龍神様の神使

石動なつめ

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4 おにぎり

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(お風呂って気持ちが良いものなんですね……)

 露天風呂に浸かりながら雪花はそう思った。これまで温かいお風呂に入った事はほとんどなかったので、しみじみとそう心の中で呟いていると。

「雪花!? 大丈夫ですか!?」

 ――わりとあっさりのぼせてしまった。
 風呂というものに身体が慣れていなかったせいだろう。それほど長い時間は入っていなかったのだが、上がった頃には雪花は少しふらふらとしてしまっていた。
 それを見て立待はぎょっとした顔になった。それはそうだろう。無理のない時間で風呂に入っていたはずなのに、こんな状態になるとは予想外だったに違いない。
 立待はふらつく雪花を支えると、濡れた身体をぱぱっと拭いて着物を着せてくれた。見事な手際である。それから立待は、恐らく自分の足で歩かせるのは危ないと判断したのか、雪花を抱き上げて先ほどの部屋へと連れて行ってくれた。

「おう、出たか」

 するとそこには氷月が、頬杖を突きながら待っていた。そのテーブルの上にはおにぎりとたくあん、湯呑み茶碗が三人分並んでいる。それを見て立待は目を丸くした。

「氷月様がお作りに?」
「ああ。腹減ってそうだと思ったからな。……って、何だ。雪花の奴はのぼせたのか?」
「ええ、少し。風呂に入り慣れていなかったようですね。……失敗しました」

 心なしか立待が気落ちしている様に思えて、雪花はぼうっとする頭で、

「い、え。立待、様は良くしてくださった、のに。……私こそ、申し訳ありませんでした」

 と謝った。すると立待は困った顔になって、

「あなたが謝る事ではありませんよ。……先ほどから謝り過ぎです、雪花」

 と、どこか気遣うように言った。雪花はよく分からず首を傾げた。常に謝罪を求められ続けた雪花にとって、僅かでも自分の非を感じたら頭を下げるのは当然の事だったのだ。
 今回は露天風呂に入って、初めて温かいお風呂に入って気持ちが良くて、自分の状態を理解出来なかった雪花が悪いのだ。だから謝罪の言葉を口にしたのだが――。

(立待様に、こんな顔をさせてしまった)

 その方が申し訳なく思えて、雪花が再度、謝罪を口にしようと口を開いた時、

「ほれ」
「ふあ?」

 口におにぎりを突っ込まれた。塩気がちょうど良い。雪花が目を白黒させながらむぐむぐと口を動かしていると、その犯人である氷月がニッと笑った。

「まぁ、とりあえず飯食え。お茶飲め」
「順番が逆です。それに開いた口に、勝手におにぎりを突っ込む方がいますか。雪花、大丈夫ですか?」

 立待は呆れ顔で言うと、雪花の顔を覗き込んで来る。口に物を入れているため話せないので、雪花は首を縦に軽く振った。すると立待の顔が少し柔らかくなる。

「ゆっくり噛んで、飲み込んで。……そうです、良い子ですね。では下ろしますよ」

 そして立待はそっと雪花を床に下ろして座らせた。それを見て氷月が面白そうに口元を上げる。

「へぇ、立待にしては珍しく優しいな」
「どういう意味ですか」
「そのまんまの意味だよ。ハハハ」

 氷月は笑うと、テーブルのおにぎりに手を伸ばし自分で食べ始める。立待は、ハァ、とため息を吐くと氷月と雪花の湯呑み茶碗にお茶を淹れてくれた。どうぞ、と促され雪花は両手で持って、ゆっくりと飲む。お茶はそこそこ熱かったが、ほど良い苦みがあって美味しかった。一口飲んで、ほう、と息を吐くと、立待は自分の分もお茶を淹れ、急須を横に置いた。

(何だか……普通の人みたいに、扱ってくれている、気がする)

 ふと、雪花はそんな事を思った。こんなに良い扱いを、自分なんかが受けて良いのだろうか。そう思いながら氷月や立待の顔を見る。

「だってお前、俺が何かを拾って来ると、もうちょっと厳しい対応するじゃん」
「あれはあちらが噛み付いて来るからです。それよりも氷月様。何度もお願いしておりますが、何でもホイホイ拾って来る癖を治してください」
「え~? そんなに拾って来てるかぁ?」
「どの口が……。先月だけで妖やら動物やらが五匹ですよ、五匹。あの子達の教育をするのは私なのですから、よく考えてください」
「そうか。なら良かったわ。今月はまだ雪花一人だからな!」
「良くもありませんし、胸を張るところでもありませんが? ……ん? 雪花、どうしました? 食べて大丈夫ですよ?」

