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第103話 何があっても、生きていて貰わなければ困るんです
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リタ主催のパーティから、数日が過ぎた。
あの後サビーナは、パーティが終わるまで別室で休ませて貰っていた。出席者の付けていた香水の匂いで気分が悪くなったためだ。
セヴェリは途中でサビーナがいない事に気付き、パーティを抜け出してサビーナの所に来てしまっていた。しかし取りあえずの目標は達成した後だったので、サビーナとセヴェリはそのままリタの屋敷を出たのだった。
この日、サビーナはいつものようにミラン食堂クスタビ支店で働いていた。注文を取りに店に出ると、そこにはジェレイ家族がメニューを閉じて待っている。彼らは平日のほとんどの昼食を、ここで食べて行ってくれている。
「いらっしゃい。ジェレイさん、ラーシェさん、ルーフェイくん。ご注文は?」
「おー。日替わりランチ二つな。あとお子様ランチひとつ」
「ジェレイさんはご飯大盛りですよね?」
「おう、今日は特盛りで頼む!」
「よく食べますね……」
「食わなきゃ力でねぇからな! 昼からも働かなきゃいけねぇしよ!」
ジェレイは無意味に力こぶを見せ付けてきた。あまりムキムキなのは好きじゃ無いので、勘弁して欲しい。
「サビーナ、顔色が良く無いわね。大丈夫?」
「はい、ジェレイさんの筋肉見てたら気持ち悪くなっただけなんで」
「おいおい! 俺の肉体美を見て、そりゃねぇだろ!」
ムキッ! ムキッ! と音を立てそうなくらいのポーズを取る男は鬱陶しいので、視線から外した。ラーシェはチラリと己の夫を見た後、すぐに視線をこちらに寄越してきた。
「ところで、セヴェリさんにあの事は言ったの?」
彼女の問いは、妊娠の事だろう。サビーナは静かに首を横に振った。するとムキムキポーズを取っていたジェレイはそれを止めて、大きな息を吐いている。
「何だかなぁ。何でそこまで頑ななんだよ? いいじゃねぇか、言っちまえばよ」
「言いたくないのって、本当にぬか喜びにさせるかもしれないってだけ? 何か他に理由があるんじゃないの?」
二人は心配そうに顔を覗いてくれたが、サビーナはそれに答える事は出来なかった。それを見たラーシェが「私に出来る事があれば、何でも言ってね」と寂しそうに笑ってくれていた。言えるはずもなかったが。
厨房に戻り注文内容を伝えると、料理人がすぐに調理を開始している。この同じ空間で皿洗いをしなければいけないのが、本当に苦痛だ。つわりの所為で、匂いが吐き気を催してくる。しかし画策が上手くいけば、成功報酬を支払う分のお金を貯めなければいけないのだ。辞めるわけにも休む訳にもいかない。
第一体調不良で休んでいたら、セヴェリに気付かれてしまうだろう。結果、サビーナは気持ちの悪さを我慢して働く以外になかった。
その日の夕方、サビーナが家に帰ると同時に、思わぬ訪問客が家に訪れた。いつもはブロッカにいる、ザレイである。
まだ外でケーウィンとシェルトの勉強を見ていたセヴェリも、ザレイを見るなり切り上げて家に入って来た。
「いやぁ、すまんな。いきなり押しかけて」
「いえ。しかしキクレー卿のような方がこの村にわざわざ……どういった御用件で?」
「わっはっは! 分かっとるだろう?」
そう言われたセヴェリは眉を寄せながら、僅かに首を傾げている。思い当たる節がないのも当然と言えるが。
「クリスタの結婚の事よ」
「クリスタの?」
「うむ。クリスタもその気になっておるし、式は早い方がいいと思っているのだが」
「素敵!! クリスタ様の花嫁姿、早く見たいに決まってます! ね、セヴェリ!?」
「え? ……ええ」
サビーナがすかさず声を上げると、セヴェリからは気の無い返事が漏れた。その相手が自分だとは、思いもしていない事だろう。
「出来れば年が明けたすぐにでも、と思っておるんだが」
「年明け? それはまた急ですね。けれどクリスタの結婚とあれば、もちろん出席……」
「もちろん、いつでも構いませんよね! クリスタ様からのご提案とあれば、断る事なんて致しません!」
またもセヴェリの言葉を遮るように言うと、ザレイは嬉しそうの顔を輝かせた。
