君を想って過ごす日々

長岡更紗

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第20話 出撃した日

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「明日!?」

 ヘイカーの驚きの声に、リゼットは首肯した。
 いつものように、クルーゼ家で夕食を取っていた時の事である。ヘイカーは驚きのあまり、食べる手を止めた。

「ええ。私は明日、紛争地に向かわなくてはならなくなった」
「……うそ、だろ……」

 危惧していた事が現実のものとなり、ヘイカーは顔を青ざめさせる。

「つくづく、あなたを騎士から退団させておいて良かったわ。現在の戦局は厳しいものよ。イオス殿とスティーグ殿が先んじて戦地へと向かったけれど、私は明日出撃予定よ」
「リゼット……行くな……行くなよ」

 ヘイカーがそう言うも、リゼットは悲しい顔で首を横に振る。

「そういうわけにはいかない。分かるでしょう? 私は隊長で、アーダルベルト様の治癒騎士という立場なのよ」
「だけど……!」
「ねぇ、ヘイカー。我儘を言って良い?」
「なんだよ……」
「無事に帰って来る事が出来たなら、私と結婚して欲しい」

 リゼットに逆プロポーズをされたヘイカーは、涙が溢れそうになった。しかし、ここで泣いたら本当に女のようになってしまう。そう思って何とか涙を押し留める。

「してやるよ。結婚くらい、いくらでも!!」

 ヘイカーは立ち上がり、椅子に座るリゼットを後ろから抱き締めた。

「ありがとう、ヘイカー……」

 リゼットはその腕の上にそっと手を置き、嬉しそうに涙を流していた。

 どうか、無事に帰って来てくれ。
 いつでも、いつまででも、俺は待ってるから。

 それを言葉に出しては泣いてしまいそうで、ヘイカーは言葉の代わりにそっとキスをする。リゼットはそれを受け入れて、ヘイカーの腕をぎゅっと掴んでいた。

 翌日。
 良く晴れた空の下を、沢山の騎士達が馬に乗って行軍して行く。先頭を行くのは、騎士団長のアーダルベルト。そしてその斜め後ろにリゼット・クルーゼだ。
 騎士団本署を出て、街を出る途中。ヘイカーはリゼットの姿を見つけると、その前に飛び出した。リゼットの馬が慌ててヒヒヒンと鳴き、前足を宙に浮かせて止まる。

「ヘイカー!? 危ないわよ、何をして……」
「リゼット、行く前にこれにサインをくれ!」
「何?」

 ヘイカーは馬上のリゼットに一枚の紙を渡す。それを見て、リゼットの眉毛は次第に下がって行く。

「これは……」

 彼女は驚きながら、ゆっくりと馬から降りた。

「オレと結婚してくれ。今すぐ」
「……ヘイカー」

 それは、既にヘイカーのサインがなされた婚姻届だ。しかしリゼットはそれを突き返して来た。

「リゼット」
「気持ちは嬉しいけど……駄目よ。私が死んでも、この国では三年間は誰とも結婚できなくなるのよ。だから私は、帰って来てから結婚してと……」
「オレはリゼット以外の、誰とも結婚する気はねーよ!!」

 荒げた声に、リゼットが目を丸めていた。そしてその顔が徐々に軟化していく。

「いい、の? 本当に……今から戦争に向かう私を……」
「行く前に結婚して欲しいんだ。待つよ、オレは。嫁さんが無事に戻るのを信じて。リゼットの居場所は戦地じゃない。ここだって事を分かって欲しいから」

 リゼットが目を細めた瞬間、溜まっていた涙がポロリと落ちていった。
 相変わらず、女神のように綺麗な涙だ。

「結婚してくれよ。オレは、夫としてリゼットを送り出したいんだ」

 その言葉に、リゼットは溢れる涙を手の甲で拭いながら首肯する。

「嬉しい……ありがとう、ヘイカー……」

 ヘイカーがもう一度紙とペンを渡すと、リゼットは震える手で自分の名を書き入れてくれた。
 あとはこれを提出するだけで、本当の夫婦になれる。しかしサインをもらった時点で、既に気持ちは互いに夫婦となっていた。

「行って来い、リゼット。リゼットなら大丈夫だって、オレ信じてるから」
「ありがとう、ヘイカー。必ず、戻る。私を待ってくれている、旦那様の元へ」

 ヘイカーとリゼットは、周りも気にせず抱き合った。リゼットの進軍が止まった事で、その後に続く騎士達が、全員こちらを見ているにも関わらず。見送りの人達が大勢いるにも関わらず、二人は抱きしめ合った。
 周りの者達は、いきなりの事に呆気に取られた顔をしている。そんな中、声を張り上げる者がいた。

「今ここに、我らがミハエル騎士団、隊長リゼット・クルーゼとヘイカーが婚姻を交わし夫婦となった事を、このロレンツォが見届け人となり、宣言する!!」

 宣誓する様子の無いヘイカー達の代わりに、ロレンツォが馬上から市井の者に知らせている。周りはやはり驚き、ざわつき始めた。しかしそれを許さぬように、ロレンツォは再び大声を発する。

「これよりミハエル騎士団はグゼン勢を退ける為、紛争地へと向かう! 我らは守る者がいる限り、全力で戦うであろう! この地に残る民の思いが、我ら騎士団の力となる! 見送る者よ、その愛する者の名を叫べ! 我らはその声を糧に、いざ、彼の地に行かん!!」

 オオオオオッ、と騎士団が声を上げるのとほぼ同時に、トレインチェ市民が騎士の名を叫び始める。ロレンツォ、ウェルス、アクセル様、と叫ぶ声がヘイカーの耳にも入った。そのほかの騎士の名も、そこかしこで飛び交っている。

「リゼット!」

 抱き合っていたリゼットは、ヘイカーの手から離れて馬に飛び乗った。

「ヘイカー、ありがとう」
「リゼット!!」
「必ず戻る。待っていて……私の、旦那様……」

 リゼットはもう振り向かず、前だけを見据えて馬を歩かせ始めた。

「リゼット! リゼット! リゼットーーーーーーーッ!!」

 ヘイカーは喉が枯れるまで、妻となった女の名を叫んだ。この声が、言葉が、ロレンツォの言う通り、リゼットに力を与えてくれそうな気がして。
 やがて騎士団が見えなくなった頃、ヘイカーはようやく気付いた。涙を、ずっと流していた事に。ヘイカーはそれから毎日、リゼットの無事を祈って過ごした。
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