ピアノの地縛霊は今日も間違っている

青によし

文字の大きさ
26 / 36

第7章①

しおりを挟む
 ストリートピアノ撤去まであと二週間とちょっと。珠樹と別れてとぼとぼと帰った俺は、自分のベッドに寝転びながら考えていた。

「ピアノは撤去されたら倉庫のなか……」

 真っ暗ななかに放置されるピアノ。誰も弾きに来ないピアノの横で独りぼっちになる奏子さんが思い浮かぶ。
 なんだこれ、想像しただけで胸にずしんと来た。こんなの寂しすぎるだろう。倉庫に入れられる前に、どうにか成仏させてあげたい。

「そうだ。もともと俺は奏子さんを成仏させたかったんだ。何も目的は変わっていない。ただ期限が定まってしまっただけじゃん」

 あのピアノに引き寄せられ、祟られるのが怖くて奏子さんの我が儘に振り回されつつも俺はピアノを弾いていた。平穏な生活を取り戻すために。

 じゃあ、どうすれば成仏出来るのだろうか。
 俺が接してきた中で思ったのは、やはり音楽に対する未練があるのだと思った。いつも弾いている洋楽の曲が未完成だから、成仏出来ないのではと今まで考えていた。そのことに多分間違いはないと思うのだけれど、なんせ正解が分からないのだから予想するしかないのが辛いところだ。

 他のクラシックの曲はめちゃくちゃ上手く弾けるのに、俺が出会ったときはずっと洋楽を弾いていた。基本的に俺との会話の中で他の曲を弾く気にならない限り、奏子さんが弾くのはあの洋楽ばかり。だから、奏子さんにとってあの曲が特別なのは確実なのだと思う。

「とにかく、明日は午前しか講義がないから、残りの時間はすべて奏子さんの練習に充てよう」

 他に成仏出来そうなことが思い浮かばないのだから、これに賭けるしかない。とにかく、奏子さんにあの洋楽を完全マスターしてもらおうと気合いを入れるのだった。




「奏子さん、すみません。管理会社と話してきましたが力及びませんでした」

 大学帰り、俺は深々と奏子さんに頭を下げた。

「そうか、仕方ないな。ここにピアノを置いてくれていたのもあの人達の善意なんだし。感謝こそすれ、文句を言ったら罰が当たる」

 奏子さんは想定していたようで、謝る俺を見て苦笑いしていた。

「だから俺、考えたんです。残りの時間を大事に過ごさなきゃいけないって」
「お、急に前向き発言だな」
「茶化さないでくださいよ。今日は絶対にあの洋楽を完成させますよ」
「そうきたか。うん、でも確かにふみ君に会える内にちゃんと弾けるようになりたい。じゃないと永遠に間違い続けてしまうからな」

 奏子さんは何でも無いような口調で切ないことをこぼす。その不意打ちの言葉に、俺はいつももどかしい気持ちがもやもやと胸に渦巻くのだ。

 奏子さんの『永遠』は言葉の綾などではなく、本当に永遠を示している。永遠に間違い続ける、しかも俺のように指摘する人間に今後出会う可能性は低いだろう。俺だって指摘したのは本当に気まぐれだったのだから。うぬぼれかもしれないけれど、奏子さんにとって俺との出会いは奇跡なのかもしれない。俺にとっては……よく分からないけれど。

 ちなみに俺の計画はこうだ。翌日になったら奏子さんのピアノのレベルは元に戻る。ならばその日のうちに細部まで弾き込んで完璧レベルにする。今までだって間違っているところを練習し、通しで一曲弾ききったりもしていた。でも成仏していない。つまり『奏子さんが完璧に弾きこなしたと思えるレベル』にならなければ駄目なのではと思うのだ。

 まぁ、奏子さんってプロ級だから、その求める完璧のレベルってどの高さだよって思わなくもないけれど……。

 ランチタイムの時間帯はほぼ弾きに来る人はいなかったので、ひたすら奏子さんに弾いてもらった。間違って弾いてしまう部分も正しく弾けるようになり、あとは強弱の付け方、細部の弾き方のニュアンスだったりを弾き込んで染みこませていく。