「そうかそうか! クリスタも喜ぶ! では、日取りはこちらで決めさせて貰おう。詳しい話は追って通達する」
ザレイは立ち上がると、従者を引き連れて帰って行った。どうにかザレイには、セヴェリにその気がない事を知らせずに済んだようである。
あちらは業者とマティアスが上手くやってくれたのだろう。元々クリスタはセヴェリとの結婚を望んでいたのだから、それ程難しくはなかったに違いない。だが、問題はこちらである。
「おめでとうございます、セヴェリ様」
ザレイが帰った後、サビーナはにっこり振り返りながらそう言った。
「何がですか?」
「クリスタ様とのご結婚が決まった事です」
「……何を?」
セヴェリは今までにないくらい、眉根に皺を寄せた。
今の場で、否定させずにザレイを帰した事は大きい。キクレー家の当主が二人の結婚を認めたという事なのだ。つまりそれは、婚約と同意義である。
「クリスタ様の結婚相手は、セヴェリ様ですよ。ザレイ様は、それを確認しにいらっしゃったんです」
「っな?!」
セヴェリは驚き、声を詰まらせながら瞠目している。その顔は「信じられない」という文字で埋め尽くされているかのようだ。
「何故私がクリスタと……?! どうしていきなりそんな話になるのですかっ」
「以前、リタ主催の舞踏会があったでしょう。三曲連続同じ人に踊りを誘う事は、求婚するという意味だったんです。つまりセヴェリ様はクリスタ様に求婚していて、クリスタ様はそれを受け入れた。二人の意思は確認済みという訳です」
「三曲連続で踊ると……? そんな話、私は聞いていませんよ……」
「すみません、言い忘れていました」
視線を逸らしながら答えるも、セヴェリはこちらを睨んでいるようだった。彼の怒りの空気が、徐々に強く濃くなって行く。
「言い忘れ? そんな言い訳が通用するとでも思っているのですか」
「通用するとかしないとか、そんな事はどちらでも良いんです。セヴェリ様とクリスタ様の結婚が決まった事……それが重要事項ですから」
「騙されて結婚なんて出来る訳がないでしょう! 今から断りに行ってきます」
「駄目です!! ようやく、貴族に戻れるんですからっ」
サビーナは縋るようにしてセヴェリを止めた。振り向いたその顔は、愛憎と呼べるかもしれない。そんなセヴェリの表情が印象的だった。
「どうして……どうして、このような事を……っ」
「もちろん、セヴェリ様の為です。……半分は」
付け足したその言葉に訝しみを覚えたのか、セヴェリは首を捻っている。もう半分の理由を教えるつもりは毛頭なかったが。
「セヴェリ様、クリスタ様と結婚なさってください。そうすれば、もう処刑される事はなくなります。アンゼルード帝国も、ラウリル公国の貴族には手を出せませんから」
「そんな理由で……」
「大切な理由です。セヴェリ様には何があっても、生きていて貰わなければ困るんです」
この子の為にも、とサビーナは心で付け足す。自分はどうなるか分からないのなら、せめてセヴェリだけでも。このお腹に宿った子供の為に。
しかしセヴェリはサビーナの心を知らず、そっと首を横に振っている。
「私は追手に捕まろうと構いません。それまでの間、あなたと共に過ごす事の方が大事です」
「……もう、良い加減にしてくださいませんか?」
サビーナはそう言いながら、視線を大きく逸らした。急に冷たくなった口調に、セヴェリは驚きを隠せないでいる。
「……サビーナ?」
「二年も我慢して来たんです。こんな生活……もう、ウンザリなんです」
「我慢……?」
意味が分からないとでも言いたげなセヴェリを、サビーナはこれでもかときつく睨み上げる。
「私はずっと、セヴェリ様が貴族と結ばれるようにと画策していたんです」
「何故……」
「私自身が自由になりたいからに決まっているじゃありませんか」
冷たい瞳のままそう告げると、セヴェリは苦しそうに言葉を詰まらせた。
「心配なさらないでください、セヴェリ様。クリスタ様はもちろん、キクレー卿もセヴェリ様の事を気に入ってくださっています。結婚すればきっと幸せな……っ」
突如、パンッと乾いた音が響いた。無理矢理に右側へと視線が動く。何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。
熱くヒリヒリと痛む左頬を、手で押さえる。
え……? セヴェリ様が、叩いた……?
