たとえ貴方が地に落ちようと

長岡更紗

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第15話 こうなると早く似合う服が欲しいです

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 サビーナたちが住んでいる街……オーケルフェルトの屋敷があるこの街はランディスという名前で、交易の盛んな都市だ。諸外国との取り引きを積極的に行い、この地で作られる、主に家具や室内装飾品をどんどん輸出している。おかげでランディスは、アンゼルード帝国の中で最も潤っている街と言って良いだろう。

 アンゼルード帝国は、高位貴族が皇帝から封土を賜り、それぞれが統治している国である。
 土地を与えられた高位貴族は、皇帝に忠誠を誓い、税の徴収と軍役の義務を負わなければならない。
 現在アンゼルード帝国は十数の高位貴族によって統治されているが、中でもオーケルフェルト卿とクラメル卿が所領する範囲は広く、二大勢力と呼ばれている。
 そのオーケルフェルト卿の息子セヴェリと、クラメル卿の娘レイスリーフェは、二人が十五歳の時に親同士が決めた婚約者だ。当初は反発していた二人だったが、出会った瞬間から惹かれ合い、そして二人の意思を確認した上で婚約が決まったのだった。正式な婚約を交わしたのは、成人を迎えた二十歳になってからである。

 現在セヴェリとレイスリーフェは二十三歳になっているが、まだ結婚には至っていなかった。二人を結婚させる意図に、オーケルフェルトとクラメルの間で齟齬があったからだ。
 表向きは両家の親交、軍事の拡大。そして有益な情報を共有する事で、街の発展を促進させる事。
 しかしクラメルの思惑は、税率が高くなって徴収が厳しくなりつつある昨今、潤っているオーケルフェルトの領地の収益を共有し、その恩恵に肖(あやか)る事にあった。
 そしてオーケルフェルトは、クラメルの軍事を傘下に置き、謀反を成功させる事にあったのである。

 オーケルフェルトと手を結ぶ事で、税金の取り立てに耐えられると考えているクラメルと、こんな事をしていてはいずれ国は破綻すると悲観するオーケルフェルト。
 両家は主張を受け入れないと結婚はさせられないと互いに言い張り、二人の結婚は延び延びとなってしまっている状態だった。
 まさかその間に、レイスリーフェのセヴェリへの愛が消失する事になるとは、誰も想像してはいなかっただろう。それに気付いている人物は、ごく少数ではあったがーー



 明るい太陽が空の頂点に達した頃。
 オーケルフェルトの大きな屋敷の窓を覗くのは、色鮮やかな小鳥達だ。彼らはそこからセヴェリの部屋に入り込もうとし、部屋の主がいる事を確認するとすぐに飛び去って行った。
 そんな愛らしい訪問者を横目で見ながら、セヴェリは洋服ダンスの前で上着を選んでいる。そしてその中のひとつを手に取ると、羽織りながらサビーナに話しかけた。

「少し街に出ます。誰か騎士を一名連れて来てください」
「分かりました。どなたでもよろしいんですか?」
「そうですね。あなたと仲の良い騎士の方で構いませんよ。サビーナも一緒に来ていただきますから」
「え? 私も一緒に?」

 サビーナは目を丸めてセヴェリを見た。彼は相変わらず優しい笑みを浮かべている。

「さあ、早く呼んできてください。もう出ますよ」
「は、はい!」

 急いで鍛錬所に行き、ファナミィに声を掛ける。彼女は最初、セヴェリの護衛などという大役を仰せつかるわけにはいかないと辞退していた。しかし街中なら危険な事はないし、これも経験だからとキアリカに説得されたファナミィは納得し、急いで一緒に戻る。
 セヴェリはすでに玄関ホールで待機していて、サビーナはファナミィと小走りに近寄った。

