若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

文字の大きさ
21 / 115
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

021●フロー編●19.人の機微に聡いわけ

しおりを挟む
 広場にある大きな泉に目を向けると、小鳥たちが水浴びをしている姿が目に入ってきた。

「あ、ねぇ、鳥がいるよ!」

 泉にそっと近づき、ピチチと楽しそうに歌う小鳥たちを眺める。
 ふと隣を見ると、ラルスもその様子を笑顔で見守っていた。

(平和だなぁ)

 幸福を感じながら見ていると、近くで子どもたちが走り始めた。驚いた鳥たちは、羽音を立てて飛び立つ。行方を追うように顔を上げると、泉からでも見える城の方へと羽ばたいていった。
 ハウアドルの王都は、中央より北寄りに石造りの大きな城があり、そこにフローリアンたち王族は住んでいる。
 城を取り囲む壁の内部は王城街と呼ばれ、行政庁舎や騎士団本部が配置されていて、広い庭園もある。
 建国祭や祝典の際には城門が解放され、王族を一目見ようと多くの人がやってくる場所でもあった。

 城壁の外側は貴族の邸宅が並び、続いて富裕層や高官たち、高級品や贅沢品を扱う店舗や、高級レストラン、劇場やオペラハウスなどの文化施設が立ち並んでいて、貴族街と呼ばれている。
 今いる場所は、それらよりも少し離れている、中流層の住むエリアの中間街だ。
 大きな広場やさまざまな商店、レストランや洒落たカフェも多くあり、人が賑わい飽きない場所である。
 ふと気になってフローリアンはラルスを横目で見上げた。

「ラルスはどこに住んでるの?」
「中間街ですよ。シャイン殿が手配してくれたとこに住んでます。最初は貴族街にって言われたんですけど、俺は庶民なんで断りました」
「シャインがいいっていうなら良かったのに」
「大きい家に一人で住むのも嫌だったんで」
「ラルスの家族は?」
「農業地帯に住んでますよ」

 中間街からさらに遠ざかると、庶民街がある。ここでは質素な家屋やアパートメントが並び、狭い路地や活気ある市場が広がっている。職人や商人、労働者たちが暮らし、日々の喧騒や生活の息吹が感じられる場所だ。食堂や居酒屋、小さな工房や商店が点在し、地域の活気を支えてくれている。

 そこからさらに離れると、農業地帯と呼ばれる場所がある。
 王都の中か外かという曖昧な地域で、人によっては村扱いする者もいる場所だ。
 農業地帯は農地や牧場が広がっていて、新鮮な食材を供給してくれている。商業施設や倉庫が点在して、物流も盛んに行われている。なくてはならない地域だ。

「へえ。ラルスもそこで住んでたんだよね?」
「まぁ、少しの間だけ」
「ちゃんと帰ってるのか?」
「んー、最近はあんまりですね」

 ラルスは朝早くから自主的に鍛錬もしているし、平日は農業区まで帰る時間はないだろう。休みの日にしたって、恋人がいるから家族は二の次になってしまっているのかもしれない。

「ダメだよ、ちゃんと帰ってあげなきゃ。そうだ、まだ時間はあるから今から行こう!」
「え、今からですか!?」
「今から! ラルスが嫌じゃないなら行こうよ」
「嫌なわけじゃないですけど……別に行っても面白くないと思いますよ?」
「面白い、面白くない問題じゃないだろう」
「王子が行きたい場所に行った方が……せっかくの休みなんだし」
「僕は、ラルスの家族に会ってみたいよ」

 そう言うと、ラルスは『なんで?』という顔をしながらも、「王子が希望されるなら」と行くことになった。
 歩くには時間がかかるので、騎士団中間街支部の厩舎で馬を借りる。

「王子、馬には乗れますっけ」
「乗れるけど、初めて乗る馬は性格がわからないからちょっと自信ないな」
「じゃあ、一緒に乗りましょう」

 ラルスは当然のようにそう言って、一頭厩舎から馬を連れ出すと、ひらりと馬上に飛び乗った。

「さ、王子」

 なんの躊躇もなく差し出される手。
 これで自分の方が躊躇しては、おかしく思われるかもしれないと思い、えいやっとその手を取った。その瞬間、ぐいっと強く引き上げられ、ラルスの前へと座らされる。

「じゃあ、行きますよ」
「ねぇ、男同士で二人乗りって……恥ずかしくない!?」
「そんなことないですよ。俺、弟と二人でこうして乗ることありますよ」

 ラルスはまったく気にしない様子で馬を歩かせ始めた。

狼狽うろたえちゃ、ダメだ)

