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りりり

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第二話 "嘶く猛獣"

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「長官殿!」

息を切らした男が、城門突破のごとく扉を開けた。
厳粛な威容をこれでもかと見せつけるのは

”エーヴィヒ”
本部だ。

白を基調とした大理石が鈍く輝き、天蓋はガラス張りである。無論、何重にもなった強化ガラスであるが、陽の光がいい塩梅に差し込み、場の神々しさを強調する。
ここは厳格かつ静粛で、凛とした砦だと
見聞きする誰もがきっと、そう思うに違いない。

入り口は厳重に警備され、ロックは全て指紋または生体認証、それも監視付きだ。

さような場で、傾奇者が如く扉をつきやぶる事態とは
果たして何事かと、施設内には途端緊迫が走る。
本来であれば即処刑または捕縛されているだろうが、行為を行った人物がそうならなかったことには相応の理由がある。その人物に対し、そうできる者もとい、その人物の権威超越者が ”長官” と呼ばれた一人の老人を除いて、その場に居合わせなかったからである。

「”クライム” 隠密諜報部隊部隊長 リオウ・キルシュタイン 長官殿へ、火急の報告に馳せ参じました」

かの、”クライム” の部隊長の一人である。
すでに息を整えており、眼前に座す人物へ向け、焦燥の表情を向ける。
衛兵たちは途端ざわめきだし、いかような事態が起こっているのかと考察し始めるが
”クライム” の部隊長が、血相を変えて本部長官の元へ駆けつけるほどの出来事なぞ想像に難い。いや、そんなことは平時であればあってはならない。
しかも自らだ。

ソファのようなデスクチェアに座す老人の表情にも
訝しみよりも驚愕の色が濃い。
その老人は

レイクディア王国 公権統括機関 ”エーヴィヒ” 長官

”マルティア・ジークフリード”である。

レイクディア王国で最も強大な権力を持つ人物であるが、立ち振る舞いは至極毅然としており
公務を怠らず、立場に胡座をかかず
どんな相手にも公平公正に接する、人のうえに立つ人間の鏡と言える人物だ。

「何事かね? 君がわざわざここまで」

片眉をあげ、老人は問う。
一歩間違えば謀反行為の疑いすらかけられかねない彼の行動の、その了見を聞いたのである。
無理もない。
”クライム” のなかでも、隠密諜報部隊部隊長といえば組織の脳幹とも言える立場だ。

そんな人物が、突然血相を変え
自らの公務中にもかかわらずアポなしで突撃してきたのだ。
これが冗談の類であったなら、彼は重責を負うことになるだろうが、冗談であればどんなに幸せだったか、彼らはのちに思い知ることになる。

「報告いたします。 ”メギド” と ”ティターン” が
3日後に接触するとの情報が、、」

「何ッッッッ!!!!」

マルティアは目を剥き驚愕した。
同時に、衛兵たちが一斉にどよめく。
リオウは矢継ぎ早に続けた。

「時間につきましては至急調査しています。
また。目的についてですが、どうも穏便ではないように思えます。 精査中ではありますが、おそらく
メギドの幹部が、ティターンのナワバリ内で何かを企み、ティターン側にバレたことが発端のようで。
双方、ボスを含めた主要メンバー同士が接触するとのこと。

”死神”と”羅刹”の動向は未だつかめていません」


とんでもないことが起きようとしている。
その場でその話を聞いた全員が考えを同じくした。

マルティアもまた、驚きのあまり立ち上がった姿勢のまま硬直し、瞳だけが、忙しく泳いでいた。


「なんということだ、、、このままでは”デア”の再来になってしまうぞ。他に情報は?」

「今のところはありません。私も現場へ赴き、調査指揮を執ります。至急案件のため、急ぎ報告にあがらせていただいた次第です」

ひとしきり報告を終えたリオウの汗はすでに引いていたが
報告を受けたマルティアの額には脂汗が滲んでいた。
寝耳に水とはまさにこのことだと言わんばかりに、心音が領域を超えるほど高鳴っているのを
マルティアは確かに感じていた。

