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冒険者編
そして決戦の幕は切って落とされる
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はっと目を見開いて、ケルトは虚空を見上げた。
相変わらず薄暗い牢屋。話すこともなくなって静かになったそこで、ケルトは不可知の何かを感じ取って立ち上がった。
「これは…!?」
「なんだケルト、どうした?」
『ふむ、何やら魔法の匂いがするな』
レビの言葉の通り、突如として2人の眼前に魔法陣が展開されたのだ。咄嗟に迎撃体制を取ると同時、眩い光から何者かが姿を現した。
「…やれやれ、この私がこうして「帝国」へやってくる事になるとはな。長生きはするものじゃ」
「あんたは…」
一瞬、それはカロンかと思ったが、しかしカロンと違う、白髪に白く長い髭。
皺深い顔の老人は、黒い瞳で二人を見て、鋭い目を細めた。
「ふむ、お前たちがル……我が神の仰られた英雄か。なんとも、メルサディールと違って凡庸そうな外見じゃな…まあ、勇者と比べるのは愚かかもしれぬがの」
「敵意はなさそうだけど…爺さん、あんたは?」
「他人へ名を問う前に、自らが名乗るべきではないのかね?少年」
にべもない言葉に、それもそうかとハディは肩を竦めて、自己紹介する。
「俺はハディ。で、こっちがケルトで、そこのちょっと盛り上がってる影がレビだよ」
「ほぅ!これが件の虚無の欠片かのぅ!これは珍しい…私も長生きしているが虚無との共存というレアケースは見たことも聞いたこともない!実に貴重な実物じゃのぅ!ええっとメモメモ…」
「…あの、貴方は…」
「おっと、これは失敬。私の名はエーティバルトじゃ…ふむふむ、影を通して擬似的な実体化を起こしておるのか?ならば本体は…」
メモりながらの自己紹介にハディは呆れ、ケルトは頬を引きつらせた。名前に心当たりが有りすぎて困る。
あと、牢番は今の一瞬でおやすみ状態なようで、向こうから豪快な寝息が聞こえてきた。手慣れている。
『おい老人。貴様、あの神の命でやって来たのであろう?早く要件を済ませるのだ』
「ああ、そうであったそうであった…よっこらせっと」
老人らしく腰をトントン叩きながら身を起こす。そういえば、カロンはそういうジジ臭い所作はなかったなあ、と場違いにハディは思ったりする。
老人、原初の魔法士エーティバルトは、向き直ってニカッと笑った。
「さて、お前たち。あの虚公とやらをぶっ飛ばしに行く準備は出来ておるかね?勝算は一割以下という絶望的な数値らしいのだが、我が神はお前たちをお選びになった。だから拒否権はないのだが、一応は尋ねておこうか」
「拒否権がない時点で無意味な質問では?」
「こういうのは覚悟が重要なのだ。知の道もまた同じ。強い覚悟が魂を練磨させ、また別の運命を引き寄せることも有り得る。執念とも呼ぶべき執着が、新たな魔法を作り出すこともあるのだ」
「…呪文を作りだした方が言うと、説得力がありますね」
「何を言う。私が呪文を作ったのはそこの少年くらいの年齢の時だぞ。執念なんぞ欠片も無かったに決まっておろうに。それとこれとは別問題だ」
「………はぁ、伝説通りに規格外ですねぇ」
もはや次元が違いすぎて笑うしか無い。乾いた笑いを吐くケルトを横に置いて、ハディはエーティバルトへ言う。
「覚悟ってのが、死ぬかもしれないってことなら…俺は出来てる」
「ただ死ぬのではない。魂ごと咀嚼され、二度と転生すら不可能ということだ。そして世界の終わりすら見ることになるかもしれぬ。そうなれば、人の柔な精神は持たぬかもしれんのぅ」
「それでも。アレと戦わなきゃ、その未来だって変えられないっていうんなら…俺は戦うよ。どれだけ怖くっても、皆のために逃げることはできない。俺は守るために、剣を取ったんだから。守って、必ず生き残ってみせる」
きっぱりと言い切ったハディの強い瞳に、エーティバルトは目を細める。
ハディの言葉を受けて、ケルトもまた、ため息交じりに続く。
「私も同じ心持ちです。それに…彼女はどうやら、私を待っているようですので。因縁を晴らすためにも、一人で逃げ帰るわけにはいきません」
ちらりとハディを見て言う。
そんな2人を見て、エーティバルトはうんうんと頷いた。
「…なるほど、良き目を持つ若人達じゃ。よかろう、ならば私も手伝うとするか」
「一緒に戦ってくれるのか?」
「いや、直接対峙はできん」
瞬きする相手へ、エーティバルトはため息を吐いた。
「私は大昔に、不老を得るために神性を賜ったことがある。少しとは言えそれは我が神の力の一片。虚無に我が神の力が無効化されるような可能性は、極力避けたいのでな。だから、私がするのはお前たちをここから出す事と、まあ帝国の尻拭いだな」
「尻拭い?」
「魔物が大増殖しておる。じきに帝都へも侵攻を開始しよう。それに、他の主要な都市や村落も激しい攻撃を受けるじゃろうて。だからそれを守るために、ひとっ走りな」
「爺さん一人で大丈夫なのか?」
「私を誰だと思っておるんじゃ?時空魔法を開拓しておる今ならば、魔法だけ各地に飛ばして防衛することも可能じゃ」
本当に規格外な話である。
「へぇ~、カロン爺さんよりすごいかもな」
「魔法に関しては、我が神よりも得手ではあると自負しておる。まあ、神々の本領は魔法ではないのだから当然なのじゃが…ともあれ、それではさっさと準備をして来るのだな」
エーティバルトが片目を瞬かせて杖を振れば、無詠唱なのにきらめく魔法陣が出現する。
かすかな光を放つそれへ、エーティバルトは促す。
「行き先はお前たちの拠点だ。準備の後、虚公の元へと向かうがよかろう」
「メル姉は?」