混乱する頭の中から出てきた言葉は、「痛い……」という簡素な感覚を表現したものだった。その声を聞いたセヴェリが、言葉を被すように叫んで来る。
「私が痛くないとでも思っているのですか!!」
サビーナが顔を上げると、セヴェリの顔は苦痛で歪んでいた。
「サビーナ、あなたは……」
セヴェリは拳をわななかせ、声までも震わせながら言葉を繋げる。
「私に何の感情も抱いてくれてはいないというのですか!?」
感情を剥き出しにしているセヴェリは、どこか滑稽だった。しかしサビーナの胸を抉るような問い掛けに、極めて無表情で答えを口にする。
「主従以外の情はありません。そもそも私はデニスさんの事が好きだって、セヴェリ様はご存知だったはずですよね?」
デニスの名前を出すと、セヴェリはグッと喉を詰まらせてから、振り絞るようにして声を吐き出した。
「あんなに熱い夜を過ごしておいて、何の感情もなかったと……?」
「セヴェリ様が勝手に私を抱いたんですよ? 高熱に浮かされて、動けない私を無理矢理に」
「サビーナから私を求めた事もあったでしょう」
「あ、あれは……っ! お酒を飲まされたからで、それだって私の意思じゃありません! あのとき以外に私から求めた事は、一度だってないです!」
きっぱりと断言すると、彼は今にも泣きそうな顔に変化した。そんな顔をされると、同情心が芽生えてしまいそうになる。苦しくて悲しくて、申し訳ございませんと謝ってしまいそうになる。
しかしサビーナは、その感情をグッと胸の奥にどうにか仕舞い込む事に成功した。セヴェリはやはり、納得のいかない顔立ちをしていたが。
「では何故、あの後何度も私に抱かれたのですか。拒否すれば良かったものを」
「欲望の捌け口が他にないという事はわかっていましたから。以前、何をされてもセヴェリ様を受け入れると約束しましたし、私が我慢すればそれで済む事でしたので……」
自身の言葉が胸に刺さるように苦しくなる。
嘘は言っていない。他の女に手を出されるよりは得策だと思ったから、抱かれていただけのはずなのだ。
なのに何故、こんなにも心が痛むのか。
「フ……ククククッ、我慢……ですか」
セヴェリが肩を震わせながら笑い始める。いつものその笑いが……どこか怖い。
しばらくの間、何も言えずにその様子を見ていると、彼は意を決したように顔を上げた。
「ならば、これからも私の為に我慢しなさい。この先、一生」
その言葉に愕然としたのは、サビーナの方だ。優しい彼の事だから、ここまで言えばサビーナを解放するという選択を……つまりはクリスタと結婚するという道を選ぶと思った。まさか、こんな言葉を言われるとは、思ってもみなかった。
決断したように語るセヴェリの顔は、とても冷たい。サビーナの体が、井戸水に浸されたかのように一瞬で冷えていく。
「い、嫌です、そんな……」
「あなたの意見など聞いていませんよ。これは命令です。あなたはずっと私の傍に居るんです。私も……あなたの傍から離れません」
そう言いながらズイッと詰め寄って来るセヴェリ。
反論をさせぬその口振りに、ヒヤリとしたものを感じる。今この手に捕まってしまえば、二度とセヴェリから離れられない、そんな予感。
そうなるわけにはいかない。サビーナは思わず身を翻して、外に飛び出した。
「待ちなさい、サビーナ! もう外は暗く……っ」
セヴェリの言葉を聞かず、サビーナは村の外に向かって駆け出す。
彼の言葉に胸が震えた。今、セヴェリは心から離れないと言っていた。それでは困るというのに。クリスタと結婚して貰わなければいけないのに。
サビーナがこのままクスタビ村から消えて居なくなれば、セヴェリはクリスタと結婚してくれるだろうか。それともサビーナを待ち続けてしまうのだろうか。
どうすれば……
どうすれば、クリスタ様と結婚してくれるの!?
