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第5話 初めての討伐依頼
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翌朝、ルースの町には久しぶりの静けさが戻っていた。
昨夜の魔獣襲撃から一夜。町の人々は安堵と同時に、その中心で戦い抜いた青年の噂で持ちきりだった。
「ひとりで魔獣の群れを止めた男がいるらしいぞ」
「教会の聖騎士見習いと一緒にいたって話だ」
「新しい勇者かもしれない」
アルトはそんなざわめきをよそに、ギルドの掲示板の前に立っていた。
リリアは横で、少し緊張した面持ちで依頼書を眺めている。
「まさか、あなたが冒険者登録するとは思いませんでした」
「せっかくだ。一度、正式に依頼を受けて力を試したい」
「でも、昨日の戦いだって十分強さを示したじゃないですか」
「運が良かっただけかもしれない。実力を測るには、やっぱり経験だよ」
アルトは淡々と答えながら、一枚の依頼書を手に取った。
内容はシンプルだった。
「北の丘陵地帯に出没するオーガの討伐。推奨ランクC」
リリアが少し眉をひそめる。
「オーガは危険です。普通ならパーティを組まないと無理ですよ」
「じゃあちょうどいい。俺の“力”がどこまで通じるか確かめられる」
「……せめて、私も一緒に行きます。助けてもらった恩返しです」
「好きにしろ。ただ、危なくなったら逃げろよ」
そのやりとりを見ていた受付嬢の女性が、信じられないというように目を丸くした。
「お、お二人でCランクのオーガ討伐ですか? 登録したばかりなのに……」
「心配いらない」
アルトがそう言って依頼書を差し出すと、受付嬢は小さく肩を竦めて笑った。
「無茶はしないでくださいね。……お気をつけて」
***
北の丘陵地帯は、町から半日ほどの距離にあった。
視界を遮る木々は少なく、風が吹くと草原が波のように揺れる。
その静寂を破るように、低い唸り声が聞こえた。
「いたな」
丘の中腹で、灰色の巨体が動いた。
背丈は三メートルを超え、腕は丸太のように太い。
その手には鈍器のような棍棒。目には濁った殺意。
「オーガ……。本当に現れたか」
リリアが息を呑む。聖騎士の剣を構えながらも、わずかに緊張の色が見える。
「リリア。援護を頼む。俺が前に出る」
「わ、分かりました!」
アルトはゆっくりと歩き出した。
オーガが唸り声を上げ、棍棒を振り下ろす。
地面が砕け、岩が弾け飛ぶ。
しかし、その中に立つアルトの姿は微動だにしなかった。
彼の周りで空気が歪み、音が吸い込まれる。
あらゆる衝撃が“無効化”され、届くことはない。
「……これが、俺の防御力か」
オーガが再び棍棒を持ち上げた瞬間、アルトはその手をかざした。
「動くな」
それだけで、巨体がピタリと止まる。
オーガの目が恐怖に見開かれたまま、全身が拘束されたように動かない。
空気が張り詰め、周囲の魔力の流れが完全に断ち切られているのがわかる。
アルトは右手を握りしめ、頭の中で剣を思い描いた。
形、重さ、感触、そしてリリアの光の流れ――
光が彼の掌に集まり、一本の剣が生まれる。
「複製、成功」
淡い金色の輝きを放つ刃。あのときの聖剣とまったく同じ。
オーガの瞳に恐怖が宿る。
アルトは前へ進み、一閃した。
空気が裂ける音。
次の瞬間、オーガは胸元から上半身ごと両断され、その体がゆっくり崩れ落ちた。
血が地面を染めるより早く、巨体は黒い灰となって消えていく。
リリアが駆け寄り、呆然と呟いた。
「……一撃、ですか」
「どうやらそうみたいだな」
「あなた、本当に人間なんですか? 王国最強の勇者でも、あんな戦い方は……」
「俺はただ、もう“無能”って呼ばれるのが嫌なだけさ」
アルトは渋い笑みを浮かべ、剣を見下ろした。
やがて光が消え、剣は空気の中に溶けるように消滅した。
戦いが終わった後も、心のざわめきは残ったままだった。
力を使うたびに、自分ではない何者かの気配を感じる。
それは、背後で見ているような感覚。監視、もしくは導き。
帰路に着く途中、リリアがぽつりと言った。
「アルトさん、この世界には“神の器”と呼ばれる伝説があるんです。人が神の加護を宿したとき、世界の理を変える力を得ると」
「神の器、か」
「あなたみたいな人を、そう呼ぶのかもしれません」
アルトは空を見上げた。
雲の切れ間から陽光が差し込み、草原を黄金に染める。
その光の中で、彼はかすかな笑みを浮かべた。
「もしそう呼ばれるなら……俺はこの力を、誰かを守るために使う」
「本気でそう思うんですね」
「ああ。復讐のためじゃなく、俺自身が何者かを確かめるために」
リリアは少しの間、彼を見つめた。
そして、照れくさそうに笑った。
「そういうところ、本当に好きだと思います。あなたのまっすぐなところ」
一瞬、風が止まった。リリアはすぐに顔を赤くし、慌てて視線を逸らす。
