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第四話 "会敵"
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「そういうことだ。これでわかったろうハガン」
グレンだった。
本当に食事をしてきたらしい、やや眠そうな様子だ。
「いや、まぁ。そうなんですがね。けど俺だって、伊達に隊長張ってんじゃねぇんですよ。
羅刹が怖くて、クライムが名乗れますか?」
ハガンの様子は
”理解はしたが、納得はしていない”
といった様子だ。
彼とて、正真正銘の猛者であることは間違いない。
だからこそ、ここで羅刹へ恐れをなせば、今まで積み上げてきたものが瓦解するような気がしてならないと、ハガンはそう言いたいのだ。
「まぁ。気持ちはわかるがなハガン。だが先ほども言ったように、お前は私の大切な仲間であり、部下だ。
お前が強いのもわかってる、お前の強さを私は知っているからこそ、羅刹に挑むのは無謀だと言ってるんだ。
いいか。お前は決して弱くない
”猛獣” ハガン・クラウソサス
むしろ有象無象と並べるにはあまりある猛者だともわかってる。
しかし、やつが冠するは ”羅刹”
”羅刹”とは、
地獄の奥底で怨嗟を叫ぶ鬼達をも喰らい、糧とし
あまねくを蹂躙するとされる”最強の闘神”だ。
猛獣が、地獄の王を喰らえると?」
グレンは、猛獣ハガンを見据えて
淡々と問うた。
ハガンが、羅刹を相手取るには力が及ばないことを伝えたわけだが、いくら論理が通っていたとしても、意のままを伝えると猛獣は再び激昂するだろう。
そのため、できるだけ刺激しない言い回しを選んだわけだ。
一方。ハガンの様子はというと
すでに落ち着き払っており、グレンの言葉を受け止めている。しかし、返す言葉を発することはなく、グレンの目線に
己の目線をぶつける。
瞳に怒りの色はない、とはいえ平時のような爛々とした闘志も感じられない、極めて平坦な感情でいるように、
この時はその場にいる全員が思っていた。
「はぁ。今日はもういい。皆疲れているようだな、まぁ無理もないだろう。
ゆっくりしている場合ではないが、ここは一度休息を取るべきだ、皆今日は休んでくれ、明日正午改めてここへきてくれ。
再度作戦を練ろう。
リオウ、ウェルリズ、お前達も今日は休め。
部隊の者達にもそう伝えるんだ。明日、ここへ集まるように伝達だけしておいてくれるか、ハガン、お前もそうしてくれ」
静観していたマルティナが口を開き、一時休息をせよと命じた。
このままでは作戦会議が意味を為さないと判じた故か、己の疲労も限界が近かった故か。
皆頷き、それぞれ長官室を出て行った。
ハガンもそれは同じだったが、どうも様子がおかしいと
マルティナ、グレンは察知してはいた
しかしこれ以上彼のプライドを傷つけるのは全体の士気にも関わると思ったのか、2人とも何も言わなかった。
ーーー️ーーー
荒波が岸壁にぶつかる音が響く。
岩肌は長年波にさらされていたためか、内側に抉れている。
海に面した断崖だ、もしも落ちれば命はないだろう。
雲ひとつない空に満月が浮かんでいる、風光明媚なこの場所に、彼の存在はもしかすると似合わないかもしれないが、
ハガンにとって、ここは心を落ち着かせたい時によく訪れる場所であった。
「あーーー。やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ」
誰に対して言ったわけでもない。
その時思ったことを、言葉にして
海原を駆ける風に乗せたのだ。
その時、海風に紛れた邪気を、猛獣の鼻は確かに嗅ぎ取った。
「なんだ?」
ふと辺りを見渡す、
ほんの刹那ではあるが、彼は確かに感じとったのだ。
恐ろしく、禍々しい気配を。
少なくとも、こんな場所で感じるには違和感がありすぎる。
確実に、何かが近くにいるのだ。それも、普通じゃない何かが。
ハガンは、即座に戦闘体制をとる。
感覚を研ぎ澄まし、辺りを注意深く見渡す。
ハガンがいる岬の隣に、もう一ヶ所同じような場所がある。
