ログティア~忘却の大地と記録の旅人~

石動なつめ

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新米冒険者とそれなり冒険者

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 ひったくりの男から取り戻した鞄を持ち主に返し、ひったくりをライゼンデを守る衛兵に引き渡した後、フランと呼ばれた青年はセイル達の所へと戻ってきた。
 軽く手を振るフランに、セイルも返すように手を振るが、ハイネルは眉間にしわを寄せたまま睨むように腕を組んでいる。
 
 この青年の名前はフラン・フォーゲルと言い、年齢はハイネルと同じくらいの、二十代後半の冒険者だ。
 さらさらとした金髪に青い目と甘いマスクに、周囲の女性達から飛んでくる黄色い声援を聞く限り、恐らく相当モテるのだろう。
 すらりとした長身とほどよく筋肉のついた体には銀色の鎧を纏い、その上から青いマントを羽織った姿は騎士と言っても通用しそうだな、とセイルは思った。

「ハイネルの幼馴染さんですか」
「ああ、歳も一緒でね。ハイネルとは昔から良く一緒に遊んだものさ」

 にこにこと懐かしそうに話すフランとは対照的に、ハイネルは「ケッ」と不機嫌そうに悪態をついている。
 もしかしたら仲が悪いのだろうか、とセイルは一瞬考えたが、フランの様子を見る限りではハイネルが一方的に嫌っているという方が正しいようだった。

「キャー! フラン様ー!」

 そんな話をしていると、通行人の女性達からは黄色い声援が飛んでくる。
 その一人一人にフランは手を振り、応えていた。律儀な男である。

(フラン・フォーゲルと言うと、確か……)

 セイルもフランの名前だけは聞いた事があった。
 フラン・フォーゲルと言えば、冒険者の間ではそこそこの有名人だからである。
 冒険者になったばかりのセイルだったが、有名な冒険者の話は聞こえてくるもので。
 何でも竜を倒したドラゴンスレイヤーだとか、凶悪で巨大な魔獣に囚われた貴族の姫君を救い出したとか。
 彼と、彼のパーティにまつわる話は、まるで本の中の物語のように、人々には話されていた。
 セイルも実在しているとは知っているものの、どこか浮世離れした話だったので、こうして本人を目の当たりにすると不思議な気持ちになっていた。

「それにしてもモテモテですね」
「ケッ」
「いや、声を掛けてくれるので、つい」

 困ったように笑って顔をかくフランを見てセイルが律儀だなぁと思っている隣では、ハイネルはそっぽを向いてしまっている。

(ああ、何か動物でこういうの、見た事あるなぁ)

 そんな事を思いながらセイルはぽんぽんとハイネルの背中を叩いた。

「ハイネル、ハイネル。もしあれでしたら、わたし席を外しますので、待ち合わせまでフランさんとじっくり語らいでも」
「いりません」

 つーん、とすげなくそう言うとハイネルは顔をそむける。
 そんなハイネルの態度に、フランはやれやれと肩をすくめ、

「こらハイネル、幾らセイルに気を遣われて照れくさいからって、女性にそういう態度はないだろう?」

 と腰に手をあててそう言った。
 ハイネルはポカンとした表情のあと、ぶるぶると――恐らく怒りに――震えながら、眼鏡を押し上げる。
「お、ま、え、のそのポジティブすぎる思考は一体どこから来るんだ?」
「?」

 ハイネルの言っている事が良く分からなかったのか、きょとんとした顔でフランは首を傾げる。それを見てハイネルはキッと目を吊り上げた。

「キーッ! 大体お前はいつもそうだ! 僕が何を言おうが片っ端からポジティブに解釈して、最後には結局全てお前のペースに巻き込む! 何だお前は、ポジティブの国から来たポジティブキングか!? 少しは察しろ! 鈍感なのにも程があるぞ!」
「いやぁ」
「照れるな! 断じて褒めてなどいない! 断じてだ!」
「そう言えばハイネル、隣の家のマーファさんに子供が生まれたよ」
「えっ本当か? それなら、出産祝いを用意しなければ。何か良い案があるか、フラン」
「読み聞かせの絵本がいいんじゃないかなって」
「あー、なら、僕達が小さい頃に読んでいたアレとか」
「いいね」

 怒鳴っていたハイネルだったが、途中から普通の幼馴染らしい会話になっていた。

(この二人、本当は凄く仲が良いのでは)

 セイルはそんな事を思ったが、あえて口には出さなかった。仲良き事は良い事である。
ああだこうだと話している二人をセイルが微笑ましそうに眺めていると、その視線に気が付いたハイネルが慌ててコホンと一つ咳をした。

「と、とにかく! あなたが気を遣う必要はありませんよ、セイル」
「そうですか」

 ほんの少し顔が赤いハイネルと、くすくす笑うセイルを見て、フランはふっと微笑む。

「ハイネルが迷惑を掛けていないかい?」
「いえ、そんな事は。先日も助けて貰いました」
「そうか、良かった。俺が先に冒険者になると村を出てから、全然連絡が取れなくて心配していたんだ」

 そう言ってほっとしたようにフランは言った。
 恐らくフランは、ハイネルが周りに迷惑をかけているなどとは思っていないのだろう。これは久しぶりに会った幼馴染の事を心配しての言葉だという事はセイルにも分かった。それはハイネルも同じようで。
 ハイネルはフランの言葉に、照れ隠しのように半眼になって睨む。

「お前は僕の母親か何かか。……そんな事より、お前こそ、周りに迷惑を掛けていないのか?」
「大丈夫だよ」
「ああ、そう。それならば、僕達はもう行く。この後、予定があるのでね」
「そうか、引きとめて悪かった」

 背を向けてハイネルが歩き出すと、セイルは「それでは失礼します」とフランに会釈をして、慌ててその背を追う。
 フランは一度だけセイルを呼びとめた。

「セイル」
「はい?」

 セイルが振り返ると、フランは真面目な顔をしていた。

「ハイネルの事をよろしく頼む」
「合点!」

 セイルが親指を立てて力強く頷くと、フランは安心したような笑顔になる。
 セイルも笑い返すと、ハイネルの背中を追いかけた。
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