60 / 116
第60話 さようなら……みんな……
しおりを挟む
ガキンと激しい音が鳴り響いた瞬間、サビーナはセヴェリの背中を押し出した。
「今ですっ!!」
セヴェリは目の前に着けられていた馬に飛び乗り、サビーナもまたそれに続く。即座にセヴェリが馬を走らせた。振り返ると、デニスがシェスカルに攻め込まれている。
「デニスさんっ!!」
「行けッ!! サビーナ!! 行けぇーーーーッ!!」
こちらを向きもせずに叫ぶデニス。
セヴェリはグンと馬の速度を上げた。リックバルドとリカルドの合間をすり抜けて、包囲網から脱出する。
「デニスさんーーーーっ!!!!」
たまらずに溢れた涙が、風に乗って飛んだ。
死なないで、と声にならない声が漏れ出る。
だが、悲しみに暮れる暇などなかった。目の前にはクラメルの騎士が二名、それにキアリカとサイラスが迫って来ている。
サビーナは剣を抜き取り、ものすごい勢いで追いついて来たクラメルの騎士の馬の目を狙う。
剣を当てられ視界を半分失った馬は前のめりに地面に突っ込み、騎士は派手に落馬した。
その間にもう一人のクラメルの騎士が突っ込んでくる。繰り出された剣を受け止め、騎士の太腿を突き刺した。「ぎゃあっ」という悲鳴と共に、視界から消えて行く。
残るはキアリカとサイラス。
今の二人のようにはいかない相手だ。
サビーナは震えそうになる手を気力でグッと抑え込む。
「絶対!! 絶対、セヴェリ様は渡さないからっ!!」
そう叫ぶサビーナに、何故か二人は悲しそうに笑った。
風を切るように走ってはいるが、それ以上スピードを出す様子は見られない。二人はそのまま馬上から声を上げた。
「セヴェリ様、どうかご無事で!」
「サビーナちゃん、頑張って! 応援してるよ!!」
え? と聞き返す間もなく、二人は失速して離れて行く。米粒程に小さくなり、そして見えなくなった時。サビーナはようやく理解した。
見逃してくれたんだ……
サビーナの胸の奥から嗚咽が漏れ出る。
思えばリックバルドとリカルドも。
間をすり抜けたというのに、動く気配がなかった。
彼らもまた、サビーナとセヴェリを見逃してくれていた。
「ふ、ふえ……ふええ、う……ひっく」
見逃してくれた喜びと、セヴェリを連れて逃げ出せた安堵と、デニスはどうなっただろうかという不安がないまぜになって、涙が勝手に溢れ出てくる。
「……サビーナ……」
そう言って速度を落としたセヴェリに、サビーナは「走って、ください……」としゃくり上げながら告げた。
追手が来ないとは限らない。特にクラメルの騎士は、血眼になってサビーナを探す事だろう。
サビーナはセヴェリを抱きしめるようにしてギュッとしがみつく。彼の背中の温もりが、セヴェリを助け出せたのだという実感を湧かせてくれる。
デニスの事を思うと胸が潰されそうになるが、サビーナにはどうしようもなく、ただ馬に揺られていた。
夜になり、サビーナとセヴェリはようやく馬から降りた。
まだ国境は遠いが、馬も休ませないとへたってしまうだろう。川べりで水を飲ませると、適当な草を食み始めた。
「すみません、何も食べる物を持っていなくて……」
「構いませんよ。一食くらい抜いた所で、人は死にませんから」
そう言いながらセヴェリは川の水を飲んでいる。周りを警戒しながらセヴェリが飲み終えるのを確認した後、サビーナもコクリと喉を潤した。ついでに血で汚れた顔や手も、ゴシゴシと洗い落とす。
「サビーナ。これからどこへ行くつもりですか?」
「セヴェリ様がよろしければ、ラウリル公国に向かいたいと思います」
「ラウリル公国ですか」
サビーナはコクリと首肯した。
ラウリル公国は、サビーナの祖父にあたる人物が暮らしている国だ。手紙でやりとりするくらいで実は会った事もないのだが、きっと祖父なら力を貸してくれるに違いない。
「どうしてそこに?」
「私のおじいちゃんが住んでいるんです。事情を説明すれば、きっと匿(かくま)ってくれます。森の奥の小さな村なので、追手もそこまでは来ないんじゃないかと思うんです」
「分かりましたよ。じゃあ、そこに行きましょう。とりあえず今日はここで就寝ですね」
「はい、申し訳ありません」
