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第17話 お見合い結婚ですか?
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ユーリスに向かう馬車の中には、一人の騎士と、一人の騎士のようなメイドと、そんな二人の主の三人が座っていた。
そして幌の外側に御者が一人、馬車の周りをもう一人の騎士が馬で並走している。
サビーナは、一応剣を携えて馬車の中に座していた。もちろんあのエセ騎士の服を着用している。この服になった時はいつものぺたんこパンプスは似合わないので、編み上げのブーツを履いていた。
そしてサビーナは今、目の前にいる二人の男の会話を、冷や汗を掻きながら聞いている。
「それはもう、サビーナの作るクッキーは絶品で」
「ほう、さようですか。セヴェリ様のような舌の肥えた方が言うのですから、それはさぞかし美味なのでしょう」
「ええ、世界で彼女しか作れない代物です」
「それは是非一度、私にも賞味させて頂きたいものです」
セヴェリは楽しそうにクスクスと笑っている。これは『暇だから話し相手になって欲しい』ではなく、『暇だから話のネタになって欲しい』の間違いではないだろうか。
セヴェリは先ほどから騎士のリカルド相手に、ずっとサビーナのネタで弄(いじ)っている。
リカルドはセヴェリにどんな話を振られてもそつなく返しているが、その顔は無表情を貫いていて何を考えているかよく分からない。銀縁眼鏡の奥から鋭い眼光をサビーナに寄越されると、全てを見抜かれているような、そんな錯覚に陥らせる青年だった。
「クスクス……だそうですよ、サビーナ。今度リカルドにもクッキーを食べさせてあげたらどうです?」
こういうフリはやめて欲しい、とサビーナは心底願う。彼はサビーナを困らせて楽しんでいるのだ。
「あの、その……私のクッキーは、セヴェリ様専用ですので……」
「おや、嬉しい事を言ってくれますね。では、他の者には食べさせないでください。約束ですよ?」
「は、はい」
出来ればセヴェリにクッキーを焼くのもやめたいところなのだが。本当に心の底から食べたいと望んでくれているのか疑問である。いや、食べたいと思う気持ちはおそらく本当なのだろう。しかしああいう思い出的なクッキーはたまに食べるから良いのであって、しょっちゅう作っていては迷惑にしかならないに違いない。そういう思いがあって、サビーナはクッキーをあまり作っていない。
どうにも居心地悪くモゾモゾとお尻を動かしていると、相変わらずの鋭い眼光で「そういえば」とリカルドがセヴェリの腰の辺りに視線を落とした。嫌な予感がする。
「先日から気になっていたのですが、セヴェリ様の腰に付けられている物は何ですか?」
「ああ、これはアデラオレンジの種が入っているんですよ。サビーナからの贈り物です」
リカルドの顔がこちらに向けられた。その眼鏡の奥は半眼で、『セヴェリ様に何て物を持たせるのか』という顔が、無表情でありながらも伺えてしまう。
「セヴェリ様、もしよろしければ妻に同じような物を作らせますが」
リカルドがそんな提案をしてきた。むしろそうして欲しいと脳内でコクコクと頷く。みんなにボロ切れだと思われ、それを作ったのがサビーナだとバラされる苦痛は味わいたくない。
「いえ、大丈夫ですよ。次に作る時はもっと素晴らしい物を作ってくれると約束してくれましたから。ね、サビーナ?」
笑みを向けられて、サビーナの顔は引きつった。マシな物とは言ったが、素晴らしい物を作ると約束した覚えはない。
「素晴らしい物、ですか……」
リカルドはやはり半眼でこちらを見てきた。明らかに『お前には無理だろう』と顔に書いてある。とりあえず、逃げたい。
