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先輩と後輩
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セイル達の前で、テーブルに額を擦りつけるような勢いで二人の男女が頭を下げている。彼女達は、先ほどスリに財布を奪われかけた被害者だ。
「いやぁ、ありがとうございますー! 助かりましたー!」
「本当にありがとうございます、あれ取られちゃったら、もう野宿するしか……!」
スリから財布を取り返したあと、フランがそれを返すと、二人は泣いて喜んだ。そして何かお礼をさせて欲しいと申し出たのだ。
フランも最初は断っていたのだが、どうしてもと言われ根負けし、それならアイスでもという話になった。
セイルはと言うと、フランに助けられただけで特に関係はないので、フランに礼を言った後、そのまま去ろうとしたのだが、何故かフランにがっちりと腕を掴まれた。
何事かと、セイルがぎょっとして振り返ると、フランの目は「一人にしないで」と訴えかけていた。
何でもフランは人助けはするがこういう"お礼"の類の対応は苦手らしい。
そんなこんなでセイルは半ば引き摺られる形で、フランおすすめの座って食べられるアイスの屋台まで連れてこられたのだった。
「でも、本当にわたしまで頂いてしまって、すみません」
申し訳なさそうに言ったセイルの手にはバニラとチョコの二段アイスの乗ったコーンが握られている。自分の分は自分で購入するつもりだったのだが、被害者の二人がどうしてもと支払ってくれたのだ。
有難いが、やっぱり何だかちょっぴり、申し訳ない。
セイルがそう思っていると、二人は笑顔で首を振った。
「いえいえ! お嬢さんがスリを止めてくれたおかげだと、フランさんも言っていましたから」
「そうそう、だから気にしないで!」
セイルは目を丸くした。いつの間にそんな話になったのだろうか。
困惑してセイルがフランを見ると、にこりと微笑まれた。確信犯のようである。
そんなフランの手には、チョコミントとチョコの二段アイスが握られていた。
「改めて、僕はパニーニと言います。先ほどは本当にお世話になりました。僕達、ライゼンデへは今日到着したばかりだったんです」
パニーニと名乗ったこの青年は、セイルと同じバニラとチョコの二段アイスを手に持ってそうッ頬笑んだ。
年齢は十代後半か二十歳位。くすんだ長い金髪を首の後ろで纏めている。前髪は真ん中で大きく分かれており、掛けた眼鏡の奥にある目はシャドウブルーだ。
茶色のベストとボタンシャツにズボン、手には指のない皮の手袋をはめていた。
「あたしはリゾット。これから冒険者証の申請に行くところだったの」
パニーニの隣にいるリゾットと名乗った女性は、年齢は二十代前半。毛先が跳ねた長い赤髪と、勝ち気そうな青い目をしている。
女性らしい体つきで、胸元の開いたシャツと上着、ショートパンツにロングブーツという格好だ。首からは薄い桃色をした透明な石のペンダントを下げている。
そして手には握られたアイスはストロベリーとチョコミントだ。
「美味しそうな名前ですね」
「良く言われます」
リゾットとパニーニの名前を聞いたセイルが真っ先に浮かんだのはそれだった。メニューが浮かんで、セイルの空腹を刺激する。そんな彼女の言葉に、リゾットとパニーニは頭をかいて苦笑した。
「しかし、そうだったんですか。冒険者証の申請にいらしたんですね。実はわたしも、先日冒険者になったばかりなんですよ」
「おお!」
「先輩!」
セイルの言葉にリゾットとパニーニは目を輝かせる。
先輩という言葉の響きにじーんとしながら、でもまだ数日で「先輩」と呼ばれるのは照れくさくて、セイルはフランに話を振った。
「わたしなどより、もっと先輩がこちらに」
