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狂鬼というのは、文字通り狂った鬼――――つまり吸血鬼の事だ。
吸血鬼は主食である血液を全く摂取しないか、もしくは自身が怪我等で大量に出血する事で血が足りなくなり、理性が吹き飛んだ化け物に変質する事がある。
これが『狂鬼』である。
もっとも、プロメテウスが推奨する普通の生活を送っていれば、こうなる事はまずない。むしろなる方が難しい。
先述の通り血液が主食の吸血鬼が、血液を摂取しないという事はまずない。好き嫌いはあれど、まったく飲まないという事は出来ない。
また怪我に関しても、吸血鬼は自然治癒力が強く、ある程度の怪我なら直ぐに再生してしまう。
だから『狂鬼』になる方が珍しいのだ。
しかし最近は意図的に『狂鬼』になる者達もいる。
一時的に、体内の血液を減少させるドラッグ『イカロス』が作り出されたのだ。もちろん非合法で、だ。
拘束された吸血鬼曰く、理性を失って暴れる事は、一種の快楽のように感じるらしい。
最近の『狂鬼』の大体は、これが原因だ。
まったくもって理解できないとシラハは思っている。そんなもの、何が楽しいのか。ただただ厄介な話である。
そして何より厄介なのは、反乱分子の一部の組織がそのドラッグを作り、売り捌いているという事にあった。
夜空に星が輝く二十時半頃。
シラハ達がアイゼンゴッドの西区・オーロラストリートへ到着すると、建物の一部が派手に破壊されていた。
すでにプロメテウスの警備部も到着している様子だ。
件の吸血鬼はどこにいるのだろう。辺りを見回していると、破壊された建物の下辺りから、ケタケタと笑い声が聞こえてきた。
砂埃の向こうからだ。少しして、そこから一人の男が姿を現した。顔や耳のあちこちにピアスをつけた吸血鬼だ。
そんな男の体中には赤く光る入れ墨のようなものが浮かんでいる。
あれが『狂鬼』になった証だ。ネオンみたいだね、と昔スメラギが言っていたが、そんなに綺麗なものにはシラハは思えなかった。
「あ、いたいた。あれだねぇ。プロメテウスがマークしている奴だよ。呪い屋サザナミだ」
「最近、プロメテウス銀行部の職員へ、不眠にする呪いをかけた奴ですか。でもあれ、呪い返しされたでしょう」
確か、呪いをかけた理由が『銀行で借り入れができなかったから』だったはずだ。
呪い屋――呪術師という職業自体は、登録さえすればプロメテウスは認めている。だから返済能力が認められれば、お金を借りる事だって可能だ。
しかし彼は未登録だった。モグリの呪い屋だ。
一応、偽造した登録証を持って銀行部に来たらしいが、門前払いを喰らったのは言うまでもない。
それを逆恨みして、サザナミは銀行部に呪いをかけたのだ。
その呪いを、たまたま銀行部にいた元呪術師の職員が気づいて呪い返しをし、術者を特定して指名手配していた、というのが一連の流れである。
「それがどうしてああなったんですかね」
イツキがそう呟いた時、遠くのサザナミが叫び出した。
「薬を、薬をもっと、もっとくれよぉ……!」
薬。そう聞いて、シラハは察する。
「ドラッグですか」
「みたいだね。大方、日々苦しくて、更には金がなくてどうにもならなくて、ドラッグに逃げたんだろう」
「ドラッグを買うお金で生活を整えるべきだと思うけどねぇ。もったいない事だよ」
スメラギの言葉に、メノウは神妙な顔で頷いた。
彼女の言う『もったいない』の意図は少し違う気がするが、前半部分は同意見だ。
ドラッグは、例え一度でも手を出せば、人生を壊す。軽いか、重いかは関係ない。
苦しい事も、悲しい事も、それを使えば一時的に忘れられる。心が楽になる。
けれどそれは本当に一時的なものだ。効果が切れれば、苦しくなる。
一度だけ、本当にそれだけ。そう思って手を出したとしても、ずるずると使い続けてしまう。
やがて幻覚が見え出したり、ありもしない妄想に苦しんだり、幻聴で眠れなくなったり。
それから逃れるためにさらにドラッグを使い続ける。そのドラッグを買った金は、反乱分子などの犯罪組織へと流れていく。