あれ以上、どう説得すれば良いか分からなかった。逃げるように駆け続けていたサビーナは、足を緩める。
いきなり走ってしまったが、お腹の子は大丈夫だっただろうかという不安がよぎった。
はぁはぁと息を揺らしながら、ゆっくりとお腹を撫で下ろした……その時。
村の入り口から誰かがこちらに来る気配がする。馬の手綱を引きながら。
「ここか、クスタビ村ってのは……」
その声を聞いた途端、サビーナの全身の血が滾るように熱くなった。その人物は影を抜け、ゆっくりと月明かりの照らすこちら側に向かって来ている。
まさか……まさか。
サビーナの心臓は今にも飛び出しそうになりながら、その人物を凝視し続ける。
そしてようやく、人影は月明かりの元へと姿を現した。
闇夜でも映える白銅色の髪。つり上がった目尻。この世に二人といない、究極の美青年。
「……っデニスさん!!」
「サビーナ??」
懐かしのその声に、姿に、サビーナは一も二もなく駆け寄った。
あの後サビーナは、パーティが終わるまで別室で休ませて貰っていた。出席者の付けていた香水の匂いで気分が悪くなったためだ。
セヴェリは途中でサビーナがいない事に気付き、パーティを抜け出してサビーナの所に来てしまっていた。しかし取りあえずの目標は達成した後だったので、サビーナとセヴェリはそのままリタの屋敷を出たのだった。
この日、サビーナはいつものようにミラン食堂クスタビ支店で働いていた。注文を取りに店に出ると、そこにはジェレイ家族がメニューを閉じて待っている。彼らは平日のほとんどの昼食を、ここで食べて行ってくれている。
「いらっしゃい。ジェレイさん、ラーシェさん、ルーフェイくん。ご注文は?」
「おー。日替わりランチ二つな。あとお子様ランチひとつ」
「ジェレイさんはご飯大盛りですよね?」
「おう、今日は特盛りで頼む!」
「よく食べますね……」
「食わなきゃ力でねぇからな! 昼からも働かなきゃいけねぇしよ!」
ジェレイは無意味に力こぶを見せ付けてきた。あまりムキムキなのは好きじゃ無いので、勘弁して欲しい。
「サビーナ、顔色が良く無いわね。大丈夫?」
「はい、ジェレイさんの筋肉見てたら気持ち悪くなっただけなんで」
「おいおい! 俺の肉体美を見て、そりゃねぇだろ!」
ムキッ! ムキッ! と音を立てそうなくらいのポーズを取る男は鬱陶しいので、視線から外した。ラーシェはチラリと己の夫を見た後、すぐに視線をこちらに寄越してきた。
「ところで、セヴェリさんにあの事は言ったの?」
彼女の問いは、妊娠の事だろう。サビーナは静かに首を横に振った。するとムキムキポーズを取っていたジェレイはそれを止めて、大きな息を吐いている。
「何だかなぁ。何でそこまで頑ななんだよ? いいじゃねぇか、言っちまえばよ」
「言いたくないのって、本当にぬか喜びにさせるかもしれないってだけ? 何か他に理由があるんじゃないの?」
二人は心配そうに顔を覗いてくれたが、サビーナはそれに答える事は出来なかった。それを見たラーシェが「私に出来る事があれば、何でも言ってね」と寂しそうに笑ってくれていた。言えるはずもなかったが。