リオウもまた、居心地の悪そうに足元を踏み締めている。
本来なら、こんなことをしてる場合ではない、一刻も早く現場へ赴かなければならないのだが、上長への報告へ馳せ参じたのは、ある種中間管理職としての立場が故か。


「グレンはどうした?」

漸く絞り出された言の葉は、”グレン・ジークフリード”の動向を問うものだった。
いかな答えを期待しているなどではなく、何か言わなければという逼迫した空気の中で、 ”クライム” トップの動向に対する質疑を選んだのである。
筋としては違えていないと言えようか。

「はっ。グレン殿もまもなくここへいらっしゃるかと。
一度全員で作戦を練る必要があると言っておられたので」

「そうか、わかった。ウェルリズと、ハガンも呼んでくれ、大至急だ」

「はっ。至急、招集いたします」


錚々たる名が次々と会話に登場する異様な状況に
”エーヴィヒ”内は混沌の様相を呈していた。

犯罪者同士が会う
形だけ見ればたったこれだけのことだが、内包された闇はあまりにも深すぎるのだ。
事実は小説よりも奇なり
とはよく言ったものだと、一様に皆思うだろう。

”ウェルリズ”とは、司令部隊部隊長
ウェルリズ・ガルフィである。
有事の際の作戦指揮を取り仕切る、いわば司令室だ。
現場におもむき、隠密活動を取る隠密諜報部隊との差異については、”ウェルリズ”は主に遠隔または現場にて陣頭指揮をとる。他の2部隊との立場の強弱はないが、一つ離れた立ち位置で現場を俯瞰する役目もある。

現場メインの人間からは、安全圏だと揶揄されることもあるが、彼がいなければ、敵の仕掛けた罠に嵌り
甚大な被害を被っていたであろう事例は数多くある。

そして、”ハガン・クラウソサス”
特攻部隊部隊長。

凶悪犯罪者たちを、頭から力で押さえつける特攻部隊の隊長である。
豪放磊落で、気のいい兄貴肌な人格から、別部隊でも彼を慕うものは多く。隊員からも絶大な信用を得ている。

しかし、計算ごとや難しい話になると完全に蚊帳の外であり、作戦指示や、方針については
ウェルリズやリオウの意見に従う。
こういった場に呼ばれることを、本人はひどく嫌っているが、立場上やむを得ないのだ。

==

仰々しく並んだ衛兵たちは、中央の一線のみをひらけて整列する。
中央一直線に故意に作られた覇道を、歩む者あり。

”グレン・ジークフリード”だ。

銀の長髪を一つに束ね、剣の紋章が施された白金基調の軍服を纏う。
身の丈ほどもある太刀を携え、爛と光る瞳には一糸の迷いもない。
両脇を歩むのは

特攻部隊長のハガン
司令部隊長のウェルリズだ

まるで国家行事の如く厳粛とした空気を乱す者はいない。
皆同様に、覇者の行進に敬礼で迎える。

「”クライム” 総長 グレン・ジークフリード、及び部隊長
計3名、馳せ参じ仕った」


忌憚なく述べるその姿は、場に違わぬ神々しさを醸し出し
両脇を固める者達含め、彼らの立場がいかに高いものであるかを証明しているようだ。

長官室に招集された3名、そして
マルティアとリオウの計5名の集結を以って

この一大事についての口火が、マルティアによって切られた。

「皆、遠いとこすまない。だが聞いての通り、労を労っている時間はない。ことが終われば、盛大な酒盛りと食事の場を約束しよう」

マルティアはそう前置きし、話し始めた。

「では本題に入る。”闇ギルド”  メギドとティターンが接触することが判明した。それも、穏便な内容ではない。
茶会などの類でもなさそうだ。両組織は、ほぼ必ずぶつかると考えていいだろう。

知っての通り、双方特S級犯罪者率いる危険組織だ。
私としては、組織力や規模は5分と見ている、これはつまり何を意味するか?

