【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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一章

6、バートとエーミル【1】

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 バート殿下にお仕えするぼく……エーミル・リンデルゴートはほとほと困っていた。
 マルティナさまとおじさまが結婚なさって、新居に移られてから、主であるバートさまが落ちこんでいらっしゃるのだ。

 それはもう、太陽がまぶしく輝く清々しい朝が、曇り空の宵になるように。
 雨は降らないが、いつ降ってもおかしくないほどの重い空が、バートさまの周囲を包んでいる。

「おねえさまぁ」

 ベッドの上で着替えもなさらずに、バートさまは膝を抱えておいでだ。
 御年六歳。結婚式では嬉しそうになさっていたのに、もしかしたら結婚とは王女さまの姉上がきれいなドレスをお召しになって、皆にお披露目するものだと思っていらしたのかもしれない。

 お母さまでいらっしゃるマルガレータ妃殿下に、出勤したばかりのぼくは声を掛けられた。ほんの少し前のことだ。
 突然のことだったので、ぼくは緊張して直立不動になってしまった。
 おじさまは、妃殿下が嫁がれる前からご存じなのでもっと気楽に接しているようだけど。

「昨夜ね、バートがマルティナの部屋の扉をノックしていたの」
「ノックって……でもマルティナさまはいらっしゃいませんよね」

 マルガレータさまは、寂しげに眉をお下げになった。はかなげなその表情が愛娘の結婚の翌日とは思えぬほどだ。
 
「何度、お部屋に戻りましょうと声をかけても、マルティナの部屋の前で座り込んでしまって。クリスティアンさまがバートと一緒に毛布にくるまって……あの子が眠ってしまってから部屋に連れて帰ったんです」

 しんと静寂の音がするほどの暗い廊下で、王太子殿下と王子がお二人で寄り添う、その姿に胸が打たれた。
 結婚は嬉しいけれど、幸福だけれど。どうしても残された者には寂しさが伴うものだ。

 ぼくも……出勤したら毎朝必ずおじさまに会えたのに。
 今はおじさまは、ここにはいない。
 
「今日の午後には、二人をお茶に呼んでいるんですよ。エーミルさんもアレクサンドルさんに会えるわね」
「いえ、ぼくは」

 どうやら妃殿下には見抜かれているらしい。
 困ったなぁ。ぼく、そんなに寂しがり屋じゃないですよ。

 ……嘘です。寂しいです。

◇◇◇

「おねえさまぁ、どうして出て行っちゃったの?」

 寝間着のままベッドで膝を抱えるバートさま。かすれる声は、今にも消え入りそうだ。

 ぼくは深呼吸をして、バートさまの前に進み出た。おじさまのように威厳がないから、ぼくの話を聞いてくださるかどうか不安だけれど。

「バートさま。マルティナさまは、王宮にいらっしゃいますよ」
「でも、お部屋にいないもん」
「そうですけど」

 困ったなぁ。どうしたらいいんだろう。
 ふと、ぼくは自分の小さい頃を思い出した。

 あれはまだバートさまよりも幼い時だ。それまで一緒に暮らしていたおじさまが学校を卒業し、騎士団に入るとのことで家を出て行った。
 父も母も兄も知っていたし、たぶんぼくもそのことを事前に聞いていたはずだけど。
 出発のその日まで、おじさまが家を出ることに気づかずにいた。

 元々あまり物を持たない人だから、おじさまの荷物はとても少なかった。
 まるで二泊程度の旅に出る程度に。

――えー、なんでぇ? エーミルもつれていって。おじさま。
――いや、無理だって。俺は近衛騎士団の宿舎で暮らすんだ。エーミルみたいな子どもは、立ち入ることもできないぞ。

 ぼくの兄はにこやかに「いってらっしゃいませ、おじさま」と見送っている。
 なんて冷たいんだ。
 ここでおじさまを引き留めないと、ずっと帰っていらっしゃらないのに。

 五歳ほどのぼくは、まだ知らなかった。
 おじさまは、ずっと家にいられるわけじゃないことを。それは兄さんのいるぼくも同じだということを。

 また帰ってくるよ、と言いながらおじさまはぼくの頭を撫でた。大きな手が重くって、でもおじさまの手に頭が包まれるとなんだか安心して。
 きっと、おじさまはまた帰ってきてくれるんだって信じることができた。

 そう、空っぽになったおじさまの部屋を見ても、信じることができたんだよ。
 だって、おじさまは嘘をつかないから。
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