「そ、それより、リカルドさんは結婚してらしたんですね! 知りませんでした!」
もう突っ込まれたくないので、サビーナは無理矢理話題を変えた。それに答えてくれたのは本人ではなくセヴェリだ。
「ええ、リカルドは去年結婚したんですよ。奥方は今十七歳……結婚当時はサビーナと同じ十六歳ですね」
「ええ!? 十六歳!?」
貴族ならば若くして政略結婚もよくあるが、恋愛結婚が主流の一般人の結婚年齢は、二十歳を超えてからの方が圧倒的に多い。彼は貴族ではなかったはずなので、お見合い結婚かもしれないとサビーナは思った。
「年の差婚ですね……驚きました」
「クスクス……言うほど年の差はありませんよ。リカルドは今、二十五歳ですから」
「ええ!!」
大きな声で更に驚いてしまい、リカルドにジロリと睨まれてしまう。彼は、三十をとうに超えていると思っていた。二十五歳というとキアリカと同い年だが、とてもそうは見えない。言っては悪いが老け顔だ。顔の造作が悪いわけでは決してないのだが。
「リカルドさんと奥さんは、お見合い結婚ですか?」
「いえいえ、恋愛ですよ。ねぇ、リカルド?」
「……セヴェリ様……」
セヴェリがクスクス笑いながらリカルドに目を向けると、当の本人は『勘弁してくれ』といった感じで、軽く頭を左右に揺らしている。
お見合いではなく、恋愛。こんな人でも恋愛するのかと、サビーナはとても失礼な事を思ってしまった。
「へぇ……恋愛……どこで知り合ったんですか?」
「劇団ですよ。リカルドはアマチュアの劇団に所属していまして、奥方とはそこで知り合ったんです。お綺麗な方ですよ。職場結婚……ではなく、趣味結婚というやつですかね」
「劇団……リカルドさんが?」
サビーナは無表情男を目だけで確認する。絶対に演技なんかしそうにない、能面男だ。そこでハッと思い至る。
「ああ、リカルドさんは大道具か何かなんですよね? びっくりした」
「いいえ、彼はれっきとした役者ですよ。演技も中々のものです。人は見かけによらないでしょう?」
「セヴェリ様……っ」
役者という事をバラされたのが余程嫌だったのか、リカルドは無表情だった顔を少し歪ませ、セヴェリの名を呼んだ。しかしその顔を見たセヴェリは、口を閉ざすどころか嬉しそうに続ける。
「そうだ、サビーナ。今度一緒に彼の所属する劇団へ観劇に行きましょう。普段のリカルドからは考えられない、豊かな表情が見られますよ」
「……勘弁してください、セヴェリ様……」
ずっと我慢していたであろう言葉を、彼はついに言ってしまった。セヴェリはその姿を見て、またも楽しそうにクスクスと笑っている。
最近ようやく気付いた事だが、セヴェリは意外に意地悪だ。こうやって人を困らせては、楽しそうにクスクスと笑っている。自分が矢面に立たされるのは嫌だが、こうして見ている分には何故だか微笑ましい。
そんな風に考えながらセヴェリの顔を見ていたら、急に馬車の速度が落ちた。傾いたサビーナの体をセヴェリが支えてくれる。
「おい、リカルド! 魔物だ、援護を頼む!!」
「すぐ行く!」
外からデニスの声が聞こえてきたリカルドは、助かったとばかりに馬車を飛び出して行った。
完全に馬車が止まると体の傾きは収まり、セヴェリはそっと離れて行く。
そして彼は、馬車の外を見てフッと息を吐いた。
「残念、逃げられてしまいましたね。もう少しリカルドの困った顔が見られると思っていたんですが」
「セ、セヴェリ様……」
「もうリカルドはこの中には入って来ませんよ。代わりにデニスが来るはずです。彼はからかうと、顔を真っ赤にさせて面白いんですよ。まぁ見ていてください」
「……はぁ」
その発言は、まるで人をからかうのが趣味だと言っているようにも聞こえる。そう思って見てみると、いつものクスクス笑いがとても意地悪な顔付きに見えてくるから不思議だ。