そこに、人影を視認した。
距離にすると大したことはないが、岬同士の間には海があり、雪山でいうところのクレバスのようになっているのだ。
だからその場に行くには、迂回して行かなければならない。
人物の姿形ははっきりとは見えないが、間違いなく先ほどの気配の元凶に違いないと、ハガンは睨んだ。
ハガンは
気配を殺し、息を潜めて人影へ近づいた。
距離にしておよそ30メートルほどの地点まで辿り着いた時、
先ほどまで飛沫をあげていた波がやおらおさまった。
突如訪れた凪の時、先ほどまで気にも留めなかった音ですら
今は鮮明に聞こえる。
ハガンは、大きく深呼吸し
さらに歩を進めた。
そして、その人物の姿形が明瞭にみえはじめたと同時に
その者はハガンの方を振り返った。
「なんのようだ」
振り向きざまに、その者は言葉を発した。
厭に重く低い聲。性別は男性のようだがはっきりと顔が見えない。
刹那、ハガンの総身に、凍りつくような悪寒が走った。
声音から感情は感じられない、にもかかわらず
ハガンにそう感じさせたのは、その者から発せられる圧倒的な殺気だった。
百戦錬磨の猛獣をも怯ませる、あまりに異様な気配を持つ男の姿が、ようやくはっきりと、ハガンの目に映った。
背丈や体格は普通だった、上背があり筋骨隆々のハガンと比べるとむしろ小柄に見える。
一目見て高級品だとわかる外套を肩に羽織っており
武器や凶器の類は持っていない。
それでいて、身構える様子もない。
ただ言葉を発しただけである、”なんのようだ” と
だがハガンは明らかに竦んでいた。
それは、その男と目があってからだ。
射殺すような眼光、それでいて冷酷さがある三白眼。
もしもこの視線というものに、なんらかの物理的作用があったとしたら、ハガンは総身を貫かれているだろう。
男から放たれる恐ろしいまでの殺気
そして、この世界でもトップクラスの戦闘力を持つハガンによる、気配を殺した接近を看破した事実。
どう考えても、常軌を逸している。
「ここで何をしてる?」
生唾を飲み、ハガンはようやく声を発することができた。
「海を眺めていた、この場所は昔から好きでな。
それを聞きにきたのか?
隣の岬からわざわざここまで」
ハガンの心臓はすでに制御不能になっていた。
意思とは裏腹に激しく脈打つ。
最初から気づかれていたこと
そして、確かに感じた畏れ。
尋常ならざる存在が、今目の前にいる事実
”クライムの部隊長” というだけでも、一般的には大きく常軌を逸しているハガンですら、そう感じたことが
この男の異質さを物語る。
「そうだ。 あぁ、名乗るのが遅れて申し訳ない。
俺は”エーヴィヒ”の者だ。名は、ハガン・クラウソサス。
職務質問だと思って欲しい」
ハガンは必死で平静を装うが、
”必死になって装う” こと自体がもはや平静ではない。
「クライムだな?」
男が発した言葉に、ハガンは意表をつかれた。
なぜ知っている、いや。なぜわかった、と。
クライムの存在は、ここレイクディア王国では割と知られてはいるが、あくまで、”最強のエージェント集団が存在している”
程度が、一般的な認識だ。
一目見て、この者はクライムだと看破できる者はそういないし、ハガンは エーヴィヒ”の者、としか言っていない。
つまり、ほんの一目でこれを看破できるということ自体が
普通ならありえないのだ。
考えられるのは2つ。
ハガン・クラウソサス、を元々知っているか、もしくは。
ハガンと相対し、それを見抜いたか、だが
少なくとも前者ではない、ハガンには見覚えも面識もないから、必然的に後者にあたるわけだが、だとすると尚更異常なのである。
「お前、何者だ、、、?」
「俺の質問に答えろ、俺はお前の質問に答えたはずだ。
それとも、”エーヴィヒ” の職務質問とは、海を眺めている一般人に対して、気配を殺して背後から近づき、質問攻めにすることか?
しかもそんなに殺気だってな。」
「あぁ。”クライム 特攻部隊長”
ハガン・クラウソサスだ。
これで満足か?必要なら身分証も見せられるぞ」
「そうか。いや、身分証は必要ない。
それで、職務質問と言ったが、何を答えればいい?
