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アリシア編
11.わかってる癖にそれを聞くの?
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「やめろっ、王妃様!」
「マーディア様!」
「お母様……ふ、うう……」
アリシアはリビングへの扉を開ける。そこには、両手首を後ろから掴み、マーディアを取り押えるフラッシュの姿があった。二人の足元には、ひとつのスプーン。
「なにがあったの!?」
「お母さん! マーディア様が、スプーンで目を……!」
「目を突こうとしてたんすよ! アンナがそれを間一髪止めた!」
テーブルを見ると、二客分の紅茶が淹れられていた。アンナが二人を落ち着かせるために淹れたに違いない。
マーディアは抵抗していたが、やがてふっと力が抜けてだらりとなった。
その様子を見た子ども二人と大人三人は、しばらくなにも言えずに黙ってしまう。マーディアの異常行動を目の当たりにしては、言葉を紡げるはずもなかった。
「……フラッシュ。マーディア様の手を離しなさい」
「でも」
「大丈夫でしょう。でも警戒は怠らないで。アンナ、カップとスプーンを片付けて。凶器になり得るものは、王妃様の近くに置かないようにしてちょうだい」
フラッシュはそっとマーディアをソファーに座らせ、アンナは素早くカップを片付ける。
「ごめんなさい、お母さん……勝手に紅茶を……」
「怒ってないわよ、アンナ。むしろよくやったわ。マーディア様を止めてくれてありがとう」
「お母さん……」
アンナは申し訳なさそうに睫毛を伏せている。しかしアンナでなくたって、誰かが飲み物を出したであろう。誰も予想だにしなかった出来事を、アンナは止めてくれたのだ。誰が責められようか。
(けど……これは思った以上に……)
王女を目の前で殺されたためだろう。マーディアの心が壊れてしまっている。アリシアはこの状態を見て、眉間に力を入れた。
(警備だけじゃなく、マーディア様自身を守る護衛が必要ね)
アリシアはマーディアから視線を移し、一人の部下に向ける。
「マックス」
「はっ」
「あなた、女装してきなさい」
「……は?」
「あら、いつものハキハキとした返事はどうしたの?」
「そんな、ハイなんて言えませんよ。こんな状況でなにをおっしゃっているんですか」
「いくら私でも、こんな状況で冗談なんて言わないわ。いいこと?」
アリシアはマックスに、女装が必要な理由を告げる。
「王妃であるマーディア様に触れるのは、基本的に厳禁よね」
「はい」
「特に男は尚更。でも、今フラッシュが止めたように、触れなきゃいけない時が出てくる」
「……はい」
「ただの侍女ではマーディア様が咄嗟の行動に出た時、止められるだけの反射神経はない」
「……はい……」
「だからあなたに頼むのよ、マックス」
「……それって、女装する必要あります?」
「わかってる癖にそれを聞くの? 時間の無駄よ」
ピシャリと告げると、マックスは実に嫌そうに顔を歪めた。彼もわかっているのだ。『男』が王妃という存在に触れると、誰かの目に入った時に見咎められる可能性があるということ。それに男たちに襲われたマーディアの側にいるなら、男の格好をしない方がいいということくらいは。
「うう……」
「マックス、返事は?」
「それ、どうしても俺じゃなきゃ駄目です? ルーシエの方が適役だと思うんですが」
「ルーシエは駄目よ。やってもらうことが山ほどあるし、綺麗な顔をしているとは言え、背が高すぎるわ」
「じゃあフラッシュを……」
「本気で言ってるの? 無理よ、こんな筋肉男じゃ」
アリシアの言葉にフラッシュはぶっと吹き出した。笑っている状況ではないと自制しているようだが、堪え切れずに肩を震わせてしまっている。
マックスは「俺も筋肉男になりたい」とこぼしていた。今だけ、と付け加えて。
「これはあなただから任せられるの。誰よりも反応速度の早いマックスだからこそよ。やってくれるわね」
「くっ……いや……はい……、いや」
「まだ渋るの? あなたは優秀だから、降格させるのは本意ではないわね」
「うぅ! やります! やれます!!」
「服は用意できるの?」
「つてはあります!」
マックスは半ばやけくそ気味に、裏戸から出ていった。