「メルサディールは用事があるようだな。まあ、そう不安がる必要はない。あやつもすぐに駆けつけるじゃろうて」
「…うん、わかった」
メルが皇帝の説得をする気なのだろう、とすぐに理解し、深くは尋ねない。
そのまま、2人は意を決して、魔法陣へと足を踏み入れた。
瞬間、眩い輝きの後に、そこに居た2人の姿がかき消える。
「…やれやれ、ここからが正念場じゃな」
「…なぁんか騒がしいようだが、脱獄かよ?」
隣の牢の声に、エーティバルトは鍵に指を当てて錠を開けて、移動する。
そして隣の牢まで歩いていって、ニンマリと笑みを浮かべた。
牢の中には、長年の牢屋暮らしで薄汚れ、精細を欠いた、無精髭の男が一人。
「盗賊イーレン。お前にも客人が来ているようだぞ」
「あん?客だって…?そんなんいったい」
「ほれ、ここまで来る扉の錠は、すべて開けておこう。それでは、兄妹水入らずでな」
それだけ言ってから、エーティバルトは瞳を瞬かせてから、杖を振ってあっという間に消えてまう。
残された男は、なんだかわからずに、ただ肩を首を傾げる。
しかし、不意に目を細めて、奥の扉へ視線をやった。
「よお、気配なんか伺わなくても開いてるそうだぜ?お客人さんよ」
その言葉に一拍置いてから、ゆっくりと扉が開かれた。
コツコツとした足音の後に、姿を現したのは…、
「…久しぶりだな」
小さな、少女と見紛う金髪の女性。
ネセレは、暗闇の中でもわかるほどに、不敵に笑った。
※※※
ネセレの挨拶に、額に傷のある無精髭の男は、楽しげに笑みを深める。
「さっき、お前の噂を聞いてたところだ。ネセレ」
「そりゃ奇遇だな。アタイもてめぇの足取りを追って来るまでに、腐るほどてめぇの話を聞いた。ったく、分不相応に王冠なんざ盗もうとすっからだよ」
「ひゃっひゃ!あいっかわらず手厳しいなぁお前。年食っても性格は変わらずクソガキみてぇで安心したぜ」
「ぬかせ、クソ兄貴。てめぇも減らず口が変わらねぇようで安心したぜ」
ネセレは牢の前でどっかりと座り込んで、檻の隙間から差し入れをする。
それに男は声を上げて、さっそく酒瓶を開けて干し肉を齧る。
「…っかぁ~!うまい!やっぱ久しぶりの酒は最高だぜぇ!」
「ここから出りゃ、好きなだけたらふく食えるぜ。…で、だ。イーレン。ちょいっと手伝いをしてほしいんだが」
「あぁん?お前が俺に手伝いだって?」
怪訝な顔をしてから、ネセレの顔を見て目を細めつつ、酒を呷る。
「ふん、お前が俺へ借りを作りに来るたぁな。…で、俺が牢に入ってから、何があったよ?」
イーレンの促しに、ネセレは同じく酒を呷りながら、「長くなるぜ?」と前置きして、話し始める。
・・・・・・
「…へぇ、なるほどねぇ」
事情を聞いたイーレンは、現在置かれている状況を把握しても、尚のこと空とぼけた様子で干し肉を齧った。
ネセレは酒瓶を傾けながら、話の本題に入る。
「こっちもヴァルスって男に聞いただけだが、皇帝のクソジジイはもう当てにはならねぇようだ。勇者サマが密かに頑張って動いてたようだが、どうせならもっとスムーズに話を進めたい」
フェスベスタを蹴っ飛ばしに行き、最速で帰って早々。ゲッシュに城へ連れて行かれたと聞いて、ネセレは舌打ちしたほどだった。面倒なことになったぜ、と愚痴った時、ヴァルスが啓示…というか、声だけで状況を説明してくれたのである。
そして現状を理解し、ネセレは前々からメルサディールに言われていたことを、実行しに来たのだ。
「…で、お前はわざわざここまで来て、俺を迎えに来たって?そのお仲間じゃなくて」
「けっ!アタイだって好きで動いてんじゃねぇよ!…チビ共はあっちがどうにかしてくれる。だから、アタイは義賊らしく一仕事をしなきゃなんねぇ…ったく、面倒極まりねえぜ!」
「んで、俺に何をしてほしいって?」
「裏の連中を動かしてくれ」
眉を上げるイーレン。
無表情でそれを見つめるネセレ。
一拍置いて、ネセレは続ける。
「アタイと違って、てめぇは裏っかわでも確固たる地位を持つ影のおエライサンだ。牢屋暮らしでも、その影響は計り知れねぇ」
「まあ、一週間に一度は差し入れが来るくらいだしなぁ」
この男の腕前ならば、もうとっくに牢屋から脱出していてもおかしくはない、とネセレは評価している。あえて牢屋に籠もっているとしか思えないのだ。
だから、ネセレは半眼で指をさす。
「てめぇ、この穴蔵で隠居するつもりだろ?縛り首にならないように手まで尽くして、こんな場所でうだうだしてやがるんだ」
「ん~何言ってんのかわかんねぇなぁ~。俺はたまたま、陛下のご温情ってので死刑を免れたんだけどなぁ」
「祝日ってだけで大盗賊が死刑を免れるわけねぇだろタコ。お前の部下が裏から手を尽くして元老院どもを脅したんだろうがよ」
「おっとバレたか」
両手上げて肩を竦めるイーレン。
そのどこかの誰かと似た飄々っぷりに、ネセレは苛ついたように舌打ち。
「…イーレン、てめぇはこれから裏側の連中を取りまとめて、この国内の勇者サマを邪魔する連中を排除してほしい」
「…そりゃ、頼み事か?お前が、俺に?」
「柄じゃねぇってのはわかってんだよ。てめぇを無理やり引きずり出すのは、アタイでも嫌なんだよ。…でもよぉ、ここでプライドの為に放置してあっちに向かっても、軍が来てくれる保証はねぇ。もし戦いが終わっても、逃げる体力がなけりゃ、アタイは捕まっちまう。死にに行くのは柄じゃねぇからな」
「それで、俺に出てこいって言ってんのか…ふぅん」
イーレンはガリガリと果実を齧ってから、鋭い目でネセレを見る。
「まあ、俺が手ずから育てた妹分が頼みに来たんだ、素気なく追い返すような真似はしねぇさ。けど」
「何を差し出せばいい」
「話が早くて助かるねぇ。お前がこっち来てから、割を食ってる同業者は多いんだよ。めぼしいもんは全部お前が掻っ攫っちまうし、今や盗賊の代名詞はお前だ。だから…ネセレ、お前は廃業しろ」