見ての通り、俺はここで海を眺めていただけだ。
見られて困る持ち物もないが、見たければ見せてやる」
「持ち物はいい。そんなことよりも、もっと重要なことを聞く必要がある。
なぜ俺が”クライム”だとわかった?」
「見ればわかるだろう、そんなこと。なかなか意地の悪い質問をするのだな。
ナイフを見て、”これはナイフだ” と言ったら
なぜナイフだと思った?と、お前は聞くのか?
目で見て肌で感じ、お前がクライムであると判断したわけだが、そんなにおかしいか?」
「なんだその理屈は。俺が聞いているのはそういうことじゃない。
さっき、”一般人” と言ったよな?
”一般人”はな、一目見ただけで、誰々はクライムの隊員だとはわからねぇんだよ。」
何度か言葉を交わしているうち、ハガンはだんだんと落ち着きを取り戻してきた。
大前提として、”クライム”とは治安維持部隊であるから、今彼がやっていることは、正当な”業務”であるのだが、どうもこの男は、煙に巻こうとしている節や、普通に考えて違和感のあることしかない。
だからこうして、業務時間外にまで職務質問をしているわけだ。
「そうか。だがそれを言われても、これ以上の答えを出すのは難しいな。」
「なら質問を変えよう。
お前は何者だ?名前と、住所を教えてもらおう」
ほんの一瞬、男の目の色が不穏な色に変わったのを、ハガンは見逃さなかった。
そしてそれと同時に、ハガンは確信した。
”この男は間違いなく只者ではない”
ということと、
ここで解放していい人物ではないと、そう思ったハガンは
語気を強めて男に詰め寄る。
「名前か」
途端、場の空気が一変するのを、ハガンは感じた。
男の総身から悍ましい殺気が放たれ、大気に伝播する。
空間そのものが支配され、ハガン諸共飲み込もうとしているようだ。
ハガンは咄嗟に後方へ飛び、臨戦体制をとる。
隆々とした筋骨がさらに隆起し、血管が浮き出る。
力を解放し、完全な戦闘体制だ。
「お前やっぱり、普通じゃねぇな。
いいか、今ならまだ罪にはならねぇ、俺が納得するまで話は聞かせてもらうけどよ。
それが終わったら解放するし、時間を取らせた上に、疑ったケジメはちゃんとつける。
大人しく着いてこい」
「なるほど。やはり能力者か。
これで合点がいった。
お前が声をかけてくる前、どうも獣臭いと思っていたんだ、
だが見誤っていたな。
肉食獣かと思ったが、ただの草食動物だったらしい。にしては凶暴なみたいだがな」
ハガンの額に青筋が浮かぶ。
”猛獣” と呼ばれ、クライムの特攻部隊の長を担う彼を、こともあろうか ”草食動物” 呼ばわりしたのだ。
しかし、男の様子は至って落ち着き払っており
ハガンを怒らせる目的で言っている様子はない。
本当にそう思ったから言っている、という様子だ。
しかし、その態度が、ハガンの烈火のごとき怒りに油を注ぐ。
「てめぇ。今にその口聞けなくしてやる、でも安心しろよ。殺しはしねぇ」
「ふっ、口調も態度もまるで変わったな。お前本当に”クライム”か?
それに、”殺しはしない” だと? それは、格上が格下に言うセリフだろう?」
「テメェ、、、、!」
ハガンの怒りは頂点に達していた。
彼は侮辱されることを何より嫌うのだ。
もはや、”職務質問” という本来の目的などとっくに頭にはない、この身の程知らずを叩きのめすことが、今のハガンにとって最重要になっているのだ。
しかし、ハガンの様子とは裏腹に
男は、呆れたような表情で言った。
「お前、誰にものを言ってるかわかっているか?