「くっくっく……マックスが……女装……っぶ!」
「こらフラッシュ。護衛に集中しなさい」
「う、ういっす……くくっ」
マックスが戻ってくるまでの間、アリシアがマックスの代わりをする。マーディアのそばに控え、彼女の自傷行為を防ぐのだ。その隣では、シウリスがまだ震えている。
「アンナ、洗わなくてもいいわ。シウリス様のお側にいてあげて」
「わかったわ」
アリシアが時計を見上げると、ちょうど日付けが変わったところだった。マーディアはぼうっとしているせいか、眠たそうにも見える。
「マーディア様、シウリス様、寝室にご案内します。こちらへ」
アリシアがマーディアを支え、アンナがシウリスの支えとなって客間へと案内する。二つのベッドが置いてある、小さめの部屋だ。王族が泊れるような場所ではないが、仕方ない。
アリシアはマーディアをベッドに横たえらせ、羽布団をかけた。するとマーディアは突如意識を飛ばしてスヤスヤと寝息を立て始める。
「アンナ……アンナ、一緒にいて……」
シウリスは消え入りそうな声で、アンナにそう頼んでいた。困ったように見上げてくるアンナに、アリシアは頷く。
「シウリス様が眠るまで、一緒にいてさしあげなさい。ここに座って」
ベッドの横に椅子を置いてあげると、アンナはそこに座ってシウリスの手を握りなおしている。
「筆頭、俺はさすがに寝室はマズイすよね?」
「そうね、ドアの前で警護してちょうだい。マックスが戻ってきたら、中はマックスに任せるわ」
「お、噂をすれば……侍女が来たみたいっすよ」
フラッシュがそう言うと、本当にマックスが戻ってきた。その早さに驚くも、まだ彼は女装を終えていない。そしてマックスの後ろには、背が高く、長い銀髪を下の方で結った男の姿があった。
「ルーシエ! あなたが来たのね。ジャンは?」
「アリシア様、今からすべてお話しします。マックスはこの服に着替えて、王妃様の守護を」
「すべてお見通し、ってわけか」
マックスはルーシエに渡された侍女服を見て、そっと息を吐いていたようだった。
「フラッシュも警備に戻ってください。皆さんにも後で説明しますが、まずはアリシア様に」
「ええ、お願い」
警備を二人に任せて、アリシアはルーシエとともにリビングへと戻った。
「マーディア様!」
「お母様……ふ、うう……」
アリシアはリビングへの扉を開ける。そこには、両手首を後ろから掴み、マーディアを取り押えるフラッシュの姿があった。二人の足元には、ひとつのスプーン。
「なにがあったの!?」
「お母さん! マーディア様が、スプーンで目を……!」
「目を突こうとしてたんすよ! アンナがそれを間一髪止めた!」
テーブルを見ると、二客分の紅茶が淹れられていた。アンナが二人を落ち着かせるために淹れたに違いない。
マーディアは抵抗していたが、やがてふっと力が抜けてだらりとなった。
その様子を見た子ども二人と大人三人は、しばらくなにも言えずに黙ってしまう。マーディアの異常行動を目の当たりにしては、言葉を紡げるはずもなかった。
「……フラッシュ。マーディア様の手を離しなさい」
「でも」
「大丈夫でしょう。でも警戒は怠らないで。アンナ、カップとスプーンを片付けて。凶器になり得るものは、王妃様の近くに置かないようにしてちょうだい」
フラッシュはそっとマーディアをソファーに座らせ、アンナは素早くカップを片付ける。
「ごめんなさい、お母さん……勝手に紅茶を……」
「怒ってないわよ、アンナ。むしろよくやったわ。マーディア様を止めてくれてありがとう」
「お母さん……」
アンナは申し訳なさそうに睫毛を伏せている。しかしアンナでなくたって、誰かが飲み物を出したであろう。誰も予想だにしなかった出来事を、アンナは止めてくれたのだ。誰が責められようか。
(けど……これは思った以上に……)
王女を目の前で殺されたためだろう。マーディアの心が壊れてしまっている。アリシアはこの状態を見て、眉間に力を入れた。
(警備だけじゃなく、マーディア様自身を守る護衛が必要ね)
アリシアはマーディアから視線を移し、一人の部下に向ける。
「マックス」
「はっ」
「あなた、女装してきなさい」
「……は?」
「あら、いつものハキハキとした返事はどうしたの?」
「そんな、ハイなんて言えませんよ。こんな状況でなにをおっしゃっているんですか」