「謝る必要はありませんよ。私を助け出してくれてありがとう……サビーナ」
二人は寒さを凌ぐため、互いに身を寄せ合って眠った。
サビーナは深く眠るつもりはなかったのだが、どっと疲れが出て闇に飲み込まれるかのように眠りに落ちてしまっていた。
朝まで追手も魔物も現れなかったのは、幸運であった。
朝起きるとすぐさま馬に乗り、南方へと向かう。
途中、小さな町を見つけて寄ってみる事にした。ここまで真っ直ぐ来たので、まだこの町には帝都からの通達は来てないだろう。
「セヴェリ様、お金は持っておられますか?」
「いいえ、馬車に乗る際に没収されてしまって。サビーナは?」
「私は……」
財布を開けてみるも、そこには五千ジェイアしかなかった。普段から財布にお金を入れない性格が災いした。
「厳しい、ですね……」
「……はい……」
たったの五千ジェイア。
馬を売ればまとまったお金は入るだろうが、まだ手放すべきではないだろう。せめて国境を越えるまでは馬で移動したい。
「そういえば、あの時デニスに何をもらったんです?」
「え? ……あ」
そういえば別れの際、何かを手渡されていた。その時は確認もせずにポケットの中に突っ込んでしまっていたが。
サビーナは改めて貰ったものをポケットから取り出してみる。
するとそれは、キンッと綺麗な音が奏でながら姿を現した。
「……小瓶、ですか」
セヴェリの顔が少し曇る。サビーナは慌てたが、今更だ。もう彼はオレンジの絵柄の入った小瓶を見てしまっている。
「デニスにも、プレゼントしていたのですね」
「えっと、ち、違うんです、これは……っ」
「別に私は何も言っていませんよ。それより、その中には何が入っているのですか」
言い訳したい気持ちは山ほどあったが、それを言うのは却下された気がして言葉を紡げなかった。
仕方なくサビーナは、何も言わずに小瓶のコルクをキュポンと開ける。
すると中からは美しく輝く宝石が、転がるように出てきた。
「これは……」
「ダイヤにルビー……それにエメラルドもありますね。おそらく私の父が捕まった時、私を逃す事を考えて、手持ちの金を宝石に変えたのでしょう。お金よりも宝石の方が、足がつきにくいですから」
ジェイア通貨はほとんどの国共通だが、国によって描かれているものが違う。アンゼルード帝国で発行されているお金を使っては、足跡を残して行くようなものだろう。
「デニスにしては、よく気が回りましたね」
セヴェリの言葉に多少苦笑いしつつも、その宝石を握り締める。
ありがとう、デニスさん……
どうか、無事でいて……
彼に思いを馳せると泣いてしまいそうだった。だからサビーナは、すぐにセヴェリに目を向けて微笑む。
「セヴェリ様、いくつか換金して服と食べ物を買ってきます。少しここで待って頂けますか?」
「分かりました。頼みましたよ」
セヴェリはアンゼルード帝国内では有名人なので、人のいる所には連れて行けない。
サビーナは血のついた上着を脱ぎ去ると、町に向かった。
まず宝石を鑑定してもらうと、全部で二十万ジェイア程になると教えてくれた。そのうちの三万ジェイア分を売り捌き、現金を手に入れる。
そして洋服店に向かい、目立たぬ服を購入してその場で着替えた。セヴェリの服も、申し訳ないが地味な物を選ぶ。それとフード付きマントを二つ購入した。
セヴェリのマントは顔を隠すため、サビーナのマントは髪を隠すために必要だ。
この国に深緑の髪をもつ人物はほとんどいないため、御触れが出てはすぐ捕まってしまうだろう。その前に国を出るつもりではいるが、念の為だ。それに寒い夜間を過ごすためにも、マントは必須である。
サビーナは洗い替えにもう一着ずつ服を購入し、水筒、旅の途中で簡単な調理が出来るように小さめの鍋と、マッチ、木杓子、お椀を二つ、ナイフ、そしてそれらを突っ込むためのバッグを買い求めた。
次に、日持ちのしそうな硬いパンと干し肉、米を二キロと塩、今日食べるためのサンドイッチを買って急いで町を出る。
町の外で待っていたセヴェリを見ると、ホッとした。
「おかえり。早かったですね」
「とにかくここを離れましょう。食事と着替えは人のいないところで」
二人は急いで馬に乗り、またしばらくの間走らせた。
