って」
「じゃあ除霊のお札をもらってきてあげようか」

 十和はさらっと言うが、俺には縁遠いアイテムすぎて一瞬考え込んでしまう。

「除霊? お札? え、漫画とかアニメで良くある幽霊に貼ったら攻撃できるやつ?」
「まぁ、簡単に言えばそういうやつ」

 お茶請けにと一緒に買ったクッキーを十和がパクパクと食べていく。だが、俺は十和の言わんとすることをやっと理解して大慌てだ。

「駄目だよ。奏子さんを攻撃するなんて」
「でも、成仏させたいんでしょ」
「それ成仏っていうより、強制的に消し去ってるじゃん」
「同じことだと思うけど」

 淡々と奏子さんを消そうとしてくる十和に、俺は驚愕しかない。

「全然同じじゃじゃないって。もっと平和的な方法ないの?」
「じゃあ除霊師を呼ぶ。これはお札よりももっとお金掛かるよ。文晶が何ヶ月もバイトしないと払えないくらいだと思う」
「必要ならお金はなんとかするけど……でも、それお札とどう違うの?」
「お札よりも強力だから苦痛も無く一瞬で消え去れる」

 がっくりと俺はうなだれた。

「同じじゃん! だから何で強制的に消そうとするんだよ」
「だって自然に消えないものを消そうとするんだから、そうなるに決まってるじゃん。文晶はどうしたいの? あのピアノに縛られたままにしておきたくないんでしょ? だったら力尽くで引き剥がすしかないよ」

 十和の言っていることは間違っていないのだろう。顔を上げた俺は十和の視線にまっすぐ射貫かれ、身動きが取れなくなってしまう。

 でも、そんな乱暴なことをしたいわけじゃないのだ。清美さんやマサさんのように満足して成仏してもらいたいって思うのは、俺が甘いだけなのだろうか。

 返す言葉に困る俺を見て、十和がため息を付いた。

「私さ、文晶のこと前から知ってた」
「えっ?」
「私もあの動画を見たの。血まみれの幽霊が成仏したやつ」

 十和と会ったのは偶然ではなく、珠樹のように動画を見て会いに来たというのか。でも十和はピアノに興味があるようには思えないけれど。そんな俺の疑問が表情に出ていたのだろう。十和は苦笑いしながら話し出した。

「私のお祖母ちゃんもお母さんも霊媒師で『そういう』困りごとの相談を解決してきたの」

 最初はゆっくりと考えながら話していたが、だんだんと流れるように十和は思いを吐き出していく。

「今の文晶は信じてくれると思うけど、普通の人達はお祖母ちゃん達のような霊媒師の仕事を信じない。詐欺師だと笑ってくるし、気味が悪いっていじめられるから中学では必死に隠してる。私は幽霊も家の仕事も大嫌い。それなのに私には才能があるってお祖母ちゃんもお母さんも期待してくる。でも、幽霊が見えるって普通じゃないんだよ。見えないのが普通なの。だから、見えないように幽霊を消し去ることで普通になれる。でも、普通になるためには普通じゃない詐欺師だと笑われることをしなくちゃいけない」

 十和は苦しげに制服の胸元を握りしめている。
 ままならない状況に十和は追い詰められているのだ。俺とは全然違う家庭環境なのに、十和が息苦しいと感じるその気持ちは少し分かる気がした。

「俺が幽霊の奏子さんと一緒にいる動画を見て、気になって来てくれたんだ。十和は優しいんだね」
「ち、違う! 心配で見に来たんじゃない。ただ、どういうつもりなのか知りたかっただけ」
「そうだとしても、十和は俺に忠告してくれた」
「だって、あんまりにも無知だったから」
「ほら、やっぱり心配してくれてるじゃん」
「……ニヤニヤしてキモい」

