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2-11 アスチルーベ商会

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 この日の予定については、ルティアが大まかに決めていた。
 行き先は秘密だと言う彼女に連れられるように歩く事数分、遂にとある建物の前で3人の足が止まった。

「こ、ここって……」

 どこか畏まった様相でルトが建物を見上げる。
 アロンはルトの横でポカンと口を開いた。

 いや、しかし2人がそうなってしまうのも仕方がないと言えるだろう。
 何故ならば、ここはルトやアロンに限らずこのアルデバード王国に住む者ならば誰もが憧れる場所であるからだ。

 ──アスチルーベ商会。

 雑貨や魔術道具など様々なものを扱う国内最大の商会である。
 最高品質の品物が安価で手に入る夢のような店であるが、会員制となっており、会長──トレニア・アスチルーベに認められた者しか入店できないという特徴がある。

 その会員になる、つまりトレニアに認められるという部分が、非常に難易度が高く、その為国民にとって、アスチルーベ商会は憧れの場として認識されているのだ。

 そして、今ルティアが店内へ入ろうとしている。それ即ち──

「ま、まさかルティアちゃん……商会の会員なのか!?」

「ええ、実は会長のトレニアさんが知り合いでして」

「さ、流石だね……」

 思わずルトが苦笑いを浮かべる。
 相変わらず、何故今自身の友人として側に居てくれているのかわからない程には、規格外の存在である。

「偶々ですよ。……それよりも、行きましょうか!」

「お、おう」

 アロンが緊張からか、汗をたらりと垂らしながら頷く。ルトも同様に頷いた。

 そんな2人の姿を目にした後、ルティアはニコリと微笑むと、先導して店へと入っていった。

 強大な扉を潜り店内へと入る。

 すると、ルト達の視界にはこれでもかと置かれた高品質の品物が映る……と言う事はなく、代わりに無機質な部屋と、前方に置かれた謎の円柱型の物体だけが目に入った。

 ルトとアロンが、キョロキョロと周囲を見回す。
 挙動不審とも言えるその姿には、彼らがいかに田舎者であるかが如実に現れていた。

 が、そんな2人とは違い慣れのあるルティアは、悠然と歩を進めると、円柱型の物体に手を触れた。
 瞬間、何やら術式のようなものが現れると、それは部屋全体に広がっていく。

「…………!?」

 もはや訳の分からない状況に、ルトとアロンがアワアワとしていると、遂にそれはおさまり、代わりに円柱型の物体の後方に階下への階段が現れた。

「……こちらです」

 言って、ルティアが階段を下っていく。
 ルトとアロンは、恐る恐るルティアに着いて行く。

 その道中で、アロンが小さく口を開いた。

「そういや、俺たち会員じゃねーけど、入って良かったのか?」

「はい! グループで入店する際は1人でも会員が居れば問題ありませんの。それに先程の術式によりお2人が入店しても良いと判断されたので、何も気にしなくて大丈夫ですわ」

「ハイテクだね」

「街って感じだ……」

 自身も一応街に住んでいると言うのに、アロンはあまりの凄さに思わずそう声を漏らした。

 と。そうこうしているうちに、前方に眩い光が見えた。
 間違いなく店への入り口であろう。

 ルトとアロンはいよいよだと緊張からかつばを飲み込んでいると、遂に視界が開けた。
 そして同時に広い店内の入り口に立つ、小さな少女の姿が目に入る。

 身長は140センチ程か、酷く小柄な少女である。

「んにゃ?」

 少女がこちらに気づいたのか、ショートの髪を小さく靡かせながらくるりと振り向く。
 と、同時にその表情がパッと明るくなった。

「あーーーー!!!! ルーちゃん!」

「こんにちは、トレニアさん」

「こんちー! 会いたかったよー! ルーちゃん!」

 言って、トレニアと呼ばれる少女がルティアへと抱きつく。

 そんなトレニアの勢いに、そして「ルーちゃん」という珍しい呼称に、何よりも目の前の幼さの残る少女が会長であるトレニア・アスチルーベであるという事実に、ルトとアロンは思わず言葉を無くす。

 対しトレニアは、何故そうなったのか、ルティアにぎゅっと抱きついたまま、脇の下辺りからぴょこんと顔を出すと、ルトとアロンへと目をやった。

「………んでー? 後ろの2人はー?」

「私のご学友のルトさんとアロンさんですわ」

 慣れがあるのか、そんな奇異な状況にもかかわらず、ルティアが平常通りに口を開く。

「ルトです。お会いできて光栄です、トレニア様」

「あ、アロンです! よろしくお願いします、トレニア様!」

 ルティアの言葉の後、2人がトレニアへと挨拶をする。
 先程から一切の威厳を感じさせない少女であるが、彼女はこのアスチルーベ商会の会長なのだ。当然敬意を持って接する必要がある。

 対するトレニアは、2人の挨拶を聴いた後、突然大きく目を見開くと、非常に小さな声で、

「え? ルト君ってまさか……」

「トレニアさんどうかしましたか?」

 自身の腕の下で何かを呟いたトレニアに、ルティアが声を掛ける。

「い、いや! 2人してかたいなぁって思ってさ~! ほら、様なんて良いからさ! 私の事は可愛らしくニアちゃんって呼んでよ!」

 ルティアの腕の中からスポンと抜けると、何やら可愛いポーズをする。

 確かに可愛いらしく、彼女がアスチルーベ商会の会長という肩書きを持つとはとうに思えない。
 が、しかしそれでも会長なのだ。

 ルトはそう思うと、どこか苦笑いを浮かべながら、

「いや、それは流石に……あの、ではルティアさんと同じようにトレニアさんとお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「んーー、しょうがないね~今回はそれで良いよ!」