しかし人に出会わぬよう街道をそれて走っていたので、何匹かの魔物と遭遇してしまう。大して強い魔物ではなかったので事無きを得たが、精神的にどっと疲れてしまった。
「大丈夫ですか、サビーナ」
「はぁ、はぁ……大丈夫です。もう少し安全な場所に着いてから休みましょう」
魔物が湧く領域というのは決まっている。襲われた場所にいるというのは基本的に危険だ。
急いでその場所を抜けると、野うさぎがピョンピョンと跳ねている場所があった。全く危険がないとは言い切れないが、さっきの場所よりマシだろう。
サビーナは馬を降りるとガクッと座り込んだ。
「サビーナ!」
「だ、大丈夫です。ちょっとお腹が空きすぎて……」
と言った途端に、お腹が派手にぐきゅるるるるとなってしまった。恥ずかしくて顔が勝手に赤く染まる。
そんなサビーナを見て、セヴェリはクスッと笑った。いつもの彼の笑みだ。それが嬉しくて、サビーナも顔を赤らめたまま微笑む。
「では、食べましょうか」
「はい。これを食べたら、またすぐ走りましょう。そうすれば夕方までには国境を越えられるはずです」
国境を越える一番最短のルートを選んだ。読まれやすいかもしれないが、国境さえまたいでしまえば他国に御触れを出す事は出来ないので、捕まる確率はグッと減るだろう。追手にさえ気を付ければどうにかなるに違いない。
サビーナとセヴェリはゆっくり食事を取る事はせず、急いで口の中に詰め込んだ。そしてセヴェリの着替えを待った後、また走り出す。
馬もかなりガタがきている。二人を乗せてずっと走っているのだから当然だろう。
「無理させてごめん……がんばって!」
さっきの町で馬を取り替えて貰えば良かったかもしれない。
しかし戦闘慣れしていない馬では、パニックを起こす可能性がある。それに、デニスの愛馬を手放す事はしたくなかった。
「あなたの名前、なんていうんだっけ……」
サビーナがそう馬に問いかけると、「ルッツリオンですよ」とセヴェリが教えてくれる。
「ルッツリオン……これから長い旅になるけど、よろしくね」
ルッツリオンはサビーナの言葉に答えるかのように、ブルルルッと鼻を鳴らした。
そうして馬を走らせて、夕暮れが訪れる頃。
隣の国の町が遠くに見えてきた。もう、国の境目だ。ここまで無事にたどり着けたことにホッと胸を撫で下ろす。
セヴェリはルッツリオンをゆっくりと停止させた。そして馬から降り、そっと地に足をつけている。
「セヴェリ様……」
サビーナもまた馬から降りると、セヴェリの隣に寄り添うように立った。
「サビーナ」
「はい」
彼は目だけでサビーナを見ると、少し目を細めて言った。
「セヴェリ、と呼んでください。」
「え、しかし……」
敬称を付けずに呼べと言われて、サビーナは戸惑う。そんなサビーナを諭すように、セヴェリは言った。
「私はもうなんの肩書もない、ただの咎人ですよ。」
「セヴェリ様……」
「セヴェリ、と」
そう言われてサビーナは小さく俯き、蚊の鳴くような声で「セヴェリ」と発することとなる。名を呼ばれたセヴェリは嬉しそうに微笑んでいた。
二人は後ろを振り返り、帝国の方を向いた。結局、謀反を起こす事も出来ずに国を追いやられてしまったセヴェリは、大きく息を吐いている。
「セヴェ、リ……」
「さようなら、我が国……アンゼルード」
誰よりアンゼルード帝国の未来を憂えていた男は、そう言って祖国に背を向ける。
「さようなら……みんな……」
サビーナもまた別れの言葉を告げて、セヴェリを見上げた。
その瞳は深い悲しみに囚われつつも、まだ光を失ってはいない。
そんな彼に、サビーナも強い瞳を送る。
二人は互いの意思を確認するように頷き合うと、共に愛する故郷を後にするのだった。
「今ですっ!!」
セヴェリは目の前に着けられていた馬に飛び乗り、サビーナもまたそれに続く。即座にセヴェリが馬を走らせた。振り返ると、デニスがシェスカルに攻め込まれている。
「デニスさんっ!!」
「行けッ!! サビーナ!! 行けぇーーーーッ!!」
こちらを向きもせずに叫ぶデニス。
セヴェリはグンと馬の速度を上げた。リックバルドとリカルドの合間をすり抜けて、包囲網から脱出する。
