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ジャン&ルティー編
07.まだ出会われていないだけ
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トラヴァスはなにを考えているかわからぬ表情で、ルティーをジッと見つめている。精察されているのだ。ルティーの今後の発言如何で、きっとこの人は敵にも味方にもなるだろう。正念場だ。
ルティーはふうっと息を吐き出し、呼吸を整えた。そして吐き出す息は、穏やかな問いとなって彼に語りかける。
「トラヴァス様は、誰のために戦っておいでですか?」
「無論、ストレイア国民のために」
ルティーの問いに、滞ることなく返事がきた。
「それは、本当のことでしょうか」
「……なに?」
ルティーの言葉に、トラヴァスは少し眉間に皺を寄せた。彼はこの発言を、当然のことながら快く思ってはいないだろう。
「トラヴァス様がおっしゃっていることは、建前ではありませんか?」
「建前、だと?」
「はい。今から小娘が生意気を言いますが、どうかご了承くださいませ」
「いい、続けてくれ」
こういうことを聞かずにはいられないのがトラヴァスのいいところだと思う。ルティーは惑わずに、まっすぐに視線を向けた。決して威圧はせず、どこまでも純粋な瞳を。
「トラヴァス様がストレイア国民のために戦っているのは真実だと思っております。けれど、本当にそれだけでしょうか。特別な誰かのためにその頭脳を生かし、剣を振るってはいませんか?」
「例えば?」
「例えば、恋人や、家族のために」
「恋人とは前に別れてからそれきりだ。家族は守るべきストレイア国民に位置付けしている。特別視しているつもりはない」
「ではまだ出会われていないだけですね」
「……む」
一拍待っても言葉の続かないトラヴァスに、ゆっくりと、そして堂々とルティーは語り始めた。
「『特別な誰か』に出会った方々を、私は知っています。その人のために戦うことで、どれほど強くなれるのか。……トラヴァス様はまだ、ご存知ないのでしょうね」
こんな不遜な態度を取って、内心肝が冷えた。一か八かの賭けだ。生半可な方法で、この人を説得できるはずなどないのだから。
「命を懸けられる対象が、会ったことも見たこともない人、というのが私には信じられません。それが騎士道精神だというのなら、その通りなのでしょう。でも私は騎士ではありません。見ず知らずの国民のために命を懸けることはできないんです。私が戦場に赴くのは、そこに特別な誰かがいる時だけです」
「その特別な誰かというのが、アンナだと?」
「はい、その通りです」
言ってやった。言い切ってやった。悔いはないが、反応が怖い。
トラヴァスは変わらずルティーの瞳を覗き込むように見ているだけで、なんのアクションもない。この沈黙の時間が酸素だけを食い尽くしているかのように、どんどんと息苦しくなる。
二人は互いを探るように目を見つめ。
そして厳しい目をしたままのトラヴァスが、口を開いた。
「……最後にひとつだけ聞こう。なぜ、アンナなのかを」
トラヴァスからの最後の質問。彼の揺らぎが感じ取れる。ルティーの背水の陣は無駄ではなかったようだ。この答え方ひとつで進退が決まるに違いない。しかしその問いに対する答えなど、決まっていた。
「人に惹かれるのに、理由があるのでしょうか。私はアリシア様に惹かれ、そして偶然その娘であるアンナ様に惹かれただけです」
「……偶然、か」
真っ直ぐに告げるとトラヴァスは鼻でフッと息を出すようにし、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
「偶然ならば仕方ない。通達の書類を渡しなさい」
「え……? は、はい!」
慌ててルティーは通達の書類をトラヴァスに差し出した。今のは了承、ということでいいのだろうか。あっさりと言われてしまい、どこか半信半疑でトラヴァスの様子を見守る。
書類を手にしたトラヴァスは、己のペンで文字を書き加えていた。文官と字を似せるのに苦労しているようだ。
そしてその作業が終わると、トラヴァスはそれを持ったまま立ち上がった。
「一緒に来なさい。アンナの付き人にさせてやろう」
「は、はいっ!!」
あまりの嬉しさで、夢の中にいるかのように目の前に霞がかかる。ソファから立ち上がったまではよかったが、数歩進むと足元が覚束なくなり、ルティーはその場にへたんと座り込んだ。
「ルティー?」
「は……あ……よ、よかったぁ……」
そんなルティーを見て、トラヴァスは苦笑しつつも手を差し伸べてくれた。ルティーはその大きな手を取り、なんとか立ち上がる。
「私とあれだけの問答ができるなら、直接アンナ相手でもどうにかなったのではないか?」