アルトは苦笑し、黙って歩き続けた。
遠く、王都の鐘が鳴る。
その音が新たな運命を呼び寄せるとは、このときの二人にはまだ知る由もなかった。
(第5話 終)
昨夜の魔獣襲撃から一夜。町の人々は安堵と同時に、その中心で戦い抜いた青年の噂で持ちきりだった。
「ひとりで魔獣の群れを止めた男がいるらしいぞ」
「教会の聖騎士見習いと一緒にいたって話だ」
「新しい勇者かもしれない」
アルトはそんなざわめきをよそに、ギルドの掲示板の前に立っていた。
リリアは横で、少し緊張した面持ちで依頼書を眺めている。
「まさか、あなたが冒険者登録するとは思いませんでした」
「せっかくだ。一度、正式に依頼を受けて力を試したい」
「でも、昨日の戦いだって十分強さを示したじゃないですか」
「運が良かっただけかもしれない。実力を測るには、やっぱり経験だよ」
アルトは淡々と答えながら、一枚の依頼書を手に取った。
内容はシンプルだった。
「北の丘陵地帯に出没するオーガの討伐。推奨ランクC」
リリアが少し眉をひそめる。
「オーガは危険です。普通ならパーティを組まないと無理ですよ」
「じゃあちょうどいい。俺の“力”がどこまで通じるか確かめられる」
「……せめて、私も一緒に行きます。助けてもらった恩返しです」
「好きにしろ。ただ、危なくなったら逃げろよ」
そのやりとりを見ていた受付嬢の女性が、信じられないというように目を丸くした。
「お、お二人でCランクのオーガ討伐ですか? 登録したばかりなのに……」
「心配いらない」
アルトがそう言って依頼書を差し出すと、受付嬢は小さく肩を竦めて笑った。
「無茶はしないでくださいね。……お気をつけて」
***
北の丘陵地帯は、町から半日ほどの距離にあった。
視界を遮る木々は少なく、風が吹くと草原が波のように揺れる。
その静寂を破るように、低い唸り声が聞こえた。
「いたな」
丘の中腹で、灰色の巨体が動いた。
背丈は三メートルを超え、腕は丸太のように太い。
その手には鈍器のような棍棒。目には濁った殺意。
「オーガ……。本当に現れたか」
リリアが息を呑む。聖騎士の剣を構えながらも、わずかに緊張の色が見える。
「リリア。援護を頼む。俺が前に出る」
「わ、分かりました!」
アルトはゆっくりと歩き出した。
オーガが唸り声を上げ、棍棒を振り下ろす。
地面が砕け、岩が弾け飛ぶ。
しかし、その中に立つアルトの姿は微動だにしなかった。
彼の周りで空気が歪み、音が吸い込まれる。
あらゆる衝撃が“無効化”され、届くことはない。
「……これが、俺の防御力か」
オーガが再び棍棒を持ち上げた瞬間、アルトはその手をかざした。
「動くな」
それだけで、巨体がピタリと止まる。
オーガの目が恐怖に見開かれたまま、全身が拘束されたように動かない。
空気が張り詰め、周囲の魔力の流れが完全に断ち切られているのがわかる。
アルトは右手を握りしめ、頭の中で剣を思い描いた。
形、重さ、感触、そしてリリアの光の流れ――
光が彼の掌に集まり、一本の剣が生まれる。
「複製、成功」
淡い金色の輝きを放つ刃。あのときの聖剣とまったく同じ。
オーガの瞳に恐怖が宿る。
アルトは前へ進み、一閃した。
空気が裂ける音。
次の瞬間、オーガは胸元から上半身ごと両断され、その体がゆっくり崩れ落ちた。
血が地面を染めるより早く、巨体は黒い灰となって消えていく。
リリアが駆け寄り、呆然と呟いた。
「……一撃、ですか」
「どうやらそうみたいだな」
「あなた、本当に人間なんですか? 王国最強の勇者でも、あんな戦い方は……」
「俺はただ、もう“無能”って呼ばれるのが嫌なだけさ」
アルトは渋い笑みを浮かべ、剣を見下ろした。
やがて光が消え、剣は空気の中に溶けるように消滅した。
戦いが終わった後も、心のざわめきは残ったままだった。
力を使うたびに、自分ではない何者かの気配を感じる。
それは、背後で見ているような感覚。監視、もしくは導き。
帰路に着く途中、リリアがぽつりと言った。
「アルトさん、この世界には“神の器”と呼ばれる伝説があるんです。人が神の加護を宿したとき、世界の理を変える力を得ると」
「神の器、か」
「あなたみたいな人を、そう呼ぶのかもしれません」
アルトは空を見上げた。
雲の切れ間から陽光が差し込み、草原を黄金に染める。
その光の中で、彼はかすかな笑みを浮かべた。
「もしそう呼ばれるなら……俺はこの力を、誰かを守るために使う」
「本気でそう思うんですね」
「ああ。復讐のためじゃなく、俺自身が何者かを確かめるために」
リリアは少しの間、彼を見つめた。
そして、照れくさそうに笑った。
「そういうところ、本当に好きだと思います。あなたのまっすぐなところ」
一瞬、風が止まった。リリアはすぐに顔を赤くし、慌てて視線を逸らす。
アルトは苦笑し、黙って歩き続けた。
遠く、王都の鐘が鳴る。
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