 何となく二人のやり取りを聞いていたら、立待からそう言われた。これは「食べろ」と言う事だろう。雪花は「はい!」と頷くとおにぎりに手を伸ばして食べ始めた。

「そんなに急いで食べてはいけません。喉につまらせますよ」
「……っ! げほっ」
「ああ、ほら、言わんこっちゃない」

 咽る雪花の背中を、立待がさすってくれた。

(ああ、またやってしまった。もう少し上手く出来ると思ったのに)

 咳と情けなさで滲んだ涙を着物の袖で拭う。

「…………」

 氷月は何か考えているような様子で、それを見ていた。



 ◇



「どうも様子がおかしいな」

 食事を終え、雪花に「とりあえず今日は休め」と寝させた後、氷月は立待を呼んで雪花について話をしていた。
 屋敷に連れて帰って来たばかりだが、その短い時間であっても、雪花の様子は氷月の目には異常に映った。
 まず、龍の姿を取った自分を見ても驚かないし怖がらない。逆に人の姿を取った時の方が、軽く怯えていたようだった。
 氷月がこれまでに見て来た人間の反応は雪花のものとはまったくの逆だ。皆、龍の姿の氷月に怯え、人の姿で安堵する。それはこれまでに寄越されてきた生贄も同様だった。
 その次に謝罪だ。雪花は何かにつけて謝罪を口にする。口癖のようなものかと思えば、どうも本心で自分が悪いと思っているようだった。身体を震わせながら謝罪を口にした辺り、間違いを起こせば酷く罰せられていた――とも考えられる。
 それに立待に風呂の世話を任せたら、熱い風呂など入った事がないような事も言っていたらしい。

「……恐らくは虐待を受けていたのでしょう」

 立待が痛ましそうに言う。氷月も同感だった。身体に傷が残っていないので、日常的に暴力を受けていたというわけではないだろう。どちらかと言えば心の方を酷く傷つけられているように見える。子供相手に惨い事をするものだと氷月は腕を組んだ。

「なるほどな……。だが、その辺りがどうにも理解出来ん。あの痣を持っていて何でそんな扱いになる? 普通ならもっと大事にするだろうに」
「そうですね……。ああ、そう言えば風呂の時に、雪花が妙な事を言っていました。自分を忌み子だと」
「忌み子ぉ? 何で?」
「私には分かりかねます。ですがどうも人間にとってあの痣は、そういう・・・・扱いになっているのでしょう」

 氷月が怪訝に思って聞けば、立待も不可解そうな顔でそう言った。どうやら雪花の様子がおかしいのは顔の痣が原因らしい。
 うーん、と氷月は唸る。

「なぁ立待。雪花の前に寄越された生贄に、あの痣はあったっけ?」
「私は見ておりませんので何とも。ここへ連れては来ずに、近くの村へ届けたと仰っていませんでしたか?」
「ああ、そう言えばそうだったか……」

 氷月からすれば、要求も必要もしていない生贄とやらを定期的に送られて迷惑していた所だった。比較的少数で行動する妖達と違って、群れる特徴のある人間は氷月の神域で保護しなくても生きていける。そもそも寿命だって違うのだ。面倒を見る必要はない。
 けれども生贄として寄越されたならば、元の村へ帰れと告げるのは酷だろうと思ったので、毎回氷月は雪割村以外の適当な村へ届けてやっていたのだ。置いて来る時に、自分の正体が龍神である事を明かして、酷い扱いをしないようにとの注意をおまけでつけていた。
 ただ、もしも生贄の顔に雪花と同じ痣があった場合は少々事情が変わって来る。あの痣は氷月達にとって特殊な意味を持つからだ。これまでの生贄が痣持ちであれば雪花と同じように保護した可能性がある。ここへ連れて来なかった事から考えて、痣を持っていたとしても氷月は見ていなかった……というのが正しいかもしれない。

「……ふむ。立待、手が空いた時に、あいつが住んでいた村の事を調べてくれ。忌み子についてもな」
「承知いたしました。私も少々気になりますので、早めに済ませます」
「へぇ?」

 立待の返答に氷月は面白そうに口の端を上げる。

「お前にしては本当に珍しいな。気に入ったのか?」
「様子が気になったからです。子供に酷い行為をする相手は許せませんので。……それに」
「それに?」
「……痣のせいですよ。あれを持った子が近くにいると身体の調子が良いので。本人は無自覚でしょうけれど。そのお礼でもありますよ」

 氷月の言葉に立待は若干気まずそうに目を逸らしながら言った。本当に珍しい事だと氷月は思う。
 立待は面倒見こそ良いが、自分にも他人にも厳しい性格だ。なので弱々しい様子の雪花に対し、もう少し冷たく当たるかと氷月は思っていた。その時はやんわりフォローしようと考えていたが、この分だと必要なさそうだ。

(やはりあの痣――“神の花”のせいか)

 そんな事を心の中で呟きながら、氷月は頭の中で、雪花の痣を思い出す。
 ――花が、咲いたような。
 そんな美しい痣だった。
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