 十和はふてくされた表情で、アイスティーを勢いよく飲んだ。

「俺はさ、幽霊なんて今まで見えたこと無くて、奏子さんが初めてなんだ。だから幽霊に関しては分からない。十和が言うように、見えたときは何で見えるんだって怖かったし、見えなくなりたいって思ったよ」
「なら、除霊すればいいじゃん」
「それは出来ればしたくない。奏子さんはちょっと強引なところはあるけれど、良い人なんだ。音楽が大好きで、人も好きで……たぶんピアノをいつも弾いていたのは、聞こえていなくてもみんなに楽しんでもらいたかったんじゃないかなって思う」

 思い出の洋楽以外の曲も奏子さんはたまに弾いていた。もし自分のためだけなら、あの洋楽だけを弾いていればいいのに、俺がリクエストしたら英ポロやラ・カンパネラを全力で弾いてくれるのだ。

「文晶、それ良くないよ」

 十和の声が刺々しい。急に空気がピリついた。

「どういうこと?」
「前に言ったよね、縁を結びすぎると連れて行かれるって」
「聞いたけど……」

 俺はゴクリと息をのむ。

「そんなに心を寄せたら危ないって言ってるの。文晶と離れたくないってあの幽霊がもし強く思ったら? ピアノ撤去されたら会えなくなる、それは嫌だって負の感情に引きずられて怨霊化しちゃうかもしれない。そんなことになったらどうするの?」
「そ、それは……困るけど」
「でしょ。文晶も困るけど、あの幽霊だって今のままならその辺にいるただの幽霊なのに、怨霊になったら自我も無くしちゃう。ピアノだって弾いてられなくなる。それでいいの?」

 十和は身を乗り出すようにして言い重ねてくる。

「良くないよ。良くないけど、だからといって問答無用で除霊して良いとは思えない。もっと、寄り添う形で成仏させたいんだよ」
「成仏させたい? 上から目線じゃん。傲慢だね、何様のつもり?」
「…………分からない」

 俺はなんなのだろう。どういう立場なのか自分でもよく分からない。

 奏子さんと俺は同じ時を生きることは出来ない。偶然にも「今」という時間が重なっているだけだ。奏子さんが死んでいなければ、出会ってすらいなかっただろう。
 だけど、赤の他人だしどうなったって知ったことじゃないと切り捨てるには、濃密な時間を過ごしすぎている。奏子さんからもらったものがありすぎる。

「俺はピアノを弾く楽しさを教えてもらったんだ。いや、思い出させてくれた……のかな。だから、恩を仇で返すようなことはしたくない」
「文晶って意外と頑固だね。まぁ……そこまで言うなら除霊の話はやめる」

 十和は呆れたように大きなため息を付いた。なんか申し訳ないなと思いつつ少しほっとした。

「幽霊っていうのはね、何かしらやり残したことがあるからこの世から離れられないの。それを解決出来ればいいんだけど」
「奏子さんのやり残したことは、思い出の洋楽を完成させることだと思ってたんだけど……完璧に弾けても成仏していないんだ。本人の記憶も曖昧で、他にどんな心残りがあるのか分からない」

 俺が試みたことを白状すると、十和はやれやれと言った様子でため息を付いた。

「本人がもう忘れ去っていたとしても、根本の部分の未練を取り除かないと成仏は出来ないよ。強制的に除霊するのが嫌だったら、どうして幽霊になったのかを突き止めないと無理だね」

 十和はアイスティーを飲みきると、ごちそうさまといって立ち上がった。

「あ、相談料金いくら?」

 俺は慌てて帰ろうとする十和を引き止めた。

「……三百円」
「え、安い。ちょっと待って、今払うから」
「もうもらってるから良い。じゃあね。せいぜい連れてかれないように気をつけて」

 十和はそのまま帰ってしまった。開きかけた財布からさっきの飲み物代のレシートが落ちる。

「あ、アイスティー三百円だ」

 なんだよ畜生、性格かっこ良すぎだろう。思わず俺はうなだれてしまう。中学生女子になんだか負けた気分だった。

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