 言ってグッとサムズアップを向ける。
 その後一拍開け、両手を後ろ手に組むと、

「にしても……ご学友かー! ルーちゃんにも遂に友達ができたんだね~お姉さんは嬉しいよ~~!」

 言って、ニマニマとしながらルティアの顔を覗き見る。

 どう見ても幼いトレニアがルティアに対しお姉さんぶっている状況にツッコミどころを感じつつルトとアロンが見守っていると、

「私も、友人とこうやって遊びに来れるとは思ってもいなかったので、その……嬉しいですわ」

 言って、どこか恥ずかしげに微笑む。

「うんうん! そっかそっか~!」

 そんなルティアの姿に、トレニアは心撃たれたように満面の笑みを浮かべた後、ルトとアロンへと向き直る。
 そして、ビシッと2人を指差すと、

「ルーくんとアッくん! こんなに可愛いらしいルーちゃんのこと悲しませたらお姉さん怒るからねー!」

 トレニアの言葉に、ルトとアロンが真剣な表情で頷く。

「うむ、よろしい! ……んぁ! そろそろ仕事戻らないとシーちゃんに怒られちゃう! じゃ、またねー!」

 言葉の後、トレニアはアワアワとしながら、急いでどこかへ走って行った。

「行っちゃった」

「……凄いテンションだったな。でも、めっちゃ接しやすかった」

「簡単に人の懐に入り込むと言いますか、相手が誰であろうとすぐに仲良くなれるからこそ、商会をここまで成長させる事が出来たのでしょうね」

 一拍開け、

「さて、ではとりあえず見て回りましょうか」

「おう! もう二度とこれねーかもだし、買えるもんは買っとかねーと!」

「でもお金の使い過ぎには注意しないとね」

「だな!」

 言葉の後、3人はルティアが先導する形で歩き出す。
 そして、広大な空間に広がる品の数々をじっくりとしかし談笑を交えながら楽しく見て回った。

 ……と。

 そんな仲睦まじい3人の姿を、トレニアは1人遠くから眺めていた。

 まるで幼子の様に丸い双眸をしかし三日月型に歪めながら、3人の姿を……いや、正確には少年、ルトの姿をじっと見つめていた。

「まさか、ルーちゃんの友達があのルト君とはねぇ~」

 ルトに視線を固定したまま、1人ため息混じりに呟く。

 想定外だった。
 ルティアに友人が出来ていたということは素直に喜ばしい事だ。
 しかし、まさかその相手が、あの恋人は愚か友人すら居ないと聴かされていたルトとは。

 それにしても──

「ルーちゃんと仲良いってことは、ルト君……ルーくんも学園に通ってるのかな? でも、そんな話聞いた事ないし。それに──」

 トレニアの認識では、ルトは『他に類を見ない無能力者であり、斡旋所の依頼で小銭を稼ぎ、日々生きているだけの能力が無い以外は普通の少年』であった。

 が、実際会ってみたらどうだ。あの誰もが知る麗しの少女、ルティア、加えて気の良さそうな少年、アロンとも友人関係を築いているではないか。

 そして何よりも、トレニアが組んだ認識の術式──他人の大まかな情報を見る事ができる術式において、ルトは纏術師と判断されていた。

「──ルーくんって、無能力者じゃなかったの? もしかして、私の知る"ルト"君とは別人? いや、でもが話してた特徴とよく似ていたし、それにこの狭い街で同名が居るとは思えない……」

 もはや訳がわからなかった。

 しかし、だからと言ってトレニアにはどうする事も出来ないし、どうするつもりも無かった。
 何故ならルトという少年とその周囲の事は、はっきり言ってトレニア自身とは一切の関係がないのだから。

 それに、トレニアには今感じているもやもやを解消する方法があるのだ。それは──

「まぁ、後であのに聞けばいっか!」

 そう、ルトに詳しいあの娘がこの街へ来た時に直接聞けば良いのだ。そうすれば、トレニアの疑問という一点においては完全に解決する。──もっとも、新たな問題が起きそうな予感はするのだけれど。

 という事で、別に緊急を要する事でもない為、現在持つ疑問については後回しにする事にした。

「いやー、それにしても随分と仲良さそうにしちゃって。……これじゃ、案外すぐにルーくんに恋人が出来ちゃうかも」

 ルティアに恋人が出来る。それだけならばトレニアは盛大にお祝いをしたかった。

 しかしもしその相手がルトだったら、トレニアは苦笑いを浮かべるしか無くなってしまうだろう。

 何故ならば、ルトという少年は、トレニアの仲間にして大親友であるあの娘が、強く想いを寄せている存在であるからだ。

「こりゃ、強力なライバル出現かな? あまり悠長にもしてられないね。……ねぇ、

 桃色のツインテールを揺らす快活な少女の姿を思い浮かべながら、トレニアはどこか少し楽しげにニシシと笑った。
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