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第十一話「読まずに燃やしていい?」
しおりを挟むアンドラに遭遇しないように気をつつ、屋敷へ戻ることに成功した私は、夕食までの時間に部屋で明日の準備を整えていた。
回復薬やら何やらを鞄に詰めていると、コンコンと部屋のドアがノックされる。
「お嬢様、失礼してよろしいですか?」
「どうぞ」
やって来たのはアズだった。
普段よりも声がやや硬い気がする。
何かあったのだろうかと思っていると、ドアが開き、アズが入って来る。
「どうしたの?」
「その……お嬢様にお手紙です」
手紙!?
私に、ダンジョン底のラブラさんから以外の手紙だと!?
どうしよう、トルマリン王国にいる時に、まともに手紙が来たのなんて何時ぶりだろう。半年?
動揺してソワソワしていると、アズが封筒を見せてくれた。
宛名は確かに私だ。ちゃんと私への手紙である。
裏返してみると、送り主の名前が、ガーネット・ダマスカスフィストとあった。
知らない人である。
いや、訂正すると、ファミリーネームは知っている。
ダマスカスフィストとは、トルマリン王国の辺境伯の家名だ。シーライト王国との国境付近の領地を治めている家である。
確か物語みたいに強くて、代々王族の護衛の職にもついているはずだ。
もっと言うと、先日突っかかって来たアンドラのファミリーネームもダマスカスフィストである。
瞬時に頭を抱えたくなって、私はアズを見る。
「読まずに燃やした、もしくは山羊が召し上がったという事にしたい。よろしいか」
「よろしいわけありませんよ、お嬢様」
「だよね、言ってみただけだよ」
ため息を吐いて私は封筒を見る。
アンドラの関係者か……何か変な事が書いてないと良いけれど。
そんな事を願いつつ封を切って、手紙を取り出す。
何が書いてあるのか考えると頭が痛いけれど、放っておくわけにもいかないので、読んでみる事にした。
「…………」
「お嬢様、何て書いてあるのですか?」
「……要約すると、お茶会がしたいって書いてあるね」
「お茶会? ご招待を受けたのですか?」
「いや、何か、うちでしたいって」
「は?」
アズが目を丸くしている。
それはそうだろう。お茶会をするから来てほしい、という手紙は、よくある。私にはあまり届かないが。
けれど、この手紙は違うのだ。うちでお茶会を開いて、そこに招待して欲しい、という内容なのである。
正直、全く意味が分からなかった。このガーネットという相手とは知り合いでもない上に、さらにはお茶会を開いて私が招待する理由も浮かばないのだ。
どうしようこれ、というのが率直な感想である。
「あのアンドラ様の御兄弟らしいお手紙ですね」
アズの言葉は刺々しい。私もアンドラを先に見ているので、思わず同意しそうになった。
……でも、何かおかしいんだよなぁ。
私が手紙を見て「うーん」と唸っていると、アズが首を傾げる。
「何か気になる事が?」
「全体的に気にはなるんだけど……何だかこれ、女性が書いた文章じゃないような気がしてね」
「え?」
「いや、文章とか内容とか、女性らしさはあるのだけど……むりやり女性っぽく書いたような感じがする」
例えば、古い時代の文章を素人が辞書を使って強引に訳したような、そんな感じである。
元々こういう文章のクセだというなら、申し訳ないが。
納得できずに手紙を見ていると、
「なら私、ガーネット・ダマスカスフィストについて調べて来ましょうか?」
と、アズが言ってくれた。
「頼めるかい?」
「はーい! お任せあれ!」
アズはにこりと笑うと、直ぐに動いてくれた。
閉時られたドア越しにアズを見送った後、私は再び手紙に目を落とす。
「……お茶会、ねぇ」
まぁ日時は書いていなかったし、明日からの三連休が潰れる事はないだろう。
―――――そんな私の希望的観測は、数時間後に物の見事に打ち砕かれる事となる。
アズが調べてくれた結果、ガーネット・ダマスカスフィストという人物は確かに存在していた。
アンドラの五つ下の妹さんだそうだ。聡明で気立てが良く、領民からとても慕われているらしい。
アズが「この方、本当にアンドラ様の御兄弟ですか……?」と言っていた所を見ると、アンドラとは印象が大分違うようだ。
それならば、やはり妙である。そんな子が、あんな変な手紙を出すだろうか?
「ベリル、全然食べていないけれど、どうしたの? 具合でも悪いのかい?」
そんな事を考えていたら、ふと、兄のラズリに声を掛けられた。
顔を上げればラズリ兄上だけではなく、ラピス姉上も心配そうに私を見ている。
……そうだった、今は夕食の時間だった。
「いえ、すみません。少し考え事をしていて」
「そう? それならば良いけれど……明日、ダマスカスフィスト辺境伯のお嬢さんとお茶会をするのでしょう? 具合が悪いのならば、あまり無理をしては駄目よ?」
「え?」
……今、何か不穏な言葉が聞こえたような。
聞き間違いだろうか。聞き間違いであって欲しい。
そういう意味を込めて、私は引き攣った笑顔で聞き返す。
「ええと、明日、ダマスカスフィスト辺境伯のお嬢さんとお茶会……とは?」
「ああ、本日、私の所に手紙が届いてね」
父上がにこにこしながら言う。
手紙が父上の所に?
……な、何だかとても嫌な予感がして来た。
「友人のベリルとお茶会をしたいと書いてあった。ベリルの了解もとっているとな。なので、すでに準備は万端だぞ。安心して明日を迎えるといい!」
何一つ安心できる要素がないですね!?
了解なんてしていないし、そもそも友達ですらない。
唐突に起こる色々に、私の理解が追いつかない。
助けを求めるようにアズを見ると「知りません知りません」とぶんぶん首を振っていた。
そうだよね、知らないよね……あの後、ずっと調べてくれていたもんね……。
「ベリルにお茶会をするお友達が出来て嬉しいわ……!」
「ああ、良い事だ!」
「確かに。友人を家に連れてきた事もなかったからね」
「うふふ。楽しみねぇ」
父上も母上も、兄上も姉上もとても喜んでくれている。
見れば使用人の中には涙ぐんで喜んでくれている者もいた。
そこまで喜んで貰えるのは嬉しいけれども違うんです、私はそのガーネット嬢の顔すら知らないんです。
――――なんて言い出せる雰囲気でもなく。
「料理長が張り切って、明日は腕によりをかけて美味しいお菓子を用意してくれるんだって!」
「あ、あははは、ありがとうございます」
いっそ夢であって欲しいと足をつねってみたが、残念ながら痛かった。
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