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俺はある研究所で働いている研究員だ。物語でいえば研究員Bのポジションにいるような奴。
もう何年もここで働いているが、大した成果も出せなければ地味で卑屈で同僚から話しかけられることも滅多にない根暗。
そんな普通(以下)な俺は。
けっこう普通じゃない恋をしてたりする。
俺が働いている研究所の所長ははっきり言って変人変態、おまけに鬼畜で節操なしで、良いとこと言えば顔と頭だけだと有名だ。
まぁそこが大きいから、最低の性格でも皆に慕われてるんだろうけど。
「波、なにしてんの?俺を待たせんの?」
「ぅあっすみません!」
そうだった。今は所長に大至急って言われて資料を探しに資料室に来てたんだった。
それなのに所長自ら来させちゃうとか、俺来た意味ないじゃん…。
そんな俺を一瞥すると、所長はあっという間に資料を揃えて出ていってしまった。
ほんと情けない、俺。
好きな人の役に立てなかったから余計に。
そうなんです。俺あの最低最悪の男に恋してるんです。
なんて不毛すぎる恋。
資料探しひとつできない俺があのパーフェクトな所長を…うう、悲しくなってきた。
しかも、研究所には他にも研究員がいて、それこそ頭がいい綺麗なお姉さんや可愛いお兄さんがたくさんいる。
ほんっっと不毛すぎる……。
まぁいつまでもしょげてはいられない。
俺は両頬を叩き気合いを入れ、資料室を後にした。
「よう、波!」
「あ、浜さん。」
研究室に戻る途中、後ろから声をかけられた。
この人は俺の先輩。所長は綺麗系だけど、浜さんは男前なかんじ。
ここ最近は本当に空気のように扱われている俺に対して、浜さんだけは気さくに話しかけてくれる。
誰にでも分け隔てなく面倒見がよくて、これぞ理想の先輩って感じ。
「お疲れさん!って、お前また失敗したのかよ。顔が暗いぞ?」
「…すんません。」
浜さんには何でもお見通しらしい。
毎回やらかした後に鉢合わせてはこうやってさりげなく慰めてくれる。
「あぁ、そういえば。」
「なんすか?」
「今日政府関係者来るらしいぜ?」
「所長の発明品の視察っすか?」
「当たり!」
所長の発明は分野に限りがない。
もちろん、基本的にはこの国の未来のため、社会のために細胞や遺伝子の研究をしているが、政府御用達のものを作ったと思ったら警察のお偉いさんに渡すもの作ったり、かと思えばアダルトグッズ(今はラブグッズ?とか言うんだっけ?)を発明したりする。ほんとに無節操だ。
下半身も無節操だが。
「ようこそ、我が研究所へ。」
所長の声がする。政府の方々が来たみたいだ。俺も浜さんも気になったので、少し近づいて覗いてみる。
すると、何となく見知った顔が見えて。
「波っ!」
「っ!お前、渚か?」
高校時代の友達だ。
こいつも爽やかなイケメンで、誰にでも気さくで優しいやつ。
高校で3年間同じクラスだったが、友達のいない俺の唯一の友達だ。
研究所に入ってからは忙しくて連絡を取っていなかったが、もしかしてお前政府関係者の1人なのか!?
