たとえ貴方が地に落ちようと

長岡更紗

文字の大きさ
55 / 116

第55話 セヴェリ様を罪人にするつもりですか

しおりを挟む
 セヴェリとレイスリーフェの式を待たず、サビーナはクラメルの屋敷に住む事になった。
 結婚の準備をするのに、あまりに両家は遠すぎる。
 結婚後はクラメルの屋敷に住むのだからと、レイスリーフェは呼び寄せずに、セヴェリの方がクラメルの屋敷へと行く事になったのだ。レイスリーフェを呼び寄せて、またリックバルドと密会されてはかなわない……というセヴェリの気持ちがあったのだと思うのだが。

 斯くしてサビーナはセヴェリと共に、ユーリスの街へとやってきた。
 クラメルの屋敷に、サビーナも部屋を割り当てられる。メイドとしては立派すぎる部屋を与えられてしまい、若干恐縮したが、これがクラメルのもてなしだろう。断らずに有難くその部屋を使わせてもらう事にした。
 ユーリスまでの護衛はリカルド班だったので、デニスとは顔も合わせずにユーリスに来た。
 もうしばらくは会う事もないだろう。むしろこうして距離を取れて良かったかもしれない。でなければ、いつまでも彼の事で頭をいっぱいにさせてしまっていたに違いない。

 頭を切り替えよう。
 ここはユーリス。クラメルの屋敷に住むのは、私とセヴェリ様だけ。
 私の役目はセヴェリ様のお世話、護衛、そして癒して差し上げる事。
 それと……何があっても、セヴェリ様を生かす事。

 己のやるべき事を再確認し、すうっと大きく息を吸う。
 ここは敵陣だ。今までのようにのんびりふわふわお茶を淹れているだけでは済まされない。
 部屋の中でそんな風に気合いを入れていると、トントンと扉がノックされた。

「サビーナさん、少しよろしいですか?」

 その扉の向こうから聞こえる声にサビーナは一瞬たじろぐ。
 この天使のような妖精のような澄んだ瑞々しい声は、レイスリーフェに相違ない。

「はい」

 サビーナはキリッと答えて扉を開けた。
 そこにはどこか儚さを持つ、可憐な花のようなレイスリーフェが立っている。

「レイスリーフェ様、どうかなさいましたか?」
「少し、サビーナさんにお話がありますの。中に入れていただいてもよろしいかしら」
「もちろんです。どうぞ」

 断る理由もなく、サビーナはレイスリーフェを中に招き入れた。
 彼女は当然のようにソファに座り、サビーナはお茶を淹れて彼女に出す。セヴェリならありがとうと言ってくれるところだが、彼女は何も言わずに口をつけた。
 しかしまぁ、これが普通の貴族のあり方だろう。セヴェリが目下の者に丁寧過ぎるだけなのだ。

「レイスリーフェ様、どのようなご用件でしょうか」

 サビーナは座らずに立ったまま聞いた。目上の者に促されなければ、自分から座れないからだ。
 レイスリーフェはそんなサビーナを見上げて微笑んだ。その澄んだ微笑に撃ち抜かれるかのようにサビーナはピクリと体を動かす。
 確かにこれは、並みの男ならイチコロだろう。セヴェリが一目惚れしたというのも、リックバルドが結婚したいというのも頷ける。

「クラメルの屋敷にあなたが来てくれた事、とても嬉しいわ。これから協力して行きましょう」
「……はい?」

 サビーナは何の事かと首を傾げた。レイスリーフェの言っている事が理解出来ない。

「協力してくれますわよね?」
「何を……でしょうか」
「もちろん、セヴェリ様が謀反を起こさないように……ですわ」

 そう言えば、レイスリーフェは謀反反対派だった。そういう意味では、レイスリーフェとサビーナは同志なのである。リックバルドからサビーナの事情を聞いているのだろう。謀反を止めるのが当然のようにそう話しかけてきた。

「……ひとつお聞きしてよろしいですか?」
「あら、なんでしょう」
「謀反をやめさせる事に成功したら、リックバルドの事は忘れてセヴェリ様だけを見て頂けますか」

 サビーナは真っ直ぐレイスリーフェの目を見て問いかける。彼女もまた、逸らすことなく視線を返してきた。

「無理ですわ。あの方を、忘れられませんもの」

 レイスリーフェはあっさりと突き返してきた。サビーナもこんな問答で彼女の気持ちが変えられるとは思ってはいないが。

「でも、結婚が迫っています。結婚したら不貞なんか出来ませんよ。私がさせません」
「リックバルドさんにはあなたがセヴェリ様を落とすと聞いていますわ。結婚する前に是非お願いします。でなくば、こちらも非情の策を取らねばなりませんから」

