満月の晩に攫いに来たのは、骨頭の空賊でした。

石動なつめ

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ジュエルの言う空の旅――――飛空艇ヒンメル号はとても快適だった。
 家に今回の件と、一か月後には必ず戻ると約束する手紙を書いたあと、アリアはジュエルに案内されてヒンメル号を見て回った。
 洒落た内装に、美味しいご飯。何よりも窓から見えるどこまでも続く空が、アリアの胸を躍らせる。
 こんなに綺麗で広い世界があったなんて。アリアは嬉しくて、新しい発見がある度にジュエルに報告していた。

 ジュエルもやたらと元気なアリアに最初は少し戸惑っているようだったが、直ぐに慣れたらしく。
 話を聞きながら「そうかね。ところでお茶はいかがかな?」など、自然な流れでティータイムに誘うようになっていた。
 今日もまた甘いミルクティーを飲みながら、アリアはジュエルとお茶をしている。

(……そう言えば。どうしてジュエル様はわたくしを攫ったのかしら?)

 あいにくとメルクーア家には、盗みたくなるような家宝や高価な調度品は置いていない。
 兄弟が色々とやらかした末に貧乏にはなったが、それ以前に突出するものは特にないのだ。
 あるとしたら金銭、つまり身代金目的だろうが――――どのみち出会った時に借金があるとは話している。連れて来て貰ったのはアリアの希望だが、どう考えてもアリアを攫ったところでジュエルにメリットはない。むしろただの不良債権である。
 そう考えたら少し心配になって、

「あの、ジュエル様はどうして、わたくしを攫いに来たんですの?」

 と、思ったことをそのまま聞いてみた。
 するとジュエルは持っていたティーカップを一度テーブルに置く。

「実は……」
「はい」
「街に降りた時だね。たまたま占いなんてものをやっている女性がいて」
「占い」
「まぁたまには良いだろうと占って貰ったら、攫った相手と恋に落ちる予感、などという結果がだね」
「…………」

 思った以上にどうしようもない理由だった。とんでもない変質者である。
 あんまりな理由過ぎてアリアは絶句した後で、だんだんおかしくなってきて。くすくすと、声を出して笑う。ジュエルもつられて笑いだす。

「フフ。おかしいだろう? ドラマチックな理由でなくて申し訳ないね」
「いいえ、うふふ。でも、そんな理由で恋には落ちませんわ」
「だろう? 一応やってみたが、断ると思ったのに、キミときたら」

 ジュエルは大げさに肩をすくめて見せるジュエル。アリアは「だって」と少し口を尖らせた。

「だって、憧れのシチュエーションだったんですもの。……でも、恋には落ちていませんけれど、その相手に、わたくしを選んで下さったなら光栄ですわ」
「たまたま開いた窓から、空を見上げたキミが見えたものでね。月の妖精かと思ったよ」
「まぁお上手!」

 アリアの容姿は平凡寄りだし、愛嬌があるとは言われたことはあるが、美女だ何だと評価されたことはない。
 まして月の妖精だなんて洒落た誉め言葉を貰えるとは思わなかった。
 お世辞だろうということはアリアも分かるが、嬉しい言葉は素直に受け取っておくものだ。

「それを言うなら、ジュエル様だってそうですわ」
「私が何だって?」
「背中に満月を背負っていらっしゃったでしょう? まるで物語にいるような、素敵な怪盗さんみたいでしたわ!」
「……何だって?」

 一度目とは違うニュアンスで、ジュエルはそう言った。
 何だかとても驚いた声色だ。何か変なことを言ってしまっただろうか。
 そう思っているとジュエルは、

「私が素敵……?」

 と信じられないと言った様子で呟いた。

「こんな顔をしている私が素敵とは、キミはずいぶん、その、変わった趣味をしている」
「あら」

 そんな事か、とアリアは笑う。

「ジュエル様は、ご自分の容姿を少々、過小評価していると思いますわ」
「私は骨の頭をしているが」
「生き物だって骨に肉が張り付いているだけじゃありませんか。とても凛々しい骨格だと思いますわよ?」
「…………キミは」

 そこまで言って、ジュエルは片手で顔を覆う。
 それからくつくつ笑い出し、

「…………本当に、変わっている」

 なんて、先ほどよりも柔らかい声で、ジュエルはそう言った。
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