話を振られたフランは少し驚いたようで、アイスを持っていない方の手を振って笑った。
「いや、俺もまだまだだよ」
「そう言えば気になっていたんだけど、フランさんってもしかして……竜殺しのフラン・フォーゲルさん?」
「まぁ、うん、そう……呼ばれる事もあるね」
リゾットがそう言うと、フランは少しだけ苦く笑う。
その表情に、セイルは少しだけ「あれ?」と思った。
もしかしたら、そう呼ばれるのは、あまり好きではないのかもしれない。
ドラゴンスレイヤー。つまり、竜に挑んで打ち勝ったものの事だ。
竜とは魔獣の何倍も強靭で頑強な肉体を持った生き物だ。普通の冒険者には太刀打ちどころか、目の前に立つことも出来ない。
竜は賢い生き物ではあるが、中には狂暴なものも存在する。そういった竜に関しては、冒険者ギルドに討伐依頼が届くのだ。
危険が伴う依頼の為、そのほとんどが名指しである。
その名指しで依頼を頼まれる人物についたものが『竜殺し』と呼ばれる称号だった。
「俺は運が良かっただけさ。良い仲間に出会って、たまたま良い依頼と巡りあって。俺だけじゃどうにもならなかったよ。それに凄いっていうのは……俺よりも何倍も努力して、どんな事を言われても絶対に諦めなかった奴の事を言うんだ」
フランは誰かを思い出すように言った。
セイルはそれがハイネルの事だ、と直感で分かった。
(フランさんの目には、そう見えていたんですね)
その事に、セイルは嬉しくなった。
さらには仲間を褒められた事も合わせて、セイルは顔がニマニマしたものへと変わった。
「そうですか……僕達もいつかはそんな風になりたいですね」
「そう言えば二人はどこから来たんだい?」
「王都です」
「王都?」
そう答えたパニーニにフランは目を丸くした。
これは不思議な話である。
理由を言うと、冒険者ギルドは王都にも存在するからだ。
確かにライゼンデは冒険者ギルド発祥の地ではあるのだが、冒険者ギルド自体は王都や、他の町にも存在する。そしてそのどこでも冒険者証の申請は受け付けているのだ。
冒険者になるだけなら、王都から馬車でも数日の距離があるライゼンデにわざわざ来る必要はない。
なのでセイルもフランも、彼らの話に少し違和感を感じた。
「王都でも冒険者にはなれると思うけど、どうしてライゼンデまで?」
不思議そうにフランが尋ねると、パニーニは少し焦ったように顔をかく。
そうして視線を彷徨わせた後、取り繕うように口を動かした。
「あ! いえ、その、僕ら、実は……ご、ゴーレムに興味がありまして。生で安全なゴーレムを見られるのってここだけだって聞いて、その」
パニーニの言葉に、セイルの頭の中に遺跡のウッドゴーレムの姿が浮かんだ。
確かにウッドゴーレムは安全で、そして可愛い。セイルが「うんうん」と頷いているとリゾットも彼の言葉に続いた。
「そうそう! ゴーレムって、大体危険な場所ばかりにいるでしょう? 安全なゴーレムはお金持ちが持っているくらいだし……しかもお金持ちのって大抵こう、お金に物を言わせた金ピカで、直視できなくて」
「ああ、それはできませんよね」
「ええ、心に来るダメージが大きいんですよね……」
お金の問題はデリケートである。神妙な顔になった三人にフランは苦笑した。
「あー、確かにそういう意味では珍しいね」
「はい。生で見て、いつか自分がゴーレムを作る時のイメージを得ておきたいんです」
楽しげに言うパニーニにフランの目が優しげに細まった。
書物の上で知るのと、実際に目にするのとはだいぶ違う。だから実際に体験しよう、と言うパニーニの言葉を好意的に受け取ったのだろう。
フランは頷いて言う。
「そうか、それが君の夢か」
「はい」
「頑張れ」
「はい!」
フランの言葉にパニーニは嬉しそうに笑い、元気に頷いた。
それから四人はフランの冒険の話や、ライゼンデの事、王都の事等交えて、わいわい話をした。
