伝説の勇者(仮)の道具屋ライフ

蒼井 くじら

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守銭奴シスター

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 人生に思い悩んだ人々が足を向ける場所。
 それが教会。
 ミアに旅立たれたヴァルは、その切実な心の悩みを相談するため教会を訪れていた。

「アンナさん、俺の悩みを聞いてください!」
「あら、ヴァル君じゃない。随分と切羽詰まった顔をしているわね」
 
 アンナ=グニールは、柔和な笑顔でヴァルに対応してくれた。
 アンナさんは、教会のシスターだ。
 肩口で切り揃えられた金色の髪。清楚で上品な雰囲気を醸し出す顔立ち。そして、ゆったりとした修道服の上からでも分かる豊満な胸のライン。まさに聖母のような包容力に満ち溢れている女性である。
 今の子供たちにとってリズが『憧れの綺麗なお姉さん』であるように、ヴァルたちの年代の男の子にとっては、このアンナさんが憧れのお姉さんだった。もっとも彼女の性格は『憧れのお姉さん』からはかけ離れたものなのだが……。

「アンナさん、俺――」
「うふふ、そんなに心配しなくても大丈夫よ。ヴァル君の悩みは分かっているわ」
「えっ?」
「ヴァル君くらいの年齢の男の子はね、みんな同じ悩みを持っているものなの。安心して。大事なのは大きさじゃないわ。アレの大きさを気にするくらいなら、心の器を大きくした方がいいわよ」
「そこまで思春期に冒されてませんよ! あと、何気に『最後ちょっとイイこと言った』みたいな顔するの止めてください。イラっとします」
 
 このように神に仕えるシスターでありながら、平気で下ネタをかっ飛ばしてくるのがアンナさんだ。街のオヤジ連中からは「そのギャップが堪らない」とウケているわけだが、やはりまだ『憧れのお姉さん』を引きずっているヴァルには慣れない部分である。

「あら、違った? てっきり、リズちゃんあたりとそういう雰囲気になったけど、不安になってできなかったのかと思ったわ」
「そこまで自意識をこじらせちゃいませんよ。てか、なんでリズなんですか?」
「じゃあ、アメリアちゃん? このおっぱい星人め!」
「どうして今度はアメリアの名前が出てくるんですか? まあ、おっぱい星人であることは否定しませんけど」
「否定しないんだ。まあ、それはいいとして、ヴァル君も、もう十六でしょ? お節介かもしれないけど、いい加減その辺りはっきりした方がいいと思うよ。てなわけで、恥ずかしがらずにお姉さんに言ってみなさい。ヴァル君の本命はどっちなのかな?」
 
 ヴァルは心の底から「相談する相手を間違ったかもしれない……」と思った。

「そんなこと考えたこともありませんよ。二人とも俺にとってはただの幼馴染です」
「またまた~、毎晩あの二人をオカズにしてるくせに~」
「そういうのやめてもらっていいですか。地味に効くんですけど……」
 
 十六歳の男の子は、存外ナイーブにできているものなのだ。
 まだ一言も悩みを相談していないというのに、ヴァルはもう帰りたい気持ちで一杯になった。

「あの、俺やっぱり帰ります。どうやら来る場所を間違えたようです……」
「まあ、待ちなさい、ヴァル君。少しからかい過ぎたことは反省するわ」
「少し……ですか」
 
 酒場の冒険者たちといい、アンナさんといい、どうもこの街の年長者はヴァルに対して厳し過ぎる気がする……。

「それで、ヴァル君の悩みごとっていうのは一体何なの?」
「ええ、実は――」
 
 ヴァルは王様に道具屋をやらされてから今日に至るまでに起こったことを、包み隠さずアンナさんに話した。

「――てなわけなんです」
「なるほど、ヴァル君が王様に命じられて道具屋をやっているのは風の噂で知っていたけど、色々と大変な思いをしていたのね」
「分かってもらえますか!? いや~、アンナさんに相談して良かった! 街の連中はみんな面白がってからかうばかりで、誰も真剣に俺の話なんて聞いてくれませんでしたから」
 
 ようやく自分の味方になってくれる人が現れた気がして、ヴァルは浮かれてしまう。

「それで俺はどうすればいいですかね?」
 
 まさに神にもすがる思いでアンナさんからの導きを待つヴァル。
 そんなヴァルに対して、アンナさんはすっと右手を差し出した。

「……なんですか? この手は?」
「相談料。とりあえず、一○○○ルドでいいわ」
 
 年下のヴァルに対して笑顔で金銭を要求するアンナさん。
 天使の顔をした悪魔がそこにいた。

「あ、あの、アンナさんって一応『シスター』ですよね?」
「だったら何かしら?」
「神に仕えるシスターが、こういうのはあまり良くないと思うんですけど……」
「ヴァル君、よく覚えておくといいわ。神がお救いになられるのは、お金を持っている人だけなのよ」
 
 アンナさんは言い切った。これでもかというくらいにきっぱりと。
 これがアンナさんの本性。
 彼女の正体は、お金にがめつい守銭奴である。

「……いくらなんでも俗物過ぎやしませんかね? その神様」
「神とはお金よ。お金に仕える私がお金を求めて何がいけないの?」
「なんかもう守銭奴の名言みたいになってますよ……」
 
