若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

文字の大きさ
28 / 115
第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

028●フロー編●26.現実

しおりを挟む
 フローリアンが二十歳を迎えたあたりから、周囲からツェツィーリアとの結婚はいつなのかと急かされるようになってきた。
 その度に『陛下を差し置いて結婚などできない』『ベルガー地方の創生が軌道に乗るまで』とさまざまな理由をつけ、延ばし続けて二年。現在は二十二歳になっている。

 有名な音楽家になると豪語していたイグナーツは、王都ではかなりその名を知られるようになっていた。
 一度、話をしなければならないとは思っているが、今は実績を積んで信用を得たいところなのだ。案件をいくつも抱えているので、イグナーツと会っている暇もなく日々が過ぎている。
 護衛騎士のラルスは、今も変わらずフローリアンのそばにいた。

「王子、陛下から重要な話があるということで、今すぐ先王陛下の部屋に来てほしいそうです」

 護衛になりたての二十歳の頃よりも、キビキビとして男らしくなったラルス。いつか彼のことを諦められるだろうと思いながら、気持ちは変わらず続いている。
 ラルスは現在二十七歳。なんの報告もないので、まだ結婚はしていないようだ。
 付き合っていた恋人とどうなっているのかは、怖くて聞くこともできていなかった。

 先王である父親の部屋への呼び出されたフローリアンは、言われた通りに移動する。
 先代の王ラウレンツは現在、体調がすぐれず、部屋で寝たきりである。王の間ではなく、父の部屋ということは、家族全員が聞かなければいけないということだ。
 結婚の催促ならわざわざ家族ですることもないはずで、なんだか嫌な予感がした。
 部屋に入ると、すでに父、母、兄が揃っている。

「兄さま、どうなさったのですか? 大事な話とは……」

 フローリアンが兄に目を向けると、ディートフリートはにっこり笑った後、両親の方に顔を向けた。

「私の元婚約者であるユリアーナが、国境沿いのエルベスという町で見つかりました」

 元婚約者、ユリアーナ。
 フローリアンも名前だけは知っている。彼女の父親ホルストが不正を働いたために婚約破棄となり、王都を追放された元侯爵令嬢だと。
 ディートフリートやシャインらはウッツ・コルベを投獄したものの、ホルストの不正がウッツによる画策だったとは証明できなかった。だからもう、ユリアーナのことは諦めたのだと思っていたが。

「ユリアーナが……? 元気にしていたの?!」

 エルネスティーネが歓喜の声をあげていて、フローリアンは呆然とした。
 とっくに縁が切れたはずの娘を、どうして気にしているのか、理解ができない。

「うん、元気だったよ」
「そう……良かったわ……」

 この二十年間、気丈に振る舞っていたエルネスティーネが鼻を鳴らした。涙こそ見せていないものの、フローリアンの胸にズンとなにかがのしかかる。

「ディート……まさか、ユリアーナを王妃に迎えたいと言うのではないだろうな……」

 ラウレンツの言葉にフローリアンは目を見開いた。
 先ほどから展開についていけないが、もしユリアーナという女性が王妃となるなら、フローリアンとツェツィーリアはお役御免になるはずだ。
 やった、と一瞬心で叫ぶも、彼女の父親の汚名は晴れていない。どうするつもりかと疑問を浮かばせた瞬間、ディートフリートは口を開いた。

「私は王位をフローに譲って王族を離脱し、一般人としてユリアを娶りたいと思っています」

 予想外の兄の言葉に、フローリアンは思わず大きな口を開ける。

「はぁあああ?! 兄さま?!」

 冗談じゃない、という言葉は、かろうじて飲み込んだ。
 婚姻の話ではなく、まさかの王位継承が言い渡されて、頭は一瞬にして掻き乱される。
 フローリアンの混乱をよそに、母エルネスティーネは『やっぱり』と言いたげな顔をし、父ラウレンツはベッドの上でクックと笑っていた。

「な、なにを笑っていらっしゃるのですか、父さま! 兄さまを止めてください!」

 フローリアンの言葉を聞いても、父の笑い声は止まらない。

「ははは、いつかそう言うのだろうとは思っていたがな。お前が弟を作れと言った時から、覚悟はしていたよ」
「ふふ、そうですね」

 ついていけない。どうしてこんなことになっているのか、まったく理解できない。
 そして、今すぐにでも王族を離脱を望むという兄に、父は言葉を放った。

「お前の気持ちはよくわかった。だが王族を離脱するのは、次の王になるものを説得してからにせよ。わしからはそれだけだ」

 実質の先王からの承諾。ディートフリートの視線はフローリアンに移される。

「フロー」
「待ってください、兄さま! 僕はまだ二十二歳ですよ?! まだまだ、王の器ではありません!」

 フローリアンは必死になってそう言い訳した。
 結婚はともかく、王になるのはまだ先だと思っていたのだ。急に言われて決心がつくわけもない。

「フロー、頼むよ……お前しか、王になる者はいないんだ」
「無理です! 僕は若輩者で、まだ力も人脈も勉強も足りない! 兄さまのような国家政策ができようはずもないではないですか!」
「大丈夫。フローなら、私以上に素晴らしい国を作ってくれる。最近の政策は目覚ましいものがあるよ」

 それは、いつか女性の権利保護政策を実現させるために頑張っていたものだ。
 ディートフリートが誰かと結婚し、女の子が生まれた時のためにと。
 その兄が王族を離脱するなんて考えてもしておらず、まさに青天の霹靂だった。

「無茶を言わないでください……っいきなり言われて、はいそうですかと気軽に受け入れられる案件ではありませんよ!」
「私は昔から、王になる自覚を持つよう伝えていたつもりだけどな」
「それがこんなに早くなるとは聞いていないです……っ」

 兄のディートフリートは、現在四十歳。もう何年も前から賢王と呼ばれるほどの手腕を持っている。まだまだこれから六十歳でも、なんなら七十歳まででも王に君臨できる器であるというのに。

(どうして僕が王になんか……! 僕は、女なのに……!)

 怒りと悲しみが入り混じり、目からじわりと涙が滲んだ。

「とにかく、僕はまだ王になんてなりませんから!!」
「あ、フロー!」

 今まで頑張っていたこと、すべてが無駄になったように感じて。
 フローリアンは兄の止める言葉も聞かず、その場を後にした。
しおりを挟む
感想 35

あなたにおすすめの小説

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

ワザとダサくしてたら婚約破棄されたので隣国に行きます!

satomi
恋愛
ワザと瓶底メガネで三つ編みで、生活をしていたら、「自分の隣に相応しくない」という理由でこのフッラクション王国の王太子であられます、ダミアン殿下であらせられます、ダミアン殿下に婚約破棄をされました。  私はホウショウ公爵家の次女でコリーナと申します。  私の容姿で婚約破棄をされたことに対して私付きの侍女のルナは大激怒。  お父様は「結婚前に王太子が人を見てくれだけで判断していることが分かって良かった」と。  眼鏡をやめただけで、学園内での手の平返しが酷かったので、私は父の妹、叔母様を頼りに隣国のリーク帝国に留学することとしました!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】転生したら悪役継母でした

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。 その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。 しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。 絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。 記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。 夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。 ◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆ *旧題:転生したら悪妻でした

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

処理中です...