龍神様の神使

石動なつめ

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2 龍神

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 雪割村の近くに、龍神の滝と言う場所がある。
 その滝には龍神・氷月ひづきが住んでおり、生贄を捧げることで、村に繁栄を与えてくれるとされていた。

「ほら、とっとと歩け」

 ドン、と乱暴に背中を押され、雪花は思わず転びそうになる。
 何とかこらえて歩みを早めると、チッ、と舌打ちが聞こえた。
 複数人の面倒そうな視線が、雪花の背中に刺さる。
 雪花は彼らに監視されながら、ここまでやって来た。

「…………」

 今日は、雪花が生贄になる日だ。
 念入りに体を清められ、香水を付けられ、上等な白色の着物まで着せられた。
 龍神に捧げる時は、できる限り綺麗にしておきたのだろう。
 その方が、龍神は喜んで、村に多くの恩恵を与えてくださるはずだ、と雪花の肌を射たいくらいの力で磨いていた女が言っていた。
 そうして雪花は、龍神の滝へとやって来た。

(本当にそうなのでしょうか……)

 神がどういう存在なのか、雪花は知らない。
 十七年ずっと、屋敷の奥に閉じ込められたせいで、世間の事情に色々と疎いのだ。
 父からは、忌み子でも馬鹿では困ると、本だけは与えられていたが、それだけだ。

 雪花の知識は、驚くほどに狭く浅い。
 神という存在についても「すごい力を持つ方」という、漠然としたイメージしかないのだ。

 だからこそ、思うのだ。
 そんな存在に、たかが生贄を一人捧げたところで、一体何になるのかと。

 忌み子の痣を持って生まれても、雪花は平凡――いや、それ以下の存在だと自分自身で思っている。
 生まれながらに強い力を持っているわけでも、修行を積んだ徳の高い僧でもない。
 そんな人間を生贄に捧げたところで、龍神に何の特があると言うのだろうか。

(……食べ物をたくさん捧げた方が、喜んでいただける気もしますが)

 ただの食欲だけならば、自分のように痩せた人間一人を喰らったところで、大して腹は膨れないと思うのだが。
 そんなことを思いながら、雪花は滝を見上げた。
 高い場所から轟々ごうごうと、水が流れ落ちている。

(滝とはこういうものだったのですね……)

 どこか感動しながら、ちゃぷ、と水に足をつければ、その冷たさに身体が震えた。

「雪花、行け」

 すると、なかなか前へ進まない雪花に業を煮やしたのか、背後から苛立った父の声が聞こえた。
 振り返れば、忌々しそうに顔を歪める父がいた。

(――ああ)

 これほどまでに、自分は父から嫌われているのだと、雪花は実感する。

(……もしかしたら、なんて)

 本当は、少しだけ期待していたのだ。
 どれだけ疎んだとしても、最期くらいは父だって、優しい言葉をひと言でもかけてくれるかもしれないと。
 けれど、これは無理そうだ。期待した自分が愚かだった。
 忌み子として生まれ、母の心を病ませた子供など、本当なら目に入れたくもなかったのだろう。
 早く済ませて帰りたいという感情が、ひしひしと伝わってくる。

「…………」

 雪花は口をぐっと閉じて、体も父の方へ向ける。
 そして深々と頭を下げた。

「……父上。十七年、お世話になりました」

 それでも、これだけは伝えなければ。
 どれほどに望まれない生であったとしても、それでも雪花が歩んだ人生だ。自分の最期くらい、ちゃんと自分の言葉で終わらせたい。
 そう思って雪花は感謝を述べた。
 父からは、やはり何も返っては来なかった。

 ――分かっている。分かっていた。二度目だから傷つきはしない。

 雪花は頭を上げると、滝の方に向きを戻して歩き出す。
 ちゃぷ、ちゃぷ、と前へ進むたびに身体が水の中へと沈んでいく。
 春先の、まだ寒い時期だ。水の冷たさに刺されるような痛みを感じながら、雪花はゆっくりと進む。

(……龍神様は、どんな方でしょうか)

 水に沈んでこのまま死ぬか、それとも龍神が自分を喰らってくれるのか。
 生贄になった者がどういう死を迎えるのか雪花は知らないが、出来れば痛くない方が良いなと思った。
 そんな事を考えている内に、雪花の身体は腹の辺りまで水に沈んだ。

(苦しいのは、出来れば嫌かな……)

 もう一歩前へ進もうとした時。
 不意に水面に、雪花が起こしたものではない波紋が現れた。
 ちょうど滝が落ちる湖の中央からだ。
 それはだんだんと強く湖面を揺らし、次の瞬間水しぶきを上げて巨大なが姿を現した。
 白く輝く鱗を持った神々しい龍である。
 その美しさに思わず雪花は目を奪われた。