「いいえ、直接ですと、どうしてもアリシア様のことを全面に出されてしまうでしょうから……」
「まぁそうだな。第三者が言う方が効果的だろう」
あっさりと肯定しながらトラヴァスは歩き、ルティーはそれに続く。そしてアンナの執務室にノックをし、入っていった。
ルティーはふうっと息を吐き出し、呼吸を整えた。そして吐き出す息は、穏やかな問いとなって彼に語りかける。
「トラヴァス様は、誰のために戦っておいでですか?」
「無論、ストレイア国民のために」
ルティーの問いに、滞ることなく返事がきた。
「それは、本当のことでしょうか」
「……なに?」
ルティーの言葉に、トラヴァスは少し眉間に皺を寄せた。彼はこの発言を、当然のことながら快く思ってはいないだろう。
「トラヴァス様がおっしゃっていることは、建前ではありませんか?」
「建前、だと?」
「はい。今から小娘が生意気を言いますが、どうかご了承くださいませ」
「いい、続けてくれ」
こういうことを聞かずにはいられないのがトラヴァスのいいところだと思う。ルティーは惑わずに、まっすぐに視線を向けた。決して威圧はせず、どこまでも純粋な瞳を。
「トラヴァス様がストレイア国民のために戦っているのは真実だと思っております。けれど、本当にそれだけでしょうか。特別な誰かのためにその頭脳を生かし、剣を振るってはいませんか?」
「例えば?」
「例えば、恋人や、家族のために」
「恋人とは前に別れてからそれきりだ。家族は守るべきストレイア国民に位置付けしている。特別視しているつもりはない」
「ではまだ出会われていないだけですね」
「……む」
一拍待っても言葉の続かないトラヴァスに、ゆっくりと、そして堂々とルティーは語り始めた。
「『特別な誰か』に出会った方々を、私は知っています。その人のために戦うことで、どれほど強くなれるのか。……トラヴァス様はまだ、ご存知ないのでしょうね」
こんな不遜な態度を取って、内心肝が冷えた。一か八かの賭けだ。生半可な方法で、この人を説得できるはずなどないのだから。
「命を懸けられる対象が、会ったことも見たこともない人、というのが私には信じられません。それが騎士道精神だというのなら、その通りなのでしょう。でも私は騎士ではありません。見ず知らずの国民のために命を懸けることはできないんです。私が戦場に赴くのは、そこに特別な誰かがいる時だけです」
「その特別な誰かというのが、アンナだと?」
「はい、その通りです」
言ってやった。言い切ってやった。悔いはないが、反応が怖い。
トラヴァスは変わらずルティーの瞳を覗き込むように見ているだけで、なんのアクションもない。この沈黙の時間が酸素だけを食い尽くしているかのように、どんどんと息苦しくなる。
二人は互いを探るように目を見つめ。
そして厳しい目をしたままのトラヴァスが、口を開いた。
「……最後にひとつだけ聞こう。なぜ、アンナなのかを」
トラヴァスからの最後の質問。彼の揺らぎが感じ取れる。ルティーの背水の陣は無駄ではなかったようだ。この答え方ひとつで進退が決まるに違いない。しかしその問いに対する答えなど、決まっていた。
「人に惹かれるのに、理由があるのでしょうか。私はアリシア様に惹かれ、そして偶然その娘であるアンナ様に惹かれただけです」
「……偶然、か」
真っ直ぐに告げるとトラヴァスは鼻でフッと息を出すようにし、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
「偶然ならば仕方ない。通達の書類を渡しなさい」
「え……? は、はい!」
慌ててルティーは通達の書類をトラヴァスに差し出した。今のは了承、ということでいいのだろうか。あっさりと言われてしまい、どこか半信半疑でトラヴァスの様子を見守る。
書類を手にしたトラヴァスは、己のペンで文字を書き加えていた。文官と字を似せるのに苦労しているようだ。
そしてその作業が終わると、トラヴァスはそれを持ったまま立ち上がった。
「一緒に来なさい。アンナの付き人にさせてやろう」
「は、はいっ!!」
あまりの嬉しさで、夢の中にいるかのように目の前に霞がかかる。ソファから立ち上がったまではよかったが、数歩進むと足元が覚束なくなり、ルティーはその場にへたんと座り込んだ。
「ルティー?」
「は……あ……よ、よかったぁ……」
そんなルティーを見て、トラヴァスは苦笑しつつも手を差し伸べてくれた。ルティーはその大きな手を取り、なんとか立ち上がる。
「私とあれだけの問答ができるなら、直接アンナ相手でもどうにかなったのではないか?」
「いいえ、直接ですと、どうしてもアリシア様のことを全面に出されてしまうでしょうから……」
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