その宣告を、ネセレはじっと静かに聞いた。
「別に大陸外でのことは、何も言わねぇよ。だがな、この大陸でお前が大人しくなるんなら、他の連中も協力的にはなるだろうな。組織でも国でも、誰も止めることの出来ない金色の怪物を永遠に黙らせられるんなら、安い代償だろうよ」
「…ふん、やっぱそう来たか。人間ってのはどうしてこう、どいつもこいつもせせこましくて安っぽいんかね」
たとえ世界が終わろうとも、必ずしも人間が一丸となって脅威に立ち向かえるわけではない。本当にこの世の終わりにならないと理解できないように、土壇場まで意見を保留する連中もまた多いのだ。あの虚公に踏み潰されるまで…否、踏み潰されたとしても、考えを変えない奴も居るだろう。それが人間というものだ。
だから、それを取りまとめる上役がほしいのだ。緊急時にすべての判断を委ね、皆が…せめて半数以上がそれに従うことの出来る手駒がいる。
表側はメルサディール、そして裏側はイーレン。
その役割…というか、厄介事を押し付けるネセレは、両手を上げて降参した。
「オーケーわかったよクソッタレめ。アタイは今後一切、この大陸で盗賊家業は廃業してやるよ」
「名誉にかけて宣誓するか?」
「ったりめぇだろ。ここで嘘つくほど不義理をかます気はねぇよ」
「…じゃあ、交渉成立だ」
ニカッと笑って、イーレンは立ち上がった。
そして、檻の隅で何かを弄くれば、ガコンっと音がして、鉄格子の一本がすっぽ抜けたのだ。隙間から出てきながら、イーレンは自慢げに言う。
「いやぁ、酒飲みに行く以外でここ使うことになろうとはなぁ。このネグラともおさらばか」
「明日からはゴミ溜めの上物ベッドだ。カビ臭ぇ石ベッドよりはマシだろ?」
「ひゃっひゃっ!ちげぇねえな!!…そうそう、ネセレ。お前がプライド捨ててまで俺に頼んできたのは、やっぱお前の弟子のためなのか?」
「あん?なんで知ってんだよ」
「さっきまでここで話聞いてたからな。お前が勇者さまや爺さんに捕まったってことも、数千の魔物の襲撃からたった一人で門を守りきったってこともな」
「あのチビ…!また余計なことまで喋りやがって!」
脳裏に浮かんだいい笑顔の黒髪チビ助を睨みつける。これが終わったら一発殴る、とネセレは心に決めた。
照れ隠しのように長い髪を掻きながら、ネセレは素っ気なく言う。
「んなもんじゃねーよ。ただ、師匠が弟子より意気地が無いなんざ許されねぇ。アタイはあいつらの師匠で、あのガキどもに見縊られるような真似は、アタイの矜持が許さねぇんだよ。もしも死なれたら寝覚めが悪ぃしな」
「…お前、それ弟子が心配だって言ってるようなもんじゃねーか?」
「知るかバーカ」
なんとも素直ではない妹分に、イーレンはおかしくて堪らないかのように吹き出しつつも、笑いながら頭に手を置く。
「そんじゃ、お前の自慢の弟子たちの為にも、尻まくってやってやるかね」
「はっ!速さでアタイに敵うモンはいねーぜ。遅れたら首根っこ掴んでガタガタ言わせてやっからな」
「そこまで耄碌してねーさ。…んじゃ、やるか」
「おう」
そう言い合い、2人の盗賊は深い牢獄から駆け出した。
マントを翻して暗闇を進みつつ、ネセレは胸中でだけ呟く。
(…アタイが行くまで踏ん張れよ、ハディ、ケルト)
※※※
「うわっとっと!?」
「っと、ここは…?」
「ハディ!?ケルト!?お前らなんだって急に…」
輝きを抜ければ、そこはゲッシュの宿の酒場であった。目を丸くするゲッシュとダーナにいつもの面々を見て、2人は安心した声を出す。
「よかったぁ、うまく転移できたみたいだな」
「あの方ならば問題はないと踏んでいたとは言え…少し肝が冷えますね」
「ちょ、ちょっとハディ!?大丈夫なの!?あのタカビー女と一緒に城へ連れていかれたって聞いて、アタシすっごく心配してたんだからね!!」
「あ、ダーナ。ごめんな、心配かけたみたいで」
「そ、そうよ!それもこれも、あのタカビーのせいなんでしょ!?あの女のついでで連行されたなんて…あの白騎士!今度こそ腐った生卵を投げつけてやるんだからねっ!!」
「ふぇぇ、ダーナちゃん、落ち着いて…!」
ぷんぷんしているダーナを宥めつつ、ハディは皆へ言う。
「皆、メル姉は今、皇帝によって城に閉じ込められてる」
その言葉に、冒険者達は怪訝な様子で顔を曇らせた。
「…ハディ、説明は私がします。貴方は準備をしてきてください」
「ケルトは大丈夫なのか?」
「ここを出る際、すでに準備は終えています。いつでも行けますよ」
「ははっ、さすが!そんじゃ、ちょっと頼んだ」
ともあれ、ハディを準備に向かわせつつ、ケルトは皆へ手短に説明を行う。
事情を聞いたゲッシュは、思わず禿頭をぺしっとやって叫んだ。
「なんじゃそりゃぁ!?あの皇帝の野郎、いったいなぁに考えてんなことを!?」
「おそらく、敵の仕業でしょう。現在、皇帝は正気ではありません。メルさんはそれをどうにかする為に城へ残りました」
「そ、それじゃあ、あの化け物はいったい誰が倒すっていうのよぉ!?」
「うむ、魔物が外門に向かって来ているようだ。軍は動かんし、市民は戦々恐々としているようだな」
「ええ、ですので…我々がそれを止める必要があります」
その言葉に、冒険者達は苦い顔をした。言うまでもない、誰だってそんな火中の栗を拾うような真似はしたくはないのだ。
「ちょ、ちょっとケルト。いくらなんでもそれは無いわよぉ。依頼でもないのに、しかも軍を差し置いてアタシ達が戦わなきゃいけない理由って何よ?」
「うむ、普通は国が動くべきことだ」
そうだそうだ、と冒険者達が同意する。それは予測できていたので、ケルトも肩を竦める。
「ごもっとも、私も同意見です」
「なら…」