厨房に戻り注文内容を伝えると、料理人がすぐに調理を開始している。この同じ空間で皿洗いをしなければいけないのが、本当に苦痛だ。つわりの所為で、匂いが吐き気を催してくる。しかし画策が上手くいけば、成功報酬を支払う分のお金を貯めなければいけないのだ。辞めるわけにも休む訳にもいかない。
第一体調不良で休んでいたら、セヴェリに気付かれてしまうだろう。結果、サビーナは気持ちの悪さを我慢して働く以外になかった。
その日の夕方、サビーナが家に帰ると同時に、思わぬ訪問客が家に訪れた。いつもはブロッカにいる、ザレイである。
まだ外でケーウィンとシェルトの勉強を見ていたセヴェリも、ザレイを見るなり切り上げて家に入って来た。
「いやぁ、すまんな。いきなり押しかけて」
「いえ。しかしキクレー卿のような方がこの村にわざわざ……どういった御用件で?」
「わっはっは! 分かっとるだろう?」
そう言われたセヴェリは眉を寄せながら、僅かに首を傾げている。思い当たる節がないのも当然と言えるが。
「クリスタの結婚の事よ」
「クリスタの?」
「うむ。クリスタもその気になっておるし、式は早い方がいいと思っているのだが」
「素敵!! クリスタ様の花嫁姿、早く見たいに決まってます! ね、セヴェリ!?」
「え? ……ええ」
サビーナがすかさず声を上げると、セヴェリからは気の無い返事が漏れた。その相手が自分だとは、思いもしていない事だろう。
「出来れば年が明けたすぐにでも、と思っておるんだが」
「年明け? それはまた急ですね。けれどクリスタの結婚とあれば、もちろん出席……」
「もちろん、いつでも構いませんよね! クリスタ様からのご提案とあれば、断る事なんて致しません!」
またもセヴェリの言葉を遮るように言うと、ザレイは嬉しそうの顔を輝かせた。
「そうかそうか! クリスタも喜ぶ! では、日取りはこちらで決めさせて貰おう。詳しい話は追って通達する」
ザレイは立ち上がると、従者を引き連れて帰って行った。どうにかザレイには、セヴェリにその気がない事を知らせずに済んだようである。
あちらは業者とマティアスが上手くやってくれたのだろう。元々クリスタはセヴェリとの結婚を望んでいたのだから、それ程難しくはなかったに違いない。だが、問題はこちらである。
「おめでとうございます、セヴェリ様」
ザレイが帰った後、サビーナはにっこり振り返りながらそう言った。
「何がですか?」
「クリスタ様とのご結婚が決まった事です」
「……何を?」
セヴェリは今までにないくらい、眉根に皺を寄せた。
今の場で、否定させずにザレイを帰した事は大きい。キクレー家の当主が二人の結婚を認めたという事なのだ。つまりそれは、婚約と同意義である。
「クリスタ様の結婚相手は、セヴェリ様ですよ。ザレイ様は、それを確認しにいらっしゃったんです」
「っな?!」
セヴェリは驚き、声を詰まらせながら瞠目している。その顔は「信じられない」という文字で埋め尽くされているかのようだ。
