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エルリーヌの疑惑
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ロックフィールド家の良く手入れされた広大な庭の中にあるガゼボでは、小さなお茶会が開かれていた。
大層美しい双子は何やら含みのある笑顔で、やはり大層美しい少女は少し眉を顰めて。そして黒髪の少女は顔を上げることも出来ず、なんとも居心地が悪そうだ。
「オディール様、色々とお尋ねしたいことがありますが、まずは肩の具合はいかが?
あの日以来お見かけしないものですから、怪我が酷くて、てっきり領地にお戻りになられたのかと思いましたわ」
含みのある嫌味に返答する前に、横から言葉を発したのはデヴィだった。
「エルリーヌ様。マリアンナ様はわたくしの大切な人です。病弱で友人のいないわたくしのためにわざわざこの家で暮らして貰っているの。そしてわたくしの話し相手をしてくれているわ。
エルリーヌ様は近い未来にわたくしの義姉になられるお方、つまり公爵夫人ですわよね?そのような権力を持つからには、事情を確認せぬままに推測で物事を決めつけられるのはいかがなものかと思いますわ」
エルリーヌはジェイムスの方をチラリと見た。
「マリアンナ嬢はあの男の馬鹿力で思い切り肩を掴まれたんだよ。無理はさせられない。
エルリーヌは我が家でマリアンナ嬢が静養しているのか気になっているんだね。まさか苛立っているのかい?」
ジェイムスは優雅な仕草でお茶のカップを手に取ると、エルリーヌに問いかけた。
「ええ、ですからわたくしには知る権利があると思いますわ。
子爵家同士のいざこざなど、わたくしが気にかける必要もない些末な出来事ではありますけど、学生同士の揉め事を知っておくのは、将来の為に悪い事ではないと思いますのよ。
一体何が起きたのか、どうしてクリフ様が手助けに入ったのか気にならないわけがないでしょう?
ジェイムス様は何も教えてくださらないのなら、直接オディール様にお尋ねしようと思ったのはおかしいかしら」
*
学院の門の前でマリアンナがロバートに絡まれた時、エルリーヌはたまたま馬車の中からその様子を眺めていた。
同じクラスの子爵家の娘が、男爵家の息子に乱暴に絡まれていたが、関わりのない他人である。助ける必要もない。
馬車を出す様にお付きの者に声を掛けようとしたその時に、ロックフィールド公爵家の護衛騎士クリフ・イェーガーがロバートの前に立ち塞がるのが目に入った。
クリフはロックフィールド家の縁者であるイェーガー子爵の三男で騎士団入団を目指していたが、その優秀さをかわれて、15歳の時にロックフィールド家の家臣として迎えられた。長兄アランとは同い年の23歳である。
子どもの頃からロックフィールド家に出入りしていたエルリーヌなので、もちろん彼とも顔馴染みだった。クリフの登場はエルリーヌにとって驚きであり、その後の展開はさらにエルリーヌを困惑させた。
翌日、マリアンナに確かめねばならないと決めていたエルリーヌだったが、マリアンナは怪我のためしばらく学院を休むという。
そしてもう一方の当事者ロバート・ゴードンは退学になったことを知った。
なぜあの場にクリフがいて、なぜマリアンナはあの方に抱えられてあの場を去ったのか。
エルリーヌは婚約者のジェイムスから何も聞かされていない事がショックだった。
だからジェイムスに会いたい、時間をとって欲しいと手紙を送ったところ、次の休みに公爵家でみ・ん・な・で・でお茶会はいかがだろうかと返答があった。
いそいそとやって来たらそこには、ジェイムスの他にデヴィと、そしてマリアンナがいたのだった。
マリアンナは場違いなことに居た堪れなく、なんとかその場からの脱出を試みたが、案外力の強いデヴィにがっしりと手を握り込まれていた。
「ソーンダイク侯爵令嬢様、お耳汚しではございますが、怪我の説明を申し上げても宜しいでしょうか?」
「まあ。マリアンナ、あなたたち学院の同級生なのでしょう?そんなにへり下る必要などないわよ。
エルリーヌ様はそのお顔同様お心もとても美しい方なの。怪我をしたマリアンナのことを心配していらしてくださったのだから。ねえ、ジェイムス?」
「そうだね。エルリーヌは優しい人だからね」