「しかし、すでに賽は投げられました。敵が火蓋を切った以上、もはや損得だけで動く段階ではない。ここから、連中は老若男女、生きとし生けるものをすべて徹底的に殺しにくるでしょう。少なくとも私は、そこから逃げるわけにはいかない」
「なんで…なんでアンタ、そんな事に自分から飛び込むのよぉ?」
「そうですねぇ、強いて言えば…意地です」
「意地?」
ミライアへ、ケルトは含み笑う視線を向けた。
「師匠達から任されていますので。彼女らが到着するまで、弟子として戦線を維持せねばなりません。そのためにも、命を賭けねばならない。それが勇者の弟子としての、意地ですよ」
「…イカれてるわぁ」
「まったくです」
理解はされない理由だろう。しかしケルトとしては、自らを認めてくれたネセレ、道を指し示してくれたカロン、知識の為に根気強く付き合ってくれたメルサディールの期待に答えることは、とても重要なことであった。かつて親にすら捨てられ、無力感に苛まれていた彼にとって、自らを守ってくれていた師匠達という存在は、彼という精神を支えている根幹でもある。
故に、臆しても、それから逃げるわけにはいかない。
「それに、因縁もありますので…虚無の眷属とは、雌雄を決せねばなりません。それが今まで犠牲になった人々への、手向けでもあります」
「………」
ケルトの言葉に、ミライアは苦虫を噛み潰したような顔になり、顔を伏せる。散っていった幼馴染の事を、思い出していたのだ。
その合間に、準備を終えたハディが二階から駆け下りてきた。
「オッケー、いつでも行けるぞ」
「よろしい、行きましょう」
「ま、待ってよハディ!?本当に…本当に、あんな化け物のところに行くの!?だって、あんなの…絶対に死んじゃうわよ!」
「かもな。でもなダーナ、俺は逃げる事はできない。もう逃げる場所もない。…進むしか無いんだよ。生きるためにも、戦うしか無い」
「そんな…駄目よ!駄目!だってアンタが死んじゃったら…アタシ……アタシ…!」
「大丈夫だって、ダーナ。俺は負けない。だから、ダーナも祈っててくれよ」
ニカッと笑みを浮かべる少年へ、ダーナは今度こそ遮る言葉を無くす。止めるべき言葉を、何も持たなかったからだ。
その間に、ハディは背を向ける。
「そんじゃ、ゲッシュ。皆を頼んだ」
「…いや、待て。お前らが行くんなら俺も」
「いいえ、ゲッシュは残ってください。貴方は前線から退いてブランクがありますし、もし帝都内に魔物が侵入した場合に備えて、自由に動ける人材が居てほしいです。…軍が動くまで、まだ時間がかかるでしょうしね」
ケルトに諭されれば、ゲッシュでさえも、唸るだけで何も言えなくなる。
しんと静まり返った宿を見渡し、2人は笑みを浮かべた。
「そんじゃ、行ってくる」
「後を頼みます」
まるで死ににいくかのような、清々しさすら感じさせる表情だった。
そのまま2人は去っていく。
ダーナは思わずその背に手を伸ばし…しかし、何も出来ずに下ろすしかなかった。
「…なんでよ、なんで…あ、アタシ…アタシは、どうすればいいの…?お婆ちゃん…」
ダーナは無力感に苛まれながら、静かに目を伏せて、両手を握った…。
・・・・・・
「別れは済んだようじゃな」
宿を出れば、そこにはエーティバルトが、置かれていた樽に腰掛けていた。
そんな老爺へ、2人は頷く。
「…もう一度聞くが、本当に良いのじゃな?二度とあの娘には会えぬかもしれぬが」
「男に二言はないさ」
「…ふむ、若さよのぅ」
しみじみと頷いてから、エーティバルトは立ち上がって杖を持った。
コンっと地面を突いて詠唱すれば、そこには再び魔法陣が。
「奴らの目の前に繋げてある…とはいっても、魔物が立ちはだかってくるでな。中央で密集されればマズイじゃろうから、その手前になるが」
「ありがと、エーティ爺さん」
「助かります」
「…礼は言うでない。お前たちのような若人に頼るしか無い、無力な老人が出来るせめてもの術だ。まったく、大きすぎる力も考えものじゃ」
エーティバルトが再び詠唱すれば、今度はハディ達の体に淡く光が輝いた。
急激に体が元気になった気がして、2人は目を丸くする。
「これは…」
「私の出来る限り最大級の増幅系魔法を用意しておいた。ヴァルタイトの代わりにオリハルコンの一部を用いて三日三晩は詠唱し続けねば不可能なんじゃがな?それを保存し、お前たちに付与しておいた。これがあれば、瞬殺されることもあるまい」
「ああ、なんか全ての疲労感が消えていくみたいだ…!これなら負けないな!」
「過信は禁物じゃ。強力な力は己が身を滅ぼすことにもなろう。何事も冷静さを忘れず、最良の選択を成せるように強い自制心を持って」
「心配性だなぁ。大丈夫、きっとなんとかなるって!」
あっけらかんと笑うハディに、エーティバルトは訓示を諦めた。
「まあ、年寄の冷水はこれだけにしておくかの…それでは、若人らよ。後を頼んだぞ」
その言葉に頷き、2人はおもむろに魔法陣へと入る。
そして再び感じる浮遊感と、眩いばかりの輝き。
…転移が終わる、その間近。
『…せめてもの餞別だ。2人とも、負けるなよ』
頭を撫でられたような感触の後、浮遊感は終わりを告げて、2人は大地に降り立った。
…目を開ければ、そこは荒野だった。
天は赤く、緑の草は枯れ果て、灰色の大地が続いており、点々と存在している異形の魔物が目に入った。魔物たちは近くにいるにも関わらず、合体することなく集団で存在している。統率者が数を揃えるために操作しているからだろうか。
そして彼方に見える、見上げてもなお先が見えない、天を突くほどに巨大な黒い塊。
「…あれが、虚公」
ふと見れば、ハディは自らが既に変化しているのに気づく。黒い腕、黒い角、虚無の剣。影からシュルリとレビが顕現し、ハディの背後から塊を見上げている。
『覚悟はよいな、ハディ』
「…ああ、大丈夫!」
「素直でない御仁の補佐もあります…では、参りましょう!」
