3 / 8
君がなんと言おうと
その週末、ミアは絶望していた。
よりによってなんとなく自分の未来を予測していたタイミングで、ジュードから自宅へ招待されたからだった。
しかも、サンクロフト家の屋敷ではなく、彼が仕事場近くに買ったという、歴史ある邸宅をモダンに改装したコンドミニアム。
ホントに婚約破棄だったらどうしよう。でも、愛する人が本当に幸せになるのなら、しがみつくべきではないのはわかってる。
無理に結婚したって、ミアの両親みたいな生活が待ってるだけだ。
なんのための家なんだか、今日も両親の姿は見かけない。
初めてお邪魔するのにな。
悲観してないで楽しみたい、ただのおうちデートかもしれないし。
でもジュードが婚約破棄をするのなら、どこかの令息とは違って、相手をさらし者にするような真似は絶対にしないから、二人きりのこの場所がなんだか不穏に思えてくる。
シックなカウンターテーブルのハイチェアに腰かけて、紅茶を見つめた。
「はあ……」
わたしの考えすぎ、なんか別の話でありますように。
願いも虚しく、ジュードは開口一番こう言った。
「君の学友たちの間で、婚約破棄が相次いでいると聞いた」
ミアはギクリと肩を震わせた。
不安でうつむいていた顔を上げると、カウンターに大きな手を置いて立ったままのジュードの鋭い視線が突き刺さる。
休日仕様のラフな髪型、だけどかっちりとプレスされたシャツにスラックス。うっとりしちゃうくらい精悍なのに、あからさまに不機嫌で、視線は婚約者に向けるものとは思えない。
「ジュードさま、ど、どうしてそれを?」
「学園内の風紀の乱れはかなり前から問題になっている。国境まで聞こえてくるほどな」
反論のしようがない。
創立から五年、学園の風紀は確かに乱れ、恋の嵐で大騒ぎだ。勝手な婚約破棄に親たちは頭を抱え、崇高な教育理念の元に設立されたはずの学園はいま、大きな壁にぶち当たっている。
けれどわたしは真面目に過ごしてて、そう訴えようとするのを、ジュードのきつい声がさえぎった。
「君も、俺が首都を離れている間にずいぶんと趣味が変わったようだ」
「え……」
「以前とは服装が違うな」
「あ、これは、あたらしく……その、こういうのも、好き……かなって」
「誰が?」
とたんに頭のてっぺんまで熱くなる。
「誰の好みなんだ?」
「あ、そ、その」
ジュードは上から押さえつけるように顔を近づけた。
好みに合わなかったからって、そんな言い方しなくたっていいじゃない。
だけど背伸びした服が恥ずかしい。
どうしてこんな服、選んじゃったんだろう。よく考えたら、胸の開きも大きいし、真面目な彼がこんな服を好むわけがない。
真っ赤に染まった胸元を隠すように手で覆う。
「……っ。そ、それに先日は家にも学園にも申告せず早退し、遅くまで帰らなかったそうだな、どういうことなんだ」
「え、それは……あの、友人と。セシル男爵のお嬢様で」
「セシル男爵家の令嬢はまだ十三・四だったはずだが、いつから年下のお嬢さんに授業をさぼらせ、遅くまで連れ回す生活をするようになったんだ」
昇っていた血の気が勢いよく引いていく。
もしかして、学園の風紀の乱れと一緒に、わたしまで素行不良を疑われている? そんな風に思っていたから、わたしを嫌いになってしまったの?
さぼりも歳下の女の子を連れ出したのもあれが初めてなのに。
詰問するような厳しい声に、焦って震えてしまう。
「誤解です! さぼった……のは、うぅそう、なんだけど、でも先日はたまたま……は、話が、大事な話が」
「たまたま? 思いがけない偶然で、学年も違うお嬢さんとわざわざ街に出て、なんの話だ」
「こ、婚約破棄の、あ、いえ」
人様の婚約破棄を、関係ない人に言っても良いのわからない。不自然に口をつぐむと、ジュードが吐き捨てるようにつぶやいた。
「婚約破棄、か」
ゾッと寒気がするような低い声だった。おそるおそるジュードの表情を確かめると、その瞳には暗い影が落ちている。
「ならば俺から先に言っておこう。その婚約破棄についてだが……君には諦めてもらう」
「え……」
諦めるってなにを?
