若い頃に婚約破棄されたけど、不惑の年になってようやく幸せになれそうです。

長岡更紗

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第二章 男装王子の秘密の結婚 〜王子として育てられた娘と護衛騎士の、恋の行方〜

067▼シャイン編▼02.保険

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 シャインは仕事を終わらせて、家へと戻ってきた。
 十九の時に結婚した妻が、三十二年経った今でも、頬へのキスで迎えてくれる。

「おかえりなさい、あなた」
「ただいま、エマ」

 シャインもエマの目元にキスで返すと、騎士服をゆるめて食卓に座った。そこにはすでに長女が座って待っている。

「おかえりなさい、パパ」
「ドリスもおかえり。今日は早かったね」
「パパもね。そろそろお役御免な感じ?」
「ありがたいことに、無理難題を課せられているところだよ」

 ため息にならないように息を吐きながら、用意された食前酒に口をつける。

「ドリス、働く女性の意見を聞きたいんだが、いいか?」
「なになに、ようやく改善してくれるの?」

 ドリスは嬉しそうに身を乗り出してくる。エマも席に着いて、親子三人で食事をしながら話し始めた。次女はすでに結婚していて、この家にはいない。
 愚痴なら任せてというドリスは、次々と不満をぶつけ始めた。

「入社の時点で、初任給が男と倍以上違うのよ」

「意見をしたら生意気だって見下されるの」

「普段の仕事に加えて、お茶入れや掃除まで強要してくるのよ」

「都合が悪くなると、『うちは女を雇ってるから』とかわけのわからない理由を出してきて、あったまきちゃう!」

「今まで一緒に働いてた女の子が、結婚した途端に辞めさせられたわ。子どもができたらどうせ仕事なんてできないだろうって言われて……」

「私は入社してこの方、一度も昇進や昇給すらしてないのよ! 信じられる?!」

「挙句の果てに、不満があるならさっさと結婚して家庭に収まっておけ、なんて言うの!」

「子どもがいても働ける環境がなければ、女性の社会進出は難しいわ」

「働き続けたい女性は、結婚できないのよ、やめさせられるから。だから働きたい女性は、私みたいにいい年になっても独身なのよ」

 次々と出てくる娘の不満。これが現状なのは間違いない。

「ドリス」
「なぁに、パパ」
「今出した不満に、解決策は打ち出せるか?」

 シャインの言葉に、ドリスは大きく息を吐き出した。

「解決策? あっても、誰も聞いてくれやしないわ」
「ドリス。私の質問は、解決策を打ち出せるかどうかだ」

 真っ直ぐにドリスの目を見ると、その真剣さが届いたのか、しゃんと椅子に座り直した。

「解決策はいくらでもあるよ、パパ。もし私の思い通りにすることができるなら、男女ともにお互いを尊重しあえる社会になる。女だって働けるし、結婚してもやめなくてすむし、子どもが生まれても働き続けることができる。そんな社会を実現できるよ」

 そう断言するくらいなら、脳内に構想はしっかりあるだろう。ドリスは不遇なだけで、出るところに出れば能力を発揮できるタイプだとシャインは思っている。

「陛下が、議会に有能な女性を三人呼べとおっしゃっている。二人は裏で当主を操っている貴族の奥方にお願いするつもりだが、もう一人は……」

 シャインがドリスに顔を向けると、娘はキラキラと目を輝かせ始めた。

「平民の代表も、私は必要だと思っている。風当たりは、今の会社よりかなり強くて厳しいが、女性の地位を変えるチャンスでもあるよ」
「私にやらせくれるの? パパ!!」

 ゆっくり頷くと、ドリスは椅子から飛び上がり、シャインは娘に抱きつかれた。

「ありがとう、パパ!! 私、世の女性のためにがんばるわね!!」
「ひとつだけ言っておく。絶対に無理は通さないでほしい」
「ええ、わかったわ!」

 男の反感を買わないように……という言葉は、言えなかった。女は男の下だからと言っているようで。
 娘のやる気になっている姿を見ると、時流はすでに向いているのではないのかという気分になってくる。
 働く女性が増えたということは、ドリスのように不満を持っている女性が増えているということ。
 無茶なやり方だと思ったが、効率という意味では悪くないだろう。うまくいけばの話ではあるが。
 そこまで考えると、シャインは息を吐いた。つい慎重になり過ぎてしまうのは、自分の悪い癖だと。
 フローリアンの政策が成功する可能性はある。もし成功すれば、三十年かかる政策も、わずが数年で終わらせられるだろう。そうなればフローリアンもディートフリートと同じように、賢王と呼ばれるようになるかもしれない。

(なのに、どうしてこんなにも不安になってしまうのか……)

 こういう時、シャインは保険をかけるようにしている。
 もしもの時のために。
 フローリアンが女だった時のためにと、ラルスを護衛騎士にしたように。

「エマ、頼みがある」
「はい、なんでしょうか?」

 妻が若い頃と変わらぬ、ゆったりとした笑顔を見せてくれた。
 そんな妻にシャインは、万に一つの可能性のために、あることを指示したのだった。
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