呼吸法を使わずとも溢れんばかりの光を纏いながら、ケルトは杖を掲げて精霊を呼び寄せた。
相変わらず薄暗い牢屋。話すこともなくなって静かになったそこで、ケルトは不可知の何かを感じ取って立ち上がった。
「これは…!?」
「なんだケルト、どうした?」
『ふむ、何やら魔法の匂いがするな』
レビの言葉の通り、突如として2人の眼前に魔法陣が展開されたのだ。咄嗟に迎撃体制を取ると同時、眩い光から何者かが姿を現した。
「…やれやれ、この私がこうして「帝国」へやってくる事になるとはな。長生きはするものじゃ」
「あんたは…」
一瞬、それはカロンかと思ったが、しかしカロンと違う、白髪に白く長い髭。
皺深い顔の老人は、黒い瞳で二人を見て、鋭い目を細めた。
「ふむ、お前たちがル……我が神の仰られた英雄か。なんとも、メルサディールと違って凡庸そうな外見じゃな…まあ、勇者と比べるのは愚かかもしれぬがの」
「敵意はなさそうだけど…爺さん、あんたは?」
「他人へ名を問う前に、自らが名乗るべきではないのかね?少年」
にべもない言葉に、それもそうかとハディは肩を竦めて、自己紹介する。
「俺はハディ。で、こっちがケルトで、そこのちょっと盛り上がってる影がレビだよ」
「ほぅ!これが件の虚無の欠片かのぅ!これは珍しい…私も長生きしているが虚無との共存というレアケースは見たことも聞いたこともない!実に貴重な実物じゃのぅ!ええっとメモメモ…」
「…あの、貴方は…」
「おっと、これは失敬。私の名はエーティバルトじゃ…ふむふむ、影を通して擬似的な実体化を起こしておるのか?ならば本体は…」
メモりながらの自己紹介にハディは呆れ、ケルトは頬を引きつらせた。名前に心当たりが有りすぎて困る。
あと、牢番は今の一瞬でおやすみ状態なようで、向こうから豪快な寝息が聞こえてきた。手慣れている。
『おい老人。貴様、あの神の命でやって来たのであろう?早く要件を済ませるのだ』
「ああ、そうであったそうであった…よっこらせっと」
老人らしく腰をトントン叩きながら身を起こす。そういえば、カロンはそういうジジ臭い所作はなかったなあ、と場違いにハディは思ったりする。
老人、原初の魔法士エーティバルトは、向き直ってニカッと笑った。
「さて、お前たち。あの虚公とやらをぶっ飛ばしに行く準備は出来ておるかね?勝算は一割以下という絶望的な数値らしいのだが、我が神はお前たちをお選びになった。だから拒否権はないのだが、一応は尋ねておこうか」
「拒否権がない時点で無意味な質問では?」
「こういうのは覚悟が重要なのだ。知の道もまた同じ。強い覚悟が魂を練磨させ、また別の運命を引き寄せることも有り得る。執念とも呼ぶべき執着が、新たな魔法を作り出すこともあるのだ」
「…呪文を作りだした方が言うと、説得力がありますね」
「何を言う。私が呪文を作ったのはそこの少年くらいの年齢の時だぞ。執念なんぞ欠片も無かったに決まっておろうに。それとこれとは別問題だ」
「………はぁ、伝説通りに規格外ですねぇ」
もはや次元が違いすぎて笑うしか無い。乾いた笑いを吐くケルトを横に置いて、ハディはエーティバルトへ言う。
「覚悟ってのが、死ぬかもしれないってことなら…俺は出来てる」
「ただ死ぬのではない。魂ごと咀嚼され、二度と転生すら不可能ということだ。そして世界の終わりすら見ることになるかもしれぬ。そうなれば、人の柔な精神は持たぬかもしれんのぅ」
「それでも。アレと戦わなきゃ、その未来だって変えられないっていうんなら…俺は戦うよ。どれだけ怖くっても、皆のために逃げることはできない。俺は守るために、剣を取ったんだから。守って、必ず生き残ってみせる」
きっぱりと言い切ったハディの強い瞳に、エーティバルトは目を細める。
ハディの言葉を受けて、ケルトもまた、ため息交じりに続く。
「私も同じ心持ちです。それに…彼女はどうやら、私を待っているようですので。因縁を晴らすためにも、一人で逃げ帰るわけにはいきません」
ちらりとハディを見て言う。
そんな2人を見て、エーティバルトはうんうんと頷いた。
「…なるほど、良き目を持つ若人達じゃ。よかろう、ならば私も手伝うとするか」
「一緒に戦ってくれるのか?」
「いや、直接対峙はできん」
瞬きする相手へ、エーティバルトはため息を吐いた。
「私は大昔に、不老を得るために神性を賜ったことがある。少しとは言えそれは我が神の力の一片。虚無に我が神の力が無効化されるような可能性は、極力避けたいのでな。だから、私がするのはお前たちをここから出す事と、まあ帝国の尻拭いだな」
「尻拭い?」
「魔物が大増殖しておる。じきに帝都へも侵攻を開始しよう。それに、他の主要な都市や村落も激しい攻撃を受けるじゃろうて。だからそれを守るために、ひとっ走りな」
「爺さん一人で大丈夫なのか?」
「私を誰だと思っておるんじゃ?時空魔法を開拓しておる今ならば、魔法だけ各地に飛ばして防衛することも可能じゃ」
本当に規格外な話である。
「へぇ~、カロン爺さんよりすごいかもな」
「魔法に関しては、我が神よりも得手ではあると自負しておる。まあ、神々の本領は魔法ではないのだから当然なのじゃが…ともあれ、それではさっさと準備をして来るのだな」
エーティバルトが片目を瞬かせて杖を振れば、無詠唱なのにきらめく魔法陣が出現する。
かすかな光を放つそれへ、エーティバルトは促す。
「行き先はお前たちの拠点だ。準備の後、虚公の元へと向かうがよかろう」
「メル姉は?」
「メルサディールは用事があるようだな。まあ、そう不安がる必要はない。あやつもすぐに駆けつけるじゃろうて」
「…うん、わかった」
メルが皇帝の説得をする気なのだろう、とすぐに理解し、深くは尋ねない。
そのまま、2人は意を決して、魔法陣へと足を踏み入れた。