「デニスさんーーーーっ!!!!」
たまらずに溢れた涙が、風に乗って飛んだ。
死なないで、と声にならない声が漏れ出る。
だが、悲しみに暮れる暇などなかった。目の前にはクラメルの騎士が二名、それにキアリカとサイラスが迫って来ている。
サビーナは剣を抜き取り、ものすごい勢いで追いついて来たクラメルの騎士の馬の目を狙う。
剣を当てられ視界を半分失った馬は前のめりに地面に突っ込み、騎士は派手に落馬した。
その間にもう一人のクラメルの騎士が突っ込んでくる。繰り出された剣を受け止め、騎士の太腿を突き刺した。「ぎゃあっ」という悲鳴と共に、視界から消えて行く。
残るはキアリカとサイラス。
今の二人のようにはいかない相手だ。
サビーナは震えそうになる手を気力でグッと抑え込む。
「絶対!! 絶対、セヴェリ様は渡さないからっ!!」
そう叫ぶサビーナに、何故か二人は悲しそうに笑った。
風を切るように走ってはいるが、それ以上スピードを出す様子は見られない。二人はそのまま馬上から声を上げた。
「セヴェリ様、どうかご無事で!」
「サビーナちゃん、頑張って! 応援してるよ!!」
え? と聞き返す間もなく、二人は失速して離れて行く。米粒程に小さくなり、そして見えなくなった時。サビーナはようやく理解した。
見逃してくれたんだ……
サビーナの胸の奥から嗚咽が漏れ出る。
思えばリックバルドとリカルドも。
間をすり抜けたというのに、動く気配がなかった。
彼らもまた、サビーナとセヴェリを見逃してくれていた。
「ふ、ふえ……ふええ、う……ひっく」
見逃してくれた喜びと、セヴェリを連れて逃げ出せた安堵と、デニスはどうなっただろうかという不安がないまぜになって、涙が勝手に溢れ出てくる。
「……サビーナ……」
そう言って速度を落としたセヴェリに、サビーナは「走って、ください……」としゃくり上げながら告げた。
追手が来ないとは限らない。特にクラメルの騎士は、血眼になってサビーナを探す事だろう。
サビーナはセヴェリを抱きしめるようにしてギュッとしがみつく。彼の背中の温もりが、セヴェリを助け出せたのだという実感を湧かせてくれる。
デニスの事を思うと胸が潰されそうになるが、サビーナにはどうしようもなく、ただ馬に揺られていた。
夜になり、サビーナとセヴェリはようやく馬から降りた。
まだ国境は遠いが、馬も休ませないとへたってしまうだろう。川べりで水を飲ませると、適当な草を食み始めた。
「すみません、何も食べる物を持っていなくて……」
「構いませんよ。一食くらい抜いた所で、人は死にませんから」
そう言いながらセヴェリは川の水を飲んでいる。周りを警戒しながらセヴェリが飲み終えるのを確認した後、サビーナもコクリと喉を潤した。ついでに血で汚れた顔や手も、ゴシゴシと洗い落とす。
「サビーナ。これからどこへ行くつもりですか?」
「セヴェリ様がよろしければ、ラウリル公国に向かいたいと思います」
「ラウリル公国ですか」
サビーナはコクリと首肯した。
ラウリル公国は、サビーナの祖父にあたる人物が暮らしている国だ。手紙でやりとりするくらいで実は会った事もないのだが、きっと祖父なら力を貸してくれるに違いない。
「どうしてそこに?」
「私のおじいちゃんが住んでいるんです。事情を説明すれば、きっと匿(かくま)ってくれます。森の奥の小さな村なので、追手もそこまでは来ないんじゃないかと思うんです」
「分かりましたよ。じゃあ、そこに行きましょう。とりあえず今日はここで就寝ですね」
「はい、申し訳ありません」
「謝る必要はありませんよ。私を助け出してくれてありがとう……サビーナ」
二人は寒さを凌ぐため、互いに身を寄せ合って眠った。
サビーナは深く眠るつもりはなかったのだが、どっと疲れが出て闇に飲み込まれるかのように眠りに落ちてしまっていた。
朝まで追手も魔物も現れなかったのは、幸運であった。
朝起きるとすぐさま馬に乗り、南方へと向かう。
途中、小さな町を見つけて寄ってみる事にした。ここまで真っ直ぐ来たので、まだこの町には帝都からの通達は来てないだろう。
「セヴェリ様、お金は持っておられますか?」
「いいえ、馬車に乗る際に没収されてしまって。サビーナは?」