「うわあ!」
「龍神様……!?」
「龍神様がおいでになった!」

 後ろで村の人間達がそう騒ぐ声が聞こえ、足音と共に遠ざかって行く。
 どうやら逃げてしまったようだ。
 別にいいか、と雪花は思う。
 彼らは雪花が逃げ出さないようにと見張るためについて来ただけなのだから。

 それよりも雪花は目の前にいる龍の方が気になった。
 村人の言葉から察するに、この龍が自分を喰らう龍神らしい。

 ああ、なら良かったと雪花は思った。
 こんなに美しい龍が疎まれ続けた自分を食べてくれるなら、きっと死んだ後は、少しくらい綺麗な場所へ行けるかもしれない。
 そう思ったら雪花の口の端が自然と上がった。

「……何を笑っている?」

 するとそれに気付いたらしい龍神が、不可解そうにそう言った。
 声は男性のものだが、不思議な響きを持っている。心地の良い声だ。

「こんなに美しいものを、見たことがなくて」
「美しい? ははは、そうか、美しいか。この姿を見て、恐怖より先に美しいなどと言った人間は、お前は初めてだ」

 雪花の返答に、龍神はくつくつと楽し気に笑う。
 すると龍神の身体がふわりと光った。
 神々しい光だと雪花が見惚れていると――光が収まった頃にはそこに龍神の姿はなく、代わりに二十代後半くらいの男が立っていた。
 輝くような長い白髪と、金の目をした美丈夫である。

 雪花がぱちぱちと目を瞬いていると、男は白い髪を揺らしながら自分の方へ近づいて来る。
 思わず雪花が一歩後ずさると、男は面白そうに笑った。

「何だ。龍の姿は大丈夫なのに、人の姿だと怖がるのか」

 その口から聞こえた声は、龍神と同じものだった。

「え、あ……りゅ、龍神様……でしょうか……?」
「ああ」
「人の姿になることが出来るのですね」
「ん? お前達の前でも、何度か取った事があっただろう? ああ、いや、何代前かは知らんが」

 龍神はそう言いながら、水の中をすいすいと雪花の方へ向かって来る。
 近づくにつれて分かったが、不思議と彼が纏っている着物は、一切水に濡れていなかった。これも龍神の力なのだろうか。
 ぼんやりと見ている内に、龍神は雪花の直ぐ目の前まで来てしまった。
 身長はだいぶ高い。雪花の頭なんて彼の胸くらいの高さだ。

「ふーむ? ……ここへ来たという事は、お前、もしかして俺への生贄・・か?」
「……はい」

 蚊が鳴くような声で雪花が答えると、僅かな間のあと龍神は、

「はあ~~~~……」

 と、とんでもなく長く深いため息を吐いた。
 声の大きに吃驚びっくりして、雪花の肩が跳ねる。

「あ~~も~~! いらねぇって言ってんのに、何でいつもいつも寄越して来るかなぁ……」
「え? え?」
「仕方ねぇなぁ、もう。お前、名前は?」
「せ、雪花と申します……」
「そうか」

 龍神は軽く頷くと、雪花に向かって手を伸ばした。

(この方は、最後に私の名前を聞いてくれるのか)

 忌み子でも生贄でもなく、雪花と言う一人の人間として喰らってくれる。
 ずっといないものとして扱われていた雪花にとって、それは自分を認めてくれるのと同じ意味だった。

(生贄として捧げられるのが、この方で良かった)

 雪花がそう思いながら目を閉じた。
 ――のだが、次の瞬間、何故かひょいと抱きかかえられた。
 とても優しい手つきだった。
 驚いて、閉じた目を開いて龍神を見上げる。
 首が後ろに反ったせいで、前髪が揺れて横に流れた。

「え、あ、あの、龍神様? 何を……」
「お前、前の人間と同じで、このまま帰されたら困るんだろ? 適当な村まで運んでやるから、そこで……」

 そう言いかけた龍神が、雪花の顔を見て、驚いたように軽く目を見開いた。

「お前、その痣……」
「?」
「あー……どうりで妙に良い香りがすると思った。なるほど、なるほど。しかし、解せんなぁ」

 そう言いながら龍神は、雪花の痣をしげしげと見ている。
 何が解せないのだろう。よく分からずに雪花が首を傾げていると。

「よし、気が変わった。雪花。お前、うちで働け」
「龍神様のところでですか?」
「ああ。俺に捧げられた生贄だろ? なら、俺の好きにしていいよな」
「は、はあ……それはそう、です……?」

 龍神はそのまま歩き出す。
 そうだろうか、と一瞬思った雪花だったが、水で濡れて冷えた身体に龍神の熱が心地良くて。張りつめていた緊張の糸が切れたのもあってか、雪花は彼の腕の中で揺られながら、気付いたらうとうとと眠りに落ちていた。
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