龍神様の神使

石動なつめ

文字の大きさ
3 / 24

3 神使

しおりを挟む

「また拾って来たんですか、あなた様は」
「俺に捧げられた生贄なんだからいいだろ~? しかもこいつ、拾い物だぞ。ここまでのは、俺が生きている間だって、一人見たか見ないかくらいだ」
「それはまぁ、確かにそう思いますが……。こんなに深い香りを放っている子も珍しいですね。とても心地良いです」
「ほら見ろ。お前だってそう思っているじゃねぇか。ならいいよな?」
「それとこれとは話が別です。拾ってくる頻度のお話ですよ」

 ――近くで二人の男性の声が聞こえる。
 そう思った時、ふっと雪花の意識は浮上した。

「…………?」

 雪花は薄っすらと目を開ける。すると真上に龍神の顔が見えた。どうやらまだ抱きかかえられているらしい。
 ぼんやりしながら周囲へ目を動かすと、どこかの屋敷の中にいるという事だけは分かった。大きくて、広くて、そして花の良い香りがする。
 もしかしたら、ここは天国なのだろうか。そんな事をぼうっと思っていると、

「っと、目が覚めたか」

 頭が僅かに動いた事が伝わったようで、龍神が雪花の方を見下ろした。彼と目が合って、雪花はぱちりと、意識が覚醒する。

「――あっ! は、はい! 申し訳ありません」

 反射的に雪花が謝ると、

「はは。何謝ってるんだ、お前。まぁ、いいか。下ろすぞ」

 龍神は軽く首を傾げて、雪花をそっと下ろしてくれた。

「ありがとうございます、龍神様。お世話をおかけしました」
「いやいや。ま、あんな事になってりゃ、精神的にきつかっただろう。気にすんな気にすんな」

 龍神はそう言って笑って、雪花の頭の上で手をポンポンと軽く跳ねさせた。伸びて来た手を見て一瞬、叩かれるかと思ってぎゅっと目を閉じた雪花に、氷月はほんの少し怪訝そうな顔にもなっていた。

「氷月様。人の子をあまり驚かしてはなりません」

 そんな龍神に向かって、一緒にいたもう一人の男がそう言った。
 龍神より少し若いくらいの見た目の、真面目そうな雰囲気の男性だ。龍神とはほんの少し色合いの違う白い髪をしている。彼は雪花を見てその赤い目を軽く細めた。

「驚かしたつもりはねぇんだけどなぁ。ああ、雪花、紹介しよう。こいつは俺の神使……えーと、まぁ、部下だな。立待たちまちと言う」
「立待と申します。初めまして、雪花」
「は、初めまして、立待様。雪花と申します。よろしくお願い致します」

 緊張しながら雪花が頭を下げると、立待から「ふむ」と呟く声が聞こえた。

「お、及第点が出たな」
「氷月様」

 茶化すような龍神を立待が軽く睨む。神使というものが何なのか雪花には分からないが、龍神にこのくらい気安い態度を取っているところを見ると、だいぶ親しい間柄なのだろう。それよりも気になったのは立待が口にした名前だ。

「あの……龍神様は氷月様と仰るのでしょうか?」

 龍神は雪花に「うちで働け」と言ってくれた。ならば主人の名前を知らないのは失礼な気がする。なので尋ねてみると龍神は目を瞬き、立待は怪訝そうな顔をした後で龍神を見る。

「……氷月様。つかぬ事をお伺いしますが……もしかして、名乗ってらっしゃいませんね?」
「そうだったか? ん~……そうだったかもしれんな? まぁ今分かったならいいだろう。俺は氷月だ、よろしくな」
「あなた様は本当に……」

 立待がこめかみを手で押え、ハァ、と深くため息を吐く。何やらまずい事を聞いてしまったのだろうかと雪花はゾッとして青褪めた。村にいた頃は父を不快にする事を言うと、躾だと称して何度も叩かれる事があった。お前が悪いのだと憎悪を向けられながら続いたあの痛みを思い出して、雪花はガタガタと震えながら頭を下げる。

「も、申し訳ありません! あの、私が失礼な口を利いたばかりに、ご不快な思いをさせてしまって……!」
「え? いえ、あなたが謝るような事は何も」
「お許しください、申し訳ありません……っ」
「お、おい?」
「ちょ、ちょっと、雪花?」