 どうにもお金を払わない限り話が進みそうにないので、ヴァルは財布からお金を取り出しアンナさんに渡す。

「うふふ、神はきっとヴァル君のことをお救いになられるわ」
「こんな形で救われるのもどうかと思うんですけど……。まあ、いいです。それで、俺は一体どうすべきなんですか? 結構な額を払ったんですから、それなりに有益なアドバイスをくださいよ」
「勿論。ヴァル君の悩みは元を辿れば、勇者――言うなれば、憧れていたヒーローへの道が閉ざされてしまったことなのよね?」
「ええ、まあ。悩みを掘り下げていけば、そういうことになると思います」
 
 不満を上げればキリがないが、その不満の原因を辿ればアンナさんの言ったことに行きつく。小さい頃からずっと思い描いていた『勇者として冒険に出る』という夢――まさしくヒーロー街道ともいうべきものが、突如として途絶えてしまった。見えていたはずの道が見えなくなったがゆえに、ヴァルは今こうして悩み苦しんでいるわけである。

「だったら、解決は簡単だわ。もう一度その道を開いてあげればいいのよ」
「いや、まあ、それは確かにそうなんですけど、それができないから困っているんですよ。そもそも、王様が俺を勇者として認めてくれないんですから」
「認めてもらう必要なんかないじゃない」
「えっ?」
 
 思ってもいなかった言葉に、ヴァルは思わず素の声を漏らしてしまう。

「王様から勇者として認めてもらい、皆に見送られながら冒険に出発して、数々の試練や苦難を乗り越えながら大きな成功を収める。そして、その功績が広く世の中の人に知れ渡り称賛を浴びる。ヴァル君の思い描いているヒーローへの道は、これでしょ?」
「まあそうですね」
 
 ヴァルが返事をすると、アンナさんはノンノンと人差し指を振る。

「そこをもっと柔軟に考えましょう。確かに、今私が語ったのは王道中の王道。ちょっと子供っぽい言い方だけど『正義のヒーロー』になる道よ。だけど、ヒーローというのは、必ずしも王道を辿る正義のヒーローだけではないわ。中には、邪道を突き進む『ダークヒーロー』という存在もあるのよ」
「ダ、ダークヒーロー……」
 
 このダークヒーローという響きに、なぜかヴァルの胸は大きく高鳴った。

「凄い腕を持っているけど免許を持たない闇医者。どんなものでも華麗に盗んでしまう謎の怪盗。一般的には褒められた存在ではないけれど、人々の心に強く印象付けられるのはそういった人間の場合もあるのよ」
「な、なるほど」
「ヴァル君の場合だと、ダーク勇者といったところね。ある日、突然高難易度のラビリンスが攻略される。でも、誰が攻略したのか分からない。その後も次々と正体不明の勇者がラビリンスを攻略していく。当然、冒険者たちは騒然となるわね。街でも噂になるでしょう。その正体不明の勇者は誰なのか、と」
「そ、それが俺……」
 
 それはカッコいい、とヴァルは思った。これまではスポットライトを浴びることばかり考えていたが、絶対に正体を明かさない謎の覆面勇者というのも憧れる。

「でも、一つ気をつけないといけないのは、ダークヒーローというのは孤独と背中合わせの存在だということよ。自分を助けてくれる暖かい仲間達は存在しない。頼れるのは自分の力だけ。その分、危険も大きくなる。でも、茨の道を突き進んだ先には、光が待っているかもしれない。そんな危うい存在なのよ。だから、もしヴァル君がダーク勇者の道を歩むなら、私は止めないけどそれなりに覚悟が必要ってわけね」
「覚悟……そんなの俺はとうに決まっていますよ」
 
 アンナさんの話を聞いて、ヴァルには活路が見えた。
 非公式のダーク勇者。人々から称賛されるような存在ではないが、このまま道具屋の主人をやっているよりよっぽどマシだ。

「まあ、そういう道もあるということを――」
「ありがとうございます、アンナさん! 俺、今の言葉で吹っ切れました!」
「へ? ちょ、ちょっと、ヴァル君? あなたまさか本気に……」
「最初から行動に出ていれば、こんなに悩むことはなかったんですね! いや~、正直ぼったくりかと思ったけど、アンナさんに相談してよかったなあ~。じゃあ、俺は旅立つ準備をしなきゃいけないんで、これで帰りますね。次に会う時は、謎の勇者『ファントムヒーロー』になっているはずなので」
「そ、そのネーミングセンスは、ど、どうなのかな~? やっぱりネーミングともども一から考え直した方が――」
「では、俺はこれで!」
 
 まだ何か言いたげなアンナさんに背を向け、ヴァルは教会を後にする。

(なんだ、考えてみれば単純なこじゃないか。許しなんかもらわなくたって、勝手に冒険に出てしまえばよかったんだ。つか、そもそも王様の許可がないと勇者は旅立てないってのが、おかしな話なんだよな。他の冒険者たちは、そんな縛りなんてないわけだし。まあ、勇者は限られた存在だし、それだけ大事にしたいって気持ちの表れかもしれねえけどさ。まあ、いいや。これで、俺もようやく冒険に旅立てる。孤独な旅になるだろうけど、まあ、それはなんとかなるだろう。よーし、やってやるぜー!)
 
 こうしてヴァルはダーク勇者としての道を歩み始めたのだった。


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