たとえ貴方が地に落ちようと

長岡更紗

文字の大きさ
93 / 116

第93話 これを、最後の我儘にするから……

しおりを挟む
 祭りが終わると、集会所に置かれていた野菜の中から、好きな物を好きなだけ持って帰る事が出来た。
 サビーナ達が持って来た柿も、割と人気ですぐ無くなったようだ。
 こちらも遠慮なく、レモンやブドウ、みかん、それに白菜やほうれん草、人参、キノコ類など、色んな種類の物を少しずつ頂いてきた。しばらくは食べ物に困る事はない……というよりも、腐らせずに使い切る方が大変そうである。
 それらを使って晩御飯を終えると、サビーナはそそくさと椎の実を炒り始めた。セヴェリは片付けられた食卓の上にテキストとノートを置き、何かを調べながら書き仕事をしている。
 全てを炒り終えると、それを持ってセヴェリの対面に座った。そして邪魔をせぬよう黙々と皮を剥き始める。ちらりと見てみると、どうやらケーウィン用に受験対策のカリキュラムを作っているらしい。
 しばらく互いに作業を続けていると、セヴェリは軽く息を吐き出してペンを置いた。それに気付いたサビーナは顔を上げる。

「休憩されますか? お茶を淹れましょうか」
「いえ、先にお風呂に入ってこようと思いまして。まだまだ時間が掛かりそうですから」
「あ、じゃあお湯加減を見てきますね」
「良いですよ、それくらい自分で出来ますので」

 そう言って彼は立ち上がったが、そこから動く気配がない。どうしたのだろうと見上げると、セヴェリの眉間の幅がわずかに狭まっている。

「……どうかされました?」
「少し……お金の掛かる話をしても良いですか」
「はい。何か欲しいものでも?」

 少し首を傾げると、セヴェリは言い辛そうに声を絞り出した。

「前々から考えていた事なのですが……ちゃんとした教師の資格を取りたいんです」
「え、すごい! 良いじゃないですか!」

 即座に賛成の意を示すと、セヴェリは驚いたように瞠目している。

「お金がかかるんですよ?」
「どれくらいです?」
「毎年二月から始まる一ヶ月間の講習を受ける必要があるそうです。最終日に教師になるための試験をパスしなければ、教師にはなれないのですが……その受講料が、三十万ジェイアするようで」
「構いませんよ」

 さらっと承諾すると、セヴェリの目は更に飛び出さんばかりに大きく広げられた。

「三十万ジェイアですよ?」
「大丈夫です、それくらいの蓄えはあります」
「本当ですか。いつの間に……」

 まさか画策に使うものだとは言えずに、微笑んで誤魔化す。実際は今言った額の三倍近くの蓄えがあるのだが、もちろんそれは秘密だ。
 もう少しで業者に頼める前金を支払える所だったが、仕方ない。また稼げば良いだけの話だ。

「本当に良いんですか?」
「はい。セヴェリ様がそうしたいのであれば、是非」
「ありがとう、サビーナ」

 嬉しそうに微笑むと、座ったままのサビーナを抱擁してくれた。柔らかな彼の金髪が、サビーナの深緑の髪と交差する。

「すみません、いつも苦労ばかりかけて」
「セヴェリ様が教師をしてらっしゃるから、私もこれだけのお金を貯める事が出来たんですよ。気になさる事は何もありませんから」
「ありがとう」

 その言葉と同時に、そっと目元に口付けられた。驚く間もなく顔が赤く染まってセヴェリを見ると、彼は少し意地悪に微笑んでいる。

「も、もうっ、セヴェリ様っ!」
「感謝の気持ちですよ」

 クスクスと笑いながら風呂場へと向かうセヴェリを、目だけで見送る。
 サビーナは異常に熱くなった目元を、手で押さえつけた。またからかわれてしまい、悔しくもあるが嬉しくもある。

「……もうっ」

 込み上げる笑みを押し隠すようにして、また椎の実の皮剥きを再開する。しばらくそれに集中しようと思っていたが、ひとつの考えがサビーナの気持ちを冷めさせた。

 私、つい教師の資格を取る事を賛成しちゃったけど……
 そんな事より、早く画策出来るようにお金を貯めた方が良かったのかもしれない。
 何で私は……

 そこまで考えてハッと気付く。
 無意識のうちに、少しでも長くセヴェリと一緒に居たいと思ってしまっていた事を。
 セヴェリのやりたい事をやらせあげるという理由をこじ付けて、その実、サビーナ自身が彼と離れたくないと思ってしまっていた。

 何をやってるの、私は……
 セヴェリ様を襲う危険を排除する事が、一番の優先事項なはずなのに。

 じっと見つめる先は、手の中にある小さなどんぐりのような椎の実。炒られて出来た裂け目から、皮をパキパキと剥き落としていく。中からは半透明の可愛い実が顔を出し、それを口に放り込むと、微かな甘味がサビーナの心に沁みるように広がった。

 これを、最後の我儘にするから……

 そう誓って後は心を閉ざし、淡々と皮剥き作業をこなしていった。


 セヴェリが風呂から出てくると、またケーウィンのために色々としているようだった。サビーナもかなりの時間をかけて、ようやく全部の皮を剥き終えてホッとする。しかしクッキー作りはまだまだこれからだ。