いつの間にそんなにすごくなったんだ……。
久しぶりの、しかも職場での再会に思わず渚の元へ駆け寄る。
「久しぶりだなぁ。波、相変わらずちっちぇー!」
「うるせぇな!…渚も今日は所長の発明品見に来たのか?」
「いやいや、俺の今回の仕事は他の研究員の視察なんだ。まぁ表向きだけど。まだペーペーだから俺だけ極秘事項には触れられねぇんだよなぁ。」
そう言って無邪気な笑顔を見せる渚。ほんと変わってない。
なんだか嬉しくなって俺も笑顔になる。
「視察ってことは研究所内見て回るんだろ?俺が案内しようか?」
「いいのか!?」
「あぁもちろ、」
「だめ。」
いきなり遮られた。
遮ったのはいつの間にか俺の隣にいた所長だった。
「下っ端の分際でなに言ってんの?浜、案内してあげて。」
「え、や、しょちょ、」
「あんたは資料室の整理でもしといてよ。あぁ、この前のレポートもまだだったよね?だいたい資料ひとつ探せないのに、人の案内なんてできるわけないでしょ。これ以上俺を失望させないで。」
「…っ!は、はい……。」
冷たい目、冷たい声。
それを向けられてるのが俺だと思うと、胸が苦しくなり、目頭が熱くなった。
「じ、じゃあ波、また今度な。あ、後で連絡するからさ!」
そう渚が言ってくれたけど、俺はただただ踵を返すことしかできなかった。
***
資料室の整理を終えた頃には視察はとっくに終わっていたらしい。
先ほどまでの浮き足だった雰囲気とは一変、いつもの研究所の空気に戻っていた。
研究室に戻り憂鬱な気分でレポートを進める。
所長、怒ってたなぁ。やっぱ俺、役立たずだからあきれちゃったのかも。
所長を怒らせることなんてよくあることだが、毎回進歩もしなければ気にしないというメンタルも培われない。
考えずに仕事を進めるのが一番なんだろうけど、考えないようにしようとすればするほど、嫌な記憶が脳を支配するのはなぜなんだろう。
こうしてウジウジしていても作業が捗らないだけだとはわかっているけれど、ここまでくるともう性分だ。
仕事ができない上にこんな根暗だなんて所長に嫌われてしまう要素しかない。
好かれるのは無理でも、せめて嫌われないように最低限の仕事くらいは頑張らないと。
と思いつつも、何度も怒られたことを思い出しては落ち込む負のループを繰り返し、ようやくレポートやその他の仕事が終わった頃には時刻は22時をまわっていた。
いつものことだが、ここまで頑張っても進捗的にはあまりいい結果ではない。
やっぱり俺って仕事遅いよなあ……。
室内を見渡すと、残っているのは俺1人。
もちろん他の研究室にはまだ何人か残ってるだろうけど、俺と違ってみんな重要な研究を進めているだろう。
それにしても今日は驚いたな。
何年も働いているとはいえ、簡単な事務仕事さえ満足にできず未だに研究に携われていない。
恥ずかしくて、悔しくて。もちろん忙しかったのはあるが、誰にも話せない劣等感から唯一の友達である渚とも距離を置いていた。
それがまさか職場で再会することになるとは。
まああんまり見せたくない姿を見せてしまったわけだけど。
そんなことをつらつらと考えながら帰り支度をしていると、スマホにメッセージが来ていたことに気づく。
タイムリーなことに、差出人は渚だ。
内容は、今日の研究所の感想と、今度ご飯でもどうかというものだった。
渚は空気が読めてとても優しいやつだ。
多分、今日のあのやりとりを見て、ずっと疎遠だった理由を察したのだろう。
昔と変わらない。理由は聞かずに、しかし変に気を遣うことなく普段通り接してくれる。
ルックスもよく人望もあり、下っ端とは言っていたがこの年で政府関係者。
しかもこの研究所と政府とは秘密裏に繋がっている。それに携わっているということは、出世コースと言っても過言ではない。
優秀なあいつのことだ、あと何年かしたらトップになってたりして。
僻むのもバカらしくなるほど完璧なやつだ。
なんだか高校時代に戻ったようで、これは今度奢ってもらうしかないな、なんて考えながら柄にもなくふふふなんて笑っていたら。
「なに笑ってるの?」
所長が後ろに立っていた。
「!?あ、え、し、所長、お疲れ様で、」
「なんで笑ってるのって聞いてるの」
振り返ると、相変わらず綺麗だが氷のように冷たい表情の所長と目が合う。
いつもより更に機嫌が悪いようで、これ以上怒らせないように必死に言葉を紡ぐ。
「あ、えっと、その、今日来てた高校時代の友達から、れ、連絡があって、あっ!」
俺の言葉を遮るように、所長は俺のスマホを奪いメッセージを見た。
2人の間に沈黙が落ちる。
「……。」
「あの、所長……?」
「はぁ……うっざ。」
「…っ!」
深いため息と共に放たれた言葉に、心臓がドクンと嫌な音を立てる。
うざいって俺のこと、だよな。
なにがきっかけで言ったのだろうか。友達だからといって、政府関係者に馴れ馴れしいとか?仕事もできないのに遊ぶ時間はあるのかとか?
思い当たることが多すぎてわからないが、やっぱり俺嫌われて、
「あれだけ注意してたのに足らなかったかな。交友関係あんまりなさそうだったから所内だけ気をつければいいやって思って油断しちゃった。これからは過去も洗い出して、関係人物全部消そ。あ、いい考えじゃん。そんで俺だけしか見られないようにすればいっか。ねぇ、波?」
「ぇっ、…!?」
所長は言うが早いか俺のスマホを床に叩きつけ、ポケットから取り出したスプレーを俺の顔目掛けて吹き掛けた。
途端に襲いくる強烈な眠気。
「おやすみ、俺の波。」
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