瞬間、眩い輝きの後に、そこに居た2人の姿がかき消える。
「…やれやれ、ここからが正念場じゃな」
「…なぁんか騒がしいようだが、脱獄かよ?」
隣の牢の声に、エーティバルトは鍵に指を当てて錠を開けて、移動する。
そして隣の牢まで歩いていって、ニンマリと笑みを浮かべた。
牢の中には、長年の牢屋暮らしで薄汚れ、精細を欠いた、無精髭の男が一人。
「盗賊イーレン。お前にも客人が来ているようだぞ」
「あん?客だって…?そんなんいったい」
「ほれ、ここまで来る扉の錠は、すべて開けておこう。それでは、兄妹水入らずでな」
それだけ言ってから、エーティバルトは瞳を瞬かせてから、杖を振ってあっという間に消えてまう。
残された男は、なんだかわからずに、ただ肩を首を傾げる。
しかし、不意に目を細めて、奥の扉へ視線をやった。
「よお、気配なんか伺わなくても開いてるそうだぜ?お客人さんよ」
その言葉に一拍置いてから、ゆっくりと扉が開かれた。
コツコツとした足音の後に、姿を現したのは…、
「…久しぶりだな」
小さな、少女と見紛う金髪の女性。
ネセレは、暗闇の中でもわかるほどに、不敵に笑った。
※※※
ネセレの挨拶に、額に傷のある無精髭の男は、楽しげに笑みを深める。
「さっき、お前の噂を聞いてたところだ。ネセレ」
「そりゃ奇遇だな。アタイもてめぇの足取りを追って来るまでに、腐るほどてめぇの話を聞いた。ったく、分不相応に王冠なんざ盗もうとすっからだよ」
「ひゃっひゃ!あいっかわらず手厳しいなぁお前。年食っても性格は変わらずクソガキみてぇで安心したぜ」
「ぬかせ、クソ兄貴。てめぇも減らず口が変わらねぇようで安心したぜ」
ネセレは牢の前でどっかりと座り込んで、檻の隙間から差し入れをする。
それに男は声を上げて、さっそく酒瓶を開けて干し肉を齧る。
「…っかぁ~!うまい!やっぱ久しぶりの酒は最高だぜぇ!」
「ここから出りゃ、好きなだけたらふく食えるぜ。…で、だ。イーレン。ちょいっと手伝いをしてほしいんだが」
「あぁん?お前が俺に手伝いだって?」
怪訝な顔をしてから、ネセレの顔を見て目を細めつつ、酒を呷る。
「ふん、お前が俺へ借りを作りに来るたぁな。…で、俺が牢に入ってから、何があったよ?」
イーレンの促しに、ネセレは同じく酒を呷りながら、「長くなるぜ?」と前置きして、話し始める。
・・・・・・
「…へぇ、なるほどねぇ」
事情を聞いたイーレンは、現在置かれている状況を把握しても、尚のこと空とぼけた様子で干し肉を齧った。
ネセレは酒瓶を傾けながら、話の本題に入る。
「こっちもヴァルスって男に聞いただけだが、皇帝のクソジジイはもう当てにはならねぇようだ。勇者サマが密かに頑張って動いてたようだが、どうせならもっとスムーズに話を進めたい」
フェスベスタを蹴っ飛ばしに行き、最速で帰って早々。ゲッシュに城へ連れて行かれたと聞いて、ネセレは舌打ちしたほどだった。面倒なことになったぜ、と愚痴った時、ヴァルスが啓示…というか、声だけで状況を説明してくれたのである。
そして現状を理解し、ネセレは前々からメルサディールに言われていたことを、実行しに来たのだ。
「…で、お前はわざわざここまで来て、俺を迎えに来たって?そのお仲間じゃなくて」
「けっ!アタイだって好きで動いてんじゃねぇよ!…チビ共はあっちがどうにかしてくれる。だから、アタイは義賊らしく一仕事をしなきゃなんねぇ…ったく、面倒極まりねえぜ!」
「んで、俺に何をしてほしいって?」
「裏の連中を動かしてくれ」
眉を上げるイーレン。
無表情でそれを見つめるネセレ。
一拍置いて、ネセレは続ける。
「アタイと違って、てめぇは裏っかわでも確固たる地位を持つ影のおエライサンだ。牢屋暮らしでも、その影響は計り知れねぇ」
「まあ、一週間に一度は差し入れが来るくらいだしなぁ」
この男の腕前ならば、もうとっくに牢屋から脱出していてもおかしくはない、とネセレは評価している。あえて牢屋に籠もっているとしか思えないのだ。
だから、ネセレは半眼で指をさす。
「てめぇ、この穴蔵で隠居するつもりだろ?縛り首にならないように手まで尽くして、こんな場所でうだうだしてやがるんだ」
「ん~何言ってんのかわかんねぇなぁ~。俺はたまたま、陛下のご温情ってので死刑を免れたんだけどなぁ」
「祝日ってだけで大盗賊が死刑を免れるわけねぇだろタコ。お前の部下が裏から手を尽くして元老院どもを脅したんだろうがよ」
「おっとバレたか」
両手上げて肩を竦めるイーレン。
そのどこかの誰かと似た飄々っぷりに、ネセレは苛ついたように舌打ち。
「…イーレン、てめぇはこれから裏側の連中を取りまとめて、この国内の勇者サマを邪魔する連中を排除してほしい」
「…そりゃ、頼み事か?お前が、俺に?」
「柄じゃねぇってのはわかってんだよ。てめぇを無理やり引きずり出すのは、アタイでも嫌なんだよ。…でもよぉ、ここでプライドの為に放置してあっちに向かっても、軍が来てくれる保証はねぇ。もし戦いが終わっても、逃げる体力がなけりゃ、アタイは捕まっちまう。死にに行くのは柄じゃねぇからな」
「それで、俺に出てこいって言ってんのか…ふぅん」
イーレンはガリガリと果実を齧ってから、鋭い目でネセレを見る。
「まあ、俺が手ずから育てた妹分が頼みに来たんだ、素気なく追い返すような真似はしねぇさ。けど」
「何を差し出せばいい」
「話が早くて助かるねぇ。お前がこっち来てから、割を食ってる同業者は多いんだよ。めぼしいもんは全部お前が掻っ攫っちまうし、今や盗賊の代名詞はお前だ。だから…ネセレ、お前は廃業しろ」
その宣告を、ネセレはじっと静かに聞いた。
「別に大陸外でのことは、何も言わねぇよ。だがな、この大陸でお前が大人しくなるんなら、他の連中も協力的にはなるだろうな。組織でも国でも、誰も止めることの出来ない金色の怪物を永遠に黙らせられるんなら、安い代償だろうよ」
