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アリシア編
73.救いようがないわ
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「誰にも必要とされてないと思って生きてきたの? ……馬鹿ね……」
「実際そうなんだよ。ロクロウにあなたを頼むと言われた時は、俺を頼ってくれる人がいて嬉しかった。だから俺は、あなたの力になりたいと思った」
ジャンは言葉の通り、ずっとアリシアのために邁進してきたのだろう。雷神に頼りにされたことが嬉しくて、それがジャンの人生の目標となっていたのかもしれない。アリシアは、かつて雷神が『なにかを見つけられた奴の目は変わる』と言っていたことを思い出す。
「けど結局、あなたにとって俺は……必要な人間じゃなかった」
ジャンがその言葉を発した瞬間、アリシアはジャンの両頬をバチンと叩く。そしてそのまま顔をグイと自分に向けた。
「なにを言ってるの!! 私があなたを必要としてない!? 本当にそう思ってるのなら、救いようがないわ!」
「アリシア……筆頭」
驚いたように目を広げるジャンに、アリシアは続ける。そんな考えを持っているジャンが、どうしても許せない。
「私だけじゃない……ルーシエだってマックスだって、フラッシュだって! あなたにとって彼らはなんなの? 単なる仕事仲間というだけ? 違うでしょう!!」
「俺にとっては必要な奴らでも、相手にとってそうだとは限らないだろ」
冷めた口調で言われ、アリシアは惻隠の情をジャンに向けた。
「……救いようがないわ、本当に」
「救ってよ、アリシア」
ジャンの頬に当てていたアリシアの手を、彼はゆっくりと掴んで顔から離す。
「俺は誰より、あなたに必要とされたい」
そう言われるのは嬉しい反面、納得のいかない言葉だった。すでにアリシアはジャンを必要としているし、彼の存在を認めているのは自分だけではない。それをどうにかして伝えたい。
「どうすればいいの? どうすればジャンは、私に必要とされてると感じるの?」
「俺に抱かれて。俺を受け入れて」
そう言って伸びる手を、アリシアは身を逸らして躱す。そしてジャンから逃げるように立ち上がった。
「……っ、筆頭」
「そんなことであなたは必要とされていると感じられるの? なら、今まであなたを受け入れてきた女性たちは、みんなあなたを必要としていたということになるわ。でも、違うんでしょう」
アリシアの言葉に、ジャンは反応を示さなかった。つまりそれは、肯定の意味に違いない。
「だから抱かれたりしない。そんなことをしなくても私はあなたを必要としているし、ルーシエたちも同じ気持ちなのよ。それを理解してくれるまでは、あなたには抱かれたくないの」
そう言うと、ジャンの顔がほんの少し緩んだ。『あれ?』というように。その表情の意味がわからず、アリシアはジャンの次の言葉を待つ。
ジャンはアリシアの言葉を頭で復唱しているようで、その唇が声なく動かされていた。そしてその意味をジャンは言葉にする。
「……俺がみんなに必要とされてると思うことができれば、あなたは俺に抱かれてくれるんだ」
ジャンの言葉に、アリシアの顔はカッと熱くなった。しかし、つまりはそういうことだ。あの時、アリシアはジャンに抱かれることを拒まなかったのだから。
「ええ、まぁ……そう、ね」
「わかった。俺はみんなに必要とされてる」
「変わり身早いわよ、ジャン!」
「筆頭よりマシだよ」
ジャンは立ち上がりアリシアを掴むと、抱き締めようとその腕を引っ張ってくる。しかしアリシアはそれに抵抗し、己の腕を引き外した。
「だめ、ジャン……」
「……なんで」
「あなたと結ばれると、浮かれてしまいそうな自分がいるのよ」
「いいよ、浮かれなよ」
「今は、だめだわ」