そう。”羅刹”と”死神”の戦いになる」

詰まることなく言葉を並べる老将は、組織の頂点としての威厳を放っていた。

グレン、および部隊長達は
まんじりともせず、彼の言葉に耳を傾けている。

「リオウの報告によると、奴らの接触は3日後とされている。が、どちらも犯罪組織、そんなものは当てにならないと考える方がいいだろう。

今回の要は、被害を抑えることじゃない。
奴らの接触を止めることにある」


マルティアは、そう言って湯呑みに入った茶を一口飲む。
続け様に、ハガンが口を開いた。

「長官、俺ァ、難しいことはよくわからねぇんですがね。
つまり、両方が会う前に叩きつぶせってことでしょう?

羅刹か死神か、たいそうな戒名ぶら下げても所詮犯罪者

俺ら特攻部隊が出張れば済む話でしょう。
今から隊の連中を連れて、それぞれのアジトへ突っ込みますよ」

ハガンは食い気味で捲し立てる。
隆々とした筋骨が青筋を立てており、全身から闘志が溢れ出している。

燃えるような赤髪と、血のような赤目を光らせ
獲物はどこだと飢え喚く猛獣のような男だ。

しかし、グレンによって猛獣は宥められる。

「ハガン。奴らを舐めすぎだ、死にに行きたいのか」

しかし、猛獣には猛獣たる所以がある。
ハガンは、グレンに食ってかかった。

「グレンさん、俺はあんたを尊敬してるよ。ただ今のは納得いかねぇな」

ゆっくりと立ち上がり、犬歯を剥き出しにして見せる。
並のものならこの時点で縮み上がってしまうだろうが、
猛獣を飼い慣らす男に、威嚇は通じない。

「お前が納得いくかどうかは関係ない。お前は部隊長である前に、私の部下だ。部下を死出の旅に送り出すわけにはいかんのでな。
もちろん、他の皆もそうだ」

「グレンさん、いいこと言ってる風だけどよ。
それじゃなにか?俺じゃ役不足だって言いたいのか?

犯罪者風情にむざむざ殺されるような半端モンだってのかよ」

なおもハガンは食い下がり、猛烈な抗議をグレンにぶつける。グレンは全く怯むことなく、理路整然と話す。

「役不足ではない。お前の命が大事だと言ってるんだ。
死ぬとわかっている暴挙を、私が許可するとでも思うのか」

「オイオイ。俺ァ、やられる前提か?それが気にくわねぇってんだよ、なぁ」

ついにハガンはグレンの襟首に掴み掛かった。
ウェルリズとリオウの制止により、お互いに手を出すには至らなかったが、ハガンの怒りは収まらない。
グレンはなおも淡々としており、マルティアはその様子を無言で見ている。

「なら聞くが。ハガンよ、おまえ、”羅刹”と”死神”に会ったことはあるか?」

意表をついた質問に、ハガンの怒りが一瞬収まる。

「そりゃあ、ねぇが。だったらなんだって言うんだ」

「だろうな。私はある」

「、、、、で?」

「その上で、おまえが羅刹や死神に真正面からぶつかった時の勝算は薄いと判断したんだ。
それに、お前が勝てば話は終わりじゃない、作戦全体をうまく運ばねば、事態は収束しないんだ。
頭をつぶせば終わるほど小さな話じゃない、事態は想像以上に複雑で深刻だ。

いいかハガン、奴らの名は伊達や酔狂じゃない。

闇のまた闇、深く暗く恐ろしい漆黒の深淵で蔓る邪悪達を統べる帝王だ。

そこに無策で突っ込むのは無謀が過ぎると言ってるんだ。」


ぐうの音も出ない正論をぶつけられ、ハガンは口をつぐんだ。
せめてもの抵抗をと、グレンを睨めつけて見せるが、グレンは意に介さず話を続けた


「長官。”羅刹” の相手は、この私がしましょう」

場にいた全員が驚きを隠せなかった。

クライム総長
グレン・ジークフリード、その男が

直々に相手どることを宣言するほどの手合いとは

”羅刹” ゼルク・ラークシャサ 
その男は、一体何者なのかと
全員が、グレンが発した言葉の続きを、待つのだった。

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