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忘却
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巨大大陸の中央付近にあるパティシエの街と
北部にある酒の街、オシリスは天界からも
注目を集めていた。
酒の街の名は、異界からきた杜氏達が
受け継ぐ伝統技術の素晴らしさを
誰もが認めたことから、彼らが
信仰する植物の神の名からつけられたと言う。
古来より名は力を持つと言うが、
この街の名付けでも奇跡を見せていた。
異界からきた杜氏達が伏して拝める、
オシリスが降臨したのだった。
彼らから献上された神酒を味わい、
彼らが育てている穀物畑に祝福の輝きを放ち、
さらに精進を継続するようにと言葉を残して
消えていったと言う。
実際は、すぐに元の世界に帰った訳ではなく、
こちらの世界で命を落とした異界の戦士達を
この世界の冥界王であるハーデスから引き渡され、
その場で裁きをかけてから、クフ王も含めて
戦士全員を元の世界に連れ帰ったのだった。
パティシエの街の神殿を依代にして、
様々な世界の神、特に女神が顕現することも
珍しくなくなりつつあった。
今日は気性のキツそうな母娘の女神が
顕現し、街の中を散策していた。
「お母様、あの門にいる2体の聖獣は
初めて見ますわ。」
「レーテ、指を刺すのはおやめなさい。
小さい方のは霊獣の白虎だと思うわ。
大きい方は神獣のフェンリルかしら。
まるで門番でもしているかのように
綺麗に座っているわね。」
まだあどけなさが残る幼い娘を連れて歩いているのは
争いの女神、エリスだ。
エリスは冷たい雰囲気を醸し出す、切れ長の目のままで
口元に小さく笑みを浮かべながら、2体の聖獣に
好意的な気配を放っていた。
娘のレーテはあれこれと見るもの全てが気になるのか、
あれは、これはとエリスに質問攻めを繰り返していた。
門の横の広場には、奥の方に四角い金属製の
箱のようなものが並んでおり、その前では
頭に小さな巻角のある綺麗な女性が子供達に
何か紙を折って作って見せていた。
そこへ向けて駆け出したレーテを呼び止めようと
したエリスは、一瞬刺すような殺気を感じ取り、
一瞬で娘の前に結界の壁を張り巡らせていた。
殺気の放たれた方に目を向けると、
先ほどまでいなかったはずの見慣れない服装の
男らしきものが佇んでおり、娘に向けていた両手を
失敗したと言う感じで頭を抱え込んで、
ゆっくりと踵を返し、とぼとぼと奥の箱の方へ
移動していくのだった。
その寂しそうな後ろ姿に興味を持ったのか、
レーテはその男を追いかけていってしまった。
ロングスカート姿のエリスはあまり早く歩かずに、
近距離転移魔法でレーテの後ろに飛んで、
諫めようとしていた。
「お兄ちゃん!
待って!
ねぇねぇ、待ってよ!
私、レーテ!
ねぇ、お兄ちゃん
どうしてそんなに悲しそうなの?」
娘の呼びかける声で男は立ち止まり、
ゆっくりと申し訳なさそうな顔をこちらに向けてきた。
「あ、俺はこの街の衛兵の仕事をしている、
メタルゴーレムのセブンっていうんだ。
ごめんね、さっきなんだけど、つい君に向けて
殺気を放ってしまったんだ。
嫌な思いさせてごめんね。」
小さな娘の目線まで腰を下ろして、その男は
先ほど殺気を放ったことを娘に謝っているようだ。
「ううん、何ともないから気にしないでいいよ。
それよりどうしてそんなに悲しそうなの?
レーテで良かったら聞いてあげる。
あのね、悲しいことも楽しいことも
人に話すと分けられるんだって
お母様に教えてもらったの。
だから、お兄ちゃんもレーテに話すと
悲しいことも半分になるよ。
レーテ、今とっても楽しいから、
半分悲しくなっても大丈夫だよ。
だから、レーテの話も聞いてね?
お兄ちゃんも半分楽しくなるんだよ。」
セブンは後ろにいるエリスに会釈をして、
しゃがんだままでレーテに過去の記憶が
勝手に体を動かしてしまうことを
ゆっくりと話していた。
どうやら戦場のフラッシュバックで
気を病んでいるようだ。
「そんな悲しいことがあるんだったら、
レーテが消してあげる!
