公爵家の半端者~悪役令嬢なんてやるよりも、隣国で冒険する方がいい~

石動なつめ

文字の大きさ
12 / 58

第十一話「読まずに燃やしていい?」

しおりを挟む

 アンドラに遭遇しないように気をつつ、屋敷へ戻ることに成功した私は、夕食までの時間に部屋で明日の準備を整えていた。
 回復薬やら何やらを鞄に詰めていると、コンコンと部屋のドアがノックされる。

「お嬢様、失礼してよろしいですか?」
「どうぞ」

 やって来たのはアズだった。
 普段よりも声がやや硬い気がする。
 何かあったのだろうかと思っていると、ドアが開き、アズが入って来る。

「どうしたの?」
「その……お嬢様にお手紙です」

 手紙!?
 私に、ダンジョン底のラブラさんから以外の手紙だと!?
 どうしよう、トルマリン王国にいる時に、まともに手紙が来たのなんて何時ぶりだろう。半年?
 動揺してソワソワしていると、アズが封筒を見せてくれた。
 宛名は確かに私だ。ちゃんと私への手紙である。
 裏返してみると、送り主の名前が、ガーネット・ダマスカスフィストとあった。
 知らない人である。

 いや、訂正すると、ファミリーネームは知っている。
 ダマスカスフィストとは、トルマリン王国の辺境伯の家名だ。シーライト王国との国境付近の領地を治めている家である。
 確か物語みたいに強くて、代々王族の護衛の職にもついているはずだ。
 もっと言うと、先日突っかかって来たアンドラのファミリーネームもダマスカスフィストである。
 瞬時に頭を抱えたくなって、私はアズを見る。

「読まずに燃やした、もしくは山羊が召し上がったという事にしたい。よろしいか」
「よろしいわけありませんよ、お嬢様」
「だよね、言ってみただけだよ」

 ため息を吐いて私は封筒を見る。
 アンドラの関係者か……何か変な事が書いてないと良いけれど。
 そんな事を願いつつ封を切って、手紙を取り出す。
 何が書いてあるのか考えると頭が痛いけれど、放っておくわけにもいかないので、読んでみる事にした。

「…………」
「お嬢様、何て書いてあるのですか?」
「……要約すると、お茶会がしたいって書いてあるね」
「お茶会? ご招待を受けたのですか?」
「いや、何か、うちでしたいって」
「は?」

 アズが目を丸くしている。
 それはそうだろう。お茶会をするから来てほしい、という手紙は、よくある。私にはあまり届かないが。
 けれど、この手紙は違うのだ。うちでお茶会を開いて、そこに招待して欲しい、という内容なのである。
 正直、全く意味が分からなかった。このガーネットという相手とは知り合いでもない上に、さらにはお茶会を開いて私が招待する理由も浮かばないのだ。
 どうしようこれ、というのが率直な感想である。

「あのアンドラ様の御兄弟らしいお手紙ですね」

 アズの言葉は刺々しい。私もアンドラを先に見ているので、思わず同意しそうになった。
 ……でも、何かおかしいんだよなぁ。
 私が手紙を見て「うーん」と唸っていると、アズが首を傾げる。

「何か気になる事が?」
「全体的に気にはなるんだけど……何だかこれ、女性が書いた文章じゃないような気がしてね」
「え?」
「いや、文章とか内容とか、女性らしさはあるのだけど……むりやり女性っぽく書いたような感じがする」

 例えば、古い時代の文章を素人が辞書を使って強引に訳したような、そんな感じである。
 元々こういう文章のクセだというなら、申し訳ないが。
 納得できずに手紙を見ていると、

「なら私、ガーネット・ダマスカスフィストについて調べて来ましょうか?」

 と、アズが言ってくれた。

「頼めるかい?」
「はーい! お任せあれ!」

 アズはにこりと笑うと、直ぐに動いてくれた。
 閉時られたドア越しにアズを見送った後、私は再び手紙に目を落とす。

「……お茶会、ねぇ」

 まぁ日時は書いていなかったし、明日からの三連休が潰れる事はないだろう。

―――――そんな私の希望的観測は、数時間後に物の見事に打ち砕かれる事となる。





 アズが調べてくれた結果、ガーネット・ダマスカスフィストという人物は確かに存在していた。
 アンドラの五つ下の妹さんだそうだ。聡明で気立てが良く、領民からとても慕われているらしい。
 アズが「この方、本当にアンドラ様の御兄弟ですか……?」と言っていた所を見ると、アンドラとは印象が大分違うようだ。
 それならば、やはり妙である。そんな子が、あんな変な手紙を出すだろうか?

「ベリル、全然食べていないけれど、どうしたの? 具合でも悪いのかい?」
 
 そんな事を考えていたら、ふと、兄のラズリに声を掛けられた。
 顔を上げればラズリ兄上だけではなく、ラピス姉上も心配そうに私を見ている。
 ……そうだった、今は夕食の時間だった。

「いえ、すみません。少し考え事をしていて」
「そう? それならば良いけれど……明日、ダマスカスフィスト辺境伯のお嬢さんとお茶会をするのでしょう? 具合が悪いのならば、あまり無理をしては駄目よ?」
「え?」

 ……今、何か不穏な言葉が聞こえたような。
 聞き間違いだろうか。聞き間違いであって欲しい。
 そういう意味を込めて、私は引き攣った笑顔で聞き返す。

「ええと、明日、ダマスカスフィスト辺境伯のお嬢さんとお茶会……とは?」
「ああ、本日、私の所に手紙が届いてね」

 父上がにこにこしながら言う。
 手紙が父上の所に?
 ……な、何だかとても嫌な予感がして来た。

「友人のベリルとお茶会をしたいと書いてあった。ベリルの了解もとっているとな。なので、すでに準備は万端だぞ。安心して明日を迎えるといい!」

 何一つ安心できる要素がないですね!?
 了解なんてしていないし、そもそも友達ですらない。
 唐突に起こる色々に、私の理解が追いつかない。
 助けを求めるようにアズを見ると「知りません知りません」とぶんぶん首を振っていた。
 そうだよね、知らないよね……あの後、ずっと調べてくれていたもんね……。

「ベリルにお茶会をするお友達が出来て嬉しいわ……!」
「ああ、良い事だ!」
「確かに。友人を家に連れてきた事もなかったからね」
「うふふ。楽しみねぇ」

 父上も母上も、兄上も姉上もとても喜んでくれている。
 見れば使用人の中には涙ぐんで喜んでくれている者もいた。
 そこまで喜んで貰えるのは嬉しいけれども違うんです、私はそのガーネット嬢の顔すら知らないんです。

 ――――なんて言い出せる雰囲気でもなく。

「料理長が張り切って、明日は腕によりをかけて美味しいお菓子を用意してくれるんだって!」
「あ、あははは、ありがとうございます」

 いっそ夢であって欲しいと足をつねってみたが、残念ながら痛かった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話8話。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから

渡里あずま
ファンタジー
安藤舞は、専業主婦である。ちなみに現在、三十二歳だ。 朝、夫と幼稚園児の子供を見送り、さて掃除と洗濯をしようとしたところで――気づけば、石造りの知らない部屋で座り込んでいた。そして映画で見たような古めかしいコスプレをした、外国人集団に囲まれていた。 「我々が召喚したかったのは、そちらの世界での『学者』や『医者』だ。それを『主婦』だと!? そんなごく潰しが、聖女になどなれるものか! 役立たずなどいらんっ」 「いや、理不尽!」 初対面の見た目だけ美青年に暴言を吐かれ、舞はそのまま無一文で追い出されてしまう。腹を立てながらも、舞は何としても元の世界に戻ることを決意する。 「主婦が役立たず? どう思うかは勝手だけど、こっちも勝手にやらせて貰うから」 ※※※ 専業主婦の舞が、主婦力・大人力を駆使して元の世界に戻ろうとする話です(ざまぁあり) ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

処理中です...