今度は俺からお前に言いたいことがある。
今なら許してやるぞ?」
「テメェ頭イカれてんのか? 自分の状況を考えろよ。
お前が怒らせた相手をもう一度よく理解したほうがいいぜ。
さっきも言ったが、俺の名はハガン・クラウソサス
”クライム” 特攻部隊隊長だ、テメェこそ、最後にもう一度だけチャンスをやる。大人しく着いてこい」
すると、空気がまたも変わった。
冷静だった男の表情に、若干の苛立ちが見えたのだ。
そして、男は言葉を返す。
「ハガン・クラウソサス、聞かない名だな。
礼儀を欠くのは俺の信条に背くから、こちらも名乗ってやろう。
ゼルク・ラークシャサ だ」
グレンだった。
本当に食事をしてきたらしい、やや眠そうな様子だ。
「いや、まぁ。そうなんですがね。けど俺だって、伊達に隊長張ってんじゃねぇんですよ。
羅刹が怖くて、クライムが名乗れますか?」
ハガンの様子は
”理解はしたが、納得はしていない”
といった様子だ。
彼とて、正真正銘の猛者であることは間違いない。
だからこそ、ここで羅刹へ恐れをなせば、今まで積み上げてきたものが瓦解するような気がしてならないと、ハガンはそう言いたいのだ。
「まぁ。気持ちはわかるがなハガン。だが先ほども言ったように、お前は私の大切な仲間であり、部下だ。
お前が強いのもわかってる、お前の強さを私は知っているからこそ、羅刹に挑むのは無謀だと言ってるんだ。
いいか。お前は決して弱くない
”猛獣” ハガン・クラウソサス
むしろ有象無象と並べるにはあまりある猛者だともわかってる。
しかし、やつが冠するは ”羅刹”
”羅刹”とは、
地獄の奥底で怨嗟を叫ぶ鬼達をも喰らい、糧とし
あまねくを蹂躙するとされる”最強の闘神”だ。
猛獣が、地獄の王を喰らえると?」
グレンは、猛獣ハガンを見据えて
淡々と問うた。
ハガンが、羅刹を相手取るには力が及ばないことを伝えたわけだが、いくら論理が通っていたとしても、意のままを伝えると猛獣は再び激昂するだろう。
そのため、できるだけ刺激しない言い回しを選んだわけだ。
一方。ハガンの様子はというと
すでに落ち着き払っており、グレンの言葉を受け止めている。しかし、返す言葉を発することはなく、グレンの目線に
己の目線をぶつける。
瞳に怒りの色はない、とはいえ平時のような爛々とした闘志も感じられない、極めて平坦な感情でいるように、
この時はその場にいる全員が思っていた。
「はぁ。今日はもういい。皆疲れているようだな、まぁ無理もないだろう。
ゆっくりしている場合ではないが、ここは一度休息を取るべきだ、皆今日は休んでくれ、明日正午改めてここへきてくれ。
再度作戦を練ろう。
リオウ、ウェルリズ、お前達も今日は休め。
部隊の者達にもそう伝えるんだ。明日、ここへ集まるように伝達だけしておいてくれるか、ハガン、お前もそうしてくれ」
静観していたマルティナが口を開き、一時休息をせよと命じた。
このままでは作戦会議が意味を為さないと判じた故か、己の疲労も限界が近かった故か。
皆頷き、それぞれ長官室を出て行った。
ハガンもそれは同じだったが、どうも様子がおかしいと
マルティナ、グレンは察知してはいた
しかしこれ以上彼のプライドを傷つけるのは全体の士気にも関わると思ったのか、2人とも何も言わなかった。
ーーー️ーーー
荒波が岸壁にぶつかる音が響く。
岩肌は長年波にさらされていたためか、内側に抉れている。
海に面した断崖だ、もしも落ちれば命はないだろう。
雲ひとつない空に満月が浮かんでいる、風光明媚なこの場所に、彼の存在はもしかすると似合わないかもしれないが、
ハガンにとって、ここは心を落ち着かせたい時によく訪れる場所であった。
「あーーー。やっぱり、ここが一番落ち着くなぁ」
誰に対して言ったわけでもない。
その時思ったことを、言葉にして
海原を駆ける風に乗せたのだ。
その時、海風に紛れた邪気を、猛獣の鼻は確かに嗅ぎ取った。
「なんだ?」
ふと辺りを見渡す、
ほんの刹那ではあるが、彼は確かに感じとったのだ。
恐ろしく、禍々しい気配を。
少なくとも、こんな場所で感じるには違和感がありすぎる。
確実に、何かが近くにいるのだ。それも、普通じゃない何かが。
ハガンは、即座に戦闘体制をとる。