「何故私がクリスタと……?! どうしていきなりそんな話になるのですかっ」
「以前、リタ主催の舞踏会があったでしょう。三曲連続同じ人に踊りを誘う事は、求婚するという意味だったんです。つまりセヴェリ様はクリスタ様に求婚していて、クリスタ様はそれを受け入れた。二人の意思は確認済みという訳です」
「三曲連続で踊ると……? そんな話、私は聞いていませんよ……」
「すみません、言い忘れていました」
視線を逸らしながら答えるも、セヴェリはこちらを睨んでいるようだった。彼の怒りの空気が、徐々に強く濃くなって行く。
「言い忘れ? そんな言い訳が通用するとでも思っているのですか」
「通用するとかしないとか、そんな事はどちらでも良いんです。セヴェリ様とクリスタ様の結婚が決まった事……それが重要事項ですから」
「騙されて結婚なんて出来る訳がないでしょう! 今から断りに行ってきます」
「駄目です!! ようやく、貴族に戻れるんですからっ」
サビーナは縋るようにしてセヴェリを止めた。振り向いたその顔は、愛憎と呼べるかもしれない。そんなセヴェリの表情が印象的だった。
「どうして……どうして、このような事を……っ」
「もちろん、セヴェリ様の為です。……半分は」
付け足したその言葉に訝しみを覚えたのか、セヴェリは首を捻っている。もう半分の理由を教えるつもりは毛頭なかったが。
「セヴェリ様、クリスタ様と結婚なさってください。そうすれば、もう処刑される事はなくなります。アンゼルード帝国も、ラウリル公国の貴族には手を出せませんから」
「そんな理由で……」
「大切な理由です。セヴェリ様には何があっても、生きていて貰わなければ困るんです」
この子の為にも、とサビーナは心で付け足す。自分はどうなるか分からないのなら、せめてセヴェリだけでも。このお腹に宿った子供の為に。
しかしセヴェリはサビーナの心を知らず、そっと首を横に振っている。
「私は追手に捕まろうと構いません。それまでの間、あなたと共に過ごす事の方が大事です」
「……もう、良い加減にしてくださいませんか?」
サビーナはそう言いながら、視線を大きく逸らした。急に冷たくなった口調に、セヴェリは驚きを隠せないでいる。
「……サビーナ?」
「二年も我慢して来たんです。こんな生活……もう、ウンザリなんです」
「我慢……?」
意味が分からないとでも言いたげなセヴェリを、サビーナはこれでもかときつく睨み上げる。
「私はずっと、セヴェリ様が貴族と結ばれるようにと画策していたんです」
「何故……」
「私自身が自由になりたいからに決まっているじゃありませんか」
冷たい瞳のままそう告げると、セヴェリは苦しそうに言葉を詰まらせた。
「心配なさらないでください、セヴェリ様。クリスタ様はもちろん、キクレー卿もセヴェリ様の事を気に入ってくださっています。結婚すればきっと幸せな……っ」
突如、パンッと乾いた音が響いた。無理矢理に右側へと視線が動く。何が起きたのか、一瞬理解出来なかった。
熱くヒリヒリと痛む左頬を、手で押さえる。
え……? セヴェリ様が、叩いた……?