「いくら私でも、こんな状況で冗談なんて言わないわ。いいこと?」
アリシアはマックスに、女装が必要な理由を告げる。
「王妃であるマーディア様に触れるのは、基本的に厳禁よね」
「はい」
「特に男は尚更。でも、今フラッシュが止めたように、触れなきゃいけない時が出てくる」
「……はい」
「ただの侍女ではマーディア様が咄嗟の行動に出た時、止められるだけの反射神経はない」
「……はい……」
「だからあなたに頼むのよ、マックス」
「……それって、女装する必要あります?」
「わかってる癖にそれを聞くの? 時間の無駄よ」
ピシャリと告げると、マックスは実に嫌そうに顔を歪めた。彼もわかっているのだ。『男』が王妃という存在に触れると、誰かの目に入った時に見咎められる可能性があるということ。それに男たちに襲われたマーディアの側にいるなら、男の格好をしない方がいいということくらいは。
「うう……」
「マックス、返事は?」
「それ、どうしても俺じゃなきゃ駄目です? ルーシエの方が適役だと思うんですが」
「ルーシエは駄目よ。やってもらうことが山ほどあるし、綺麗な顔をしているとは言え、背が高すぎるわ」
「じゃあフラッシュを……」
「本気で言ってるの? 無理よ、こんな筋肉男じゃ」
アリシアの言葉にフラッシュはぶっと吹き出した。笑っている状況ではないと自制しているようだが、堪え切れずに肩を震わせてしまっている。
マックスは「俺も筋肉男になりたい」とこぼしていた。今だけ、と付け加えて。
「これはあなただから任せられるの。誰よりも反応速度の早いマックスだからこそよ。やってくれるわね」
「くっ……いや……はい……、いや」
「まだ渋るの? あなたは優秀だから、降格させるのは本意ではないわね」
「うぅ! やります! やれます!!」
「服は用意できるの?」
「つてはあります!」
マックスは半ばやけくそ気味に、裏戸から出ていった。
「くっくっく……マックスが……女装……っぶ!」
「こらフラッシュ。護衛に集中しなさい」
「う、ういっす……くくっ」
マックスが戻ってくるまでの間、アリシアがマックスの代わりをする。マーディアのそばに控え、彼女の自傷行為を防ぐのだ。その隣では、シウリスがまだ震えている。
「アンナ、洗わなくてもいいわ。シウリス様のお側にいてあげて」
「わかったわ」
アリシアが時計を見上げると、ちょうど日付けが変わったところだった。マーディアはぼうっとしているせいか、眠たそうにも見える。
「マーディア様、シウリス様、寝室にご案内します。こちらへ」
アリシアがマーディアを支え、アンナがシウリスの支えとなって客間へと案内する。二つのベッドが置いてある、小さめの部屋だ。王族が泊れるような場所ではないが、仕方ない。
アリシアはマーディアをベッドに横たえらせ、羽布団をかけた。するとマーディアは突如意識を飛ばしてスヤスヤと寝息を立て始める。
「アンナ……アンナ、一緒にいて……」
シウリスは消え入りそうな声で、アンナにそう頼んでいた。困ったように見上げてくるアンナに、アリシアは頷く。
「シウリス様が眠るまで、一緒にいてさしあげなさい。ここに座って」
ベッドの横に椅子を置いてあげると、アンナはそこに座ってシウリスの手を握りなおしている。
「筆頭、俺はさすがに寝室はマズイすよね?」
「そうね、ドアの前で警護してちょうだい。マックスが戻ってきたら、中はマックスに任せるわ」
「お、噂をすれば……侍女が来たみたいっすよ」
フラッシュがそう言うと、本当にマックスが戻ってきた。その早さに驚くも、まだ彼は女装を終えていない。そしてマックスの後ろには、背が高く、長い銀髪を下の方で結った男の姿があった。
「ルーシエ! あなたが来たのね。ジャンは?」
「アリシア様、今からすべてお話しします。マックスはこの服に着替えて、王妃様の守護を」
「すべてお見通し、ってわけか」
マックスはルーシエに渡された侍女服を見て、そっと息を吐いていたようだった。
「フラッシュも警備に戻ってください。皆さんにも後で説明しますが、まずはアリシア様に」
「ええ、お願い」
警備を二人に任せて、アリシアはルーシエとともにリビングへと戻った。
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