婚約破棄がトレンドですが、堅物すぎる婚約者さまはわたしを絶対手放さない

美尾

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君がなんと言おうと

 その週末、ミアは絶望していた。
 よりによってなんとなく自分の未来を予測していたタイミングで、ジュードから自宅へ招待されたからだった。

 しかも、サンクロフト家の屋敷ではなく、彼が仕事場近くに買ったという、歴史ある邸宅をモダンに改装したコンドミニアム。

 ホントに婚約破棄だったらどうしよう。でも、愛する人が本当に幸せになるのなら、しがみつくべきではないのはわかってる。
 無理に結婚したって、ミアの両親みたいな生活が待ってるだけだ。
 なんのための家なんだか、今日も両親の姿は見かけない。

 初めてお邪魔するのにな。
 悲観してないで楽しみたい、ただのおうちデートかもしれないし。
 でもジュードが婚約破棄をするのなら、どこかの令息とは違って、相手をさらし者にするような真似は絶対にしないから、二人きりのこの場所がなんだか不穏に思えてくる。

 シックなカウンターテーブルのハイチェアに腰かけて、紅茶を見つめた。

「はあ……」
 
 わたしの考えすぎ、なんか別の話でありますように。

 願いも虚しく、ジュードは開口一番こう言った。

「君の学友たちの間で、婚約破棄が相次いでいると聞いた」

 ミアはギクリと肩を震わせた。
 不安でうつむいていた顔を上げると、カウンターに大きな手を置いて立ったままのジュードの鋭い視線が突き刺さる。

 休日仕様のラフな髪型、だけどかっちりとプレスされたシャツにスラックス。うっとりしちゃうくらい精悍なのに、あからさまに不機嫌で、視線は婚約者に向けるものとは思えない。

「ジュードさま、ど、どうしてそれを?」
「学園内の風紀の乱れはかなり前から問題になっている。国境まで聞こえてくるほどな」

 反論のしようがない。
 創立から五年、学園の風紀は確かに乱れ、恋の嵐で大騒ぎだ。勝手な婚約破棄に親たちは頭を抱え、崇高な教育理念の元に設立されたはずの学園はいま、大きな壁にぶち当たっている。
 けれどわたしは真面目に過ごしてて、そう訴えようとするのを、ジュードのきつい声がさえぎった。

「君も、俺が首都を離れている間にずいぶんと趣味が変わったようだ」
「え……」
「以前とは服装が違うな」
「あ、これは、あたらしく……その、こういうのも、好き……かなって」
「誰が?」

 とたんに頭のてっぺんまで熱くなる。

「誰の好みなんだ?」
「あ、そ、その」

 ジュードは上から押さえつけるように顔を近づけた。
 好みに合わなかったからって、そんな言い方しなくたっていいじゃない。
 だけど背伸びした服が恥ずかしい。
 どうしてこんな服、選んじゃったんだろう。よく考えたら、胸の開きも大きいし、真面目な彼がこんな服を好むわけがない。
 真っ赤に染まった胸元を隠すように手で覆う。

「……っ。そ、それに先日は家にも学園にも申告せず早退し、遅くまで帰らなかったそうだな、どういうことなんだ」
「え、それは……あの、友人と。セシル男爵のお嬢様で」
「セシル男爵家の令嬢はまだ十三・四だったはずだが、いつから年下のお嬢さんに授業をさぼらせ、遅くまで連れ回す生活をするようになったんだ」

 昇っていた血の気が勢いよく引いていく。
 もしかして、学園の風紀の乱れと一緒に、わたしまで素行不良を疑われている? そんな風に思っていたから、わたしを嫌いになってしまったの?
 さぼりも歳下の女の子を連れ出したのもあれが初めてなのに。
 詰問するような厳しい声に、焦って震えてしまう。

「誤解です! さぼった……のは、うぅそう、なんだけど、でも先日はたまたま……は、話が、大事な話が」
「たまたま? 思いがけない偶然で、学年も違うお嬢さんとわざわざ街に出て、なんの話だ」
「こ、婚約破棄の、あ、いえ」

 人様の婚約破棄を、関係ない人に言っても良いのわからない。不自然に口をつぐむと、ジュードが吐き捨てるようにつぶやいた。

「婚約破棄、か」

 ゾッと寒気がするような低い声だった。おそるおそるジュードの表情を確かめると、その瞳には暗い影が落ちている。

「ならば俺から先に言っておこう。その婚約破棄についてだが……君には諦めてもらう」
「え……」

 諦めるってなにを?
 ジュードさまをってこと?
 引いた血の気がさらに引く。
 彼に本当に愛する人が出来て、別れを告げられるほうがまだマシだった。彼が愛する人と幸せになるなら我慢できる。
 けどきっと違う。ジュードに他の女性の影なんて見当たらなくて、やっぱり真面目で誠実な、ミアが好きな彼のまま。
 なのに、その彼にありもしない不品行を疑われて捨てられるなんて悲しすぎる。
 
「いや!」
「良いか、ミア。俺は君がなんと言おうと」
「え、え……そんな、……いや! ダメ! そんなの無理! あ、わ、わたし、今日はもう帰ります!」
「ミア!」

 ハイチェアから飛び降りた。
 オリビアならジュードの誤解をとけるはず、いますぐセシル男爵家に行かなくちゃ。
 けれど軍人の彼をミアが撒けるはずもなく、すぐに捕まり腰を引き寄せられた。
 
「ジュードさま……ちがうの、は、離して」
「離すものか」

 ジュードの口から婚約破棄なんて聞きたくない。
 とっさに両手で耳をふさいだけれど、怒りに燃える瞳が悲しい。
 ギュッとまぶたを閉じ、全てを拒絶しようと首を振る。わずらわしかったのか、大きな指がおとがいを包む。そのまま唇が熱いものにふさがれた。
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