「私は……」
財布を開けてみるも、そこには五千ジェイアしかなかった。普段から財布にお金を入れない性格が災いした。
「厳しい、ですね……」
「……はい……」
たったの五千ジェイア。
馬を売ればまとまったお金は入るだろうが、まだ手放すべきではないだろう。せめて国境を越えるまでは馬で移動したい。
「そういえば、あの時デニスに何をもらったんです?」
「え? ……あ」
そういえば別れの際、何かを手渡されていた。その時は確認もせずにポケットの中に突っ込んでしまっていたが。
サビーナは改めて貰ったものをポケットから取り出してみる。
するとそれは、キンッと綺麗な音が奏でながら姿を現した。
「……小瓶、ですか」
セヴェリの顔が少し曇る。サビーナは慌てたが、今更だ。もう彼はオレンジの絵柄の入った小瓶を見てしまっている。
「デニスにも、プレゼントしていたのですね」
「えっと、ち、違うんです、これは……っ」
「別に私は何も言っていませんよ。それより、その中には何が入っているのですか」
言い訳したい気持ちは山ほどあったが、それを言うのは却下された気がして言葉を紡げなかった。
仕方なくサビーナは、何も言わずに小瓶のコルクをキュポンと開ける。
すると中からは美しく輝く宝石が、転がるように出てきた。
「これは……」
「ダイヤにルビー……それにエメラルドもありますね。おそらく私の父が捕まった時、私を逃す事を考えて、手持ちの金を宝石に変えたのでしょう。お金よりも宝石の方が、足がつきにくいですから」
ジェイア通貨はほとんどの国共通だが、国によって描かれているものが違う。アンゼルード帝国で発行されているお金を使っては、足跡を残して行くようなものだろう。
「デニスにしては、よく気が回りましたね」
セヴェリの言葉に多少苦笑いしつつも、その宝石を握り締める。
ありがとう、デニスさん……
どうか、無事でいて……
彼に思いを馳せると泣いてしまいそうだった。だからサビーナは、すぐにセヴェリに目を向けて微笑む。
「セヴェリ様、いくつか換金して服と食べ物を買ってきます。少しここで待って頂けますか?」
「分かりました。頼みましたよ」
セヴェリはアンゼルード帝国内では有名人なので、人のいる所には連れて行けない。
サビーナは血のついた上着を脱ぎ去ると、町に向かった。
まず宝石を鑑定してもらうと、全部で二十万ジェイア程になると教えてくれた。そのうちの三万ジェイア分を売り捌き、現金を手に入れる。
そして洋服店に向かい、目立たぬ服を購入してその場で着替えた。セヴェリの服も、申し訳ないが地味な物を選ぶ。それとフード付きマントを二つ購入した。
セヴェリのマントは顔を隠すため、サビーナのマントは髪を隠すために必要だ。
この国に深緑の髪をもつ人物はほとんどいないため、御触れが出てはすぐ捕まってしまうだろう。その前に国を出るつもりではいるが、念の為だ。それに寒い夜間を過ごすためにも、マントは必須である。
サビーナは洗い替えにもう一着ずつ服を購入し、水筒、旅の途中で簡単な調理が出来るように小さめの鍋と、マッチ、木杓子、お椀を二つ、ナイフ、そしてそれらを突っ込むためのバッグを買い求めた。
次に、日持ちのしそうな硬いパンと干し肉、米を二キロと塩、今日食べるためのサンドイッチを買って急いで町を出る。
町の外で待っていたセヴェリを見ると、ホッとした。
「おかえり。早かったですね」
「とにかくここを離れましょう。食事と着替えは人のいないところで」
二人は急いで馬に乗り、またしばらくの間走らせた。
しかし人に出会わぬよう街道をそれて走っていたので、何匹かの魔物と遭遇してしまう。大して強い魔物ではなかったので事無きを得たが、精神的にどっと疲れてしまった。
「大丈夫ですか、サビーナ」
「はぁ、はぁ……大丈夫です。もう少し安全な場所に着いてから休みましょう」
魔物が湧く領域というのは決まっている。襲われた場所にいるというのは基本的に危険だ。
急いでその場所を抜けると、野うさぎがピョンピョンと跳ねている場所があった。全く危険がないとは言い切れないが、さっきの場所よりマシだろう。
サビーナは馬を降りるとガクッと座り込んだ。