そうして心も体も壊れて、ドラッグを買い続けて金銭的にも苦しくなり――――その先にあるのは死より辛い時間だ。
他人を巻き込む、生き地獄のようなループである。
「頼むよ、薬をくれよぉ……もう全部嫌なんだよぉ……」
サザナミは泣いているような声でそう訴える。
ふう、とスメラギは息を吐いた。
「全部が嫌なら、とっとと死んでしまえば良いのにねぇ。他人に迷惑をかけないで貰いたいもんだよ」
「プロメテウスの法はそれを認めませんよ。サザナミはまだ反乱分子扱いではありませんので」
「その辺りの判断って本当に謎だよね。……吸血鬼には甘いんだよ、結局はさ」
最後の方は独白するように。スメラギは目を細くして言った。
シラハは「今更でしょう」と返す。
「プロメテウスはずっとそうだった。人間の何倍も長く生きる吸血鬼が、ずっと敷いているレールです。変えようとすれば反乱分子扱い。前時代の考えに固執している老害共は滅びろ」
「…………」
シラハの言葉に、吸血鬼二人が口を閉じる。
人間であるイツキは何かフォローしようとしたが、次の瞬間、
「あっはっはっは!」
スメラギとメノウは笑い出した。
イツキがぎょっとした顔になる。
「今のどこに笑う要素が!?」
「フフ。だって、シラハちゃん、スメラギ室長と同じ事を言うんだもの」
「うんうん! 同じ考えで嬉しいよ、愛しいシラハ君!」
二人の言葉にシラハは少し考えて、
「発言を撤回します。古くから椅子に鎮座されている害悪は速やかに退いて頂きたいに変更します」
「丁寧な言い回しになっただけで、撤回はされていないからねシラハさん!?」
イツキからしっかりツッコミを入れられた。
「フフ。……だが、シラハ君の言う通りだ。サザナミは『狂鬼』となったが、処分は認められていない」
だから、とスメラギは言う。眼鏡が明かりに照らされてギラリ、と光った。
「シラハ君、メノウ君、イツキ君。広報室のお仕事だ。メノウ君とイツキ君は逃げ遅れた市民の救助。シラハ君は僕と一緒に対象を速やかに拘束。手荒な真似は許可する」
「了解!」
スメラギの号令に、シラハ達は一斉に動き出した。
吸血鬼は主食である血液を全く摂取しないか、もしくは自身が怪我等で大量に出血する事で血が足りなくなり、理性が吹き飛んだ化け物に変質する事がある。
これが『狂鬼』である。
もっとも、プロメテウスが推奨する普通の生活を送っていれば、こうなる事はまずない。むしろなる方が難しい。
先述の通り血液が主食の吸血鬼が、血液を摂取しないという事はまずない。好き嫌いはあれど、まったく飲まないという事は出来ない。
また怪我に関しても、吸血鬼は自然治癒力が強く、ある程度の怪我なら直ぐに再生してしまう。
だから『狂鬼』になる方が珍しいのだ。
しかし最近は意図的に『狂鬼』になる者達もいる。
一時的に、体内の血液を減少させるドラッグ『イカロス』が作り出されたのだ。もちろん非合法で、だ。
拘束された吸血鬼曰く、理性を失って暴れる事は、一種の快楽のように感じるらしい。
最近の『狂鬼』の大体は、これが原因だ。
まったくもって理解できないとシラハは思っている。そんなもの、何が楽しいのか。ただただ厄介な話である。
そして何より厄介なのは、反乱分子の一部の組織がそのドラッグを作り、売り捌いているという事にあった。
夜空に星が輝く二十時半頃。
シラハ達がアイゼンゴッドの西区・オーロラストリートへ到着すると、建物の一部が派手に破壊されていた。
すでにプロメテウスの警備部も到着している様子だ。
件の吸血鬼はどこにいるのだろう。辺りを見回していると、破壊された建物の下辺りから、ケタケタと笑い声が聞こえてきた。
砂埃の向こうからだ。少しして、そこから一人の男が姿を現した。顔や耳のあちこちにピアスをつけた吸血鬼だ。
そんな男の体中には赤く光る入れ墨のようなものが浮かんでいる。
あれが『狂鬼』になった証だ。ネオンみたいだね、と昔スメラギが言っていたが、そんなに綺麗なものにはシラハは思えなかった。
「あ、いたいた。あれだねぇ。プロメテウスがマークしている奴だよ。呪い屋サザナミだ」