ジュードさまをってこと?
引いた血の気がさらに引く。
彼に本当に愛する人が出来て、別れを告げられるほうがまだマシだった。彼が愛する人と幸せになるなら我慢できる。
けどきっと違う。ジュードに他の女性の影なんて見当たらなくて、やっぱり真面目で誠実な、ミアが好きな彼のまま。
なのに、その彼にありもしない不品行を疑われて捨てられるなんて悲しすぎる。
「いや!」
「良いか、ミア。俺は君がなんと言おうと」
「え、え……そんな、……いや! ダメ! そんなの無理! あ、わ、わたし、今日はもう帰ります!」
「ミア!」
ハイチェアから飛び降りた。
オリビアならジュードの誤解をとけるはず、いますぐセシル男爵家に行かなくちゃ。
けれど軍人の彼をミアが撒けるはずもなく、すぐに捕まり腰を引き寄せられた。
「ジュードさま……ちがうの、は、離して」
「離すものか」
ジュードの口から婚約破棄なんて聞きたくない。
とっさに両手で耳をふさいだけれど、怒りに燃える瞳が悲しい。
ギュッとまぶたを閉じ、全てを拒絶しようと首を振る。わずらわしかったのか、大きな指がおとがいを包む。そのまま唇が熱いものにふさがれた。
よりによってなんとなく自分の未来を予測していたタイミングで、ジュードから自宅へ招待されたからだった。
しかも、サンクロフト家の屋敷ではなく、彼が仕事場近くに買ったという、歴史ある邸宅をモダンに改装したコンドミニアム。
ホントに婚約破棄だったらどうしよう。でも、愛する人が本当に幸せになるのなら、しがみつくべきではないのはわかってる。
無理に結婚したって、ミアの両親みたいな生活が待ってるだけだ。
なんのための家なんだか、今日も両親の姿は見かけない。
初めてお邪魔するのにな。
悲観してないで楽しみたい、ただのおうちデートかもしれないし。
でもジュードが婚約破棄をするのなら、どこかの令息とは違って、相手をさらし者にするような真似は絶対にしないから、二人きりのこの場所がなんだか不穏に思えてくる。
シックなカウンターテーブルのハイチェアに腰かけて、紅茶を見つめた。
「はあ……」
わたしの考えすぎ、なんか別の話でありますように。
願いも虚しく、ジュードは開口一番こう言った。
「君の学友たちの間で、婚約破棄が相次いでいると聞いた」
ミアはギクリと肩を震わせた。
不安でうつむいていた顔を上げると、カウンターに大きな手を置いて立ったままのジュードの鋭い視線が突き刺さる。
休日仕様のラフな髪型、だけどかっちりとプレスされたシャツにスラックス。うっとりしちゃうくらい精悍なのに、あからさまに不機嫌で、視線は婚約者に向けるものとは思えない。
「ジュードさま、ど、どうしてそれを?」
「学園内の風紀の乱れはかなり前から問題になっている。国境まで聞こえてくるほどな」
反論のしようがない。
創立から五年、学園の風紀は確かに乱れ、恋の嵐で大騒ぎだ。勝手な婚約破棄に親たちは頭を抱え、崇高な教育理念の元に設立されたはずの学園はいま、大きな壁にぶち当たっている。
けれどわたしは真面目に過ごしてて、そう訴えようとするのを、ジュードのきつい声がさえぎった。
「君も、俺が首都を離れている間にずいぶんと趣味が変わったようだ」
「え……」
「以前とは服装が違うな」
「あ、これは、あたらしく……その、こういうのも、好き……かなって」
「誰が?」
とたんに頭のてっぺんまで熱くなる。
「誰の好みなんだ?」
「あ、そ、その」
ジュードは上から押さえつけるように顔を近づけた。
好みに合わなかったからって、そんな言い方しなくたっていいじゃない。
だけど背伸びした服が恥ずかしい。
どうしてこんな服、選んじゃったんだろう。よく考えたら、胸の開きも大きいし、真面目な彼がこんな服を好むわけがない。
真っ赤に染まった胸元を隠すように手で覆う。
「……っ。そ、それに先日は家にも学園にも申告せず早退し、遅くまで帰らなかったそうだな、どういうことなんだ」
「え、それは……あの、友人と。セシル男爵のお嬢様で」
「セシル男爵家の令嬢はまだ十三・四だったはずだが、いつから年下のお嬢さんに授業をさぼらせ、遅くまで連れ回す生活をするようになったんだ」
昇っていた血の気が勢いよく引いていく。
もしかして、学園の風紀の乱れと一緒に、わたしまで素行不良を疑われている? そんな風に思っていたから、わたしを嫌いになってしまったの?