「オディール様、わたくしの事はどうぞエルリーヌとお呼びになって。あまり交流はなかったけどわたくし達同級生ですもの。わたくしもマリアンナ様とお呼びさせていただくわ。
そうね、確かにマリアンナ様が成績優秀で、試験で学年5位以内から落ちたことがないことは存じ上げておりますわ」
エルリーヌは多分何か誤解している。誤解の内容を想像したマリアンナの顔色は悪くなった。
この際だから借金のことから全て正直に話してエルリーヌの不安を解消しなければ……
そう考えて口を開きかけたのだが、マリアンナより先に口を開いたのはジェイムスだった。
「僕が説明するよ。エルリーヌに対して秘密を持つなんて婚約者としてはあってはならない事だからね」
*
オディール子爵領の不作による借金の件、ゴードン男爵が高利での借金返済の催促をしてきて、叶わぬなら息子ロバートとマリアンナを結婚させると脅した事、そこにはオディール領の乗っ取りが企てられていた事。
そして父サイラスとマリアンナの父が学院の同級生であり、旧友の大切なお嬢さんを守るためにロックフィールド家でお預かりしており、ついでに引きこもりのデヴィの話し相手兼友達として過ごしてもらっていること。
ジェイムスの説明にとりあえず納得したエルリーヌは、軽く身震いをした。
「まあ、そうでしたの。マリアンナ様はご苦労なさったのね。たしかにあのゴードン男爵令息は話の通じなさそうなお方でしたわ。あの場にクリフ様がいらっしゃらなけば、酷い目に遭っていたということですのね」
エルリーヌにはまだひとつ尋ねたい事があった。
「あの時わたくし見ていたのです。倒れかけたマリアンナ様を支えて助けたのは、あれはジェイムス様ではありませんこと?」
「エルリーヌは見ていたんだ?そうだね、レディを助けるのは紳士の務めだよ。
もちろんエルリーヌが怖い目に遭うことがあったとしたら僕は全力で守るし助ける。だって君は大切な婚約者なのだからね」
ジェイムスは優しくエルリーヌに微笑んだ。
なんだかモヤモヤするが、ジェイムスがマリアンナに気持ちがあって助けたのではないことを信じることにした。
「せっかく来てくれたのだから、庭でも歩こうか」
そう言うとジェイムスはエルリーヌに手を差し伸べた。
そうね、説明の整合性は取れているし、ジェイムス様の言動に不審な点はないわ、わたくし愛されていると信じても良いのよね。
エルリーヌは恭しく差し出されたジェイムスの手を取った。
*
歩く2人の姿を眺めながらマリアンナは脱力した。公爵家でお世話になっていることを隠し通さねばならない、とりわけエルリーヌ様には、と思っていたのだが、あっさりバレてしまった。ジェイムス本人が暴露したのだから、隠し通すのは無理だと悟った。
そして倒れそうになったのを助けてくれたのがジェイムスだと知り、エルリーヌに誤解と不安な思いをさせてしまい、申し訳ない気持ちになった。
「助けたのがジェイムスとわかって嬉しい?」デヴィが尋ねた。
「デヴィ様。ロックフィールド家の皆様にはこんなにお世話になっている上にご迷惑までかけて、申し訳なく思っています」
「マリアンナは迷惑なんてかけていないわ」と、デヴィはまるで壊れ物に触れるかのように、マリアンナの手をそっと優しく握った。
「肩、痛むでしょう?治るまで学院なんて休めばいいのよ。その代わり、わたくしの話し相手をしてくれたらとても嬉しいわ」
*
「ジェイムス様。宜しいですの?デヴィ様のこと」
エルリーヌはジェイムスの顔を窺うように仰ぎ見た。背の高いジェイムスの、形の良い顎のラインや長いまつ毛にドキドキする。
「いつまでもそのままという訳にはいかないことを、閣下もデヴィ様ご本人もご存知のはずでしょう?一体どうなさるおつもりなの。話し相手だなんて、オディール様が単純な人だから良かったようなものですわ」
「本人達次第なんだけどね。デヴィは意外と勇気がないんだよ」
ジェイムスの答えにエルリーヌは首を傾げた。
あのデヴィの勇気がないなんて、そんなわけないでしょうと、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。迂闊な事を言って、ジェイムスに嫌われたくはなかった。
大層美しい双子は何やら含みのある笑顔で、やはり大層美しい少女は少し眉を顰めて。そして黒髪の少女は顔を上げることも出来ず、なんとも居心地が悪そうだ。
「オディール様、色々とお尋ねしたいことがありますが、まずは肩の具合はいかが?