 思った以上の密着で、後ろからラルスの呼吸音までも聞こえてくる。
 平常心だと自分に言い聞かせながら、馬は農業地帯の方へと歩いて行く。

「そういえば、ラルスの家族構成って聞いたことなかったな」
「普通の家族ですよ。父さんと母さん、妹が二人、一番下に弟がいます。あと、最近山から降りてきたじいちゃんも」
「へぇ、ラルスはお兄ちゃんだったんだね」
「全然兄っぽいことはしてないですけどね。俺、ずっとじいちゃんと山で暮らしてたんで」
「そうなんだ」

 どうして山で暮らしていたのか、気にはなったが聞いていいものかわからず、フローリアンは口を噤んだ。
 家族仲が悪かったりするのだろうか。ならば、家に行こうという提案は不快でしかなかったのかもしれない。

(でも嫌じゃないって言ってたし、大丈夫だよね……?)

 しばらく帰っていないと言っていたから喜ぶかと思ったが、余計なことだったろうか……そう思うと申し訳なくて心は沈んだ。
 しかし今さら『やっぱり行くのはやめよう』とも言えず、そのまま農業地帯へと入る。
 王都の中心街に比べると、一気に穏やかな空気が流れ込んできた。広がる緑色の景色に心がほっとする。

「俺の家、あそこです」

 農業地帯の広がる風景の中に、その家は静かに佇んでいた。現在六人で暮らしている家にしては小さすぎるように感じたが、それは自分が王族だからかもしれないとフローリアンは思う。
 家の横には柵が張り巡らされていて、数頭の山羊がラルスを見てメェと鳴いていた。

「山羊を飼ってるんだ!」
「じいちゃんが山で飼ってたのを連れてきたんですよ。多過ぎてここでは世話ができなかったんで、ほとんど売っちゃったんですけど」

 山羊がどういうものかを知っていても、こんなに近くで見るのは初めてだ。家の前で馬を降りたフローリアンは、柵の近くに駆け寄って山羊を眺める。

「わぁ、この子は立派な髭だね。あはっ、子山羊もいる! かわいい~!」
「中に入って触りますか?」
「え、大丈夫なの?」
「いいですよ。こいつら、人に慣れてますから。けど野生のは見かけても触らないでくださいね」
「野生の山羊に会うことがまずないよ」

 フローリアンが苦笑いしながら答えると、「それもそうですね!」とラルスも笑っている。
 柵を開けて中に入ると、大きなヤギがゆっくりとラルスの方に近づいてきた。ラルスは近所の子にでもするように、わしわしと頭を撫でてあげている。

「僕も……いい?」
「もちろん」

 そっと体を撫でると、ふわりと押し返される。考えていた以上に弾力があって、フローリアンは何度も何度も感触を確かめた。

「あはっ、山羊ってこんな毛をしてるんだね! 初めて触ったよ!」
「子山羊の方はもっと柔らかいんですよ」

 そう言うとラルスは子山羊を抱き上げて、目の前に差し出すように見せてくれた。
 ピンと立った耳が愛らしくて、見るだけで口元が緩んでしまう。

「はぁあ、かわいい~!」

 誘われるように子山羊に触れると、大人とは違った柔らかい毛が手に吸い付いて行く。滑らかで、温かくて、いつまででも触っていられそうだ。

「王子、それくらいで。親のところに行きたがってます」
「え、そうなの? ごめん!」

 フローリアンが慌てて手を離すと、ラルスは子山羊を足元へと降ろした。するとすぐに子山羊が親のところへと戻っていっている。

「よくわかったね、ラルス」
「表情とか、様子を見てたらわかりますよ」

 フローリアンには山羊の表情が変わったようには見えなかったが、ラルスにはわかるらしい。それを聞いて、フローリアンは少し納得してしまった。

(ラルスが人の機微に聡いのって、言葉を交わせない動物と触れ合ってきたからなのかもしれないな)

「なんですか、王子」

 じっと見つめてしまっていたフローリアンは、慌ててラルスから目を逸らす。

「な、なんでもない! それより──」
「ラルス? 帰ってるの?」

 家の扉が開いて、一人の女性が現れた。長い髪を後ろで束ねた、優しそうな目尻をしている。

「母さん、ただいま」
「ただいまってあなた、その格好……えええ、まさか、そちらにいるのは王子様!!?」

 ラルスに母さんと呼ばれたその人は、腰を抜かしたのかその場にへなへなとしゃがみ込んでしまった。

「どうしたの、お母さん」

 中からどやどやと、何人もの人が現れる。
 そしてフローリアンを見るたび、全員が腰を抜かしてしまったのだった。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...