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ウッドゴーレム
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しおりを挟む「意外と風通しが良いですね」
もっとじめじめしているのかと思っていたハイネルは、驚いたように呟く。
どこかに外と繋がっている場所があるのか、遺跡や洞窟特有のかび臭さもなく、むしろ僅かに甘い香りがした。
「これ、白雲の花の香りですね」
くん、と鼻を動かしてセイルは言った。
白雲の花は、この遺跡の奥に群生地がある。もしかしたら、この先のどこかがそこに繋がっているのかもしれないとセイルは思った。
そうして遺跡の中を少し歩くと、どこからか、ひゅう、と風が吹き込む音が聞こえてきた。
「ふむ」
ストレイはそう呟いて、音の方を目指して歩く。
その音を頼りに歩いている内に、薄暗かった通路はだんだんと明るくなり、やがて一つの部屋に出た。
「これは……」
天井と入口の高い、それこそゴーちゃんが入れそうなくらい広い部屋だった。
壁にはゴーレムの設計図、のようなものがゴーレムの絵と一緒に描かれている。
部屋には簡素なベッドと、窓、ガラス戸のついた本棚。ゴーレムの設計図の書かれた壁側には工具が乗った細長いテーブルもある。
窓はガラスが割れて窓枠だけになっているが、本棚の方のガラス戸は無事だった。
本棚の中にはゴーレムに関する資料や、魔法に関する本が並び、その手前には写真立てが一つ置かれていた。
「こりゃあすげぇな……」
ストレイは感心したように呟く。
そうしてカンテラの火を消すと、本棚へと近づいた。
長い年月放置されたものだ、触れると壊れてしまうかもしれない。そう考えて、ストレイはガラスを割らないようにそっと力を込めると、存外あっさり戸は開いた。
ストレイは真剣な面持ちで、中に入っている本や資料に手を伸ばすと、読み始めた。
「……ふむ、ゴーちゃんを作った人の部屋、でしょうか」
そう呟くと、ハイネルもゴーレムの設計図の書かれた壁へと近づく。
そして鞄からメモ帳を取り出そ、それを写し始めた。ウッドゴーレムの足の修理に使えるかもしれないと思ったのだろう。
文字のほとんどは古代語で書かれたものなので今は読めないが、後で翻訳するつもりのようだ。
そんな二人を見ながら、セイルもぐるりと部屋を見回し、窓に近づいた。
窓枠に手を触れて、体を乗り出す。そこからは白雲の花の群生地が見えた。
セイルとハイネルが休憩をとった場所も見える。
あそこから見えなかったのは、恐らくここが死角になっていたからだろう。
「うわあ」
見晴らしがよく、風通しも良い、良い場所だ。
さらさらと風が吹く度に、白雲の花の群生地が動き、雲が流れているように見える。
ここで生活をするのは、きっと気持ちが良いだろう。
セイルは窓から離れると、少し考えた後で、手に持っていた水音の杖の底で軽く床を叩いた。
ポーン、とピアノのような小さな音の波が広がる。
その音の波に合わせて、サラサラとした金色の砂のような光がセイルの周りに現れる。
光は宙を舞い、セイルの方へと吸い込まれて行く。
セイルは目を開けたまま、この部屋のログに触れる。内容は見ない。ただ触れるだけだ。
ログを見るためには目を閉じなければならないが、こうして目を開けていれば、内容を見ずにただ感じる事は出来る。
「…………うん」
優しい、あたたかなログだった。
ちょうど、ホットココアを飲んだ時みたいな。
そんな感覚にセイルは自然と微笑んだ。
「嬉しそうですね、セイル」
気が付くと後ろにハイネルが立っていた。
設計図の写しが終わったのだろうか、メモ帳を閉じるところが見えた。
セイルはハイネルに向かってにこりと笑うと、部屋をぐるりと見回す。
「ええ。……あ、そうだ。もう一つありました」
「うん?」
「ほら、私が冒険者になった理由です。こういうログに触れたいからってのも、ありますね」
ハイネルは目を丸くした後、部屋を見回し、本棚の中に置かれた写真に目を止めた。
古い、古い写真だ。色あせた、本当に古い写真である。
この遺跡に人が住んでいた頃の写真だろう。
写真には一人の老人、背の低い青年、そしてウッドゴーレムの姿もあった。
老人は気難しそうな顔で、青年は困ったような笑顔で、ウッドゴーレムは今と変わらない姿で写っている。
写真を見ていたハイネルがフッと笑った。
「なるほど、確かに」
窓から吹き込んだ風がさらさらと髪を撫でる。
ハイネルはセイルの隣に立つと、窓に向かって左手側の壁によりかかり、目を閉じた。
静かな、静かな時間である。しばらくすると、ストレイが本棚から幾つか資料を抜き取って、鞄に入れて立ち上がった。
「終わりましたか?」
「ああ、悪いな。悪用されるとまずい奴だけ、ギルドに持って行く」
そう言うと、ストレイはそっとガラス戸を閉めた。
その時に、彼の目にも一瞬、本棚に置かれた写真立てが映ったようだ。ストレイはその写真を見て、少しだけ微笑んだ。
「それじゃ、行くか」
「はい」
ストレイが部屋を出ると、セイルとハイネルもそれに続いた。
ふと、部屋を出る時セイルは一瞬だけ足を止めた。
(お邪魔しました)
そして心の中でそう呟くと、軽く会釈し、二人を追いかける。
◇
外へ出た頃にはすでに昼近くになっていた。
ウッドゴーレムは相変わらず膝を抱えて通路に座り込んでいて、セイルが「ただいま」と言うとのそのそと立ち上がった。
ストレイはウッドゴーレムを見上げたあと、何か思う所があったようで、その巨体を手でポンポンと優しく叩く。ウッドゴーレムは少しだけ首を傾げた。
「あー、しっかし、疲れたなぁ」
そうして、ストレイは大きく腕を伸ばす。
「そろそろ飯にするかぁー」
「ご飯! ご飯食べましょう、ご飯!」
ストレイの言葉に、真っ先に反応をしたのはセイルだった。
そんな元気な声と一緒に、セイルのお腹の虫が鳴く。
セイルは一瞬固まると、誤魔化すように笑ってお腹をさすった。
「セイルは食事に対する反応が早いですね」
「いやぁ食事ってやっぱり大事じゃないですか?」
「知らない人に食べ物貰っても、ひょいひょい口に入れるんじゃねーぞ」
「大丈夫、ログを見てから食べます!」
「そういう問題じゃねぇ」
力強く頷くセイルに、やれやれとストレイは肩をすくめた。
そうやって話しながら、三人は遺跡の奥の白雲の花の群生地を目指す。休憩するならあそこが一番なのだ。
白雲の花の群生地は、地上にいながら、まるで雲の上のようだ。
あの上に寝転がると、まるで空を飛んでいるように錯覚してとても心地が良い。
そんな事を思って、空を見上げてストレイは目を閉じる。
「あー、ほんと腹減ったぁ……」
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