あの日以来お見かけしないものですから、怪我が酷くて、てっきり領地にお戻りになられたのかと思いましたわ」
含みのある嫌味に返答する前に、横から言葉を発したのはデヴィだった。
「エルリーヌ様。マリアンナ様はわたくしの大切な人です。病弱で友人のいないわたくしのためにわざわざこの家で暮らして貰っているの。そしてわたくしの話し相手をしてくれているわ。
エルリーヌ様は近い未来にわたくしの義姉になられるお方、つまり公爵夫人ですわよね?そのような権力を持つからには、事情を確認せぬままに推測で物事を決めつけられるのはいかがなものかと思いますわ」
エルリーヌはジェイムスの方をチラリと見た。
「マリアンナ嬢はあの男の馬鹿力で思い切り肩を掴まれたんだよ。無理はさせられない。
エルリーヌは我が家でマリアンナ嬢が静養しているのか気になっているんだね。まさか苛立っているのかい?」
ジェイムスは優雅な仕草でお茶のカップを手に取ると、エルリーヌに問いかけた。
「ええ、ですからわたくしには知る権利があると思いますわ。
子爵家同士のいざこざなど、わたくしが気にかける必要もない些末な出来事ではありますけど、学生同士の揉め事を知っておくのは、将来の為に悪い事ではないと思いますのよ。
一体何が起きたのか、どうしてクリフ様が手助けに入ったのか気にならないわけがないでしょう?
ジェイムス様は何も教えてくださらないのなら、直接オディール様にお尋ねしようと思ったのはおかしいかしら」
*
学院の門の前でマリアンナがロバートに絡まれた時、エルリーヌはたまたま馬車の中からその様子を眺めていた。
同じクラスの子爵家の娘が、男爵家の息子に乱暴に絡まれていたが、関わりのない他人である。助ける必要もない。
馬車を出す様にお付きの者に声を掛けようとしたその時に、ロックフィールド公爵家の護衛騎士クリフ・イェーガーがロバートの前に立ち塞がるのが目に入った。
クリフはロックフィールド家の縁者であるイェーガー子爵の三男で騎士団入団を目指していたが、その優秀さをかわれて、15歳の時にロックフィールド家の家臣として迎えられた。長兄アランとは同い年の23歳である。
子どもの頃からロックフィールド家に出入りしていたエルリーヌなので、もちろん彼とも顔馴染みだった。クリフの登場はエルリーヌにとって驚きであり、その後の展開はさらにエルリーヌを困惑させた。
翌日、マリアンナに確かめねばならないと決めていたエルリーヌだったが、マリアンナは怪我のためしばらく学院を休むという。
そしてもう一方の当事者ロバート・ゴードンは退学になったことを知った。
なぜあの場にクリフがいて、なぜマリアンナはあの方に抱えられてあの場を去ったのか。
エルリーヌは婚約者のジェイムスから何も聞かされていない事がショックだった。
だからジェイムスに会いたい、時間をとって欲しいと手紙を送ったところ、次の休みに公爵家でみ・ん・な・で・でお茶会はいかがだろうかと返答があった。
いそいそとやって来たらそこには、ジェイムスの他にデヴィと、そしてマリアンナがいたのだった。
マリアンナは場違いなことに居た堪れなく、なんとかその場からの脱出を試みたが、案外力の強いデヴィにがっしりと手を握り込まれていた。
「ソーンダイク侯爵令嬢様、お耳汚しではございますが、怪我の説明を申し上げても宜しいでしょうか?」
「まあ。マリアンナ、あなたたち学院の同級生なのでしょう?そんなにへり下る必要などないわよ。
エルリーヌ様はそのお顔同様お心もとても美しい方なの。怪我をしたマリアンナのことを心配していらしてくださったのだから。ねえ、ジェイムス?」
「そうだね。エルリーヌは優しい人だからね」
「オディール様、わたくしの事はどうぞエルリーヌとお呼びになって。あまり交流はなかったけどわたくし達同級生ですもの。わたくしもマリアンナ様とお呼びさせていただくわ。
そうね、確かにマリアンナ様が成績優秀で、試験で学年5位以内から落ちたことがないことは存じ上げておりますわ」