そうしている内に時間も過ぎ、アイスもすっかり食べ終えた頃。
「セイル?」
ふと、セイルの頭の上に影が掛かった。
セイルが顔を上げると、そこにはハイネルがいて、自分をひょいと覗き込んでいた。
「いやぁ、ありがとうございますー! 助かりましたー!」
「本当にありがとうございます、あれ取られちゃったら、もう野宿するしか……!」
スリから財布を取り返したあと、フランがそれを返すと、二人は泣いて喜んだ。そして何かお礼をさせて欲しいと申し出たのだ。
フランも最初は断っていたのだが、どうしてもと言われ根負けし、それならアイスでもという話になった。
セイルはと言うと、フランに助けられただけで特に関係はないので、フランに礼を言った後、そのまま去ろうとしたのだが、何故かフランにがっちりと腕を掴まれた。
何事かと、セイルがぎょっとして振り返ると、フランの目は「一人にしないで」と訴えかけていた。
何でもフランは人助けはするがこういう"お礼"の類の対応は苦手らしい。
そんなこんなでセイルは半ば引き摺られる形で、フランおすすめの座って食べられるアイスの屋台まで連れてこられたのだった。
「でも、本当にわたしまで頂いてしまって、すみません」
申し訳なさそうに言ったセイルの手にはバニラとチョコの二段アイスの乗ったコーンが握られている。自分の分は自分で購入するつもりだったのだが、被害者の二人がどうしてもと支払ってくれたのだ。
有難いが、やっぱり何だかちょっぴり、申し訳ない。
セイルがそう思っていると、二人は笑顔で首を振った。
「いえいえ! お嬢さんがスリを止めてくれたおかげだと、フランさんも言っていましたから」
「そうそう、だから気にしないで!」
セイルは目を丸くした。いつの間にそんな話になったのだろうか。
困惑してセイルがフランを見ると、にこりと微笑まれた。確信犯のようである。
そんなフランの手には、チョコミントとチョコの二段アイスが握られていた。
「改めて、僕はパニーニと言います。先ほどは本当にお世話になりました。僕達、ライゼンデへは今日到着したばかりだったんです」
パニーニと名乗ったこの青年は、セイルと同じバニラとチョコの二段アイスを手に持ってそうッ頬笑んだ。
年齢は十代後半か二十歳位。くすんだ長い金髪を首の後ろで纏めている。前髪は真ん中で大きく分かれており、掛けた眼鏡の奥にある目はシャドウブルーだ。
茶色のベストとボタンシャツにズボン、手には指のない皮の手袋をはめていた。
「あたしはリゾット。これから冒険者証の申請に行くところだったの」
パニーニの隣にいるリゾットと名乗った女性は、年齢は二十代前半。毛先が跳ねた長い赤髪と、勝ち気そうな青い目をしている。
女性らしい体つきで、胸元の開いたシャツと上着、ショートパンツにロングブーツという格好だ。首からは薄い桃色をした透明な石のペンダントを下げている。
そして手には握られたアイスはストロベリーとチョコミントだ。
「美味しそうな名前ですね」
「良く言われます」
リゾットとパニーニの名前を聞いたセイルが真っ先に浮かんだのはそれだった。メニューが浮かんで、セイルの空腹を刺激する。そんな彼女の言葉に、リゾットとパニーニは頭をかいて苦笑した。
「しかし、そうだったんですか。冒険者証の申請にいらしたんですね。実はわたしも、先日冒険者になったばかりなんですよ」
「おお!」
「先輩!」
セイルの言葉にリゾットとパニーニは目を輝かせる。
先輩という言葉の響きにじーんとしながら、でもまだ数日で「先輩」と呼ばれるのは照れくさくて、セイルはフランに話を振った。
「わたしなどより、もっと先輩がこちらに」
話を振られたフランは少し驚いたようで、アイスを持っていない方の手を振って笑った。
「いや、俺もまだまだだよ」
「そう言えば気になっていたんだけど、フランさんってもしかして……竜殺しのフラン・フォーゲルさん?」