「サビーナ!」
「だ、大丈夫です。ちょっとお腹が空きすぎて……」
と言った途端に、お腹が派手にぐきゅるるるるとなってしまった。恥ずかしくて顔が勝手に赤く染まる。
そんなサビーナを見て、セヴェリはクスッと笑った。いつもの彼の笑みだ。それが嬉しくて、サビーナも顔を赤らめたまま微笑む。
「では、食べましょうか」
「はい。これを食べたら、またすぐ走りましょう。そうすれば夕方までには国境を越えられるはずです」
国境を越える一番最短のルートを選んだ。読まれやすいかもしれないが、国境さえまたいでしまえば他国に御触れを出す事は出来ないので、捕まる確率はグッと減るだろう。追手にさえ気を付ければどうにかなるに違いない。
サビーナとセヴェリはゆっくり食事を取る事はせず、急いで口の中に詰め込んだ。そしてセヴェリの着替えを待った後、また走り出す。
馬もかなりガタがきている。二人を乗せてずっと走っているのだから当然だろう。
「無理させてごめん……がんばって!」
さっきの町で馬を取り替えて貰えば良かったかもしれない。
しかし戦闘慣れしていない馬では、パニックを起こす可能性がある。それに、デニスの愛馬を手放す事はしたくなかった。
「あなたの名前、なんていうんだっけ……」
サビーナがそう馬に問いかけると、「ルッツリオンですよ」とセヴェリが教えてくれる。
「ルッツリオン……これから長い旅になるけど、よろしくね」
ルッツリオンはサビーナの言葉に答えるかのように、ブルルルッと鼻を鳴らした。
そうして馬を走らせて、夕暮れが訪れる頃。
隣の国の町が遠くに見えてきた。もう、国の境目だ。ここまで無事にたどり着けたことにホッと胸を撫で下ろす。
セヴェリはルッツリオンをゆっくりと停止させた。そして馬から降り、そっと地に足をつけている。
「セヴェリ様……」
サビーナもまた馬から降りると、セヴェリの隣に寄り添うように立った。
「サビーナ」
「はい」
彼は目だけでサビーナを見ると、少し目を細めて言った。
「セヴェリ、と呼んでください。」
「え、しかし……」
敬称を付けずに呼べと言われて、サビーナは戸惑う。そんなサビーナを諭すように、セヴェリは言った。
「私はもうなんの肩書もない、ただの咎人ですよ。」
「セヴェリ様……」
「セヴェリ、と」
そう言われてサビーナは小さく俯き、蚊の鳴くような声で「セヴェリ」と発することとなる。名を呼ばれたセヴェリは嬉しそうに微笑んでいた。
二人は後ろを振り返り、帝国の方を向いた。結局、謀反を起こす事も出来ずに国を追いやられてしまったセヴェリは、大きく息を吐いている。
「セヴェ、リ……」
「さようなら、我が国……アンゼルード」
誰よりアンゼルード帝国の未来を憂えていた男は、そう言って祖国に背を向ける。
「さようなら……みんな……」
サビーナもまた別れの言葉を告げて、セヴェリを見上げた。
その瞳は深い悲しみに囚われつつも、まだ光を失ってはいない。
そんな彼に、サビーナも強い瞳を送る。
二人は互いの意思を確認するように頷き合うと、共に愛する故郷を後にするのだった。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎
倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。
栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。
「責任、取って?」
噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。
手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。
けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。
看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。
それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる