龍神様の神使

石動なつめ

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1 忌み子

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雪花せっか、三日後、お前を龍神様の生贄として、捧げることが決まった」

 父からそう言われた時、雪花は『ああ、やっと終わるんだ』と思った。
 この世に生を受けてから十七年。
 雪花は、家族や村の人間から『』として疎まれ、屋敷の奥へ閉じ込められて生きてきた。
 自由などない。選択もできない。ただ生かされているだけの存在。
 それが雪花という少年だった。

「何を黙っている。人の言葉を忘れたのか?」
「……い、え。私のような者が、お役に立てるのならば、光栄……です」

 父が、苛立ったように目を吊り上げる。
 それを見て、雪花は慌てて手を前について、畳に額をこすりつけた。
 従順、服従。
 そういう態度を取らなければ、躾と称して手を上げられる。
 だから雪花は、これ以上父を怒らせないように言葉を選んで答えた。
 すると、父は満足したようで、僅かに表情を緩めた。

「ああ、そうだ。忌み子のお前が、ようやく村の役に立てるのだ。喜ばねばな?」
「……はい」

 否と口にすることは許さない。
 父から、そんな圧力を感じながら、雪花は掠れる声でそう答えた。


  ◇ ◇ ◇


 雪割村ゆきわりむらでは、稀に、顔に花のようなあざを持つ子供が生まれる。
 その痣には、あやかしと呼ばれる異形の化け物を、呼び寄せる力があった。

 妖は体が丈夫で、不思議な力を操る。
 人間にとってあやかしは、危険な存在だった。
 だからこそ、そんな痣を持つ者など、生まれてすぐに処分してしまえば良い。
 ――そう考えた人間は、多くいたそうだ。

 しかし、それはできなかった。
 痣持ちの子の命を故意に奪おうとすると、決まって何かがそれを阻むのだ。
 不思議な力で守られているかのように、何をしても赤子は生き延びてしまう。

「龍神様の力ではないか?」

 村人は、そう結論付けた。
 この村であがたてまつる龍神が、赤子を守っているのだろう、と。

 存在しているだけであやかしを呼ぶ。
 けれども、龍神が守っているのならば、命を奪うこともできない。
 だから村の人間は仕方なく、痣を持って生まれた者を、人目に触れないように、村長の屋敷の奥へと閉じ込めた。
 痣を持つ子が『忌み子』と呼ばれるようになったのも、その頃からだ。

 そんなある日のこと、村に飢饉が訪れた。
 村人たちは、龍神様に助けてもらおうと考え――そこで目を付けたのが忌み子だ。
 龍神が死から守るほどに、大事に想われているのならば、その忌み子を生贄に捧げれば、きっと喜んでくださるはずだ、と。
 そして龍神が守っているのであれば、その龍神自身が忌み子をどうこうしても村に害はない。
 事実、忌み子を生贄に捧げても龍神からの罰は与えられず、村も無事に助かった。
 それから村は、困った時には忌み子を生贄として、龍神に捧げるようになった。


  ◇ ◇ ◇


「……せめて女であれば、良かったのだかな」

 部屋を出て行く直前に、父がそうつぶやいた。
 小さな声だ。しかし、雪花の耳にはしっかりと届く。
 ずきり、と胸が痛んだ。
 雪花は、屋敷の奥に閉じ込められ続けているため肌は白く、手足もほっそりとしている。艶のある長い黒髪は、顔の痣を見せるなと言いつけられたため、前髪も顔の左半分を隠せるほどに長い。
 見てくれだけなら女のようだが、雪花は男である。
 子を産むこともできず、屋敷の外へ出ることを禁じられているため、労働力にもならない。
 ――ごく潰し。
 自分の世話をしに来る者が、陰でそう言っているのを雪花は知っている。
 雪花だって、望んで痣を持って生まれたわけではない。
 こんな痣がなければ、自分はもっと自由に生きるられただろう。
 両親にだって、疎まれる事はなかったはずだ。

(母上……)

 雪花の母は『忌み子』を産んだことで心を病んでしまった。
 父が雪花に辛く当たるのもそれが原因の一つだ。
 父も母もきっと、雪花が生まれて来なければと思っていることだろう。

 けれど、それももうすぐ終わる。
 龍神の生贄になったら、もしかしたら初めて、雪花が生まれて良かったと、両親は思ってくれるかもしれない。

「…………っ」

 ぽたり、と雪花の瞳から涙が零れ落ちた。
 やがて、ぽろぽろ、ぽろぽろと涙の粒は増えていく。

 本当は生贄になんてならなくても、痣を持っていたとしても、雪花は両親から愛されたかった。
 村の人間にどれだけ疎まれようとも、両親にだけは「そんなものは関係ない」と言ってもらいたかった。
 雪花は自分自身を抱きしめ、嗚咽おえつを噛み殺し続けた。
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