感覚を研ぎ澄まし、辺りを注意深く見渡す。
ハガンがいる岬の隣に、もう一ヶ所同じような場所がある。
そこに、人影を視認した。
距離にすると大したことはないが、岬同士の間には海があり、雪山でいうところのクレバスのようになっているのだ。
だからその場に行くには、迂回して行かなければならない。
人物の姿形ははっきりとは見えないが、間違いなく先ほどの気配の元凶に違いないと、ハガンは睨んだ。
ハガンは
気配を殺し、息を潜めて人影へ近づいた。
距離にしておよそ30メートルほどの地点まで辿り着いた時、
先ほどまで飛沫をあげていた波がやおらおさまった。
突如訪れた凪の時、先ほどまで気にも留めなかった音ですら
今は鮮明に聞こえる。
ハガンは、大きく深呼吸し
さらに歩を進めた。
そして、その人物の姿形が明瞭にみえはじめたと同時に
その者はハガンの方を振り返った。
「なんのようだ」
振り向きざまに、その者は言葉を発した。
厭に重く低い聲。性別は男性のようだがはっきりと顔が見えない。
刹那、ハガンの総身に、凍りつくような悪寒が走った。
声音から感情は感じられない、にもかかわらず
ハガンにそう感じさせたのは、その者から発せられる圧倒的な殺気だった。
百戦錬磨の猛獣をも怯ませる、あまりに異様な気配を持つ男の姿が、ようやくはっきりと、ハガンの目に映った。
背丈や体格は普通だった、上背があり筋骨隆々のハガンと比べるとむしろ小柄に見える。
一目見て高級品だとわかる外套を肩に羽織っており
武器や凶器の類は持っていない。
それでいて、身構える様子もない。
ただ言葉を発しただけである、”なんのようだ” と
だがハガンは明らかに竦んでいた。
それは、その男と目があってからだ。
射殺すような眼光、それでいて冷酷さがある三白眼。
もしもこの視線というものに、なんらかの物理的作用があったとしたら、ハガンは総身を貫かれているだろう。
男から放たれる恐ろしいまでの殺気
そして、この世界でもトップクラスの戦闘力を持つハガンによる、気配を殺した接近を看破した事実。
どう考えても、常軌を逸している。
「ここで何をしてる?」
生唾を飲み、ハガンはようやく声を発することができた。
「海を眺めていた、この場所は昔から好きでな。
それを聞きにきたのか?
隣の岬からわざわざここまで」
ハガンの心臓はすでに制御不能になっていた。
意思とは裏腹に激しく脈打つ。
最初から気づかれていたこと
そして、確かに感じた畏れ。
尋常ならざる存在が、今目の前にいる事実
”クライムの部隊長” というだけでも、一般的には大きく常軌を逸しているハガンですら、そう感じたことが
この男の異質さを物語る。
「そうだ。 あぁ、名乗るのが遅れて申し訳ない。
俺は”エーヴィヒ”の者だ。名は、ハガン・クラウソサス。
職務質問だと思って欲しい」
ハガンは必死で平静を装うが、
”必死になって装う” こと自体がもはや平静ではない。
「クライムだな?」
男が発した言葉に、ハガンは意表をつかれた。
なぜ知っている、いや。なぜわかった、と。
クライムの存在は、ここレイクディア王国では割と知られてはいるが、あくまで、”最強のエージェント集団が存在している”
程度が、一般的な認識だ。
一目見て、この者はクライムだと看破できる者はそういないし、ハガンは エーヴィヒ”の者、としか言っていない。
つまり、ほんの一目でこれを看破できるということ自体が
普通ならありえないのだ。
考えられるのは2つ。
ハガン・クラウソサス、を元々知っているか、もしくは。
ハガンと相対し、それを見抜いたか、だが
少なくとも前者ではない、ハガンには見覚えも面識もないから、必然的に後者にあたるわけだが、だとすると尚更異常なのである。
「お前、何者だ、、、?」
「俺の質問に答えろ、俺はお前の質問に答えたはずだ。
それとも、”エーヴィヒ” の職務質問とは、海を眺めている一般人に対して、気配を殺して背後から近づき、質問攻めにすることか?
しかもそんなに殺気だってな。」
「あぁ。”クライム 特攻部隊長”
ハガン・クラウソサスだ。
これで満足か?必要なら身分証も見せられるぞ」
「そうか。いや、身分証は必要ない。
それで、職務質問と言ったが、何を答えればいい?
