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「キミはどうしてプロメテウスに入ったんだい?」
スメラギの補佐官となってひと月たった頃。シラハ彼からそう聞かれた。その時シラハは「都合が良いからです」と答えた。
それは今も変わらない。ここにいれば都合が良い。誰かを守るのも、一人で生きて行くのも。
けれど。
嫌いなプロメテウスで、嫌いな吸血鬼に囲まれて、嫌いな上司の補佐官で。
けれど、でも。
二年経って、それらにずっと関わっている内に。
思っていたよりマシだったと思うようにもなっていた。
シラハとスメラギは、ツバキのナビゲートで、下へ続くエレベーターにたどり着いた。
ご丁寧に隠されていたエレベーターに乗って地下四階へ向かう。
ガコン、と音を立てて動き出したその中で、不意にスメラギが口を開いた。
「シラハ君、さっきのさ」
「さっき?」
「カナタ氏に向かって言った言葉」
カナタに言ったのは法がどうの、という話だろうか。
特におかしな話はしていないと思うが、何だろう。そう思ってシラハが僅かに首を傾げると、
「なかなか格好良かったよ」
と言ってスメラギは笑った。
予想外の誉め言葉にシラハは目を瞬く。
「はあ。それはどうも」
「フフ。相変わらずシラハ君は反応が薄いなぁ」
「あなたのはどう受け取って良いか迷うんです」
何度目かの台詞だが、シラハはそう返す。
そしてスメラギも「そうだね」と頷いた。今までにも何度かしたやり取りだ。
だが今日はそこに「シラハ君の事を想っているのに!」等の、茶化すような言葉が入らない。
いつもとほんの少し違う様子の上司に、シラハも「おや」と思った。
そんなシラハの僅かな疑問を知ってか知らずか、スメラギは階数表示を見ながら、
「キミは本当に、出会った時からずっとぶれないねぇ」
と言った。
「他人の事を言えますか、スメラギ様」
「アハハ、それはそうだ!」
シラハがいつも通りに返すと、スメラギは楽しそうに笑う。
それから「うん」と、小さく声を挟んで、
「キミは、そのまま変わらないでいて」
そう言った。やはりいつもと様子が違う。
シラハが「スメラギ様?」と聞き返した時、エレベーターは地下四階へと到着した。
スウ、とドアが開くと、スメラギは先に一歩、外へ出る。
聞き返すタイミングを逃してしまったなとシラハは思いながら、それに続く。
地下四階は、地上の階と比べると少し明かりが暗い。
そんな中、奥の方から戦いの音も耳に届く。数人の声もだ。そこに狂鬼やメノウ達がいるはずだ。
スメラギとシラハは同時に走り出した、
――――その時。
前方から、弾丸のような勢いで、赤黒い何かが襲い掛かって来た。
あまりに速い。咄嗟に左右に分かれ、それを避ける。
すれ違い様に、赤黒い塊の中に、ネオンのような明かりが見えた。
(狂鬼!)