「最近、プロメテウス銀行部の職員へ、不眠にする呪いをかけた奴ですか。でもあれ、呪い返しされたでしょう」
確か、呪いをかけた理由が『銀行で借り入れができなかったから』だったはずだ。
呪い屋――呪術師という職業自体は、登録さえすればプロメテウスは認めている。だから返済能力が認められれば、お金を借りる事だって可能だ。
しかし彼は未登録だった。モグリの呪い屋だ。
一応、偽造した登録証を持って銀行部に来たらしいが、門前払いを喰らったのは言うまでもない。
それを逆恨みして、サザナミは銀行部に呪いをかけたのだ。
その呪いを、たまたま銀行部にいた元呪術師の職員が気づいて呪い返しをし、術者を特定して指名手配していた、というのが一連の流れである。
「それがどうしてああなったんですかね」
イツキがそう呟いた時、遠くのサザナミが叫び出した。
「薬を、薬をもっと、もっとくれよぉ……!」
薬。そう聞いて、シラハは察する。
「ドラッグですか」
「みたいだね。大方、日々苦しくて、更には金がなくてどうにもならなくて、ドラッグに逃げたんだろう」
「ドラッグを買うお金で生活を整えるべきだと思うけどねぇ。もったいない事だよ」
スメラギの言葉に、メノウは神妙な顔で頷いた。
彼女の言う『もったいない』の意図は少し違う気がするが、前半部分は同意見だ。
ドラッグは、例え一度でも手を出せば、人生を壊す。軽いか、重いかは関係ない。
苦しい事も、悲しい事も、それを使えば一時的に忘れられる。心が楽になる。
けれどそれは本当に一時的なものだ。効果が切れれば、苦しくなる。
一度だけ、本当にそれだけ。そう思って手を出したとしても、ずるずると使い続けてしまう。
やがて幻覚が見え出したり、ありもしない妄想に苦しんだり、幻聴で眠れなくなったり。
それから逃れるためにさらにドラッグを使い続ける。そのドラッグを買った金は、反乱分子などの犯罪組織へと流れていく。
そうして心も体も壊れて、ドラッグを買い続けて金銭的にも苦しくなり――――その先にあるのは死より辛い時間だ。
他人を巻き込む、生き地獄のようなループである。
「頼むよ、薬をくれよぉ……もう全部嫌なんだよぉ……」
サザナミは泣いているような声でそう訴える。
ふう、とスメラギは息を吐いた。
「全部が嫌なら、とっとと死んでしまえば良いのにねぇ。他人に迷惑をかけないで貰いたいもんだよ」
「プロメテウスの法はそれを認めませんよ。サザナミはまだ反乱分子扱いではありませんので」
「その辺りの判断って本当に謎だよね。……吸血鬼には甘いんだよ、結局はさ」
最後の方は独白するように。スメラギは目を細くして言った。
シラハは「今更でしょう」と返す。
「プロメテウスはずっとそうだった。人間の何倍も長く生きる吸血鬼が、ずっと敷いているレールです。変えようとすれば反乱分子扱い。前時代の考えに固執している老害共は滅びろ」
「…………」
シラハの言葉に、吸血鬼二人が口を閉じる。
人間であるイツキは何かフォローしようとしたが、次の瞬間、
「あっはっはっは!」
スメラギとメノウは笑い出した。
イツキがぎょっとした顔になる。
「今のどこに笑う要素が!?」
「フフ。だって、シラハちゃん、スメラギ室長と同じ事を言うんだもの」
「うんうん! 同じ考えで嬉しいよ、愛しいシラハ君!」
二人の言葉にシラハは少し考えて、
「発言を撤回します。古くから椅子に鎮座されている害悪は速やかに退いて頂きたいに変更します」
「丁寧な言い回しになっただけで、撤回はされていないからねシラハさん!?」
イツキからしっかりツッコミを入れられた。
「フフ。……だが、シラハ君の言う通りだ。サザナミは『狂鬼』となったが、処分は認められていない」
だから、とスメラギは言う。眼鏡が明かりに照らされてギラリ、と光った。
「シラハ君、メノウ君、イツキ君。広報室のお仕事だ。メノウ君とイツキ君は逃げ遅れた市民の救助。シラハ君は僕と一緒に対象を速やかに拘束。手荒な真似は許可する」
「了解!」
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