 ピキッ、と空気が凍るかのように冷たいものが流れる。
 強行手段、という言葉が頭に舞い踊った。
 リックバルドと同じく、レイスリーフェもまたセヴェリを皇帝に訴えるつもりでいる。

「セヴェリ様を罪人にするつもりですか」
「したくはありませんわ。だからこうしてあなたにお願いしているんです」

 レイスリーフェの言葉は、芯から言っているのだろうか。彼女と会うのはこれで三回目だ。人柄が今一読み切れない。

「わたくしの言葉が信じられませんの?」
「ええ。だってレイスリーフェ様は、セヴェリ様が捕まった方が都合が良いのではありませんか? 婚約者が居なくなれば、好きな人と結婚できますもんね?」

 サビーナの言葉に、レイスリーフェは一瞬無表情になったかと思うと、大きな溜め息を漏らした。

「あなたが私を信用出来ないのは仕方ありませんわ。でも、リックバルドさんにも同じ事が言えますの? セヴェリ様が捕まった方が好都合でしょう、と」

 そう問われると、サビーナは口を噤むしかなかった。
 リックバルドはセヴェリを罪人にしたい訳じゃないはずだ。レイスリーフェと結婚したいのは確かだろうが、そんな事の為だけに主を売るような真似をする男では、決してない。それはサビーナが一番良く分かっている。

「わたくしもリックバルドさんと同じ気持ちです。彼と結婚はしたいけれど……セヴェリ様を貶めたい訳ではありませんもの……」

 リックバルドもレイスリーフェも、サビーナよりもずっと長い時間セヴェリと共にいた人達だ。思いの差で二人に負けるつもりはないが、リックバルドにしてもレイスリーフェにしても、セヴェリを大切に思う気持ちがあるのは当然の事だろう。

「だから、協力してセヴェリ様を止めましょう。わたくし達は仲間ですものね」

 そう言われてサビーナは身を固まらせた。
 クラメルは敵陣。
 いつの間にかそういう思いで来てしまっていたが、確かにセヴェリを止めるという意味では……仲間だ。
 では、謀反賛成派が敵になるのか。しかしデニスは賛成派だが、サビーナは彼こそが同志であると思っている。
 一体誰が敵で、誰が味方なのだろう。レイスリーフェの言う事は分かるが、全面的に信用は出来ない。
 以前ファナミィがセヴェリの護衛に外に出た時、全員が悪人に見えると言っていたが、まさにそんな状況だ。

「結婚式まで時間がありませんわ。おそらく……わたくしがセヴェリ様のお考えを変える事は不可能です。でも、サビーナさん……あなたなら」

 式までもう一ヶ月を切ってしまっている。本当に時間が無い。お尻に火がついている状況で、一体何が出来るだろうか。どうにかしなくてはいけない事は分かっているのだが。

「出来ることは何でもしますわ。お金が必要ならばいくらでも用意しますし、二人きりになれる空間が欲しいならばそれも用意出来ます。ですから……お願いしますね」

 結局レイスリーフェはこちらに全てを放り投げておいて、にこりと微笑んだ。
 きっと彼女はどちらに転んでも良いのだろう。サビーナがセヴェリを落として謀反をやめさせても、セヴェリを密告して犯罪者にさせても、彼女はリックバルドと結婚出来る状況になるのは変わり無いのだ。
 レイスリーフェは椅子から立ち上がると、優雅に部屋を出て行く。サビーナはそんなレイスリーフェを半眼で見送った。
 不貞を働くような人物ではあるが、根は悪い人では無いのだろうとは思う。でなくば、セヴェリやリックバルドがあんなにも惚れるわけは無いだろう。
 だが、サビーナはどこか食えない人物だという印象を受けた。どこがどうとは、明確には言い表せられないのだが。
 見掛けは天使だ。いや、妖精だ。花畑の中に立って『私は花の妖精です』とか言われたら、サビーナでも信じてしまうくらいの勢いで可憐なのだ。
 しかし物語の中の妖精は、得てして気まぐれだったりする。もちろんレイスリーフェは妖精などではなく、れっきとした人間ではあるのだが。

 誰が味方で誰が敵なのか。

 班長同士が疑心暗鬼になっているという話を、サビーナはようやく理解できた。あちらはどうなっているのだろうか。マウリッツが班長らを説得している状況だろうか。
 時間が無い。
 切羽詰まった状況に、不安という波が押し寄せていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

処理中です...