娘のように、兄のように

長岡更紗

文字の大きさ
8 / 74
ロレンツォ編

第8話 騎士になれない理由とは

しおりを挟む
 ロレンツォは帰りがけに家具店を覗き、唸った。ベッドと言うものは、結構値が張る。かといって女の子が眠るベッドに、使い古しのリサイクルを買う気は起こらなかった。コリーンはそれでも良いと言ってくれるだろうが、ロレンツォの方が納得いかない。これも父親の心境だろうか。

「貯金を全部使えば、どうにかなる……か?」

 コリーンと同居してから、一ジェイアも貯金に回せていない。減る一方だ。人を一人養うというのは、思った以上にお金のかかるものだなと、ロレンツォは息を吐いた。
 最近は、女性とデートも出来ない。一緒にお茶でも如何ですかと言えなくなってから一年だ。仕方ないので、天気や季節の会話をして終わらせている。夜の約束を取り付けられる回数も、ぐっと減ってしまった。寂しい限りである。

 休みの日にコリーンを連れて家具店に来ると、彼女は一番安値のベッドを指差してくれた。自分の甲斐性のなさが嫌になる。本当なら、女の子らしいピンクの天蓋がついた、ふかふかのベッドが欲しかろうに。コリーンが選んだのは、マットの薄い、硬くて狭くて痛そうで、転がるだけのベッドだ。

「コリーン、こっちにしろ。別に、金は大丈夫だから」

 全く大丈夫でないにも関わらず、ロレンツォは父親の様な威厳や矜持を保つ為にそう言った。それでも天蓋付きベッドは指差せず、コリーンが指差したベッドより、少しランクが上がるくらいのものだったが。これで威厳が保たれたかどうかは、甚だ怪しい。

「でも」
「良いんだ。コリーンだって、すぐに大きくなる。こんな幅の狭いベッドじゃ寝るに寝られない。こっちにしよう」

 と、そっちを選んだまでは良かった。しかし支払い段階になり、配達料を含めると予算オーバーしてしまった。ロレンツォは頭を下げて、配達料は後日持ってくるからと頼み込むと、家具屋の店主は嫌な顔を見せつつも承諾してくれた。

「ごめん、ロレンツォ」
「いや。俺もうっかりしていた。配達料とは、盲点だったな」

 全く、威厳も何もあったもんじゃない。コリーンに情けない父親の姿を晒してしまい、ロレンツォは苦笑いする。

「ロレンツォ、私、働く。良い?」

 コリーンの口からそんな言葉が飛び出してきて、ロレンツォは首を振った。

「駄目だ」
「どうして。ロレンツォ、自立しろ、言った。私、働く。自立する」
「今はまだ自立の時期じゃない。勉強しろと言っただろう」
「でも、生活出来ないの、困る。私働く、少し楽になる」
「子供はそんな事を考えなくていい。大丈夫だ、俺が何とかするから」

 もしもここがノルト村ならば、コリーンも労働力として畑で働かせていただろう。しかしここはノルトでは無い。働き口も、職業も豊富なトレインチェである。何になるにしても、今は幅広く勉強しておく事が必要だ。

「ロレンツォ……」
「騎士になれば、生活は楽になるさ」

 そう言ったロレンツォは、自分の顔が曇るのを感じた。
 上京して早四年。未だ兵士のままだ。騎士への昇格試験を願い出ているものの、その許可が中々降りない。その試験を受けるには、推薦人が必要なのだそうだ。ロレンツォはまだ若く、『ノルトの田舎小僧』のイメージが強いためか、上司も推薦してはくれなかった。
 自分では、士官学校生よりも知識はあると思っているし、実戦経験においても、実力においても、彼らには負けない程の力を持っていると思っている。なのに金のある者は士官学校を出て、たった三年の勉強で、ロレンツォより高い地位である騎士になっているのだ。

 ふと見ると、コリーンが心配そうにロレンツォを見上げている。そんな彼女の頭を、ロレンツォは優しく撫でてあげた。

「よし、物置の掃除だ。あそこをコリーンの部屋にするぞ」
「……うん」

 何か言いたげなコリーンだったが、それを言わさぬ様にロレンツォは微笑んで見せた。

 娘に心配をかけるなんて、駄目な父親だな。

 良い生活とは程遠い。騎士にさえなれれば、と思うが、それもいつ叶うやら分からない。トレインチェに来て、初めて借金をしてしまった。来月は食費を削るしかなさそうだ。育ち盛りのコリーンを我慢させる訳にはいかない。北水チーズ店のチーズはキャンセルして、しばらくは質素に暮らすしかないだろう。

 家に帰ると、二人は物置の掃除をした。いらぬ物は処分し、必要な物はロレンツォの部屋やキッチンの方に移動する。
 部屋が綺麗になると、ちょうどそこにベッドが配達された。部屋に運び込むと、それだけで部屋が一杯になってしまいそうだ。机まで置くスペースはないだろう。机を買う予算も無かったが。
 それでもコリーンは、自分の部屋が出来て喜んでいた。その姿を見て、ロレンツォも幸せな気分になる。

「服を入れるタンスが必要になるな……俺が使っている棚を空けるから、しばらくはそれで我慢してくれるか?」
「いいの? ありがとう、ロレンツォ」
「どういたしまして」

 タンスも結構な値段がする。何年我慢させてしまう事になるか。
 そんなロレンツォの懸念通り、一年経ってもコリーンの部屋にタンスが置かれることはなかった。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...