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沼に落ちた

自分が一番わかっている

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あの日から見かける度に目で追うようになっていた。




「あ、堕天使だ。」


放課後。
学校から生徒たちが戻ってくる時間帯に窓口の前を通る生徒たちが噂している。
噂している方を見やると、パタパタと大きめのスリッパを響かせながらスーパーに向かっているようだ。
もう初夏で汗ばむ季節だというのにカーディガンを着込んでいる。
袖口から見え隠れするブレスレットからは、今時の若い感性が伺える。


以前見かけた日、すぐに少年の事を寮生に聞いてみた。
柚木陽太。
あまり周囲と馴染まない。図書委員。物静か。
知り得た情報はこのくらいだ。
今日も一人。
見かける時はいつも一人だ。
周囲と馴染まないという事だが友人は居ないのだろうか。
本人からすれば大きなお世話だとは思うが、少々気になる事ではあった。
気にはなったが、教師でもない自分が友人関係の事を問いただすなど出来るわけもなく、見かけたら目で追うという意味のない期間が過ぎた。






夏になり、蝉が忙しなく鳴いている。
そんな放課後。
今日も陽太を窓口から見守る。
いつものように一人だろうと確認すると、いつもと様子が違っていた。
佐野斗羽と学校から帰ってきたようだ。
佐野は陽太と同様に有名な生徒である。
陽太が楽しそうに笑顔で話している。

あんな風に笑うのか。

友人が出来たようだと安心すると同時に、自分の中に湧き上がる感情。
この厄介な感情に覚えがあり過ぎて自分に引いてしまう。
気のせいだと思いたかったが、これを無視できるほど人間が出来ていない。


「最低だな。」


窓口で独りごちた。








昔から、自分の異常性には気が付いていた。
非常に加虐心が強い。
愛情表現として、相手に加虐行為を施したくなる性質である。
初めは戸惑ったが、抗おうとしても無理だと気が付いてからは、それも自分なのだと受け入れている。


以前、酷く脱力感を覚える事を経験した。
今考えると何故あんな相手と付き合っていたのだろうかと頭を抱えたくなる。


3年ほど付き合った相手が違う相手と関係を持っていた。
理由を問うたら、どうやら本当は普通の行為を求めていたらしい。
あれは暴力行為だと罵られた。
俺の行為は気持ちが伴っていないと只の暴力になりさがるという事は、自分が一番分かっている。
それ故、嫌な事はしないから言って欲しい、そう再三確認はしていたのだが伝わっていなかったらしい。
個人的には浮気が発覚した時に直ぐ別れたつもりでいたのだが、数ヶ月後に何故か浮気相手からDV男扱いをされ別れないと訴えると脅された。
知り合いの弁護士に相談し事なきを得たが、話が通じない人間の相手をした事で色々と疲れてしまい、二人と偶然でも絶対に顔を合わせなくて良い所に引っ越そうかと考えていた。
そんな時に丁度ここの寮管にならないかと話があった為、乗った。




それから2年が経ち、まだ暫くは色恋は必要ないと考えていたところに。
陽太が現れた。
あの目を見かける度に湧いてくるこの歪みきった感情。
本当の姿を暴きたくなる。
その細い体の底にどんな孤独を抱えているのだろうか。
纏っている皮を全部剥ぎ取って、俺に晒してほしい。


佐野ではなく、俺に。
俺だけに泣き喚いて、俺だけに本当の自分を明け渡して欲しい。


我ながら最低な大人になってしまったものだ。
高校生相手に何を考えているのか。
自分の駄目人間具合に引く。
幸いなことに、まだ接点は無い。
一方的に観察しているだけだ。
極力関わらず見守るだけで満足できる距離を保とう。
そう考えていた。



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