そう判断し、シラハは銃を構えて振り返る。
その塊はザザッと音を立てて急停止すると、水風船が爆ぜるようにパチンと崩れ、人の形へ変わる。
ドレス姿の女性だ。赤い目は爛々と光り、体中には赤い光の入れ墨が浮かび上がっている。
「パーティーの参加者だね。ヴァイオリニストのチカ・ヨリタ氏だ。シラハ君、極力、殺さないように。骨の一本や二本は許可するよ」
「承知しました。始末書で済みますか?」
「済むね! 何、吸血鬼は再生力も強いから、骨を折っても病院にぶち込んでおけば良いから平気平気!」
「聊か物騒では?」
「他人の事、言えないでしょキミは」
そんなやり取りをしている前で女性――チカ・ヨリタは再び、赤黒い塊に変化する。
先ほどは早すぎて見えなかったが、こうして正面から見ればコウモリのような形をしている。彼女の血の芸術なのだろう。
その姿になっても狂鬼の印である入れ墨はそのままだ。目の部分に、炎のような赤い光が宿っている。彼女はスウ、と視線をシラハに向けた。
シラハは聖人体質の前に人間だ。体内の血の減少で狂鬼になった吸血鬼は、理性を失い暴れながらも、無意識に人間の血を求める傾向がある。
「速度特化、自己強化系の血の芸術か」
「あまり見かけないタイプですね」
「うん。見てくれが変わる系ってのは、あまり大っぴらにしない吸血鬼が多いねぇ」
変なプライドがあるからだろうけれど、とスメラギが付け加える。
「やるよ、シラハ君。――――霧の散歩道!」
スメラギがそう言うと、彼の周囲に赤い霧が発生する。対象の動きを鈍くするスメラギの血の芸術。
それは真っ直ぐに目標に向かう、が――――狂鬼の速度はそれ以上だった。
赤い霧が体に纏わりつくより早く、狂鬼はそれを突破して、一直線にシラハに飛び掛かってくる。
速い。しかし動きは単純。ギリギリでシラハは避ける。僅かに触れたドレスの裾が、チッ、と音を立てて切れた。
あの速度のせいで、全身が刃物と同じものになっているのだろう。
(これは少々、厄介な)
体質的にシラハの素肌に触れれば吸血鬼は焼ける。
吸血鬼に対して絶対的な優位を持つシラハだが、こと『死なせずに』と制限がつくと話が変わって来る。
先述の通り、聖人体質は素肌に触れただけで吸血鬼を焼く。
ごく軽くても火傷、それ以上になると火だるまだ。
だが、その度合いを無視して、触れただけで一気に燃え上がるものがある。吸血鬼の血だ。
聖人体質にとって吸血鬼の血はガソリンのようなもの。先日の呪い屋サザナミの血の芸術を燃やしたのが良い例だ。
目の前の狂鬼のように、全身が血の芸術で覆われている状態は、それと同じ事になる。
つまり『極力、殺さないように』という制限がついた時点で、シラハは相手に触れられない。すべての攻撃を回避する必要が出る。
シラハの身体能力は一般人と比べれば上だが、基本的には人間のそれである。化け物染みた吸血鬼の攻撃を回避し続けろというのは、なかなか厄介な話だった。
電流の弾丸を放つ『自動拳銃・雷電』を携帯しているのは、その辺りが理由になっている。殺傷力の低いあれならば、無力化は出来ても命を奪う可能性が低いからだ。
しかし、あれは今、取り上げられている。手元にあるのは敵から拝借した銃だけだ。
「スメラギ様、一部に当てます」
「オーケー。その後もう一度、血の芸術を入れる」
先ほどのスメラギの血の芸術は、纏わりつくより速く相手が動いたから効果が無かった。
その『纏わりつく』時間さえ稼げれば、何とかなるだろう。
シラハは銃口を狂鬼に向ける。
当てやすいのは大きい翼部分。狂鬼は動く際に、コウモリが空を飛ぶように、あれでバランスを取っているように見えた。
幸い相手の狙いはシラハのまま。四方八方に動く様子はなく、当てるなら楽だ。すでに相手は振り返り、再びシラハに向かって来ようとしていた。
動きは読める。タイミングを見て撃ち抜けば、それで良い。
『パーティーの参加者だね。ヴァイオリニストのチカ・ヨリタ氏だ』
そう考えた時、ふと、スメラギの言葉が脳裏に蘇った。
あの狂鬼、チカ・ヨリタはヴァイオリンの演奏家だ。つまり手を使う。
もし、そこを撃ったら。吸血鬼の身体がいかに再生力が高くても、万が一、後遺症が残らないというわけではない。
(ヴァイオリニストが手を使えなくなったら――――)
ほんの一瞬、シラハは迷った。
「シラハ君!」
スメラギの僅かに焦った声で、ハッとなれば。
目の前には狂鬼の姿があった。
スメラギの補佐官となってひと月たった頃。シラハ彼からそう聞かれた。その時シラハは「都合が良いからです」と答えた。
それは今も変わらない。ここにいれば都合が良い。誰かを守るのも、一人で生きて行くのも。
けれど。
嫌いなプロメテウスで、嫌いな吸血鬼に囲まれて、嫌いな上司の補佐官で。
けれど、でも。
二年経って、それらにずっと関わっている内に。
思っていたよりマシだったと思うようにもなっていた。
シラハとスメラギは、ツバキのナビゲートで、下へ続くエレベーターにたどり着いた。
ご丁寧に隠されていたエレベーターに乗って地下四階へ向かう。
ガコン、と音を立てて動き出したその中で、不意にスメラギが口を開いた。
「シラハ君、さっきのさ」
「さっき?」
「カナタ氏に向かって言った言葉」
カナタに言ったのは法がどうの、という話だろうか。
特におかしな話はしていないと思うが、何だろう。そう思ってシラハが僅かに首を傾げると、
「なかなか格好良かったよ」
と言ってスメラギは笑った。
予想外の誉め言葉にシラハは目を瞬く。
「はあ。それはどうも」
「フフ。相変わらずシラハ君は反応が薄いなぁ」
「あなたのはどう受け取って良いか迷うんです」
何度目かの台詞だが、シラハはそう返す。
そしてスメラギも「そうだね」と頷いた。今までにも何度かしたやり取りだ。
だが今日はそこに「シラハ君の事を想っているのに!」等の、茶化すような言葉が入らない。
いつもとほんの少し違う様子の上司に、シラハも「おや」と思った。
そんなシラハの僅かな疑問を知ってか知らずか、スメラギは階数表示を見ながら、
「キミは本当に、出会った時からずっとぶれないねぇ」
と言った。
「他人の事を言えますか、スメラギ様」
「アハハ、それはそうだ!」
シラハがいつも通りに返すと、スメラギは楽しそうに笑う。
それから「うん」と、小さく声を挟んで、
「キミは、そのまま変わらないでいて」
そう言った。やはりいつもと様子が違う。
シラハが「スメラギ様?」と聞き返した時、エレベーターは地下四階へと到着した。
スウ、とドアが開くと、スメラギは先に一歩、外へ出る。
聞き返すタイミングを逃してしまったなとシラハは思いながら、それに続く。
地下四階は、地上の階と比べると少し明かりが暗い。
そんな中、奥の方から戦いの音も耳に届く。数人の声もだ。そこに狂鬼やメノウ達がいるはずだ。
スメラギとシラハは同時に走り出した、
――――その時。
前方から、弾丸のような勢いで、赤黒い何かが襲い掛かって来た。
あまりに速い。咄嗟に左右に分かれ、それを避ける。
すれ違い様に、赤黒い塊の中に、ネオンのような明かりが見えた。
(狂鬼!)
そう判断し、シラハは銃を構えて振り返る。
その塊はザザッと音を立てて急停止すると、水風船が爆ぜるようにパチンと崩れ、人の形へ変わる。
ドレス姿の女性だ。赤い目は爛々と光り、体中には赤い光の入れ墨が浮かび上がっている。
「パーティーの参加者だね。ヴァイオリニストのチカ・ヨリタ氏だ。シラハ君、極力、殺さないように。骨の一本や二本は許可するよ」
「承知しました。始末書で済みますか?」
「済むね! 何、吸血鬼は再生力も強いから、骨を折っても病院にぶち込んでおけば良いから平気平気!」
「聊か物騒では?」
「他人の事、言えないでしょキミは」
そんなやり取りをしている前で女性――チカ・ヨリタは再び、赤黒い塊に変化する。
先ほどは早すぎて見えなかったが、こうして正面から見ればコウモリのような形をしている。彼女の血の芸術なのだろう。
その姿になっても狂鬼の印である入れ墨はそのままだ。目の部分に、炎のような赤い光が宿っている。彼女はスウ、と視線をシラハに向けた。
シラハは聖人体質の前に人間だ。体内の血の減少で狂鬼になった吸血鬼は、理性を失い暴れながらも、無意識に人間の血を求める傾向がある。
「速度特化、自己強化系の血の芸術か」
「あまり見かけないタイプですね」
「うん。見てくれが変わる系ってのは、あまり大っぴらにしない吸血鬼が多いねぇ」
変なプライドがあるからだろうけれど、とスメラギが付け加える。
「やるよ、シラハ君。――――霧の散歩道!」
スメラギがそう言うと、彼の周囲に赤い霧が発生する。対象の動きを鈍くするスメラギの血の芸術。
それは真っ直ぐに目標に向かう、が――――狂鬼の速度はそれ以上だった。
赤い霧が体に纏わりつくより早く、狂鬼はそれを突破して、一直線にシラハに飛び掛かってくる。
速い。しかし動きは単純。ギリギリでシラハは避ける。僅かに触れたドレスの裾が、チッ、と音を立てて切れた。
あの速度のせいで、全身が刃物と同じものになっているのだろう。
(これは少々、厄介な)
体質的にシラハの素肌に触れれば吸血鬼は焼ける。
吸血鬼に対して絶対的な優位を持つシラハだが、こと『死なせずに』と制限がつくと話が変わって来る。
先述の通り、聖人体質は素肌に触れただけで吸血鬼を焼く。
ごく軽くても火傷、それ以上になると火だるまだ。
だが、その度合いを無視して、触れただけで一気に燃え上がるものがある。吸血鬼の血だ。
聖人体質にとって吸血鬼の血はガソリンのようなもの。先日の呪い屋サザナミの血の芸術を燃やしたのが良い例だ。
目の前の狂鬼のように、全身が血の芸術で覆われている状態は、それと同じ事になる。
つまり『極力、殺さないように』という制限がついた時点で、シラハは相手に触れられない。すべての攻撃を回避する必要が出る。
シラハの身体能力は一般人と比べれば上だが、基本的には人間のそれである。化け物染みた吸血鬼の攻撃を回避し続けろというのは、なかなか厄介な話だった。
電流の弾丸を放つ『自動拳銃・雷電』を携帯しているのは、その辺りが理由になっている。殺傷力の低いあれならば、無力化は出来ても命を奪う可能性が低いからだ。
しかし、あれは今、取り上げられている。手元にあるのは敵から拝借した銃だけだ。
「スメラギ様、一部に当てます」
「オーケー。その後もう一度、血の芸術を入れる」
先ほどのスメラギの血の芸術は、纏わりつくより速く相手が動いたから効果が無かった。
その『纏わりつく』時間さえ稼げれば、何とかなるだろう。
シラハは銃口を狂鬼に向ける。
当てやすいのは大きい翼部分。狂鬼は動く際に、コウモリが空を飛ぶように、あれでバランスを取っているように見えた。
幸い相手の狙いはシラハのまま。四方八方に動く様子はなく、当てるなら楽だ。すでに相手は振り返り、再びシラハに向かって来ようとしていた。
動きは読める。タイミングを見て撃ち抜けば、それで良い。
『パーティーの参加者だね。ヴァイオリニストのチカ・ヨリタ氏だ』
そう考えた時、ふと、スメラギの言葉が脳裏に蘇った。
あの狂鬼、チカ・ヨリタはヴァイオリンの演奏家だ。つまり手を使う。
もし、そこを撃ったら。吸血鬼の身体がいかに再生力が高くても、万が一、後遺症が残らないというわけではない。
(ヴァイオリニストが手を使えなくなったら――――)
ほんの一瞬、シラハは迷った。
「シラハ君!」
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