見ての通り、俺はここで海を眺めていただけだ。
見られて困る持ち物もないが、見たければ見せてやる」
「持ち物はいい。そんなことよりも、もっと重要なことを聞く必要がある。
なぜ俺が”クライム”だとわかった?」
「見ればわかるだろう、そんなこと。なかなか意地の悪い質問をするのだな。
ナイフを見て、”これはナイフだ” と言ったら
なぜナイフだと思った?と、お前は聞くのか?
目で見て肌で感じ、お前がクライムであると判断したわけだが、そんなにおかしいか?」
「なんだその理屈は。俺が聞いているのはそういうことじゃない。
さっき、”一般人” と言ったよな?
”一般人”はな、一目見ただけで、誰々はクライムの隊員だとはわからねぇんだよ。」
何度か言葉を交わしているうち、ハガンはだんだんと落ち着きを取り戻してきた。
大前提として、”クライム”とは治安維持部隊であるから、今彼がやっていることは、正当な”業務”であるのだが、どうもこの男は、煙に巻こうとしている節や、普通に考えて違和感のあることしかない。
だからこうして、業務時間外にまで職務質問をしているわけだ。
「そうか。だがそれを言われても、これ以上の答えを出すのは難しいな。」
「なら質問を変えよう。
お前は何者だ?名前と、住所を教えてもらおう」
ほんの一瞬、男の目の色が不穏な色に変わったのを、ハガンは見逃さなかった。
そしてそれと同時に、ハガンは確信した。
”この男は間違いなく只者ではない”
ということと、
ここで解放していい人物ではないと、そう思ったハガンは
語気を強めて男に詰め寄る。
「名前か」
途端、場の空気が一変するのを、ハガンは感じた。
男の総身から悍ましい殺気が放たれ、大気に伝播する。
空間そのものが支配され、ハガン諸共飲み込もうとしているようだ。
ハガンは咄嗟に後方へ飛び、臨戦体制をとる。
隆々とした筋骨がさらに隆起し、血管が浮き出る。
力を解放し、完全な戦闘体制だ。
「お前やっぱり、普通じゃねぇな。
いいか、今ならまだ罪にはならねぇ、俺が納得するまで話は聞かせてもらうけどよ。
それが終わったら解放するし、時間を取らせた上に、疑ったケジメはちゃんとつける。
大人しく着いてこい」
「なるほど。やはり能力者か。
これで合点がいった。
お前が声をかけてくる前、どうも獣臭いと思っていたんだ、
だが見誤っていたな。
肉食獣かと思ったが、ただの草食動物だったらしい。にしては凶暴なみたいだがな」
ハガンの額に青筋が浮かぶ。
”猛獣” と呼ばれ、クライムの特攻部隊の長を担う彼を、こともあろうか ”草食動物” 呼ばわりしたのだ。
しかし、男の様子は至って落ち着き払っており
ハガンを怒らせる目的で言っている様子はない。
本当にそう思ったから言っている、という様子だ。
しかし、その態度が、ハガンの烈火のごとき怒りに油を注ぐ。
「てめぇ。今にその口聞けなくしてやる、でも安心しろよ。殺しはしねぇ」
「ふっ、口調も態度もまるで変わったな。お前本当に”クライム”か?
それに、”殺しはしない” だと? それは、格上が格下に言うセリフだろう?」
「テメェ、、、、!」
ハガンの怒りは頂点に達していた。
彼は侮辱されることを何より嫌うのだ。
もはや、”職務質問” という本来の目的などとっくに頭にはない、この身の程知らずを叩きのめすことが、今のハガンにとって最重要になっているのだ。
しかし、ハガンの様子とは裏腹に
男は、呆れたような表情で言った。
「お前、誰にものを言ってるかわかっているか?
今度は俺からお前に言いたいことがある。
今なら許してやるぞ?」
「テメェ頭イカれてんのか? 自分の状況を考えろよ。
お前が怒らせた相手をもう一度よく理解したほうがいいぜ。
さっきも言ったが、俺の名はハガン・クラウソサス
”クライム” 特攻部隊隊長だ、テメェこそ、最後にもう一度だけチャンスをやる。大人しく着いてこい」
すると、空気がまたも変わった。
冷静だった男の表情に、若干の苛立ちが見えたのだ。
そして、男は言葉を返す。
「ハガン・クラウソサス、聞かない名だな。
礼儀を欠くのは俺の信条に背くから、こちらも名乗ってやろう。
ゼルク・ラークシャサ だ」
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