 夕方になると弾きに来る人が増えた。撤去されることが告知されているせいか、その前に是非弾こうと待機列が出来るくらい人が集まる時間帯も。その間はみんなが弾くのを休憩がてら二人で眺めていた。

「わざわざ弾きに来てくれる人がこんなにもいるって、なかなかすごいな。ずっと一人だったから嬉しいものだな。ふみ君には感謝しているよ。今までいろいろ振り回して申し訳なかった」
「な、なんです、急に」

 まるで別れフラグのような台詞に俺は驚く。でも、そうなんだ。もし完璧に弾けるようになったら、もう奏子さんとは今日でお別れなんだ。

 祟られることなく円満に別れられることを願って行動していた。だから、別れることが出来そうで嬉しいはずなのに、ちょっと惜しいなんて思ってしまうのは何故だろうか。

「最初の頃はさ、私のことが見えるふみ君が珍しくて、逃したくないって思っていた。だから、ふみ君が怖がるのを思い切り利用もした」

 やっぱり奏子さんは意図的に脅かしてきていたのか。

「私が無理矢理弾かせたせいもあるだろうけど、出会った当時、ふみ君はすごく辛そうに弾いていたな」
「……そう、ですね。ピアノはもう二度と弾かないつもりでしたから」
「ふふ、もったいない」

 奏子さんに言われると、誰に言われるよりもグサッと胸に刺さる。

「でも、俺よりも上手くて凄い奴はたくさんいます」
「だから? 下手だったらピアノを弾いてはいけないのか?」
「そ、そういうわけじゃないですけど」
「だろう? それに、この前のふみ君の英ポロは、のびのびとして楽しそうだった。ああいう音も出せるんだなと、すごく驚いたよ。聞いていて自由になれる気がして、もっと聞きたいって思った」

 急になんだ、このべた褒めは。やめてくれ、なんか泣きそうになってくるじゃないか。

「ふみ君がどんな理由があってピアノを辞めたのかは知らない。でも、どんな形であれ、また弾いていって欲しい。きっとふみ君のピアノを聞いて感動する人達がいるし、私も聞きたいから届くように弾いてくれよ」

 さっきまでは分からなかったけれど、俺にとって奏子さんとの出会いとは、ピアノにもう一度向き合うためだったのかもしれない。俺は奏子さんに無理矢理弾かされなければ絶対にピアノを弾くことはなかった。奏子さんの演奏を聴かなければ、あんなに自由な英ポロは弾けなかった。

 そうか、と腑に落ちた。幽霊に詳しい十和が言っていた「波長が共鳴している」って意味が分かった気がする。波長が同じなわけじゃ無く、お互いに影響し合っていたんだ。いやむしろ、俺が一方的に奏子さんに導かれているだけかもしれないが。

 勝手に奏子さんに目をつけられて巻き込まれたと思っていた。でも、実際は俺が救われただけなのかも。
 ピアノに対して、わだかまりがなくなったわけじゃない。挫折は挫折として心にしっかりと苦々しい後味を残している。母とのピアノを通じた葛藤も無くなったわけじゃない。でも、狭かった視野を奏子さんは広げてくれた。

「あ、ふみくん。話し込んでいる内に人が居なくなっている」

 奏子さんの声に顔を上げると、人通りもまばらになっていた。時間を確認するともうすぐ二十時。あと三十分ほどでピアノが施錠されてしまう。

「次が本番、最高の一曲をお届けするから。しっかり聴いていてくれ」

 奏子さんは気合い十分に言うと、満面の笑みを浮かべた。
 きっと、これが奏子さんの最後の演奏なのだろう。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

婚約破棄から50年後

あんど もあ
ファンタジー
王立学園の卒業パーティーで、王子が婚約者に婚約破棄を宣言した。王子は真に愛する女性と結ばれ、めでたしめでたし。 そして50年後、王子の孫の王子は、婚約破棄された女性の孫と婚約する事に。そこで明かされた婚約破棄の真実とは。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

処理中です...