 床にへたり込み、頭を擦りつけながら雪花は謝罪を続ける。それを見て氷月と立待は困ったように顔を見合わせたあと、雪花の周りにひょいとしゃがむ。

「なぁ、おい、雪花。別によう、お前には誰も怒っちゃいねぇぞ」
「そうです。ですので、そのように怯えなくてもよろしいでしょう?」
「……っ」

 優しく声を掛けてくれるが、雪花の震えは止まらない。氷月は少し考えて、

「……立待。とりあえず風呂にでも入れてやってくれ。身体が温かくなりゃ、少しは落ち着くだろ」

 と言った。立待は「そうですね」と頷くと、雪花の身体に手を回し、そっと立ち上がらせる。恐怖で頭がいっぱいになってしまった雪花はされるがままだ。そのまま立待に支えられながら、ふらふらと足を動かした。

「…………どうも、だいぶ訳アリっぽいなぁ」

 二人の背中を見ながら氷月はそう言って腕を組むと、

「とりあえず飯でも作って待つか」

 そしてそんな事を呟いて台所に向かって行った。



 ◇



 氷月の言う風呂というのは露天風呂だった。
 立待に支えられ脱衣所まで辿り着いた雪花は、ようやく少し落ち着いて来た。お湯の香りがするとぼんやりと思っていると、立待の手が雪花の着物の帯に掛る。それに気付いた雪花は一歩後ずさった。

「あ、あの、立待様。じ、自分で……自分で出来ます」
「まだ手が震えているでしょう。あなたに任せていたら時間が掛かるだけです。良いから大人しくしていなさい」
「ですが、こんな忌み子のために、お手を煩わせるわけには……!」
「忌み子? 何を言っているのです? それに先ほども言ったでしょう。あなたに任せた方が手間だと。……ああ、なるほど、そちらではないか」

 すると立待は何かに気付いたように、最後の方は小さく呟く。

「……?」
「安心してください。あいにくと私は大抵の人間には欲情しませんので、あなたの裸体を見ても何とも……」

 そう言いながら慣れた手つきで雪花の着物を脱がせてしまう。そして露になった身体を見て、彼は一瞬ポカンとした表情を浮かべ、

「あなた、男性だったのですか?」

 と言った。どうやら雪花の事を女性だと思っていたようだ。

「そうです……申し訳ありません……」

 雪花は身体を縮こまらせながら頷いた。十七年間、屋敷の奥に閉じ込められていたせいで、肌は透き通る様に白く、筋肉もほとんどついていないため華奢な身体になっている。それに加えて顔も母親に似ているため、知らない人間が見れば女性と間違われやすい容姿となってしまっていた。
 しかし、それでも雪花は生物学上では男性である。何だか色々と情けなくなってきて、勘違いさせてしまった事が申し訳なくなって雪花は俯いた。

「……失礼、見た目で判断するべきではありませんでしたね。ですが、そうであれば、恥ずかしがる必要もないでしょう。ほら、タオルを持ってそちらに」

 しかし立待はさらりとそう言うと、雪花に手ぬぐいを押し付けた。怒られるだろうか、呆れられるだろうかと身構えていたので、雪花は目を丸くする。

「あの、立待様」
「ほら、行きなさい」

 そのまま立待は露天風呂のある扉の方へ雪花の背中を押す。雪花は困惑しつつ足を動かしそちらへ向かう。
 洒落たすりガラスの引き戸をカラカラと開けると、そこには雪花が閉じ込められていた部屋の倍以上に大きい露天風呂が広がっていた。

「わ、あ……」

 屋敷にいた頃は父から「不快になるから入れ」と言われ冷めた風呂に入れられていたので、こんなに湯気が立っているの風呂を見るのは初めてである。驚いて思わず足を止めていると「何をしているのです?」と立待に言われてしまった。

「あっ、申し訳、ありません……!」

 振り返って謝ると、腰にタオルを巻いただけの立待が怪訝そうな顔で立っている

「……あの、立待様も、一緒に入るのですか?」
「あなたを風呂に入れるよう、氷月様から命じられておりますからね。ほら、来なさい。身体を洗いますよ」

 立待はそう言うと、立ちすくむ雪花の腕を掴んで歩き出す。雪花はあわあわと慌てていたが、それでもどうしたら良いかも分からないのでそれに従う。ぺたぺたと素足で歩きながら雪花は目の前の立待の背中を見て、

(……私も、立待様くらい、しっかりした体格なら)

 女性と間違われる事もないだろうか――そんな事を思いながら。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...