「……なんで」
不服だと言わんばかりに問われたアリシアは、申し訳なさから目を伏せた。
「アンナは、婚約者を失ったばかりなのよ……」
「それとこれとは話が別だろ」
「娘の気持ちも考えられないような親には、なりたくないの」
今度はジャンの方がアリシアから顔を背けた。そしてボソリと呟く。
「……また俺は待たされ坊主か」
今まで散々待たせてきた。その挙句、彼を受け入れるような言動をしておきながら、また保留という事態になっているのだ。さすがのアリシアも、この状況に罪悪感が募る。
「ごめんなさい。もう少しだけ待って」
「もう少しって、いつ。二年、五年、十年?」
ジャンは苛立ちというより、諦めに近い様子で尋ねている。そんな彼に、アリシアは真摯に答えた。
「アンナの悲しみがある程度癒されて、あなたが仲間に必要とされていることを実感できた時」
「また曖昧だな……」
「私もロクロウをちゃんと諦められるだけの時間がほしいの。でも必ず一年以内に心を決めるわ」
雷神を諦めると口に出すと、途端に胸が苦しくなる。しかしこの先ジャンを選ぶとするなら、かつて愛した者のことを忘れなければ前に進めなかった。
「……わかった。ここまで待ったんだ。期限が決められただけ、有り難いよ」
「ジャン……」
少し微笑んだジャンを見て、アリシアもまたホッと笑顔を向ける。
ジャンは皆に必要とされている人間なのだということを、認識させてあげたい。そうして心の傷を癒し、今まで思い込んでいたことは間違いだったのだと気付かせてあげたい。
そう思うと、途端にジャンのことを愛おしく感じ始めた。
「筆頭、そろそろ出て。その顔、たまらなくなるから」
「あ……ら……ごめんなさい」
退室を促され、アリシアは素直に扉に向かう。一体どんな顔をしていたというのだろうか。アリシアはほんの少し熱くなった自身の頬に触れながら、ジャンの部屋を出る。
「おやすみ、筆頭」
「おやすみ、ジャン」
向けられた笑みを独り占めにし、アリシアは熱い息を吐きながら扉を閉めたのだった。
「実際そうなんだよ。ロクロウにあなたを頼むと言われた時は、俺を頼ってくれる人がいて嬉しかった。だから俺は、あなたの力になりたいと思った」
ジャンは言葉の通り、ずっとアリシアのために邁進してきたのだろう。雷神に頼りにされたことが嬉しくて、それがジャンの人生の目標となっていたのかもしれない。アリシアは、かつて雷神が『なにかを見つけられた奴の目は変わる』と言っていたことを思い出す。
「けど結局、あなたにとって俺は……必要な人間じゃなかった」
ジャンがその言葉を発した瞬間、アリシアはジャンの両頬をバチンと叩く。そしてそのまま顔をグイと自分に向けた。
「なにを言ってるの!! 私があなたを必要としてない!? 本当にそう思ってるのなら、救いようがないわ!」
「アリシア……筆頭」
驚いたように目を広げるジャンに、アリシアは続ける。そんな考えを持っているジャンが、どうしても許せない。
「私だけじゃない……ルーシエだってマックスだって、フラッシュだって! あなたにとって彼らはなんなの? 単なる仕事仲間というだけ? 違うでしょう!!」
「俺にとっては必要な奴らでも、相手にとってそうだとは限らないだろ」
冷めた口調で言われ、アリシアは惻隠の情をジャンに向けた。
「……救いようがないわ、本当に」
「救ってよ、アリシア」
ジャンの頬に当てていたアリシアの手を、彼はゆっくりと掴んで顔から離す。
「俺は誰より、あなたに必要とされたい」
そう言われるのは嬉しい反面、納得のいかない言葉だった。すでにアリシアはジャンを必要としているし、彼の存在を認めているのは自分だけではない。それをどうにかして伝えたい。
「どうすればいいの? どうすればジャンは、私に必要とされてると感じるの?」
「俺に抱かれて。俺を受け入れて」