混乱する頭の中から出てきた言葉は、「痛い……」という簡素な感覚を表現したものだった。その声を聞いたセヴェリが、言葉を被すように叫んで来る。
「私が痛くないとでも思っているのですか!!」
サビーナが顔を上げると、セヴェリの顔は苦痛で歪んでいた。
「サビーナ、あなたは……」
セヴェリは拳をわななかせ、声までも震わせながら言葉を繋げる。
「私に何の感情も抱いてくれてはいないというのですか!?」
感情を剥き出しにしているセヴェリは、どこか滑稽だった。しかしサビーナの胸を抉るような問い掛けに、極めて無表情で答えを口にする。
「主従以外の情はありません。そもそも私はデニスさんの事が好きだって、セヴェリ様はご存知だったはずですよね?」
デニスの名前を出すと、セヴェリはグッと喉を詰まらせてから、振り絞るようにして声を吐き出した。
「あんなに熱い夜を過ごしておいて、何の感情もなかったと……?」
「セヴェリ様が勝手に私を抱いたんですよ? 高熱に浮かされて、動けない私を無理矢理に」
「サビーナから私を求めた事もあったでしょう」
「あ、あれは……っ! お酒を飲まされたからで、それだって私の意思じゃありません! あのとき以外に私から求めた事は、一度だってないです!」
きっぱりと断言すると、彼は今にも泣きそうな顔に変化した。そんな顔をされると、同情心が芽生えてしまいそうになる。苦しくて悲しくて、申し訳ございませんと謝ってしまいそうになる。
しかしサビーナは、その感情をグッと胸の奥にどうにか仕舞い込む事に成功した。セヴェリはやはり、納得のいかない顔立ちをしていたが。
「では何故、あの後何度も私に抱かれたのですか。拒否すれば良かったものを」
「欲望の捌け口が他にないという事はわかっていましたから。以前、何をされてもセヴェリ様を受け入れると約束しましたし、私が我慢すればそれで済む事でしたので……」
自身の言葉が胸に刺さるように苦しくなる。
嘘は言っていない。他の女に手を出されるよりは得策だと思ったから、抱かれていただけのはずなのだ。
なのに何故、こんなにも心が痛むのか。
「フ……ククククッ、我慢……ですか」
セヴェリが肩を震わせながら笑い始める。いつものその笑いが……どこか怖い。
しばらくの間、何も言えずにその様子を見ていると、彼は意を決したように顔を上げた。
「ならば、これからも私の為に我慢しなさい。この先、一生」
その言葉に愕然としたのは、サビーナの方だ。優しい彼の事だから、ここまで言えばサビーナを解放するという選択を……つまりはクリスタと結婚するという道を選ぶと思った。まさか、こんな言葉を言われるとは、思ってもみなかった。
決断したように語るセヴェリの顔は、とても冷たい。サビーナの体が、井戸水に浸されたかのように一瞬で冷えていく。
「い、嫌です、そんな……」
「あなたの意見など聞いていませんよ。これは命令です。あなたはずっと私の傍に居るんです。私も……あなたの傍から離れません」
そう言いながらズイッと詰め寄って来るセヴェリ。
反論をさせぬその口振りに、ヒヤリとしたものを感じる。今この手に捕まってしまえば、二度とセヴェリから離れられない、そんな予感。
そうなるわけにはいかない。サビーナは思わず身を翻して、外に飛び出した。
「待ちなさい、サビーナ! もう外は暗く……っ」
セヴェリの言葉を聞かず、サビーナは村の外に向かって駆け出す。
彼の言葉に胸が震えた。今、セヴェリは心から離れないと言っていた。それでは困るというのに。クリスタと結婚して貰わなければいけないのに。
サビーナがこのままクスタビ村から消えて居なくなれば、セヴェリはクリスタと結婚してくれるだろうか。それともサビーナを待ち続けてしまうのだろうか。
どうすれば……
どうすれば、クリスタ様と結婚してくれるの!?
あれ以上、どう説得すれば良いか分からなかった。逃げるように駆け続けていたサビーナは、足を緩める。
いきなり走ってしまったが、お腹の子は大丈夫だっただろうかという不安がよぎった。
はぁはぁと息を揺らしながら、ゆっくりとお腹を撫で下ろした……その時。
村の入り口から誰かがこちらに来る気配がする。馬の手綱を引きながら。
「ここか、クスタビ村ってのは……」
その声を聞いた途端、サビーナの全身の血が滾るように熱くなった。その人物は影を抜け、ゆっくりと月明かりの照らすこちら側に向かって来ている。
まさか……まさか。
サビーナの心臓は今にも飛び出しそうになりながら、その人物を凝視し続ける。
そしてようやく、人影は月明かりの元へと姿を現した。
闇夜でも映える白銅色の髪。つり上がった目尻。この世に二人といない、究極の美青年。
「……っデニスさん!!」
「サビーナ??」
懐かしのその声に、姿に、サビーナは一も二もなく駆け寄った。
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そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
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あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
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