たとえ貴方が地に落ちようと

長岡更紗

文字の大きさ
49 / 116

第49話 うん、絶対に大事にします

しおりを挟む
 ようやく風邪が治り、水曜日がやって来た。
 デニスとの約束の日だ。
 この日はデニスの家ではなく、少し格式の高い料理店へと向かっていた。
 セヴェリ相手だったなら、入店を拒否してしまいそうなお店だったが、デニスとなら心置きなく入る事ができる。
 デニス相手なら少々のマナー違反をした所で、彼は気にもしない……というより気付かなそうだ。そんな変な安心感からサビーナは気楽に入店した。
 デニスは個室を希望し、誰にも見られぬように配慮してくれている。周りの客の目も気にしなくて済むので、さらに安心だ。

「風邪だったって? 大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫です。働き始めてからは気をつけてたんだけど」
「まぁ、気を付けてても風邪引いちまう時は引いちまうしな。ま、食おうぜ」

 目の前に出された料理に、サビーナは舌舐めずりする。しばらく質素な物しか食べていなかったので、これは嬉しい。

「なぁ、また今度うちに来てくれっか?」
「はい、もちろんです。ちゃんとお詫びもしたいし。今日はデニスさんの家に行くのかと思ってました」
「あー、まぁ、家族のいる場所じゃぁ渡し辛えからな」
「え? 何をです?」

 サビーナは食べる手を止めてデニスを見た。
 彼は嬉しそうに顔を綻ばせながら、無造作に己のポケットに手を突っ込んでいる。そしてジャラリと音を立てて、それを取り出した。
 そして差し出されたそれを見て、サビーナは固まってしまう。

「受け取ってくれ。あると便利だぜ」

 目の前に出されたのは、懐中時計だった。
 サビーナは、セヴェリに貰った懐中時計を内胸のポケットに入れてあるので、一見して懐中時計を持っているとは分からない。だから彼は、サビーナは懐中時計を持っていないと思い込んでしまったのだろう。

「えーと、でも……」
「気にいらねぇか? 周りに色々聞いて、女の子が喜びそうなのを選んだつもりなんだけどな」

 目の前に吊ら下げられると、つい手に取って見てしまった。
 ハンターケースの外側は透かし彫りで、内側は濃紺をベースに星空をイメージした宝石が散りばめられている。ケースを開けてみると、文字盤にはこのランディスの街の名所である時計塔がデザインされていた。

「どうだ?」
「う、うん。すごく良い……けど……何で懐中時計を?」

 よりによって懐中時計を……とは言えず、少し眉を寄せながらデニスを見る。

「時計がねぇって不便だろ。住み込みメイドは門限もあるし、こうやって一緒に出掛けた時、いちいち俺に時間を聞くのも嫌じゃねーかと思ってよ」
「はあ、なるほど……」
「礼はいいぜ。俺が勝手にプレゼントしたいだけだったからよ。それよりこれうめぇぞ。食べてみっか?」

 目の前に料理のつけられたフォークを差し出されて、パクリと食いつく。

「モグモグモグ……うん、美味しい。けど、こんな高い物……」
「お、これもうめぇ! ほれ、食ってみろ」
「むぐ、モグモグ」
「お、こっちもいせるぜ」
「ムグムグモグモグ」

 デニスに次々と食べ物を放り込まれて、断る暇もなく結局受け取ってしまった。
 おそらく彼は、深い意味があって懐中時計をプレゼントしてくれた訳ではないのだろう。
 サビーナが懐中時計を持っていないと思ったから、あると便利な物だから、買ってあげた。その程度の感覚に違いない。
 それにしては高そうな物ではあったが、サビーナはそう思う事にした。

 食事が終わり、帰る段階になってようやくサビーナはデニスに頭を下げる。

「ご馳走様でした、ありがとう。それに懐中時計も……」
「おう、使ってやってくれ」

 デニスは少し照れたように鼻をこすりながら笑っている。
 思えば、デニスからの初めての贈り物だ。嬉しくない訳がなかった。認めてしまうと気分が高揚してくる。

「うん、絶対に大事にします」

 そういうとデニスは並びの良い歯を見せて笑い、サビーナの肩をポンポンと叩く様に触れた。

「ヘヘッ」
「……えへへ」

 互いを真正面に据えて、少し照れながら微笑み合う。
 デニスと一緒にいると、ほっこり出来る。
 そして……何故か胸がきゅっとなる。

 しかし、そのかすかな胸の痛みの正体を言及しようとすると、何かのセーブがかかるかのように、心に鎧戸が降りた。
 いくらリックバルドに実の母親の情報に惑わされるなと言われても。
 身についてしまった反応は、どうしようもなかった。

 サビーナは屋敷に帰った後、二つの懐中時計を握り締める。
 月見草の懐中時計と、星空の懐中時計。
 どちらも甲乙付けられないくらいの素晴らしい物だ。
 よって、どっちを身に付けるべきかなど、答えの出るはずもない。

 結局サビーナは、二つとも胸ポケットに入れる事にした。
 宝物はひとつだけという決まりがあるわけでもない。
 両方とも大切な人からもらった、素敵な宝物だ。

 サビーナは増えた懐中時計を見て、ほくほくと心を温めさせる。
 顔はまるで焼きたてのスイートポテトを食べたかのようにニンマリとして、その新しい懐中時計を抱きしめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】

iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。 小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

まさか私が王族の一員であることを知らずに、侮辱していた訳ではありませんよね?

木山楽斗
恋愛
王城の使用人であるメルフィナには、ある秘密があった。 彼女は国王の隠し子なのである。 その事実は、半ば公然の秘密となっていた。公にされたことは一度もないが、嗅覚に優れた者達はそれを察知していたのだ。 しかし中には、そうではない者達もいた。 その者達は、メルフィナを一介の使用人として考えて、彼らなりの扱い方をした。 それは許されるものではなかった。知らぬうちに王家に牙を向けた者達は、その行為の報いを受けることになったのだ。

処理中です...