「…ふん、やっぱそう来たか。人間ってのはどうしてこう、どいつもこいつもせせこましくて安っぽいんかね」
たとえ世界が終わろうとも、必ずしも人間が一丸となって脅威に立ち向かえるわけではない。本当にこの世の終わりにならないと理解できないように、土壇場まで意見を保留する連中もまた多いのだ。あの虚公に踏み潰されるまで…否、踏み潰されたとしても、考えを変えない奴も居るだろう。それが人間というものだ。
だから、それを取りまとめる上役がほしいのだ。緊急時にすべての判断を委ね、皆が…せめて半数以上がそれに従うことの出来る手駒がいる。
表側はメルサディール、そして裏側はイーレン。
その役割…というか、厄介事を押し付けるネセレは、両手を上げて降参した。
「オーケーわかったよクソッタレめ。アタイは今後一切、この大陸で盗賊家業は廃業してやるよ」
「名誉にかけて宣誓するか?」
「ったりめぇだろ。ここで嘘つくほど不義理をかます気はねぇよ」
「…じゃあ、交渉成立だ」
ニカッと笑って、イーレンは立ち上がった。
そして、檻の隅で何かを弄くれば、ガコンっと音がして、鉄格子の一本がすっぽ抜けたのだ。隙間から出てきながら、イーレンは自慢げに言う。
「いやぁ、酒飲みに行く以外でここ使うことになろうとはなぁ。このネグラともおさらばか」
「明日からはゴミ溜めの上物ベッドだ。カビ臭ぇ石ベッドよりはマシだろ?」
「ひゃっひゃっ!ちげぇねえな!!…そうそう、ネセレ。お前がプライド捨ててまで俺に頼んできたのは、やっぱお前の弟子のためなのか?」
「あん?なんで知ってんだよ」
「さっきまでここで話聞いてたからな。お前が勇者さまや爺さんに捕まったってことも、数千の魔物の襲撃からたった一人で門を守りきったってこともな」
「あのチビ…!また余計なことまで喋りやがって!」
脳裏に浮かんだいい笑顔の黒髪チビ助を睨みつける。これが終わったら一発殴る、とネセレは心に決めた。
照れ隠しのように長い髪を掻きながら、ネセレは素っ気なく言う。
「んなもんじゃねーよ。ただ、師匠が弟子より意気地が無いなんざ許されねぇ。アタイはあいつらの師匠で、あのガキどもに見縊られるような真似は、アタイの矜持が許さねぇんだよ。もしも死なれたら寝覚めが悪ぃしな」
「…お前、それ弟子が心配だって言ってるようなもんじゃねーか?」
「知るかバーカ」
なんとも素直ではない妹分に、イーレンはおかしくて堪らないかのように吹き出しつつも、笑いながら頭に手を置く。
「そんじゃ、お前の自慢の弟子たちの為にも、尻まくってやってやるかね」
「はっ!速さでアタイに敵うモンはいねーぜ。遅れたら首根っこ掴んでガタガタ言わせてやっからな」
「そこまで耄碌してねーさ。…んじゃ、やるか」
「おう」
そう言い合い、2人の盗賊は深い牢獄から駆け出した。
マントを翻して暗闇を進みつつ、ネセレは胸中でだけ呟く。
(…アタイが行くまで踏ん張れよ、ハディ、ケルト)
※※※
「うわっとっと!?」
「っと、ここは…?」
「ハディ!?ケルト!?お前らなんだって急に…」
輝きを抜ければ、そこはゲッシュの宿の酒場であった。目を丸くするゲッシュとダーナにいつもの面々を見て、2人は安心した声を出す。
「よかったぁ、うまく転移できたみたいだな」
「あの方ならば問題はないと踏んでいたとは言え…少し肝が冷えますね」
「ちょ、ちょっとハディ!?大丈夫なの!?あのタカビー女と一緒に城へ連れていかれたって聞いて、アタシすっごく心配してたんだからね!!」
「あ、ダーナ。ごめんな、心配かけたみたいで」
「そ、そうよ!それもこれも、あのタカビーのせいなんでしょ!?あの女のついでで連行されたなんて…あの白騎士!今度こそ腐った生卵を投げつけてやるんだからねっ!!」
「ふぇぇ、ダーナちゃん、落ち着いて…!」
ぷんぷんしているダーナを宥めつつ、ハディは皆へ言う。
「皆、メル姉は今、皇帝によって城に閉じ込められてる」
その言葉に、冒険者達は怪訝な様子で顔を曇らせた。
「…ハディ、説明は私がします。貴方は準備をしてきてください」
「ケルトは大丈夫なのか?」
「ここを出る際、すでに準備は終えています。いつでも行けますよ」
「ははっ、さすが!そんじゃ、ちょっと頼んだ」
ともあれ、ハディを準備に向かわせつつ、ケルトは皆へ手短に説明を行う。
事情を聞いたゲッシュは、思わず禿頭をぺしっとやって叫んだ。
「なんじゃそりゃぁ!?あの皇帝の野郎、いったいなぁに考えてんなことを!?」
「おそらく、敵の仕業でしょう。現在、皇帝は正気ではありません。メルさんはそれをどうにかする為に城へ残りました」
「そ、それじゃあ、あの化け物はいったい誰が倒すっていうのよぉ!?」
「うむ、魔物が外門に向かって来ているようだ。軍は動かんし、市民は戦々恐々としているようだな」
「ええ、ですので…我々がそれを止める必要があります」
その言葉に、冒険者達は苦い顔をした。言うまでもない、誰だってそんな火中の栗を拾うような真似はしたくはないのだ。
「ちょ、ちょっとケルト。いくらなんでもそれは無いわよぉ。依頼でもないのに、しかも軍を差し置いてアタシ達が戦わなきゃいけない理由って何よ?」
「うむ、普通は国が動くべきことだ」
そうだそうだ、と冒険者達が同意する。それは予測できていたので、ケルトも肩を竦める。
「ごもっとも、私も同意見です」
「なら…」
「しかし、すでに賽は投げられました。敵が火蓋を切った以上、もはや損得だけで動く段階ではない。ここから、連中は老若男女、生きとし生けるものをすべて徹底的に殺しにくるでしょう。少なくとも私は、そこから逃げるわけにはいかない」
「なんで…なんでアンタ、そんな事に自分から飛び込むのよぉ?」