しばらくして馬車が動き出すと、セヴェリが言った通りになった。次に中に入って来たのはリカルドではなく、デニスだったのだ。
そして幌の外側に御者が一人、馬車の周りをもう一人の騎士が馬で並走している。
サビーナは、一応剣を携えて馬車の中に座していた。もちろんあのエセ騎士の服を着用している。この服になった時はいつものぺたんこパンプスは似合わないので、編み上げのブーツを履いていた。
そしてサビーナは今、目の前にいる二人の男の会話を、冷や汗を掻きながら聞いている。
「それはもう、サビーナの作るクッキーは絶品で」
「ほう、さようですか。セヴェリ様のような舌の肥えた方が言うのですから、それはさぞかし美味なのでしょう」
「ええ、世界で彼女しか作れない代物です」
「それは是非一度、私にも賞味させて頂きたいものです」
セヴェリは楽しそうにクスクスと笑っている。これは『暇だから話し相手になって欲しい』ではなく、『暇だから話のネタになって欲しい』の間違いではないだろうか。
セヴェリは先ほどから騎士のリカルド相手に、ずっとサビーナのネタで弄(いじ)っている。
リカルドはセヴェリにどんな話を振られてもそつなく返しているが、その顔は無表情を貫いていて何を考えているかよく分からない。銀縁眼鏡の奥から鋭い眼光をサビーナに寄越されると、全てを見抜かれているような、そんな錯覚に陥らせる青年だった。
「クスクス……だそうですよ、サビーナ。今度リカルドにもクッキーを食べさせてあげたらどうです?」
こういうフリはやめて欲しい、とサビーナは心底願う。彼はサビーナを困らせて楽しんでいるのだ。
「あの、その……私のクッキーは、セヴェリ様専用ですので……」
「おや、嬉しい事を言ってくれますね。では、他の者には食べさせないでください。約束ですよ?」
「は、はい」
出来ればセヴェリにクッキーを焼くのもやめたいところなのだが。本当に心の底から食べたいと望んでくれているのか疑問である。いや、食べたいと思う気持ちはおそらく本当なのだろう。しかしああいう思い出的なクッキーはたまに食べるから良いのであって、しょっちゅう作っていては迷惑にしかならないに違いない。そういう思いがあって、サビーナはクッキーをあまり作っていない。
どうにも居心地悪くモゾモゾとお尻を動かしていると、相変わらずの鋭い眼光で「そういえば」とリカルドがセヴェリの腰の辺りに視線を落とした。嫌な予感がする。
「先日から気になっていたのですが、セヴェリ様の腰に付けられている物は何ですか?」
「ああ、これはアデラオレンジの種が入っているんですよ。サビーナからの贈り物です」
リカルドの顔がこちらに向けられた。その眼鏡の奥は半眼で、『セヴェリ様に何て物を持たせるのか』という顔が、無表情でありながらも伺えてしまう。
「セヴェリ様、もしよろしければ妻に同じような物を作らせますが」
リカルドがそんな提案をしてきた。むしろそうして欲しいと脳内でコクコクと頷く。みんなにボロ切れだと思われ、それを作ったのがサビーナだとバラされる苦痛は味わいたくない。
「いえ、大丈夫ですよ。次に作る時はもっと素晴らしい物を作ってくれると約束してくれましたから。ね、サビーナ?」
笑みを向けられて、サビーナの顔は引きつった。マシな物とは言ったが、素晴らしい物を作ると約束した覚えはない。
「素晴らしい物、ですか……」
リカルドはやはり半眼でこちらを見てきた。明らかに『お前には無理だろう』と顔に書いてある。とりあえず、逃げたい。
「そ、それより、リカルドさんは結婚してらしたんですね! 知りませんでした!」
もう突っ込まれたくないので、サビーナは無理矢理話題を変えた。それに答えてくれたのは本人ではなくセヴェリだ。
