娘のように、兄のように

長岡更紗

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コリーン編

第17話 超上級のレースに

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 ロレンツォの家族と昼食を取った後、コリーン達はアルバンへとやって来た。
 ユメユキナのお婿探しである。ジョージという男が良い馬を取り扱っているらしく、彼に頼むつもりのようだ。

「ジョージの所では、競馬が盛んでな。少し賭けて行くか?」

 競馬など見たこと無いが、賭け事で身が潰れる小説は読んだ事がある。

「競馬? あんまり良いイメージないけど、楽しいもの? 特に興味ないなぁ」
「よし、じゃあお前は俺に賭けろ。俺が出場するよ。そうすれば、少しは楽しめるだろう?」
「え!? ロレンツォが出るの!? うん、賭けるよ! ロレンツォに、賭ける!」

 しかしロレンツォが出るなら話は別だ。コリーンの歓喜ゲージが一気に跳ね上がる。

「よし。儲けさせてやるからな」
「勝てるの?」
「まぁ、この辺の奴らなら余裕だろう」

 幼い頃から馬と共に暮らして来た男だ。自信があるんだろう。思えば、今までロレンツォの本気の走りを見たことが無い。
 馬場に着くと裏の厩舎から中に入った。ジョージに出場する旨を伝えて承諾してもらっている。今しているレースが終わると、ロレンツォはユメユキナに跨った。

「ちょっと待っててくれ。馬場に顔を出してくる。その方が盛り上がるんだ」

 そう言ってロレンツォは馬場に出て行く。なんだかんだと楽しそうだ。元々こんな事が好きなのだろう。その勇姿を見ようと、コリーンは教えてもらった通路から馬場を見下ろした。

「何と! ミハエル騎士団のロレンツォが参戦を表明!! このレースに参加される上級者を募集します!!」

 ジョージのアナウンスに、大歓声が巻き起こる。ロレンツォはここでも人気の様だ。
 ユメユキナと共に、カッポカッポと馬場をゆっくりと回るロレンツォは、凄く楽しそうである。
 しかし、他の出場者は中々現れなかった。通路を進み、観客席まで歩いて行くと。

「おい、上級者だってよ。お前出れば?」
「あの人は別格だぞ。超上級だ、超上級! ぶっちぎりに負けて、恥かきたくねぇよ」

 そんな会話が聞こえて来る。どうやらロレンツォは、いつもぶっちぎりで勝っているらしい。きっと、女にキャーキャー言われたいからに違いない。

 誰も出場者がいなかったら、どうなるのかな。
 やっぱり流れちゃうのかな。

 そんな風に考えていたら、ロレンツォはニヤリと笑って観客席を指差していた。そしてその指の腹を上に向け、ちょいちょいと誘うように曲げている。
 誰かいるのだろうか。ロレンツォと競える程の者が。

「ああっと! ミハエルの騎士がもう一人! アクセルを、ロレンツォが挑発しているっ!!」

 ジョージのマイクパフォーマンスが入り、コリーンは硬直する。アクセルが、ここにいる。
 明からさまにムッとしたアクセルが馬場に飛び降り、観客はヒートアップしている。

「おい! 騎士隊長の内の二人が激突だぜ! どっちに賭ける!?」
「そりゃー、ロレンツォ様だろ! 今まで負けなしだぞ!」
「アクセル様は未知数だな、今まで競馬に出た事はねーし。でもアクセル様の馬は、ファレンテインでもイチ、二を争うって話だぜ」
「ああ、サニユリウスだろ? それに乗るなら最強だよなぁ! 対するロレンツォ様は、シラユキじゃなかったようだが」
「賭けるのは何の馬に乗るか、アナウンスが入ってからだな」

 一般人でも、割と馬に詳しいのだなと思いながら厩舎に続く通路を戻る。
 扉の前まで来ると、ロレンツォとアクセルの会話が聞こえてきた。

「お前はシラユキじゃなくていいのか?」
「生憎、今日は一緒じゃなくてな。丁度いいハンディだろう?」
「悪いが手加減はしない。格好悪い所を、見せたくない人がいるからな」
「……レリア・クララック殿か。感心せんな」

 ロレンツォの言葉に、コリーンはドアノブに掛けていた手を外す。
 レリア・クララック。そんな名など、コリーンは知らない。

「付き合っているのか?」
「ああ」

 アクセルが、女性と付き合っている。
 確か少し前、気になる人がいると言ってはいたが。

「別れた方がいい」
「お前がそんな事を言うとは……幻滅したぞ! ロレンツォ!」

 何故ロレンツォは、その女性と別れた方が良いなどと言ったのだろうか。まさか、自分とアクセルをくっつける為だろうか。
 そう思うと、中に入るのは憚られた。

「目を覚ませ、アクセル。彼女と付き合っても、良い事などない」
「失礼な事を言うな!」
「このレースで、俺が勝てば別れるんだ。お前が勝てば、俺は黙認しておいてやる」
「な、勝手なッ」
「折角レースをするならば、何か賭け事が無ければ面白くないだろう? それとも棄権するか、アクセル」
「俺が勝てば、レリアに謝って貰うぞ!」
「よし、それで良い」