「そうですねぇ、強いて言えば…意地です」
「意地?」
ミライアへ、ケルトは含み笑う視線を向けた。
「師匠達から任されていますので。彼女らが到着するまで、弟子として戦線を維持せねばなりません。そのためにも、命を賭けねばならない。それが勇者の弟子としての、意地ですよ」
「…イカれてるわぁ」
「まったくです」
理解はされない理由だろう。しかしケルトとしては、自らを認めてくれたネセレ、道を指し示してくれたカロン、知識の為に根気強く付き合ってくれたメルサディールの期待に答えることは、とても重要なことであった。かつて親にすら捨てられ、無力感に苛まれていた彼にとって、自らを守ってくれていた師匠達という存在は、彼という精神を支えている根幹でもある。
故に、臆しても、それから逃げるわけにはいかない。
「それに、因縁もありますので…虚無の眷属とは、雌雄を決せねばなりません。それが今まで犠牲になった人々への、手向けでもあります」
「………」
ケルトの言葉に、ミライアは苦虫を噛み潰したような顔になり、顔を伏せる。散っていった幼馴染の事を、思い出していたのだ。
その合間に、準備を終えたハディが二階から駆け下りてきた。
「オッケー、いつでも行けるぞ」
「よろしい、行きましょう」
「ま、待ってよハディ!?本当に…本当に、あんな化け物のところに行くの!?だって、あんなの…絶対に死んじゃうわよ!」
「かもな。でもなダーナ、俺は逃げる事はできない。もう逃げる場所もない。…進むしか無いんだよ。生きるためにも、戦うしか無い」
「そんな…駄目よ!駄目!だってアンタが死んじゃったら…アタシ……アタシ…!」
「大丈夫だって、ダーナ。俺は負けない。だから、ダーナも祈っててくれよ」
ニカッと笑みを浮かべる少年へ、ダーナは今度こそ遮る言葉を無くす。止めるべき言葉を、何も持たなかったからだ。
その間に、ハディは背を向ける。
「そんじゃ、ゲッシュ。皆を頼んだ」
「…いや、待て。お前らが行くんなら俺も」
「いいえ、ゲッシュは残ってください。貴方は前線から退いてブランクがありますし、もし帝都内に魔物が侵入した場合に備えて、自由に動ける人材が居てほしいです。…軍が動くまで、まだ時間がかかるでしょうしね」
ケルトに諭されれば、ゲッシュでさえも、唸るだけで何も言えなくなる。
しんと静まり返った宿を見渡し、2人は笑みを浮かべた。
「そんじゃ、行ってくる」
「後を頼みます」
まるで死ににいくかのような、清々しさすら感じさせる表情だった。
そのまま2人は去っていく。
ダーナは思わずその背に手を伸ばし…しかし、何も出来ずに下ろすしかなかった。
「…なんでよ、なんで…あ、アタシ…アタシは、どうすればいいの…?お婆ちゃん…」
ダーナは無力感に苛まれながら、静かに目を伏せて、両手を握った…。
・・・・・・
「別れは済んだようじゃな」
宿を出れば、そこにはエーティバルトが、置かれていた樽に腰掛けていた。
そんな老爺へ、2人は頷く。
「…もう一度聞くが、本当に良いのじゃな?二度とあの娘には会えぬかもしれぬが」
「男に二言はないさ」
「…ふむ、若さよのぅ」
しみじみと頷いてから、エーティバルトは立ち上がって杖を持った。
コンっと地面を突いて詠唱すれば、そこには再び魔法陣が。
「奴らの目の前に繋げてある…とはいっても、魔物が立ちはだかってくるでな。中央で密集されればマズイじゃろうから、その手前になるが」
「ありがと、エーティ爺さん」
「助かります」
「…礼は言うでない。お前たちのような若人に頼るしか無い、無力な老人が出来るせめてもの術だ。まったく、大きすぎる力も考えものじゃ」
エーティバルトが再び詠唱すれば、今度はハディ達の体に淡く光が輝いた。
急激に体が元気になった気がして、2人は目を丸くする。
「これは…」
「私の出来る限り最大級の増幅系魔法を用意しておいた。ヴァルタイトの代わりにオリハルコンの一部を用いて三日三晩は詠唱し続けねば不可能なんじゃがな?それを保存し、お前たちに付与しておいた。これがあれば、瞬殺されることもあるまい」
「ああ、なんか全ての疲労感が消えていくみたいだ…!これなら負けないな!」
「過信は禁物じゃ。強力な力は己が身を滅ぼすことにもなろう。何事も冷静さを忘れず、最良の選択を成せるように強い自制心を持って」
「心配性だなぁ。大丈夫、きっとなんとかなるって!」
あっけらかんと笑うハディに、エーティバルトは訓示を諦めた。
「まあ、年寄の冷水はこれだけにしておくかの…それでは、若人らよ。後を頼んだぞ」
その言葉に頷き、2人はおもむろに魔法陣へと入る。
そして再び感じる浮遊感と、眩いばかりの輝き。
…転移が終わる、その間近。
『…せめてもの餞別だ。2人とも、負けるなよ』
頭を撫でられたような感触の後、浮遊感は終わりを告げて、2人は大地に降り立った。
…目を開ければ、そこは荒野だった。
天は赤く、緑の草は枯れ果て、灰色の大地が続いており、点々と存在している異形の魔物が目に入った。魔物たちは近くにいるにも関わらず、合体することなく集団で存在している。統率者が数を揃えるために操作しているからだろうか。
そして彼方に見える、見上げてもなお先が見えない、天を突くほどに巨大な黒い塊。
「…あれが、虚公」
ふと見れば、ハディは自らが既に変化しているのに気づく。黒い腕、黒い角、虚無の剣。影からシュルリとレビが顕現し、ハディの背後から塊を見上げている。
『覚悟はよいな、ハディ』
「…ああ、大丈夫!」
「素直でない御仁の補佐もあります…では、参りましょう!」
呼吸法を使わずとも溢れんばかりの光を纏いながら、ケルトは杖を掲げて精霊を呼び寄せた。
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