「まぁ、うん、そう……呼ばれる事もあるね」
リゾットがそう言うと、フランは少しだけ苦く笑う。
その表情に、セイルは少しだけ「あれ?」と思った。
もしかしたら、そう呼ばれるのは、あまり好きではないのかもしれない。
ドラゴンスレイヤー。つまり、竜に挑んで打ち勝ったものの事だ。
竜とは魔獣の何倍も強靭で頑強な肉体を持った生き物だ。普通の冒険者には太刀打ちどころか、目の前に立つことも出来ない。
竜は賢い生き物ではあるが、中には狂暴なものも存在する。そういった竜に関しては、冒険者ギルドに討伐依頼が届くのだ。
危険が伴う依頼の為、そのほとんどが名指しである。
その名指しで依頼を頼まれる人物についたものが『竜殺し』と呼ばれる称号だった。
「俺は運が良かっただけさ。良い仲間に出会って、たまたま良い依頼と巡りあって。俺だけじゃどうにもならなかったよ。それに凄いっていうのは……俺よりも何倍も努力して、どんな事を言われても絶対に諦めなかった奴の事を言うんだ」
フランは誰かを思い出すように言った。
セイルはそれがハイネルの事だ、と直感で分かった。
(フランさんの目には、そう見えていたんですね)
その事に、セイルは嬉しくなった。
さらには仲間を褒められた事も合わせて、セイルは顔がニマニマしたものへと変わった。
「そうですか……僕達もいつかはそんな風になりたいですね」
「そう言えば二人はどこから来たんだい?」
「王都です」
「王都?」
そう答えたパニーニにフランは目を丸くした。
これは不思議な話である。
理由を言うと、冒険者ギルドは王都にも存在するからだ。
確かにライゼンデは冒険者ギルド発祥の地ではあるのだが、冒険者ギルド自体は王都や、他の町にも存在する。そしてそのどこでも冒険者証の申請は受け付けているのだ。
冒険者になるだけなら、王都から馬車でも数日の距離があるライゼンデにわざわざ来る必要はない。
なのでセイルもフランも、彼らの話に少し違和感を感じた。
「王都でも冒険者にはなれると思うけど、どうしてライゼンデまで?」
不思議そうにフランが尋ねると、パニーニは少し焦ったように顔をかく。
そうして視線を彷徨わせた後、取り繕うように口を動かした。
「あ! いえ、その、僕ら、実は……ご、ゴーレムに興味がありまして。生で安全なゴーレムを見られるのってここだけだって聞いて、その」
パニーニの言葉に、セイルの頭の中に遺跡のウッドゴーレムの姿が浮かんだ。
確かにウッドゴーレムは安全で、そして可愛い。セイルが「うんうん」と頷いているとリゾットも彼の言葉に続いた。
「そうそう! ゴーレムって、大体危険な場所ばかりにいるでしょう? 安全なゴーレムはお金持ちが持っているくらいだし……しかもお金持ちのって大抵こう、お金に物を言わせた金ピカで、直視できなくて」
「ああ、それはできませんよね」
「ええ、心に来るダメージが大きいんですよね……」
お金の問題はデリケートである。神妙な顔になった三人にフランは苦笑した。
「あー、確かにそういう意味では珍しいね」
「はい。生で見て、いつか自分がゴーレムを作る時のイメージを得ておきたいんです」
楽しげに言うパニーニにフランの目が優しげに細まった。
書物の上で知るのと、実際に目にするのとはだいぶ違う。だから実際に体験しよう、と言うパニーニの言葉を好意的に受け取ったのだろう。
フランは頷いて言う。
「そうか、それが君の夢か」
「はい」
「頑張れ」
「はい!」
フランの言葉にパニーニは嬉しそうに笑い、元気に頷いた。
それから四人はフランの冒険の話や、ライゼンデの事、王都の事等交えて、わいわい話をした。
そうしている内に時間も過ぎ、アイスもすっかり食べ終えた頃。
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