「セヴェリ様! 本日護衛を担当させていただきます、ファナミィと申します!」
「ファナミィですか。よろしくお願いしますよ」
「ハッ!」

 敬礼するファナミィの緊張が伝わってくる。普段、セヴェリと接する機会がないから余計だろう。それに街中は安全と言えど、もしもセヴェリに何かあれば、騎士の責任になってしまうのだ。緊張するのも無理からぬ事と言える。

「サビーナもお願いしますね」
「えーと、私は何をすれば?」
「来れば分かります」

 セヴェリは目を流して扉へと向かう。サビーナとファナミィは、急いで彼の後を追った。

 ランディスの街は、いつも活気があって賑やかだ。
 学校、病院、図書館などの設備が整っていて、暮らすのに不便はない。憩いの広場は朝に行くと市場になっていて、それこそ大賑わいだ。しかし今は昼を過ぎているので、喧騒は落ち着いている。
 セヴェリは憩いの広場を越えて、少し歩いた一軒の洋服店に入った。サビーナとファナミィもその後について店の中へと入る。

「これはこれはセヴェリ様、いらっしゃいませ! 本日はどのような服をご所望でしょうか」

 店の主人が揉み手をしながらやってきて、腰低くセヴェリに問い掛けていた。するとセヴェリはこちらを振り返りながら答える。

「彼女の服を作ってもらいたいんです」

 そうして向けられる目は、ファナミィではなくサビーナだった。サビーナは驚いて声を上げる。

「え?? どうして私なんかに……っ」
「その服で、剣を携えるのは嫌そうでしたから。騎士服……というわけにはいきませんが、それに近いもので普段の仕事着にもなる服を作ってもらおうと思いまして」

 それを聞いて目を丸めたのは、サビーナよりも店の主人の方だ。

「へ? じゃあそのお嬢さんに、メイド兼騎士服になるようなものを作れ、と……」
「ええ、そういう事です。デザインはプロにお任せしますよ」

 ニッコリと微笑まれ、可哀想に店の主人は断る事も出来ず、頭を抱えている。

「……じゃあ、まぁとりあえず採寸を……中へどうぞ、お嬢ちゃん」

 店の主人に言われるままに中へと入り、そこで働いている女の子に採寸して貰った。一体どんなデザインの服が出来上がるのだろうか。無茶振りされたご主人には同情するが、結構楽しみである。
 それに鍛錬所でメイド服姿というのは、やはり恥ずかしかったので有難い。これからはスカートの翻りを気にせずファナミィと打ち合い出来るだろう。
 採寸が終わると測ってくれた女の子に礼を言い、セヴェリのところへ戻った。

「終わりましたか、サビーナ」
「はい。あの、私などにお気遣いくださりありがとうございます。今から楽しみです」
「本当ですね。頼みましたよ、ご主人」
「へぇ。セヴェリ様の頼みとあっちゃ断れません。精一杯作らせて頂きます!」

 最初は戸惑っていたものの、職人魂に火がついたのか、店の主人はニカッと笑って頷いた。ますます出来上がりが楽しみだ。

「では次は剣ですね」
「そこまでして頂くわけには……!」
「騎士全員に支給している物ですから。ファナミィが持っている物と同じですよ」
「でも、私は騎士じゃないし……」
「騎士の真似事も、今後して頂く事があるかもしれません。それが嫌だというなら無理は言いませんが、出来れば受け取って欲しいですね」
「……はい。仕事だと仰るなら、喜んで頂きます」

 そしてオーケルフェルト騎士隊御用達の鍛冶屋に行き、サビーナの身の丈に合った剣を買ってもらった。
 早速腰に装着してみるも、やはりメイド服姿のままでは似合わなさすぎる。

「……確かにあなたの言う通り、これはいただけませんね……」
「うう、こうなると早く似合う服が欲しいです」
「では、服屋の主人を急かして来ましょうか」
「いえ、そこまでは!」