そう言って伸びる手を、アリシアは身を逸らして躱す。そしてジャンから逃げるように立ち上がった。
「……っ、筆頭」
「そんなことであなたは必要とされていると感じられるの? なら、今まであなたを受け入れてきた女性たちは、みんなあなたを必要としていたということになるわ。でも、違うんでしょう」
アリシアの言葉に、ジャンは反応を示さなかった。つまりそれは、肯定の意味に違いない。
「だから抱かれたりしない。そんなことをしなくても私はあなたを必要としているし、ルーシエたちも同じ気持ちなのよ。それを理解してくれるまでは、あなたには抱かれたくないの」
そう言うと、ジャンの顔がほんの少し緩んだ。『あれ?』というように。その表情の意味がわからず、アリシアはジャンの次の言葉を待つ。
ジャンはアリシアの言葉を頭で復唱しているようで、その唇が声なく動かされていた。そしてその意味をジャンは言葉にする。
「……俺がみんなに必要とされてると思うことができれば、あなたは俺に抱かれてくれるんだ」
ジャンの言葉に、アリシアの顔はカッと熱くなった。しかし、つまりはそういうことだ。あの時、アリシアはジャンに抱かれることを拒まなかったのだから。
「ええ、まぁ……そう、ね」
「わかった。俺はみんなに必要とされてる」
「変わり身早いわよ、ジャン!」
「筆頭よりマシだよ」
ジャンは立ち上がりアリシアを掴むと、抱き締めようとその腕を引っ張ってくる。しかしアリシアはそれに抵抗し、己の腕を引き外した。
「だめ、ジャン……」
「……なんで」
「あなたと結ばれると、浮かれてしまいそうな自分がいるのよ」
「いいよ、浮かれなよ」
「今は、だめだわ」
「……なんで」
不服だと言わんばかりに問われたアリシアは、申し訳なさから目を伏せた。
「アンナは、婚約者を失ったばかりなのよ……」
「それとこれとは話が別だろ」
「娘の気持ちも考えられないような親には、なりたくないの」
今度はジャンの方がアリシアから顔を背けた。そしてボソリと呟く。
「……また俺は待たされ坊主か」
今まで散々待たせてきた。その挙句、彼を受け入れるような言動をしておきながら、また保留という事態になっているのだ。さすがのアリシアも、この状況に罪悪感が募る。
「ごめんなさい。もう少しだけ待って」
「もう少しって、いつ。二年、五年、十年?」
ジャンは苛立ちというより、諦めに近い様子で尋ねている。そんな彼に、アリシアは真摯に答えた。
「アンナの悲しみがある程度癒されて、あなたが仲間に必要とされていることを実感できた時」
「また曖昧だな……」
「私もロクロウをちゃんと諦められるだけの時間がほしいの。でも必ず一年以内に心を決めるわ」
雷神を諦めると口に出すと、途端に胸が苦しくなる。しかしこの先ジャンを選ぶとするなら、かつて愛した者のことを忘れなければ前に進めなかった。
「……わかった。ここまで待ったんだ。期限が決められただけ、有り難いよ」
「ジャン……」
少し微笑んだジャンを見て、アリシアもまたホッと笑顔を向ける。
ジャンは皆に必要とされている人間なのだということを、認識させてあげたい。そうして心の傷を癒し、今まで思い込んでいたことは間違いだったのだと気付かせてあげたい。
そう思うと、途端にジャンのことを愛おしく感じ始めた。
「筆頭、そろそろ出て。その顔、たまらなくなるから」
「あ……ら……ごめんなさい」
退室を促され、アリシアは素直に扉に向かう。一体どんな顔をしていたというのだろうか。アリシアはほんの少し熱くなった自身の頬に触れながら、ジャンの部屋を出る。
「おやすみ、筆頭」
「おやすみ、ジャン」
向けられた笑みを独り占めにし、アリシアは熱い息を吐きながら扉を閉めたのだった。
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