エルリーヌは多分何か誤解している。誤解の内容を想像したマリアンナの顔色は悪くなった。
この際だから借金のことから全て正直に話してエルリーヌの不安を解消しなければ……
そう考えて口を開きかけたのだが、マリアンナより先に口を開いたのはジェイムスだった。
「僕が説明するよ。エルリーヌに対して秘密を持つなんて婚約者としてはあってはならない事だからね」
*
オディール子爵領の不作による借金の件、ゴードン男爵が高利での借金返済の催促をしてきて、叶わぬなら息子ロバートとマリアンナを結婚させると脅した事、そこにはオディール領の乗っ取りが企てられていた事。
そして父サイラスとマリアンナの父が学院の同級生であり、旧友の大切なお嬢さんを守るためにロックフィールド家でお預かりしており、ついでに引きこもりのデヴィの話し相手兼友達として過ごしてもらっていること。
ジェイムスの説明にとりあえず納得したエルリーヌは、軽く身震いをした。
「まあ、そうでしたの。マリアンナ様はご苦労なさったのね。たしかにあのゴードン男爵令息は話の通じなさそうなお方でしたわ。あの場にクリフ様がいらっしゃらなけば、酷い目に遭っていたということですのね」
エルリーヌにはまだひとつ尋ねたい事があった。
「あの時わたくし見ていたのです。倒れかけたマリアンナ様を支えて助けたのは、あれはジェイムス様ではありませんこと?」
「エルリーヌは見ていたんだ?そうだね、レディを助けるのは紳士の務めだよ。
もちろんエルリーヌが怖い目に遭うことがあったとしたら僕は全力で守るし助ける。だって君は大切な婚約者なのだからね」
ジェイムスは優しくエルリーヌに微笑んだ。
なんだかモヤモヤするが、ジェイムスがマリアンナに気持ちがあって助けたのではないことを信じることにした。
「せっかく来てくれたのだから、庭でも歩こうか」
そう言うとジェイムスはエルリーヌに手を差し伸べた。
そうね、説明の整合性は取れているし、ジェイムス様の言動に不審な点はないわ、わたくし愛されていると信じても良いのよね。
エルリーヌは恭しく差し出されたジェイムスの手を取った。
*
歩く2人の姿を眺めながらマリアンナは脱力した。公爵家でお世話になっていることを隠し通さねばならない、とりわけエルリーヌ様には、と思っていたのだが、あっさりバレてしまった。ジェイムス本人が暴露したのだから、隠し通すのは無理だと悟った。
そして倒れそうになったのを助けてくれたのがジェイムスだと知り、エルリーヌに誤解と不安な思いをさせてしまい、申し訳ない気持ちになった。
「助けたのがジェイムスとわかって嬉しい?」デヴィが尋ねた。
「デヴィ様。ロックフィールド家の皆様にはこんなにお世話になっている上にご迷惑までかけて、申し訳なく思っています」
「マリアンナは迷惑なんてかけていないわ」と、デヴィはまるで壊れ物に触れるかのように、マリアンナの手をそっと優しく握った。
「肩、痛むでしょう?治るまで学院なんて休めばいいのよ。その代わり、わたくしの話し相手をしてくれたらとても嬉しいわ」
*
「ジェイムス様。宜しいですの?デヴィ様のこと」
エルリーヌはジェイムスの顔を窺うように仰ぎ見た。背の高いジェイムスの、形の良い顎のラインや長いまつ毛にドキドキする。
「いつまでもそのままという訳にはいかないことを、閣下もデヴィ様ご本人もご存知のはずでしょう?一体どうなさるおつもりなの。話し相手だなんて、オディール様が単純な人だから良かったようなものですわ」
「本人達次第なんだけどね。デヴィは意外と勇気がないんだよ」
ジェイムスの答えにエルリーヌは首を傾げた。
あのデヴィの勇気がないなんて、そんなわけないでしょうと、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。迂闊な事を言って、ジェイムスに嫌われたくはなかった。
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