「ええ、リカルドは去年結婚したんですよ。奥方は今十七歳……結婚当時はサビーナと同じ十六歳ですね」
「ええ!? 十六歳!?」
貴族ならば若くして政略結婚もよくあるが、恋愛結婚が主流の一般人の結婚年齢は、二十歳を超えてからの方が圧倒的に多い。彼は貴族ではなかったはずなので、お見合い結婚かもしれないとサビーナは思った。
「年の差婚ですね……驚きました」
「クスクス……言うほど年の差はありませんよ。リカルドは今、二十五歳ですから」
「ええ!!」
大きな声で更に驚いてしまい、リカルドにジロリと睨まれてしまう。彼は、三十をとうに超えていると思っていた。二十五歳というとキアリカと同い年だが、とてもそうは見えない。言っては悪いが老け顔だ。顔の造作が悪いわけでは決してないのだが。
「リカルドさんと奥さんは、お見合い結婚ですか?」
「いえいえ、恋愛ですよ。ねぇ、リカルド?」
「……セヴェリ様……」
セヴェリがクスクス笑いながらリカルドに目を向けると、当の本人は『勘弁してくれ』といった感じで、軽く頭を左右に揺らしている。
お見合いではなく、恋愛。こんな人でも恋愛するのかと、サビーナはとても失礼な事を思ってしまった。
「へぇ……恋愛……どこで知り合ったんですか?」
「劇団ですよ。リカルドはアマチュアの劇団に所属していまして、奥方とはそこで知り合ったんです。お綺麗な方ですよ。職場結婚……ではなく、趣味結婚というやつですかね」
「劇団……リカルドさんが?」
サビーナは無表情男を目だけで確認する。絶対に演技なんかしそうにない、能面男だ。そこでハッと思い至る。
「ああ、リカルドさんは大道具か何かなんですよね? びっくりした」
「いいえ、彼はれっきとした役者ですよ。演技も中々のものです。人は見かけによらないでしょう?」
「セヴェリ様……っ」
役者という事をバラされたのが余程嫌だったのか、リカルドは無表情だった顔を少し歪ませ、セヴェリの名を呼んだ。しかしその顔を見たセヴェリは、口を閉ざすどころか嬉しそうに続ける。
「そうだ、サビーナ。今度一緒に彼の所属する劇団へ観劇に行きましょう。普段のリカルドからは考えられない、豊かな表情が見られますよ」
「……勘弁してください、セヴェリ様……」
ずっと我慢していたであろう言葉を、彼はついに言ってしまった。セヴェリはその姿を見て、またも楽しそうにクスクスと笑っている。
最近ようやく気付いた事だが、セヴェリは意外に意地悪だ。こうやって人を困らせては、楽しそうにクスクスと笑っている。自分が矢面に立たされるのは嫌だが、こうして見ている分には何故だか微笑ましい。
そんな風に考えながらセヴェリの顔を見ていたら、急に馬車の速度が落ちた。傾いたサビーナの体をセヴェリが支えてくれる。
「おい、リカルド! 魔物だ、援護を頼む!!」
「すぐ行く!」
外からデニスの声が聞こえてきたリカルドは、助かったとばかりに馬車を飛び出して行った。
完全に馬車が止まると体の傾きは収まり、セヴェリはそっと離れて行く。
そして彼は、馬車の外を見てフッと息を吐いた。
「残念、逃げられてしまいましたね。もう少しリカルドの困った顔が見られると思っていたんですが」
「セ、セヴェリ様……」
「もうリカルドはこの中には入って来ませんよ。代わりにデニスが来るはずです。彼はからかうと、顔を真っ赤にさせて面白いんですよ。まぁ見ていてください」
「……はぁ」
その発言は、まるで人をからかうのが趣味だと言っているようにも聞こえる。そう思って見てみると、いつものクスクス笑いがとても意地悪な顔付きに見えてくるから不思議だ。
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