願屋港は幽霊さんたちの雑談相手

石動なつめ

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13 後悔

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「私、旅をしていましてね」

 座って、少しして、老紳士はそう話し始めた。
 へぇ、と港は小さく呟く。

「旅ですか、いいですねぇ」

 老後の楽しみというやつだろうか。
 しっかりと働いて、定年退職をしたらのんびり自由に過ごす。
 そんな年代の人生の先輩たちが、観光バスに残って旅をしているのを見かけると「いいなぁ」と思ったものだ。

「いいものですよ。何にも縛られず、風の吹くまま気の向くまま。のんびりと、あちこちを旅してまいりました」
「とするともしかして、県外からいらっしゃたお客様ですか?」
「いえいえ。私も柿原市の出身でして。最後に、ふっと、戻ってみたくなりまして」
「最後?」

 老紳士の言葉に、少々引っかかりを感じて、港は聞き返す。

「ええ。最後。そろそろ、あちこちガタが来ておりましてね。終わりにしないとと思いまして」

 彼は膝のあたりを手でトントンと軽く叩いた。
 なるほど、と港は頷く。
 歳を取るにつれて、気持ちは元気でも身体のあちこちが痛んだり、動かなくなったりする。港も最近は若干、腰にそういう気配を感じていた。

「身体がもつなら、まだまだ行きたい場所も色々あったんですけどねぇ」
「今までどこへ旅に行かれたんですか?」
「そうですねぇ。四十七都道府県は全部行きましたが……市町村まではなかなか。八割くらいは制覇しましたが」
「は、はちわりっ!?」

 さすがにぎょっと目を剥くと、老紳士は悪戯が成功したような顔で、くすりと笑った。

(あ、これ、からかわれたな)

 大袈裟に反応してしまったことに少し恥ずかしく思っていると、

「本当は半分です。通っただけ、もあるのですけれどねぇ」

 老紳士はそう続けた。

「いや、半分でもすごいですよ」

 半分ということを把握していることがまずすごいのだ。
 はぁー、と港は感嘆の息を漏らす。

「ふふ。ありがとうございます。……ですが、そうですねぇ。本当に、全部を回ってみたかったですねぇ」

 老紳士は残念そうな声でそう呟くと、天井を見上げた。
 港もつられて顔を上げた。
 天窓。そこから、いつぞやと同じように夕方の光が、独特の色を纏ってキラキラと降り注いでいる。

「……後悔ばかりの人生でした」

 すると、老紳士はぽつりと言葉を零した。
 港が顔を向けると、彼は相変わらず天井を見上げたままだ。

「私、若いころは仕事人間でしてね。家族ともほとんど話す時間はなく、友人と遊ぶこともせず、ただただ仕事だけをして生きていました。愛想も、なかったみたいで。若い子からは、機械みたいに冷たいと言われたことがあるのですよ」
「あなたがですか?」

 あまりにも意外で、港は目を丸くした。
 だって、港の目の前にいるこの老紳士は、柔和な表情と言葉遣いをしていて、そこから冷たさなんてちっとも感じない。
 むしろ温かみが感じられた。

「ふふ。そう思っていただけたなら、嬉しいですね。……でもね、私がこうなったのは、定年退職してからなのですよ」

 老紳士は顔を下ろすと、今度は視線を膝の上に落した。
 前髪で、彼の顔に影が落ちる。

「妻や子供は、仕事ばかりで家庭を顧みなかった私に愛想を尽かして、出て行ってしまいました。友人も、付き合いの悪い私から自然と離れて行きました。……定年退職後に私に残ったのは、家と貯金だけだったのです」

 ――孤独。
 彼の言葉からはそれが感じられた。

「誰もいない家で、することもない時間を過ごして、私は後悔したのです。どうしてもっと早く気付けなかったのかと」

 老紳士は膝の上に置いた手をぐっと握りしめる。

(必死、だったんだろうな、この人)

 話を聞いていて港はそう思った。
 この人は、仕事が大好きだとか、仕事以外どうでも良いとか、そういうわけじゃない。
 ただ必死に目の前の仕事をこなして、ちゃんと生きようとしていただけなんじゃないかと港は思う。
 家族が出て行ったのも、友人が離れていったのも、それは確かに彼が繋ぎ止める努力をしなかったからというのはあるだろう。
 けれど、でも。

(だからと言って、彼の頑張りを否定するのは、ぜったいに違う)

 それだけは港は強く思った。
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