 熱くなっているアクセルの声に、懐かしさと切なさを覚える。
 彼は今、そのレリアという人に夢中なのだろう。そう思うと、もうコリーンとは終わったはずなのに、何故か心が痛んだ。

「次の上級者障害物有のレースは、一コース、ロレンツォとユキヒメ組、二コースはアクセルとサニユリウス組です!」

 アナウンスが入り、コリーンは厩舎には戻らず、再び観客席に向かった。その直後、馬券が売れている。

「やっぱりサニユリウスに乗るアクセル様だろう!」
「いや、ユキヒメの全盛期は凄かったらしいぞ! それに乗るのはロレンツォ様だ!」

 観客達はあーだこーだ言いながら、思い思いの馬券を買っている。
 コリーンも馬券を売る売り子が目の前に来て、呼び止めた。

「はい、誰に何口賭けますか?」
「一口いくら?」
「千ジェイアになります」
「じゃあ、ロレンツォに一口賭けます」

 そう言うと売り子は馬券を渡してくれて、コリーンは千ジェイア支払う。

 でも、何でユキヒメ?
 ユメユキナならともかく、ユキヒメじゃアクセルのサニユリウスには勝てないよ……

「待って、アクセルの馬券も頂戴!」

 そう言うと売り子は振り返りながら眉を寄せた。

「お客さん、初めてですか? 全部の馬券を買っては、必ずお客さんの損になりますよ。手数料も頂いてますし」
「うん、分かってる。でも、いいの」

 売り子は首を傾げながらも、アクセルの馬券を売ってくれた。
 アクセルが競馬に出るのはどうやら初めての様だ。今後、彼がレースに出る事はないかもしれない。そう思うと、アクセルが参戦した証の馬券が欲しくなってしまった。
 そう思うと言う事は、まだ彼に未練があるという事なのかもしれない。

 しばらくすると競技開始を知らせるファンファーレが鳴り響き、アナウンスが流れる。

「本日第十二レースは、障害物有りの上級者コース! 出場者はミハエル騎士団のロレンツォと同じくアクセルの一騎打ちです!!」

 ロレンツォとアクセルが、それぞれ真剣な面持ちでゲートに入って行く。
 ロレンツォが勝てば、アクセルはレリアという女性と別れるという事になっている。

 もし、アクセルがレリアさんと別れたら……?
 私にも、まだチャンスはある……?

 コリーンは、アクセルと過ごした三年間を思い返した。それは甘く美しく彩られ、コリーンは二枚の馬券を握りしめる。

 カシャンッ

 ゲートが開くと、群衆が沸き起こった。
 ロレンツォとアクセルは僅差だったが、ロレンツォが徐々にアクセルを引き離しにかかる。
 ユキヒメはかなりの老体なのに、そのポテンシャルを最大限に引き出すロレンツォに舌を巻く。
 障害物をひとつ越え、二つ越え。
 しかし最後の障害物を、ユキヒメは引っ掛けてしまった様だ。速度を落としたロレンツォを、アクセルは華麗に抜き去る。
 群衆がどよめきと歓喜の声で熱狂した。

 ドドドドドドドドッ

 地鳴りのような音と共に、二頭はゴールする。ロレンツォの追い上げも届かず、勝ったのはアクセルだった。

「勝者、アクセルとサニユリウス組~~!!」

 ジョージの声が会場内に響き、歓声と興奮の声が渦巻く。喜ぶ者、天を仰ぐ者、様々だ。

 アクセルが勝ったって事は、レリアさんと付き合い続けるって事か……

 何を夢見てしまっていたのだろうか。
 ロレンツォとどうこうなれないと分かった途端に、アクセルとの再燃を夢見るだなんてどうかしている。
 それにしても、何故ロレンツォはあんな賭けをしたのだろうか。

 アクセルを別れさせて、私と付き合わせるつもりじゃなかったの?
 ユキヒメに乗るってことは、最初から負けるつもりだった?

 どうにもロレンツォの考える事がよく分からない。
 負けるつもりだったのなら、何故あんな賭けをしたのか。
 自分でも理不尽な賭けだと思っていたのか、それともコリーンを渡したくなくなったからか。

 ……考え過ぎか。
 そもそもロレンツォが勝てば、アクセルが私とよりを戻すなんて内容の賭けじゃないんだし。

 厩舎に続く扉の前で突っ立っていると、不意にその扉が開く。そこにはロレンツォが、何故か満足そうな顔で立っていた。

「……見たか?」
「見たよ。どうしてユメユキナに乗らなかったの? ユメユキナなら、勝ってたよ」
「そう、だな。でも、ユキヒメに乗りたかったんだ」

 ロレンツォに勝って欲しかった気持ちが、邪な物へと変わっていた。アクセルとレリアを別れさせて欲しい、と。それに、アクセルの馬券まで買って、純粋にロレンツォとユキヒメの応援をしてあげられなかった自分が嫌だった。

「スっちゃったよ、千ジェイアも」
「はは、すまんすまん」

 ロレンツォにハズレ馬券を見せ、当たり馬券はポケットの奥に隠す。
 当たり馬券を換金する暇はないし、する気も無かった。二枚の馬券は、大事に取っておくつもりだ。
 合わせて二千ジェイアの出費である。
 高い思い出になったなと思いながら、コリーンはアクセルへの気持ちも押し殺した。
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