「先にお風呂に入って来ては?」
「うーん、これだけ先にやっちゃいます」

 セヴェリの提案を却下し、サビーナは実を粉にすべく、ゴリゴリとすり潰し始めた。が、思ったようにはすり潰せずに悪戦苦闘する。全てが粉になるまでには、またもやかなりの時間を要してしまった。

「サビーナ、続きは今度にしなさい。明日は仕事でしょう」
「でも、もう作って焼くだけなんで! これだけ……! セヴェリ様に食べて欲しいんです!」

 そう言うとセヴェリは引き下がってくれた。サビーナは大慌てで生地を作り、焼き上げていく。ここにはオーブンはないので、フライパンで両面を焼いていく作戦だ。

「うわ、くっついちゃう! わ、ボロボロに……うー、焦げちゃった!!」

 半ベソになりながら作り上げたクッキーは、今まで作ってきたものの中で一番最低の仕上がりとなった。
 クズクズだったり焦げ焦げだったり、まともに焼けた物は少ししかない。
 実を拾い、皮を剥き、すり潰したあの時間が一瞬で消え失せて行く感じがして、途方にくれる。真剣に泣きたくなって来た。せっかくセヴェリが楽しみにしてくれていたというのに。

「出来上がったのですか?」
「うっ! いえ、あの……失敗、しました……」

 シュンと肩を落とすと、セヴェリは皿の中を覗いて確認している。焦げクズだらけの中から、比較的綺麗に出来たクッキーを探し出し、彼はにっこりと微笑んだ。

「これは大成功ですね。いただきますよ」

 成功などとは言えないそれを口の中に入れて、味わってくれている。不安で鼓動を打ち鳴らしながら見上げていると、嚥下と同時にセヴェリは頷いた。

「やはり、あなたの作るクッキーが一番美味しい」

 吹き出しもせず、笑いもせず、意地悪な顔もせず、真剣な顔でそう言われた。本当だろうかという思いでサビーナも食べてみる。成程不味くはなかったが、ジェレイの作った物と比べるとあまりに劣る出来だった。
 セヴェリは味の違いが分かる男だと、キクレー邸で会った貴族たちが言っていたのを思い出す。どちらが美味しいかなど明白だというのに、この男はどこまでも優しい。

「もう私、ジェレイさんに弟子入りしてきます……屈辱ですけど」
「私が美味しいと言っているのだから、これでいいんですよ」

 ふわっと髪を撫でられると、良いのかなと甘えた気分になってしまう。だからいつまでたっても料理の腕前が上がらないのだが。

「次こそは、頑張りますから……」
「あなたはいつでも頑張ってくれていますよ」

 柔らかな声に、サビーナは不意に泣きそうになった。自分の頑張りを認めてくれる人がいる。分かってくれている人が、目の前にいる。ただそれだけで、涙が出そうな程嬉しい。

「ありがとう、ございます……」
「お風呂に入って来なさい。もう寝る時間ですよ」

 こくんと子供のように頷いて、風呂の中に駆け込んだ。
 何故だか胸が締め付けられるように痛くて、その顔をセヴェリに見られたくはなかった。

「どうしたんだろ、私……」

 制御できない自分の感情が理解出来ず、そう呟きながら風呂に足を入れる。

「……しまった。ぬるい……」

 いつもはセヴェリが入ったすぐ後に、もう一焚べしてから入るのだが、すっかり忘れていた。火も既に消えてしまっているし、今から出て火を起こすのも面倒だ。
 結局この日はすぐに風呂から上がり、ぶるぶる震えながら着替えをして出た。冬の訪れがもう少しという時期である。己のミスが情けない。

「もう出たのですか? 焚き直しの時間すら掛かってないのでは?」
「えっと……実は、焚き直すのを忘れて入っちゃって……」
「そういう時は私を呼びなさい。何のために一緒に住んでいるんですか」
「でも」
「もう一度入って温まった方が良い。火の番をしてあげますから」
「いえ、汗はもう流したんで、大丈夫です! 明日も早いし、もう寝ます」

 そう告げると、セヴェリは不服そうに「そうですか?」と言いながらも納得してくれた。
 セヴェリはテキストを片し、寝室に向かっている。そして二人は互いの顔が見えるくらいまでカーテンを引き、それぞれのベッドへ潜り込んだ。

 やっぱり、もう一回入れば良かったかも……寒い……

 そんな後悔をしながら、サビーナは無理矢理目を瞑って眠ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

看病しに行ったら、当主の“眠り”になってしまった

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全36話⭐︎ 倒れた当主を看病する役目を振られた使用人リィナは、彼の部屋へ通うことになる。 栄養、灯り、静かな時間、話し相手――“眠れる夜”を整えていく。そして、回復していく当主アレクシス。けれど彼は、ある夜そっと手を握り返し、低い声で囁く。 「責任、取って?」 噂が燃える屋敷で、ふたりが守るのは“枠(ルール)”。 手だけ、時間だけ、理由にしない――鍵はリィナが握ったまま。 けれど、守ろうとするほど情は育ち、合図の灯りはいつしか「帰る」ではなく「眠る」へ変わっていく。 看病から始まった優しい夜は、静かな執着に捕まっていく。 それでも、捕獲の鍵は彼ではなく――彼女の手にある。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。 そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。 大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。 しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。 フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。 しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。 「あのときからずっと……お慕いしています」 かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。 ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。 「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、 シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」 あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。

処理中です...