管理機関プロメテウス広報室の事件簿

石動なつめ

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 空に満天の星が輝く、二十一時。
 シラハはアイゼンゴッド中央区にある、アイゼンゴッド総合病院を訪れていた。
 目的地はスメラギ・トーノの病室だ。手には銀星軒のトマトゼリーの紙袋が握られている。
 シラハはスメラギの見舞いに来たのだ。

「スメラギ様、失礼します」

 ドアをノックし、中へ入る。そこには病衣を着たスメラギがベッドに座っていた。

「やあシラハ君、お帰り~」

 シラハに気が付くと、スメラギはひらひらと手を振って笑う。
 スメラギの顔色は悪くない。元気そうだ。

 先日のエイカ・アサクラのパーティーで起きた事件から、すでに七日経っていた。
 あの事件の後、シラハ達は狂鬼を抑え、無事に人質を救出した。イカロスによって狂鬼化した吸血鬼は四人、他に眠らされたままの人間。
 そんな彼らはまとめて、この病院に入院している。その中にスメラギも入っている。
 
 スメラギは狂鬼化こそ免れたものの怪我が酷く、入院して治療に当たっているのだ。
 ただ、シラハの血を飲んだ事で、怪我の治りは異様に早く、驚かれていた。
 医者の話では、あと数日で退院できるだろうとの事だ。

「お帰りと言うほど馴染んだ場所ではありませんが」
「ええ~? だってホラ、シラハ君毎日来てくれるじゃない? いらっしゃいより、お帰りの方が合っていると思うよ!」
「そうですか。こちらお見舞いです」
「綺麗にスルーされた。つれないねぇシラハ君。だが、そこが良い! ……って、あ、トマトゼリーだ、やった」

 お見舞いを置くとスメラギが目を輝かせた。 
 吸血鬼に好まれる銀星軒のトマトゼリーは、スメラギも好物のようだ。

「銀星軒の皆さんも、スメラギ様によろしくと言っていました。おまけで新作のトマト商品も頂きましたよ」
「新作? どんなの?」
「ハバネロ入りだそうです」
「いやいや待って、ここ最近のハバネロ推しは何なの? 流行ってるの?」
「……と、冗談を言うようにメノウ様達から頼まれました。実際はトマトの水まんじゅうです」

 そうシラハが言うと、スメラギが目を丸くする。それから「メノウ君達め……」と肩をすくめた。
 そんなスメラギの様子を見ながらシラハは「怪我の具合は如何ですか?」と聞いた。

「もう全然良いよ。火傷の方は残るみたいだけどね」
「そう……ですか」

 火傷、というのはシラハが触れて焼いた箇所の事だ。
 スメラギに頼まれた事とは言え、身体に傷を残してしまった事に、シラハの胸に罪悪感が広がる。
 自分が、あの時判断を迷わなければ。

「申し訳ありません、スメラギ様」
「ああ、ほらほら。何度も謝らないの。あれは僕も悪かったし。何より、聖人体質が触れてできた火傷が治らない事は分かっていたからさ」

 そう言ってスメラギは自分の背中を指さす。

「ここにね、昔のがあるんだ。だから別に消えない傷の一つや二つ増えたって、何ともないよ」
「…………はい」
「……キミがそんな風だと調子が狂うね。ほら、もっとこう、言葉のドッジボールをぶつけて欲しいな!」
「そういう趣味が?」
「ないね!」

 アハハ、とスメラギは朗らかに笑う。
 恐らく気を遣われているののは、シラハには分かる。
 本人がこうして笑っているなら、それで良いと言うのなら、これ以上何かを言うべきではないだろう。
 返すなら、仕事でだ。シラハは「承知しました」と頷く。

「ああ、そうだ。スメラギ様、外にお客様がいらしていますが、中に入って頂いても?」
「お客さん? 構わないけれど、誰だい?」
「私ですよ」

 スメラギが許可を出すと、呼ぶより早く、その人物が中へ入ってきた。
 エイカ・アサクラだ。手には見舞いの品を持っている。銀星軒の紙袋だ。ちなみに内容はトマトゼリーではなく、羊羹である。

「これはこれはエイカさん。取り調べが終わったと聞いたよ」
「ええ、おかげ様で。警備部の方から、スメラギさん達が私の弁護してくれたと聞きました。だから直接お礼を言いたくて。ありがとうございます」
「いやいや。お互い様だよ」
「そうですか、ではそういう事にします」

 スメラギの言葉に、エイカはパッと表情を変えた。
 本当にこの吸血鬼は、いい性格をしている。

「シラハ君は、これくらいの切り替えの早さを身に着けたら良いと思うよ!」
「遠慮します」
「おやおや。バッサリ切られてしまいました、フフ」

 わざとらしく、残念そうに言うエイカにシラハは小さく息を吐く。
 それから彼に椅子をすすめ、

「では、お茶を淹れてきますね。ツバキ先輩のおすすめです」
「おっ嬉しいね! ありがとう~」
「はい、では少し失礼します」

 と言って部屋を出た。


◇ ◇ ◇ ◇


 シラハが病室の外へ出て行ったあと。
 彼女を見送っていた二人は、再びお互いを見た。

「で、怪我の具合は如何です? 聞いた話だと、だいぶ酷かったんでしょう」
「アハハ、そうだね。だけど問題ないよ」
「それは聖人体質の血を飲んだから?」

 エイカの言葉に、スメラギは少し目を見開いた。それから表情は笑顔のまま半眼になる。

「キミもなかなかの情報通だねぇ」
「フフ。情報を集めるの、趣味なんですよ」
「それってもしかして、副業的な?」
「いやだなぁ、そんなはずないじゃないですか」
「だよねぇ」

 スメラギとエイカはお互いに、フフフ、と笑い合う。
 シラハがいなくなったとたん微妙に雰囲気が悪くなるのは、お互いに多少はセーブしていたからだろう。
 だが、お構いなしに話せばこの調子。やはりあまり仲は良くない。

「悪いけど、そこ黙っててね。話したらプロメテウスが間に入るから」
「分かっていますよ。私も外に出せる情報と、出せない情報の区別はついていますから」

 でないと情報収集を趣味になんて出来ない。エイカはそう言って笑う。
 スメラギは「だといいけどね」と呟いた。
 そんな彼を見て、エイカは少し目を細くする。やや、同情しているようだ。

「……難儀なものですね。好きな相手に触れる事すら出来ないというのは」
「ストレートに言うねぇ。僕がシラハ君を好きだって?」
「彼女の事だけではありませんけどね。違うのですか?」
「その通りだとも! 僕はシラハ君を愛しく思っているよ! まぁ、誰も信じてくれないけどね」
「それ確実にあなたが悪いでしょうに」
「うん、確信犯だからね!」

 指摘するエイカに、スメラギはあっけらかんと答えた。
 エイカは「理解できない」と肩をすくめる。

「そうかい? 僕は悪くないと思っているけどね」
「そういうものです?」
「そういうものです。ほら、シラハ君は僕の事が嫌いだからね。僕の顔色を窺わない。忖度しない。期待しない。その距離感が、とても楽でね」
「楽……ですか」
「そうだよ。世の中では、触れ合う事こそ素晴らしい、だから自分から関わって行け、壁なんて乗り越えろ――――なんて意見が正しいとされて。土足で踏み込んでくる人が多いけれど。シラハ君はそれをしない。僕には、それが心地良い」

 それに、とスメラギは自分の脇腹に手を当てる。
 そこには消えない火傷の跡がある。スメラギはどこか、愛おしそうな眼差しを向けている。

「――――悪くないものだよ」
「……あなた、どうしようもないくらい、こじらせてますねぇ」
「あ~それね。メノウ君にも言われるよ。不思議だよねぇ。僕はこんなに素直なのに」
「どの口が言います?」

 心外だ、と言わんばかりのスメラギに、エイカは呆れた調子でそう返す。
 普段が普段なだけに、いくらスメラギが素直だと自称しても、基本的に信じられる事はない。もちろん本人も、分かっていて振舞っている部分はあるのだが。

「そう言うキミも、大概だと思うけどね」
「私が何か?」
「カナタ・ウノハナ氏の母親だよ。彼が産まれるずっと前から懇意にしていたそうじゃないか?」
「おやおや。あなたと違って、私はちゃんと告白して振られていますからね。きっぱり諦めていますので。一緒にしないで下さいよ」
「ご両親が亡くなった後、ずっと、その子供に世話を焼いていたのに?」
「フフ。私はただ、頼まれただけですよ。友人として、ね」

 エイカはそう言って、目を伏せる。

「……結局私は、カナタ君を止める事も、助ける事も出来ませんでしたが」
「何を言うんだい。必死でイカロスを回収していたそうじゃないか。資産のほとんどを使ってまで」

 スメラギの言葉に、エイカは目を見開いた。
 一瞬言葉に詰まった様子で「どこで、それを」と問う。

「フフン、シークレットさ! キミがウノハナ・インダストリーズで作られたイカロスをほとんど回収していたから、驚くほどに、そこのドラッグでの被害は少ない。大事は今回の件だけ」

 それでも、とスメラギは続ける。

「罪が多少軽くなるくらいで、彼にも長い時間の更生プログラムが組まれるだろう」
「…………」
「――――とは言え、情状酌量の余地がないわけじゃない。こちらも本当に多少だけど」
「え?」

 フフ、と笑って、スメラギは近くのキャビネットの上に置かれた封筒を手に取った。
 そして中から分厚い書類を出すと、エイカに差し出す。

「僕の補佐官は優秀でね。それでお人好しだ。僕が入院している間に、コレを調べてくれたよ」
「これは、二年前の――――彼女達の事故の調査書?」

 驚いて、エイカは書類に目を落とす。
 そこに書かれていたのは、カナタの両親の死の原因となった事故と、事故後の対応についてだ。
 エイカが食い入るような目で、一枚一枚書類をめくっていく。
 そんな彼に向かってスメラギは続ける。

「管理機関プロメテウスは、プロメテウスが定めた法を守る者を守る。法を守らない者は守らない。それは絶対の事実で、プロメテウスが自らに課したルールだ。そのルールを守らなかった者がいる。その報いは、きちんと受けて貰う必要がある。それが誰であってもね」
「あなたは。――――あなた達は」

 エイカは顔を上げた。常に余裕のある表情を浮かべていた彼のそれが、初めて崩れた。
 まるで泣き出しそうな顔だ。

「お礼なら、事が終わった後にシラハ君に言ってあげて。あの子はカナタ君のような人達を放っておけない性分でね。僕なら何もしなかったよ」

 茶化すように、スメラギは言う。
 エイカはもう一度書類に目を落とした。書類の端を握る手に力が籠る。

「……何だかとても嫌そうな顔をされそうですね」
「フフ、されるといいよ!」

 スメラギがそう言った時、病室のドアが開いた。お茶を手にシラハが戻って来たのだ。
 シラハは怪訝そうな顔で中へ入ると、

「外にまで声が漏れていましたよ。病院ではお静かに。誰に嫌そうな顔をさせるんです、あなた方」

 と言った。どうやら最後の部分だけ聞こえていたようだ。

「それはもちろんシラハ君さ!」
「そうですか。お茶にワサビとハバネロを入れてきます」

 嘘は言っていないが、話の内容が分からないシラハは半眼になっている。
 本当に入れに行きそうなシラハを、スメラギは「待って待って、どうして激辛コースなの!」と慌てて止めた。
 賑やかな二人のやりとりにエイカはクスクス笑う。

「本当に仲が良いのですね」
「御冗談を。そう見えたのでしたら、視力検査をおすすめします。ちょうどここは病院ですから」

 すっぱり言うシラハにスメラギが目を丸くして、

「あっシラハ君が猫を被らなくなった」

 なんて言ったのだった。
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