集中するから、ちょっと待ってね。
レーテ、魔法使えるんだよ。
えいっ!」
おやめなさいというエリスの制止の声が
届くより先に幼いレーテの魔法が発動してしまった。
エリスは青ざめた表情で魔法を放たれた男の方を見つめていた。
「どうかな、お兄ちゃん。
嫌なこと全部消えたかな?」
「え?嫌なこと?何だっけそれ?
えっと、お嬢ちゃんは誰だっけ?
・・・いや、俺は、俺は誰だっけ?
ここは何処なんだ?何も思い出せない。
俺は、俺は誰なんだ?」
突如として頭を抱えて狼狽し始めた男に、
先ほどの小さな巻角のある女性が駆け寄ってきた。
「どうしたの、セブン?
落ち着きなさい!
お嬢さん、
ちょっとこのお兄さん錯乱しているようだから、
あのお家の中に連れていくわね。いいかしら?」
「あ、レーテもいく。
レーテが失敗したからなの。
ごめんなさい。
お兄ちゃんの嫌なことだけ消す魔法、
消しちゃいけないことまで消しちゃったの。
ごめんなさい。」
悲しげな表情を浮かべた少女が言うには
どうやらセブンの記憶を消すような魔法を使ったという。
そんな魔法があるのだろうかを思うサラの前に
もっと悲しげで申し訳なさそうな表情を浮かべた女性が進み出てきた。
「申し訳ありません。
私、エリスと申します。
この度は娘のレーテがとんでもないことを
してしまいまして、お詫び致します。
まだ娘は魔法の制御が未熟でして、外で使ってはいけないと
これまで言い聞かせてきたのですが、私の不注意で
こちらの男性に忘却の魔法をかけてしまいました。
おそらくこちらの男性はご自身の名前もわからないくらいの
記憶喪失の状態になられていると思います。
まだ、失われた記憶を取り戻す方法が見つかっておりませんが、
できる限り早急に解決策を見出すよう
誠心誠意努めさせていただきます。」
「ぼ、忘却の魔法なのですか?」
何と返していいかわからないサラの目の前には
頭を抱えて座り込むセブンの姿があった。
北部にある酒の街、オシリスは天界からも
注目を集めていた。
酒の街の名は、異界からきた杜氏達が
受け継ぐ伝統技術の素晴らしさを
誰もが認めたことから、彼らが
信仰する植物の神の名からつけられたと言う。
古来より名は力を持つと言うが、
この街の名付けでも奇跡を見せていた。
異界からきた杜氏達が伏して拝める、
オシリスが降臨したのだった。
彼らから献上された神酒を味わい、
彼らが育てている穀物畑に祝福の輝きを放ち、
さらに精進を継続するようにと言葉を残して
消えていったと言う。
実際は、すぐに元の世界に帰った訳ではなく、
こちらの世界で命を落とした異界の戦士達を
この世界の冥界王であるハーデスから引き渡され、
その場で裁きをかけてから、クフ王も含めて
戦士全員を元の世界に連れ帰ったのだった。
パティシエの街の神殿を依代にして、
様々な世界の神、特に女神が顕現することも
珍しくなくなりつつあった。
今日は気性のキツそうな母娘の女神が
顕現し、街の中を散策していた。
「お母様、あの門にいる2体の聖獣は
初めて見ますわ。」
「レーテ、指を刺すのはおやめなさい。
小さい方のは霊獣の白虎だと思うわ。
大きい方は神獣のフェンリルかしら。
まるで門番でもしているかのように
綺麗に座っているわね。」
まだあどけなさが残る幼い娘を連れて歩いているのは
争いの女神、エリスだ。
エリスは冷たい雰囲気を醸し出す、切れ長の目のままで
口元に小さく笑みを浮かべながら、2体の聖獣に
好意的な気配を放っていた。
娘のレーテはあれこれと見るもの全てが気になるのか、
あれは、これはとエリスに質問攻めを繰り返していた。
門の横の広場には、奥の方に四角い金属製の
箱のようなものが並んでおり、その前では
頭に小さな巻角のある綺麗な女性が子供達に
何か紙を折って作って見せていた。
そこへ向けて駆け出したレーテを呼び止めようと
したエリスは、一瞬刺すような殺気を感じ取り、
一瞬で娘の前に結界の壁を張り巡らせていた。
殺気の放たれた方に目を向けると、
先ほどまでいなかったはずの見慣れない服装の
男らしきものが佇んでおり、娘に向けていた両手を
失敗したと言う感じで頭を抱え込んで、
ゆっくりと踵を返し、とぼとぼと奥の箱の方へ
移動していくのだった。
その寂しそうな後ろ姿に興味を持ったのか、
レーテはその男を追いかけていってしまった。
ロングスカート姿のエリスはあまり早く歩かずに、
近距離転移魔法でレーテの後ろに飛んで、
諫めようとしていた。
「お兄ちゃん!
