恐怖侯爵の後妻になったら、「君を愛することはない」と言われまして。

長岡更紗

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10.ストロベリー侯爵は、意地悪な王子様。①

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 その日は、雨が降っていた。
 窓を打つ雨の音が、ぽつぽつと心地よく響いている。

「ねえ、レディアおねえちゃん。シャル、つまんないの」

 外で遊べないシャロットは、ソファの上でぬいぐるみを横に転がし、ふにゃりとした声で訴えてきた。

「そろそろ限界かしらね。三冊絵本読んだし、積み木もしたし……」

 どうしよう? 雨の日は、シャロットの大好きなお庭の散歩に行けないから、困っちゃう。

「あ、そうだ。おままごとはどう? おうちの中だけど、公園に行ったつもりとか」
「うーん。あっ、じゃあね!」

 シャロットの目がぱっと輝いた。ぬいぐるみを抱きしめたまま、勢いよく立ち上がる。

「パパも呼んでくるー!」
「えっ!? あ……」

 止める間もなく行っちゃった。
 イシドール様はお仕事中なんだけど、大丈夫かしら……。
 多分、あのストロベリー侯爵様は、シャロットの願いを──

「連れてきたー!」

 断らないのよね。
 シャロットに手を引かれるイシドール様は、まんざらでもなさそうから、いっか。

「なにをするんだ? シャル」
「きょうはねー、ぶとうかいごっこするの!」
「舞踏会?」

 お人形たちが並ぶ部屋の真ん中でドヤァッと宣言するシャロット。かわいい。
 でも、舞踏会ごっこって?

「それって、どうするの?」
「それはねぇ」

 うふふっとシャロットが口元を両手で隠す。かわいい。

「シャルはお姫さまで、おねえちゃんは、じじょさんなの」

 私は侍女、うん、順当な役割。

「それでね、パパは王子さま!」
「王子様か……」

 イシドール様は、ちょっと困った顔をしてる。かわいい。
 もうこの空間にはかわいいしかない。

「うん。すっごくカッコよくて、ちょっといじわるだけど、でもほんとはすごーく、やさしいの!」

 ぶっ! ちょっと意地悪設定なのね!

「じゃあ今からよ。すたーと!」
「え? えーと。シャル姫様。あそこに王子様がおられますわ。姫様を見てらっしゃいますわよ?」

 こ、こんな感じでいいのかしら。
 演じるって、ちょっと気恥ずかしくて緊張する。

「まったく、おにいさまったら! おんなのひとが苦手だから、いもうとしかみられないびょーきなの!」

 シャロットの言葉に、イシドール様の眉が少し歪む。

「っぷ。そんな病気があるんですか」
「そぉなの。シャルいがいには、こわいお顔しか、できないびょーきよ!」
「それは大変ですね。というかシャル姫様と王子様は、ご兄妹なんですか?」
「そうよ。おひめさまと王子さまは、ふつうきょうだいでしょ?」

 なるほど、隣国の姫と王子様とかいう設定ではなかったのね。まさかの兄妹だった。しっかりしてる。

「それじゃあ、王子さまは、じじょさんにヒトメボレしてください!」
「ふえ?」

 あ、変な声出ちゃった。
 だって、展開が唐突過ぎるんだもの!

「はい、どうぞ!」

 にっこにこしてるシャロット。
 うん、断れる雰囲気じゃない。

 イシドール様が真剣な顔で私に近づいてきて──
 私の前で跪いた!!

「我が妹の侍女よ。一目惚れしてしまいました。俺と結婚してください」

 私を見上げるイシドール様……どうしよう、キラキラしてる。本当に、王子様みたい。
 っていうか、プロポーズだ。私、生まれて初めてプロポーズされた!

「えと、あの、その……っ」

 わぁ、どうしよう。演技だってわかってるのに、めちゃくちゃドキドキしちゃって声が出てこない……っ!

「はい、おねえちゃんはおっけーするのー!」

 展開が早いですね!?

「う、うれしいです……プロポーズ……ありがとうございます。私も一目見た時から……王子様のことが好きでした」

 やだなにこれ恥ずかしいっ!
 でもシャロットは満足そうにニコニコしてる。

「じゃあ、つぎはダンスです!」
「ダ、ダンス……って、あの、踊るの?」
「うんっ! 王子さまとおきさきさまがおどらなきゃ、ぶどうかいじゃないでしょ?」
「もうお妃になってるの!?」

 流れるような進行に、私の心の準備がまったく追いつかない。

「はい、もっとちかづいてー。ほっぺがくっつくくらい!」

 シャロットには普通かもしれないけど!
 そんな簡単な距離感じゃないから!

 でも、イシドール様は静かに私の前に立ち、手を差し出してくる。

「手を」
「ぁ……、はい……」

 ほんの一瞬、指が触れ合っただけで、心臓が跳ね上がった。
 イシドール様の手が、腰にそっと添えられて──

「……震えているのか?」
「震えてません……!」
「大丈夫だ。俺も少し、緊張している」

 嘘だ。そんな顔じゃない。
 いつもみたいに、落ち着いていて、でもちょっとだけ、意地悪そうな目をしてる。

 やだ、見ないで……それ以上、優しくしないで……。

 でも、視線を逸らそうとしたら、今度は耳元に声が落ちてくる。
 簡単なボックスステップが踏まれて、私たちは踊る。
 どうしよう、もう……死ぬ。

「じゃあつぎはー! けっこんしきごっこー!」

 早い早い!
 もうちょっと長くてもよかったかもー!!

「あの、シャロット? もうお妃になってるんだから、結婚式ごっこはいらないんじゃないかなー?」
「えー!!」

 ぶうっとぷくぷくほっぺを膨らませて、口を尖らせるシャロット。
 困った、まだやる気? と思っていたら、家礼のエミリオが現れた。

「お嬢様。おやつの時間でございます」
「わ、たべるぅ!」

 ぱたぱたっと部屋を出ていく小さな背中。
 ナイスタイミングだわ。さすが若き優秀な家礼エミリオ。
 あのままだったら、結婚式だからってキスを要求されてたかもしれないもの!
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