 慌てて手を振ると、セヴェリは楽しそうにクスクスと笑った。

「冗談です。さあ、帰りましょう」

 そのまま帰るのは恥ずかしかったので、サビーナは剣を腰から外して手に抱えて帰った。
 屋敷に着くとセヴェリは部屋に戻っていき、サビーナはそれを見送る。すると隣でファナミィがホッと息を吐いていた。

「お疲れ、ファナミィ」
「はぁ、何も起こらなくて良かったー」

 セヴェリの護衛という任を解かれて、ファナミィは心の底から安堵しているようだ。彼女がずっと緊張で肩を強張らせていた事を、サビーナは知っている。そのせいでセヴェリに話しかけられても、度々聞き逃していた。

「ずっと緊張しっぱなしだったでしょ。お茶淹れてあげるから、休憩室においでよ」
「うん、ありがとう」

 休憩室にお茶を運ぶと、二人で飲んで一息つく。ファナミィは一気に飲み干しておかわりを要求して来た。

「どれだけ緊張してたの、ファナミィ」
「もうダメ……街の人が全員悪者に見えちゃって……」
「こんな街中で、誰も襲って来たりしないでしょ」
「そんなの、分からないじゃない!」

 ファナミィは涙目で訴えてきた。護衛の騎士としては、これくらい気をつける方が優秀なのかもしれないが。
 サビーナが何も言えないでいると、ファナミィはゆっくりと背もたれに体重を預けている。

「はぁ、でも良かったね、サビーナ。服を作ってもらえる事になって」
「うん、ちょっと楽しみ」
「でもセヴェリ様がここまでしてくれる方だったなんて意外」
「そお? セヴェリ様はお優しい方だよ?」
「そうだけど、一人の人に肩入れしないっていうか、みんなを均等に扱ってくれる方だと思ってたから」

 ファナミィの発言に、サビーナは目を丸める。

「え? 肩入れ?」
「うん」
「どこが?」

 そう問うと、ファナミィは当然の事のように答えてくれた。

「セヴェリ様がオーダーメイドで誰かに服を作ってあげた事なんて、ないんじゃない? 簡単な仕立て人ならこの屋敷にもいるのに、わざわざプロに外注するとか特別扱いされてる様に見えたけど。そもそも、荷物持ちでも護衛でもないのに、メイドを連れて歩く事が珍しくない?」

 そう言われれば確かに、外注するにしても採寸だけここで済ませて頼めばいいだけの話だ。剣にしても特別な物を買うわけではないのだから、わざわざ出掛けずとも誰かに発注させれば良かったはずである。

「セヴェリ様って、実はサビーナの事が好きだったりしてね」

 ファナミィの言葉に、ドクンと心臓が波打つのが分かった。いきなり訪れた理解のできぬ感情に飲み込まれ、サビーナは体を硬直させる。

「え、ちょ! だ、駄目だよ! セヴェリ様には婚約者がいらっしゃるのに……!」
「え? 冗談だよ、何慌ててるの?」

 冗談と言われて、サビーナは何故かますます慌ててしまう。

「も、もう! 冗談でもそんな事言っちゃ駄目だよ! もしもマウリッツ様のお耳にでも入ったら、咎められるのはセヴェリ様なんだからねっ」
「わ、分かってるわよ……そんなに怒らなくたっていいじゃない……」

 思わず捲し立てると、ファナミィは申し訳なさそうに肩を竦めていた。サビーナはつい言い過ぎてしまった事を反省し、彼女に謝る。そして二人は互いに仕事に戻った。
 ファナミィが出て行ってから、サビーナは彼女の言葉を反芻する。
 有り得ない事に対して、あんなに声を荒げる必要はなかった筈だ。いや、サビーナはセヴェリを惚れさせなければいけないのだから、好きにはなってもらわないと困るのだが。
 胸を針で刺されるようなチクチクとした痛みを抱えて、サビーナはしばらくその場に立ち尽くしていた。
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