待って!
ねぇねぇ、待ってよ!
私、レーテ!
ねぇ、お兄ちゃん
どうしてそんなに悲しそうなの?」
娘の呼びかける声で男は立ち止まり、
ゆっくりと申し訳なさそうな顔をこちらに向けてきた。
「あ、俺はこの街の衛兵の仕事をしている、
メタルゴーレムのセブンっていうんだ。
ごめんね、さっきなんだけど、つい君に向けて
殺気を放ってしまったんだ。
嫌な思いさせてごめんね。」
小さな娘の目線まで腰を下ろして、その男は
先ほど殺気を放ったことを娘に謝っているようだ。
「ううん、何ともないから気にしないでいいよ。
それよりどうしてそんなに悲しそうなの?
レーテで良かったら聞いてあげる。
あのね、悲しいことも楽しいことも
人に話すと分けられるんだって
お母様に教えてもらったの。
だから、お兄ちゃんもレーテに話すと
悲しいことも半分になるよ。
レーテ、今とっても楽しいから、
半分悲しくなっても大丈夫だよ。
だから、レーテの話も聞いてね?
お兄ちゃんも半分楽しくなるんだよ。」
セブンは後ろにいるエリスに会釈をして、
しゃがんだままでレーテに過去の記憶が
勝手に体を動かしてしまうことを
ゆっくりと話していた。
どうやら戦場のフラッシュバックで
気を病んでいるようだ。
「そんな悲しいことがあるんだったら、
レーテが消してあげる!
集中するから、ちょっと待ってね。
レーテ、魔法使えるんだよ。
えいっ!」
おやめなさいというエリスの制止の声が
届くより先に幼いレーテの魔法が発動してしまった。
エリスは青ざめた表情で魔法を放たれた男の方を見つめていた。
「どうかな、お兄ちゃん。
嫌なこと全部消えたかな?」
「え?嫌なこと?何だっけそれ?
えっと、お嬢ちゃんは誰だっけ?
・・・いや、俺は、俺は誰だっけ?
ここは何処なんだ?何も思い出せない。
俺は、俺は誰なんだ?」
突如として頭を抱えて狼狽し始めた男に、
先ほどの小さな巻角のある女性が駆け寄ってきた。
「どうしたの、セブン?
落ち着きなさい!
お嬢さん、
ちょっとこのお兄さん錯乱しているようだから、
あのお家の中に連れていくわね。いいかしら?」
「あ、レーテもいく。
レーテが失敗したからなの。
ごめんなさい。
お兄ちゃんの嫌なことだけ消す魔法、
消しちゃいけないことまで消しちゃったの。
ごめんなさい。」
悲しげな表情を浮かべた少女が言うには
どうやらセブンの記憶を消すような魔法を使ったという。
そんな魔法があるのだろうかを思うサラの前に
もっと悲しげで申し訳なさそうな表情を浮かべた女性が進み出てきた。
「申し訳ありません。
私、エリスと申します。
この度は娘のレーテがとんでもないことを
してしまいまして、お詫び致します。
まだ娘は魔法の制御が未熟でして、外で使ってはいけないと
これまで言い聞かせてきたのですが、私の不注意で
こちらの男性に忘却の魔法をかけてしまいました。
おそらくこちらの男性はご自身の名前もわからないくらいの
記憶喪失の状態になられていると思います。
まだ、失われた記憶を取り戻す方法が見つかっておりませんが、
できる限り早急に解決策を見出すよう
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