さぼりも歳下の女の子を連れ出したのもあれが初めてなのに。
詰問するような厳しい声に、焦って震えてしまう。
「誤解です! さぼった……のは、うぅそう、なんだけど、でも先日はたまたま……は、話が、大事な話が」
「たまたま? 思いがけない偶然で、学年も違うお嬢さんとわざわざ街に出て、なんの話だ」
「こ、婚約破棄の、あ、いえ」
人様の婚約破棄を、関係ない人に言っても良いのわからない。不自然に口をつぐむと、ジュードが吐き捨てるようにつぶやいた。
「婚約破棄、か」
ゾッと寒気がするような低い声だった。おそるおそるジュードの表情を確かめると、その瞳には暗い影が落ちている。
「ならば俺から先に言っておこう。その婚約破棄についてだが……君には諦めてもらう」
「え……」
諦めるってなにを?
ジュードさまをってこと?
引いた血の気がさらに引く。
彼に本当に愛する人が出来て、別れを告げられるほうがまだマシだった。彼が愛する人と幸せになるなら我慢できる。
けどきっと違う。ジュードに他の女性の影なんて見当たらなくて、やっぱり真面目で誠実な、ミアが好きな彼のまま。
なのに、その彼にありもしない不品行を疑われて捨てられるなんて悲しすぎる。
「いや!」
「良いか、ミア。俺は君がなんと言おうと」
「え、え……そんな、……いや! ダメ! そんなの無理! あ、わ、わたし、今日はもう帰ります!」
「ミア!」
ハイチェアから飛び降りた。
オリビアならジュードの誤解をとけるはず、いますぐセシル男爵家に行かなくちゃ。
けれど軍人の彼をミアが撒けるはずもなく、すぐに捕まり腰を引き寄せられた。
「ジュードさま……ちがうの、は、離して」
「離すものか」
ジュードの口から婚約破棄なんて聞きたくない。
とっさに両手で耳をふさいだけれど、怒りに燃える瞳が悲しい。
ギュッとまぶたを閉じ、全てを拒絶しようと首を振る。わずらわしかったのか、大きな指がおとがいを包む。そのまま唇が熱いものにふさがれた。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
りわ あすか
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました
ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!
フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!
※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』
……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。
彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。
しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!?
※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています
【完結】無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない
ベル
恋愛
旦那様とは政略結婚。
公爵家の次期当主であった旦那様と、領地の経営が悪化し、没落寸前の伯爵令嬢だった私。
旦那様と結婚したおかげで私の家は安定し、今では昔よりも裕福な暮らしができるようになりました。
そんな私は旦那様に感謝しています。
無口で何を考えているか分かりにくい方ですが、とてもお優しい方なのです。
そんな二人の日常を書いてみました。
お読みいただき本当にありがとうございますm(_ _)m
無事完結しました!
【短編】『待つ女』をやめたら、『追われる女』になりました
あまぞらりゅう
恋愛
婚約者の王太子を、いつも待ち続けてきたシャルロッテ侯爵令嬢。
だがある日、彼女は知ってしまう。彼には本命の恋人がいて、自分のことを都合よく放置していただけなのだと。
彼女が待つのをやめた瞬間、追ってきたのは隣国の皇太子だった。
※覚えやすさや分かりやすさを重視しているので、登場人物の名前は「キャラクター名+身分表記」にしています
★小説家になろう2026/1/29日間総合8位異世界恋愛7位
★他サイト様にも投稿しています!
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。