思い出の夏祭り 〜君が私の気持ちに気づくまで〜

長岡更紗

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40.氷の人

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 翌日は拓真くんが心配で、面会時間しょっぱなの、朝七時半から病院に入った。いつもの勤務より、早い時間に入っちゃったよ。
 私は急いで三〇二五室に向かう。

「拓真くん、おはよう」
「ミジュ……」

 昨日に比べたら顔色はましだけど、やっぱりちょっと辛そう。

「池畑さんね、今日はリナちゃんの通院日みたいで、早めに来るって。あっちを七時に出るから、九時くらいに来てくれるみたいだよ」
「そっか」

 そんな会話をしていたら、看護師が中に入って来た。私を見ておはようございますと笑顔で挨拶してくれて、私も挨拶を返す。

「池畑くんって、確か前にも入院してたよね? 骨髄移植で」

 その看護師が、親しげに拓真くんに話し掛けてる。

「あー、花井さん? その節はお世話になりました。またお世話になります」
「はい、お世話します」

 花井さんという看護師が茶目っ気たっぷりに言って微笑んでる。そんな彼女を見て微笑んでいる拓真くんを見ると……ちょっとだけ、むっとしちゃった。

「それにしても」

 その花井さんの視線がチラッとだけ私に向けられる。……何?

「あの氷の人、見つかったんだ。良かったね」
「……え?」

 拓真くんの目が、少しだけ開かれた。
 氷の人? 何の話?

「え、って……この人じゃないの? 夕方のナースステーションに来て、池畑くんに氷を食べさせたのって。小さくて可愛らしい印象があったから、そうかと思ったんだけど……違ったかな?」

 そう言って、検温と血圧を計り終えた花井さんは、隣のベッドの人の所へ移動して行った。
 氷の人……確かに、私だ。今の看護師は、氷を貰いに行った時の人だったみたい。

「あれ……ミジュだったのか?」

 まっすぐな視線。やっぱり、驚いてるよね。

「う、うん……」
「すぐ言ってくれりゃあ良かったのに!」
「あの、それがね……ちょっと不審者扱いされそうになって、言えなくなっちゃったの」
「なんだそりゃ」

 眉間にしわを寄せて、訳が分からないというように首を傾げてる。そうだよね、私もどうしてあんな事になったのか、よく分かってない。

「まぁでも……そっか、ミジュだったのか」

 そんな風に言う拓真くんは、ちょっと嬉しそうで。私も口元を綻ばせる。

「ごめんな、あの時俺、朦朧としてて」
「しょうがないよ、麻酔が効いてたんだから」
「後になって色々探してみたんだけどさ、誰か分かんねぇし、お礼も言えなくてすげー悔しかったんだよ」
「そうだったんだ」

 そんなに探してくれてたんだね。全然知らなかった。
 義理堅いなぁ、拓真くんって。

「ミジュには、いっぱいお世話になってるな」
「いいよいいよ、気にしないで」
「あの時の氷の人が、ミジュで良かった……ありがとう」

 目を細めてお礼を言ってくれる拓真くん。
 ミジュで良かったって……そう言ってもらえるだけで、涙が出て来ちゃいそう。

「お礼に退院したら、好きな物なんでも作ってやるよ」
「ふふ、本当? 楽しみにしとく!」

 ああ、もう私、今が幸せの絶頂かもしれない。
 次から落ちていくだけっていうのは嫌だけど。
 このまま絶頂をずっと更新して行けたら最高だろうな。

 しばらくして九時を回った頃に、池畑さんとリナちゃんが到着した。
 池畑さんはまるで私を有名人のように扱って、両手で握手を求めてくる。

「園田さん、本当にありがとうね! 園田さんがいなかったら、どうなってた事か……」
「看護師として、当然の事をしただけですから」
「お兄ちゃん、大丈夫ー?」
「大丈夫大丈夫。これくらい屁でもねぇって」

 昨晩は、屁でもないって顔じゃなかったけどね。
 妹の前では、良いカッコ見せたいんだろうな。心配もさせたくないんだろうし。
 そんな事を思いながら、私は池畑さんに手の中の紙を渡す。

「池畑さん、これ手術や麻酔に関する説明と同意書、それに手術費に関する書類です。さっき看護師が来て預かってました。記入したら、すぐにナースステーションに持って行ってください。手術は午後イチで出来るそうですから」
「あら~、色々書かなきゃいけないのね。えっ、手術費の所、別世帯の保証人がいるの?! 鳥白市こっちに頼める人なんて居ないわよ!」
「あ、良ければ私が書きます。そう思って印鑑も持ってきました」

 私が申し出ると、池畑さんはホッと息を吐いている。

「ありがとう、園田さん……何から何までお世話になっちゃって」
「いえいえ」
「ちゃんと手術費は払うから、心配しないでね!」

 私は「疑ってませんから」とニッコリ笑って安心させる。
 保証人欄に名前と住所を書いて印鑑を押すと、池畑さんは出来上がった書類を持ってナースステーションに行った。
 相変わらず拓真くんとリナちゃんは、ラブラブしっぱなしだ。

「ねぇねぇ、お兄ちゃんのおうち行きたーい」
「俺は今行けねーっての」
「リナの通院の日って、お兄ちゃんは学校でいないし、ママもすぐ帰りたがるんだもん」
「仕方ないだろ? 皆忙しいんだから」
「お兄ちゃんが白鳥市に住んだら、リナもこっちで遊べると思ってたのにー」

 リナちゃんは頬を膨らませて怒ってるけど、その姿がまた愛らしい。
 もう小学二年生だったかな。すごく大きくなってて、なくなってた髪の毛もちゃんと生えて、女の子らしくなってる。
 元気になってる事が、すごく嬉しい。

「お兄ちゃんは園田さんとずっと一緒に遊んでるんでしょー! お兄ちゃんばっかりズルーイ!」
「あのな、ずっと一緒に遊んでる訳ないだろ」
「ずるいずるい!」

 そうやって暴れ出すリナちゃんを、後ろから現れた池畑さんがむんずと捕まえた。

「まったく、何言ってるの! ちょっと早いけど、小児科に行くわよ!」
「えー、やだ、おにいちゃーん!」
「後でまた来るからね、拓真!」
「おー」

 そうして嵐のような二人は去って行った。残された私達は、クスッと笑い合う。

「リナちゃん、すごく元気になってたね」
「そうだろ? 家に帰るといっつもあんな調子で、うるさいのなんの」
「ふふっ、でも拓真くん嬉しそう」

 私の言葉に、拓真くんは照れ臭そうに頬を掻いた。

「あ、ミジュ。もう母さんも来たし、帰って大丈夫だぞ。色々付き合わせて、ごめんな」
「ううん。明日から日勤だから、仕事終わりに顔出すね。バレーの皆には、盲腸で入院してるからしばらく行けないって言って大丈夫?」
「うん、頼む」
「分かった、伝えておくね。あ、家の鍵、預かったままなんだけどどうしよう?」
「んー、しばらくそのまま預かっといて。何か持って来て欲しいもんがあるかもしれねぇし」

 拓真くんの言葉にコクンと頷く。
 本当の事を言うと、今日は一日中でも付いていてあげたかったんだけど……。
 そうしたら拓真くんも起きてなきゃいけないって思っちゃうだろうし、体を休めさせてあげなきゃね。
 私は後ろ髪を引かれながら、家に帰る事になった。
 どうか手術が無事に終わりますように。
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