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35.行方

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「エヴァン様!」
「申し訳ありません……逃してしまいました……」
「あれは仕方ないわ……それより早く治癒を」
「ご自分を先に……」
「なに言ってるの、エヴァン様の方が重症でしょう!」

 リリスの目の前にいたのがエヴァンダーとアルトゥールで、一番の傷を負っている。
 急いでエヴァンダーに治癒を施し、座り込んでいるアルトゥールの元にも駆け寄って治癒を使う。
 落馬させられた騎士にも治癒の力を使ってから、ようやく自分の傷も治した。
 寿命はなるべく温存しておきたいので、命に関わらない負傷者は医療班の到着を待つ。
 怪我人は多数だが、死者が出なかったことにホッとした。

「くそ、まんまと逃げられちまったな……あんな薬を隠し持ってやがったとは」
「きっと、家に入った時に持って出たんだと思うわ……ごめんなさい、私のせいで」
「ルーのせいじゃねぇよ」

 言いながらアルトゥールは今も燃えている家を見上げる。
 エヴァンダーはその隣で、言葉もなく炎を見ていた。みすみす寿命が延びる秘薬を失ってしまった悔恨が見て取れる。

「これは私がやったことなの。エヴァン様が気にする必要はないわ」
「……」

 返事はない。
 恋人の寿命が残り少ない絶望とは、どれほどのものだろうか。

「イーヴァ。ルーのとった行動は最善だった……わかってるよな」
「……ええ」

 家ごと焼くことで薬を失わせたのだ。これで王都が略奪されることはなくなった。
 リリスは取り逃してしまったが、また薬を作るまでの時間は稼げたはずだ。

「さて、これからどうする、ルー」

 アルトゥールの視線を受けて、ルナリーは思考を巡らせる。

「魔女リリスは……思ったより本人が術を使わなかったわね」
「そうだな」

 実際に使っていた術は、基本的に瘴気を出すだけだった。
 あとは肉体強化もあるだろうが、これも秘薬の可能性がある。

「術より、秘薬に特化した魔女と言っていいわよね?」
「そうなるでしょう。でなければ、我々との戦闘中に、もっと術を使ってもいいはずですから」

 自分自身に力があるなら、秘薬に執着する必要はなかったはずだ。
 リリスが秘薬に頼った略奪を行う予定だったならば、薬を処分したことで一応の平和が訪れるということになる。
 おそらく歴代の聖女たちは、秘薬を処分した今のルナリーたちと同じ状況で終わっていたのだろう。
 追撃までは手が回らなかったか、寿命が足りなかったか、逃げた魔女を探し出せなかったか。
 どういう理由で諦めたかはわからないが、魔女の討伐は次の聖女に委ねられ続けてきたのだ。
 今の戦闘で幾日かの寿命は減ってしまったが、幸いというべきかルナリーにはもう少し時間がある。
 チラリと二人の騎士を見ると、黒髪の兄の方が口を開いた。

「王都を制圧するだけの薬は炎に消えたんだ。魔女がまた新しく薬を作るまで、しばらく平和が続くはずだ」

 アルトゥールの言葉は、暗に『これで終わりでもいいんじゃないか』と言っている気がした。
 たしかに寿命のことを考えると、無茶はせずに次の聖女を早く決めた方がいい。
 新聖女にネックレスを託し、魔女の討伐は次の世代に任せるのだ。今までの聖女が、してきたように。

 そして歴史は繰り返されていくのだろう。
 次の聖女も、魔女を討伐するために巻き戻りを繰り返し、短命となる。
 魔女の力となる秘薬を消し去り、一応の平和を得る……

 呪われたループの出来上がりだ。
 魔女を討伐しないと、これが一生続いてしまう。

 なにより。

 このままではルナリーは寿命を迎えて死に。
 そのあと二人の騎士は死ぬのだろう。弔い合戦によって。

 それだけは絶対に阻止しなければならない。
 エヴァンダーとアルトゥールに生きてもらわなくては、どうして命を削ってまで何度も巻き戻ったかわからなくなってしまう。
 二人を生かすには、魔女を討伐する以外に……ない。

 薬に特化している魔女ならば、秘薬をほぼ失った状態である今が追い込むチャンスだ。

「王都に戻って、次の世代に託しますか」

 そう言ったエヴァンダーに、ルナリーは決意の視線を投げる。

「いいえ。言ったでしょう、魔女は必ず討伐すると。否はなしよ!」

 強めの語調で告げると、二人は胸に手を当てる敬礼の姿勢をとってくれる。
 本心はわからないが、覚悟は決まっていたに違いない。

「でも……また探すところから始めないといけないわね……どこに行ったのかしら」

 追跡班である者たちまでがやられてしまったため、結局はまた最初からだ……と思っていたのだが、エヴァンダーがうっすらと笑った。

「町の周囲にも騎士を配備しています。手は出すなと言ってはいますが、どちらの方角に逃げたかくらいはわかるでしょう」

 そう言うと、近くにいた騎士に魔女がどの方角に行ったかを調べに行かせている。
 さすがエヴァンダーだ。あの時の指示にはそういう意図があったのかと、恋人の優秀さを誰かにのろけたくなった。
 しばらくして戻ってきた騎士に、魔女が北に消えたことを聞くと、エヴァンダーはやはりというように首肯している。

「魔女は北へと向かったようですね」
「北ってだけじゃ、どこに行ったかわからないわ」
「目的地の見当はつきます」
「え?」

 ここから北にはなにがあっただろうか。
 いろんなところを訪れてはいるが、いつもエヴァンダー任せで地図が頭に入っていない。

「そうか……グリムシャドウ……!」

 答えたのはアルトゥールで、エヴァンダーは頷きを見せる。
 聞き覚えのある言葉に、ルナリーも声を上げた。

「グリムシャドウって、リリスがカイロンと一緒に住んでいた山?」
「はい。しかしあそこは自然の瘴気が常に放出されている場所……完全に魔女のフィールド内です」

 ごくりとルナリーは唾を飲み込んだ。
 秘薬はほとんどを消し去ったが、いくらかは隠し持っているだろう。
 家がまだ残っているのかは知らないが、そこに置いてある可能性もある。
 しかも瘴気を消し去れない場所で戦わなくてはならないのだ。
 悪条件としか言えない状態になってしまった。この町で討伐し損ったことが悔やまれる。

 だけど。

 この国の未来と聖女と、誰より大切なエヴァンダーとアルトゥールのために。
 ルナリーはぐっと手を握りしめて声を放つ。

「どこであろうとも、必ず魔女を討伐するわ。行きましょう!」

 ルナリーの決断に、二人の騎士は「はっ!」と声を上げてくれた。
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